● 未来への賛歌 ●




 窓から差し込む春の柔らかな光が、まるで自然のスポットライトのように彼女を包んでいた。
 純白のベールと、輝く宝石に彩られた婚礼衣裳。
 長く艶やかな金の髪を下ろし、薄く紅をさして鏡台の前に立つマールは、幼い頃に憧れた花嫁姿そのものだった。
 ―― 教会の、花嫁の控え室。
 友として面会に来たルッカは、部屋に迎えられてみて、その姿に目を奪われた。

「どうかな。似合う?」
 ほんの少しはにかむように、マールが首をかしげる。
 そんな仕草のひとつさえ、彼女の持つ可憐さを際立たせていて。
 ルッカは目を瞬き、にっこり微笑んだ。
「ええ。すごく綺麗よ」
「えへへ、ありがと!」
 マールは貴婦人がするようにお辞儀をしてみせた。
「でも、やっぱりこういうのって、私にはちょっと窮屈かな」
 それを聞いて、ルッカは苦笑する。
 見た目は、あの頃 ―― 時空を渡る旅をしていた頃よりもぐっと大人びて、面差しには王族然とした気品さえ漂っているというのに、中身は相変わらずだ。もっとも、それでこそ彼女だという気もするけれど。
「そんなクロノみたいな言い方するんじゃないの。せっかくの晴れの衣裳なんだから」
 からかう調子で、軽くマールの頭を小突く。
 ……と。
 彼女の表情が、不意に陰りを見せた。
「……クロノに、もう会ってきたの?」
「いいえ、まだこれからよ。でも、あいつの言いそうなことはだいたい予想つくもの」
「…………」
 マールは言葉を切り、瞳を伏せた。
「マール?」
 不思議に思い、声をかけると、マールは叱られた子犬のような顔をして、言いにくそうに口を開いた。
「……ごめんね。ルッカ」
「どうしたの、急に? ……何のこと?」
「―― クロノのこと」
 ルッカは一瞬どきりとしたが、それを隠して笑った。
「また、その話? 前にも言ったでしょ。あいつは弟みたいなもんだって」
「でも……」
「でもも何もないわ。この話はここでおしまい!」
 まだ何か言いたげなマールを遮り、ルッカは話を切り上げた。
「それより、渡すものがあるの」
「……渡すもの?」
「そう。はい、これ」
 言って、ルッカは片手に乗るくらいの小さな箱を差し出した。シンプルな包装に、可愛らしいリボンがかけてある。
 マールはきょとんとしてそれを受け取り、尋ねた。
「開けてもいい?」
「ええ、もちろん」
 優しく目を細め、破顔する。
 包みを丁寧に開いて、マールは睫毛をしばたたいた。
「これ……?」
 中に入っていたのは、忘れな草をかたどったコサージュだった。
 マールの瞳と同じ色をした小粒のアクアマリンが、華美になりすぎない程度にあしらってある、上品な風合いのものだ。
 戸惑うマールに、ルッカはうなずいて、受け取るよう促した。
「結婚のお祝い。私からのプレゼントよ」

 サムシングブルー ―― 青いものを身につけた花嫁は幸福になれるという、古い言い伝え。
 科学に重きをおき、行動の礎としているルッカには、むやみに迷信を頼みとする習慣はない。
 ……それでも、時には信じたくなる。
 そう……こんな日には。

「大して高価なものじゃないから、そのドレスには不釣り合いかもしれないけど……」
「ううん……全然、そんなことない」
 マールは大きく首を振り、嬉し涙のにじんだ双眸をきらめかせた。
「ありがとう、ルッカ!」
 ―― そして、今度はルッカが目を見張る番だった。
 マールが包みを胸に抱きしめたまま、頬にキスしてきたのである。
 しばしポカンとした後、ルッカはまばたきし、苦笑を浮かべた。
「もう……。私、そのケはないわよ?」
「うん、知ってる」
 いたずらめかして言うマールに、ルッカはわざと真面目くさった顔をした。
「そういうのはね、新郎に対してだけしときなさい。あいつ、ああ見えて案外やきもち焼きなんだから」
 すると、マールはゆっくりかぶりを振って微笑んだ。
「ルッカは特別だもの。……ルッカのこと、大好きだよ。私も、クロノも」
 屈託ない瞳。
 ……変わらない、笑顔。
「そうね。私も大好きよ、二人のこと」
 自分でも驚くほど素直に、言葉が出た。

