● エピソード10:夜明けの救出劇 ●




 隠された通路の先は窓もなく、曲がりくねって複雑な迷宮を成していた。幸い明かりは点々と続いていたが、回り込んでスイッチを押さなければ開かれない扉だの、乗ったとたんに滑り台のごとく下まで突き落とされる階段だの、ぎらぎらとした槍穂の仕掛けられた床だのが行く手を阻む。そこにかてて加えて、魔物たちが次々現れ、クロノたちは幾度も歩みを止めることになった。だが、いずれの魔物も彼らの、殊にカエルの敵ではなく、怪我らしい怪我を負うこともなく、三人は奥へ奥へと進んでいった。
「……しっかし、入り組んだ建物だよな」
 クロノがぼやいた。
「いいかげんほとんど見て回ったはずなのに……。王妃様はどこにいるんだろ」
「間に合うといいんだけど」
 珍しくルッカの表情にも焦りがにじんでいる。
「これで、もしここにいないんだったとしたら……」
「いや、おそらくそれはない」
 カエルが確信を込めて言った。
「リーネ様はこの修道院のどこかに必ずおられる。そのことは間違いないはずだ」
 いくつめになるのかもう数える気にもなれない曲がり角を折れ、ややこしい仕掛けを解き、立ちふさがる魔物を退け、やがて三人はひとつの扉の前に来た。
 中は細長い渡り廊下のようなつくりの空間だった。毒々しいマゼンタの絨毯が奥まで伸び、その終点にはさらに扉がある。……そして、その途中には、ドレスをまとったうずくまる人影。
「リーネ王妃……?」
 ルッカの呟きに、その人物が顔を上げ、駆け寄ってきた。
「あ……ああ……! 王国の方々ですのね? 助けに来て下さったのですね!」
 クロノは一瞬息を呑んだ。彼女は驚くほどマールに似ていた。違う所といえば、髪の結い方ぐらいか。マールを少し大人びさせたらこうなるだろうという顔だちで、王妃と直接面識を持たない二人にも確信できた。彼女がリーネなのだと。
 ……だが。
「何者だ、おまえは」
 クロノの手をとろうとした王妃に、カエルは剣を突きつけていた。
「カエル……!? 何を言ってるんだよ?」
「そうですわ。私の顔を見忘れたのですか? 私は…」
「王妃だとでも言う気か?」
 吐き捨てるようにカエルは言った。
「見た目はごまかせても気配まではごまかせん。……これ以上、リーネ様を愚弄するな!!」
「!」
 剣が振り下ろされ、クロノとルッカは思わず目を覆った。しかし悲鳴は上がらなかった。王妃は切っ先をかわし、ドレスを優雅に翻して宙返りして見せたのだ。
「フ……ン。間抜け揃いかと思いきや、王国にもなかなか鼻の利く奴がいたんだな」
 嘲笑するや、王妃は魔物に変化していた。
「あ……!」
「やはりか。リーネ様を……本物の王妃様をどこへやった?」
「さあな。なんなら、力づくで……ヒッ」
 魔物は喉の奥で声を凍りつかせた。首元には木の葉一枚入る隙もなく剣先が滑り込んでいる。
「もう一度だけ訊く。リーネ様はどこだ」
「……こ……この先の部屋だ……」
 手足をわななかせ、魔物は言葉を絞り出した。だが、いきなり口元に薄く笑みを浮かべたかと思うと、魔物はパッと巨大なコウモリに姿を変え、素早く天井に舞い上がった。
「あっ! こいつ……!」
「いい、放っておけ」
 色をなすクロノを、カエルが制した。
「それより今は……」
 そうして奥の扉に向かった彼に、コウモリが高笑いを浴びせた。
「ハハハ、ばぁか、扉の鍵は俺様が持ってるんだ! 開けられるもんかよ!」
 カエルは一切それには頓着しなかった。
 扉の前に立ち、気合い一閃、剣をきらめかせる。鈍い金属音がして、次の瞬間、錠は扉の隙間から鮮やかに断ち切られていた。改めてクロノとルッカはその腕前に目を見張った。
「な……!?」
 面食らったのは魔物も一緒だ。ぎっ、と歯噛みし、扉に手を掛けたカエルに急降下をかける。
「行かせるか……!」
 だが、そこまでだった。
 魔物はカエルに一撃を加えることすら叶わず、空中で二枚に下ろされ、かき消えることになった。
「行くぞ」
 カエルは静かに促した。


