
「マールの服って便利だよな」 膝にマールを乗せて抱きかかえ、クロノは何気なく言った。 恋人同士の、甘く安らいだ時間。 宵のとばりに灯ったシェードランプが、ベッド際に座った二人を照らしている。淡い柑子色の光は互いの姿を柔らかく包み込んで、ゆったりとした時の流れを際だたせていた。 身体を預けて密着する彼女の重みとぬくもりに、幸福を感じる。 「どうして?」 体に回された手のひらに、自分の手のひらを重ねて、マールが訊き返した。 その様子が、仔猫が懐いてねだりごとをしているようにも見えて、クロノはますますたまらない気分になった。 「……こんなふうに、すぐキスできるから」 背後から首元に顔をうずめる。 「んっ……」 吸血鬼が血を求めて噛みつくように、遮る物のない肩口に唇を触れ、舌できめ細かい素肌を味わう。もっとも、吸血鬼と違い、欲しているのは血ではなくマール自身だけれど。 「や……く、くすぐったいよ……」 肩をすぼめて身じろぎするマールに、クロノはそのまま、ちゅ、ちゅっとわざと音を立てて軽い口吻けを繰り返していく。そのたび、明らかにくすぐったさ以外の感情をにじませた吐息が彼女の口からこぼれた。 「ぅん……もうっ」 本人は咎めているつもりなのだろうが、その声は睦言同然にとろけていて、クロノの腕の束縛から逃れようともしない。しかたがないなぁとでも言いたげに、あきらめ半分、許してしまっている。むしろ、照れくさがることでカムフラージュしつつ、そんなやりとりを好ましく感じている節もあった。 無防備な肩越しに見下ろすと、発展途上ながらまろやかな膨らみを主張する胸の丘陵が目に入った。彼女と出会ったばかりの頃も、鎖骨から胸元を惜しげなく晒したこの服は目のやり場に困ったものだ。しかし、今は、それとはまた少し違った意味で目の毒である。 ―― あるいは、文字通り『毒』なのかもしれない。 こちらの心をどうしようもなく惑わし、理性を麻痺させて、抑えを効かなくさせる毒。 奪っているのは、本当はどちらなのだろう。オレが彼女を奪っているのか、それとも、実のところ逆なのか。 『毒』に浸された意思の命じるまま、唇で背から肩にかけての曲線を撫で上げ、ぼんやりそんなことを思う。 「……だけど、反対に、都合悪いところもあるな。この服」 呼気の熱を間近に感じさせる距離で再び呟くと、マールはわずかに現実に戻り、顔をこちらに向けた。何のこと、と視線で問いかける彼女に、いたずらめかしてクロノは笑う。 「見えるから、この辺にはキスマークがつけられない」 「…………バカ」 消え入るような、愛しい非難は聞こえないふりをし、服の背に指先をかけて下に引っ張る。背すじ沿いに強めに吸いつくと、なめらかな肌の中、そこだけうっすら跡が浮いた。それは、彼女が自分のものであるというしるしに見えなくもない。 ふと、子供じみた所有権を言葉で示すかわりに、そのしるしをもっとたくさん刻んで、ずっと残してしまいたくなった。自分以外の何者にも彼女を奪わせないように。 ……だったらいっそのこと、見えるところに跡をつけた方がいいのか。馬鹿な考えがちらりと頭をよぎる。 まあ、でも、それは後々ゆっくり考えよう。 夜はまだ、始まったばかりなのだから。 |