 ―― 少しだけ、胸は痛むけれど。
 でも。……だからこそ。
 心から願う。
 心から……祈る。

「幸せになるのよ。二人で、必ずね」
 そっと両手をとり、ルッカは、かけがえのない親友を見つめた。
 マールは自分の胸元に顔を埋めるようにして、深くうなずいた。

「……さ、それじゃ、私はもう行くわね。クロノにもハッパかけてこなくちゃ」
「あ……ルッカ!」
「何?」
 出て行きかけるルッカへ、マールは鏡台に置いてあったブーケを差し出した。
「このブーケ、私、ルッカのところに投げるから。だから、きっと受け取ってね。約束だよ!」
 泣き笑いの顔で、親指を立てる。
 ルッカは同じように指を立ててウィンクし、返事に代えた。


 ずっと胸につかえていたもののひとつが溶け出したような気持ちで、ルッカは部屋を後にした。
(さて、後は……)
 次なる部屋に足を向け、扉の前に立つ。
 大きく深呼吸し、ルッカはドアをノックした。

「クロノ、いい? 入るわよ」


 −END−


<オマケのあとがき>

(1)『小さな別離』とつながった話というのは目次にも書きましたが、『小さな〜』を書いた時点ではこの話は考えてませんでした。マールサイドの話も作れたらいいなと漠然とは思ってましたが、ネタがなかったので。思いつくヒントになったのは『ミラクル』というマンガ(作/米沢りか)でした。結婚式で女の友人からサムシングブルー(青いもの)のプレゼントというのと、「キスは新郎に」というのはそのマンガに出てきた1シーンが元ネタです。

(2)で、このサムシングブルー……本当はサムシングニュー(新しいもの)、サムシングオールド(古いもの)、サムシングボロー(借りたもの)というのを含めて4つで一揃いのジンクスらしいんですけど。話の都合上、青いものだけにしてしまいました……。でも、地域や国によってはこれと似たジンクスでも細部が異なってるようですので、まぁ良いかな、と……ダメですか;

(3)また、ブーケトスでルッカに花束を……というのは、かれこれ3年前、某クロノサイトの掲示板でPS版ムービーの話が出た時に「マールが花束を投げたその後はルッカがキャッチして親指立ててガッツポーズ、その傍らに小型ロボが一緒にいて、みんなで笑ってハッピーエンド!とかが良かった」とおっしゃってた方がおられまして。それが脳裏にあったからです。……ホンマにそうだったらどんなにか……ッ!!(血涙) ゴメン、しつこくて……。

(4)『小さな〜』の姉妹編なので、意図的に会話も重ねてある部分があります。ええ、別に書き手のイマジネーションの引き出しが狭くてパターン化してるとかそういうことじゃないです、けっして!!(爆) そーいや、姉妹といえば、最初はこの話の中でマールがルッカのこと「ルッカおねえちゃん」と呼ぶ場面を入れようかな……とちょっと思ってたんですが、結局やめました。色々思うところがありまして。

(5)コサージュの花を忘れな草にしたのは花言葉(「真実の愛」)からでしたが、アクアマリンは単に自分の好みで選びました(名前もありますが。マールの属性「水」だし)。でも、書き上げた後でちょっと調べてみたら、アクアマリンというのは幸せと永遠の若さ、富と喜びを象徴する「幸福・不老の石」なんだそうで……。こういう偶然ってあるんですね。



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