 分厚いカーテンのような雲が徐々に薄紫に染まり、その切れ間から太陽がすべらかな金糸に似た帯を窓辺に投げかけている。
「夜明けか」
 マノリア修道院の最奥に当たる隠し部屋で、窓越しに朝日を眺めながら、大臣が呟いた。
「まるであなたの髪のような光ですな、リーネ様?」
 床に裳裾を広げたリーネは、口をつぐんだままだった。両手を背中で縛られ、自由を奪われながらも、気丈な瞳で大臣を睨みつけている。
「そう怖い目をなさいますな。どうせなら私などではなく、窓の外でも眺めなさってはいかがですか。何しろ、その瞳に映す、この世で最後のものになるのですから」
「―― そんなことはさせない!」
 部屋に聞き慣れぬ少年の声が響いた。
 大臣は驚き、振り向いた。鍵がかってあったはずの扉がいつのまにか開け放たれ、三つの人影がそこに立ちはだかっていた。
「この世で最後になるのはあんたの方よ」
 奇妙な金属の筒を手にした眼鏡の少女が言った。そして。
「大臣……いや、ニセ大臣と言うべきか。おまえの謀略もこれまでだ」
「……カエル!」
 リーネは顔を輝かせた。ずっと監禁されていたためにふらついてしまう足を励まし、なんとか立ち上がる。
「カエル……ああ、やはり来てくれたのですね……!」
「王妃様、どうかお下がり下さい」
 カエルが素早く王妃を背にかばい、ニセ大臣に向き直った。
 その後に続いたルッカが倒れかかりそうになるリーネを支え、クロノはカエルに並んで刀を構えた。
「ルッカはリーネ様を頼む。クロノ、援護してくれ」
 二人は力強くうなずいた。
 戦いの巻き添えにならないように、ルッカがリーネ妃を扉の外へ移動させ、縄を解いた時。
「……ほう、おまえは……。なるほど。既にお見通しと言うわけか?」
 ニセ大臣の顔に、いやらしく歪んだ笑いが広がった。
「蛙ふぜいが生意気に。……よかろう、まずは貴様らを血祭りに上げてくれるわ!」
 瞬時にニセ大臣の身体が数倍に膨れ上がり、毛むくじゃらの怪物に変化した。琥珀の毛並みに巨大な三叉の爪、悪魔のようなねじくれたツノ。顔の半分ほども裂けた口からは、らんぐいの牙がぬらりと覗いている。
「やはりヤクラ、貴様か」
 まったく動じずに、カエルは目の前の化け物を見据えた。
「汚い手を使いやがって!!」
 カエルが猛然と切りかかった。半歩遅れて、クロノもまた床を蹴った。
 だが、ヤクラはその大きさに見合わぬ俊敏さで時間差の連撃をかわした。
「何っ!?」
「遅い遅い。攻撃とはこうするんだ……そらっ」
 ヤクラは縦横無尽に壁に跳ね返りながら、クロノたちへと弾丸のような体当たりをかけてきた。
「うわあっ!?」
「ぐッ」
 跳ね飛ばされ、床に転がる二人。
「クロノ! カエル!」
 ルッカが叫んだ。その隣でリーネは顔を蒼白にしている。
 しかし、クロノとカエルはすぐさま立ち上がり、再び臨戦体勢をとった。
「おや、まだ懲りないのか」
 おどけた口調で言い、ヤクラは爪を打ち鳴らした。次の瞬間、またしてもクロノたちは巨体に吹き飛ばされてしまう。
「……ちくしょう……」
 クロノがうめいた。体当たりをかわすことに集中すれば、おそらく避けて避けられないことはないだろう。だが、それではいつまでたっても攻撃に転じることができない。
 カエルも同じことを考えたらしい。
「なんとか奴の動きを封じなければ……」
 その呟きに、クロノは頭を巡らせた。
(動きを……)
「―― そうだ!」
 小さく叫び、横に跳躍する。
「フェイントか? 無駄無駄!」
 ヤクラは鼻で笑った。
 が、怪物が狙いを定めたその瞬間、クロノはパッと刀を横に構え、顔の前にかざした。不意にしろがねの刃が陽光を反射させてまばゆくきらめき、ヤクラの目の前を金色に染める!
「く……! 目、目が……」
 よろめいたその隙をカエルが見逃すはずもない。一直線に剣が閃き、直後、クロノの一撃とあいまって、魔物の胴体には巨大な斜め十字の傷が刻み込まれていた。
「そ……んな……」
 身体を痙攣させ、ヤクラは腹這いに倒れ込んだ。
「やった……か?」
 カエルが息をついた。ヤクラはぴくりとも動かない。
 クロノは微笑み、親指を立てた。
「……二人とも、大丈夫?」
 ルッカが走り寄ってきた。その後を、リーネが不確かな足取りで追う。
 と、その時。
「……かかったな!」
 ヤクラがカッと目を見開いた。
 ボシュッ!!
 背から撃ち出された太いツノのようなものが天井に飛び上がり、王妃に向かって落下する。肝心の目的だけでも遂げるために……!
「あ……危ないっ!!」
 とっさにルッカは身体を捻り、王妃を突き飛ばした。
 鋭い音がして、倒れ込んだ二人の傍にツノが突き刺さる。
「この……!」
 カエルが剣を振り上げたが、その刹那、ヤクラは消え去った。
「くそっ!」
 何もなくなった空間にカエルは剣を突き立てると、王妃たちの元へクロノと共に駆けつけた。
 声をかけると二人はゆっくり身体を起こした。どうやら無事だったらしい。クロノたちは胸をなでおろした。
 が、ルッカが立ち上がろうとして、わずかに眉をひそめた。
「どうした?」
 それを見咎め、カエルが尋ねると、ルッカはそっけなく答えた。
「別に。なんでもないわ」
「……そうか? それならいいが……」
 カエルはやや腑に落ちない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。
「申し訳ありません……私のために……」
 リーネが口を開いた。
「カエル。それに、そちらのお二方も……本当に、なんとお礼を申し上げて良いのか」
「いいんですよ。当然のことをしただけですから」
 クロノが言い、カエルがうなずいた。
「さあ、王が心配しておいでです。城に戻りましょう」




<オマケのあとがき>

(1)エピソード10で書きたかったことその1:カエルの強さ。剣術においてカエルはダントツに(この時点のクロノが問題にならないほど)強い! というのがウチの設定ですので、うまくそれを出したいなあ、というのがありました。それにカエルは王妃救出イベントでのキーパーソンでもありますしね。

(2)書きたかったことその2:クロノとルッカの活躍。前回のあとがきにも書いてる通り、クロノ・ルッカ・カエルのうちどの一人が欠けてもダメ、という状況を目指したため、カエルばかり前面に押し出すわけにもいかなかったわけです。これで難しかったのはクロノの活躍(笑) (1)との絡みで彼をどう目立たせていいやら、という状態になってしまって……(大概の敵ならカエル一人でカタがついちゃうから) だから、反射光で動きを止めるというのは苦肉の策……というか苦し紛れです; 戦闘シーン書くの苦手なんですよ〜〜〜(泣)

(3)書きたかったことその3:「ヤクラ戦ではエックス斬り」。ゲームをプレイして、この戦いで一度もエックス斬りを使ったことのない人って多分滅多にいないと思うので。私自身のイメージとしてはOPムービーのエックス斬り。文を読んで、もしアレを思い浮かべて頂けたなら嬉しいっス。あの場面、個人的にめちゃお気に入りなのですv

(4)「戸の隙間から鍵を斬る」……わかる人にはわかるかも。元ネタは某スレ●ヤーズ(爆) まー、カエルならこのぐらいできるでしょう。

(5)ヤクラを倒した直後、別にカエルは油断してたわけではないですが、位置関係的にリーネを助けるのが間に合わなかったということで……(言い訳) すみません、書き上げてずいぶん経ってからこのこと(カエル登場時と状況がかぶること)に気づいたんで、今更直しようがなく(大汗)


 TO BE CONTINUED >>> (本編第三章・4)

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