● エピソード11:帰還 ●




 王妃と本物の大臣(あの後、同じ部屋に密かに囚われていたのを助け出した)を連れて凱旋すると、城は上を下への大騒ぎだった。見つかったばかりの王妃がまたも消えたと知れ、その直前に会っていたと目される客人が真夜中に城を抜け出し、大臣までもが行方不明……これで騒ぎにならないはずがない。そこのところへさらに騒動の張本人たちが揃って城に着いたものだから、混乱は頂点に達し、クロノたちは事情を説明するのにも一苦労であった。……しかし、ともあれ。王国暦六〇〇年の王妃誘拐事件は、ここに解決の目をみたのである。
 ―― そして。


「助けて頂き、本当にありがとうございました」
 王宮、謁見の間。
 リーネが王の隣に坐し、その前にひざまずいたクロノ、ルッカ、カエルの三名に改めて礼を述べた。
「あと少し、あなた方が来るのが遅ければ、私はどうなっていたか……」
「私からも深く礼を言う。……よもや、魔物が大臣に化けておったとは」
 王が渋面をつくると、脇に控えた大臣が強く同意を示した。
「まったくもってとんでもない奴ですな、あのヤクラめは! このわしになりかわり、リーネ様をさらうなど!」
「だが、そなたらのおかげで魔王軍のたくらみは潰えた」
 王は満面に笑みを浮かべた。
「何か褒美をとらせぬといかんな。希望があれば申してみよ」
 その時、カエルが立ち上がった。
「おお、カエル。何が望みじゃ?」
「……いえ。私にはそのような資格などないのです」
 カエルは頭を垂れ、玉座を背にした。
「リーネ様を守りきれず、面目次第もございません。もしも望みがあるとするならば、それはこの城を出ていくことです。……失礼致します」
「カエル!」
 呆気にとられる面々を残して退出する彼を、クロノが追いかけた。
「ちょっと……もう!」
 ルッカは顔をしかめると、
「王様、それから王妃様。申し訳ありませんが、私も少々失礼させて頂きます」
 一礼して、二人を追った。


「カエル! 待てってば!」
「カエル! 待ちなさいよ!」
 廊下にクロノとルッカの声が重なった。そこへきてようやくカエルは振り向いた。
「……なんだ?」
「なんだじゃないよ!」
「なんだじゃないわよ!」
 二人の台詞がまた合奏になる。
「揃ってがなりたてるなよ。妙なところで気が合うんだな、おまえたち」
「はぐらかさないで。どういうつもりなの?」
 ルッカが責めるように言った。
「そうだよ。なんであんなこと……」
 クロノも詰問するような口調だ。
 カエルはため息をついた。
「どういうつもりも何も、さっき言った通りさ。俺は城を出る」
 クロノとルッカは目を見張った。
「どうして? そんな必要ないだろ!?」
「そうよ! それどころか、あなた、必要とされてるんじゃないの? こんな時代なのよ、またいつあなたの腕が要る時が来るかもしれないのよ!」
「必要、か」
 カエルはどこか皮肉めいた、自嘲的な表情になった。
「俺が近くにいたために王妃様を危険にさらしたんだ。……それに、おまえたちのような奴もいる。俺はもう必要ない」
「そんな……でも!」
「……じゃあな」
 話は終わりだ、とばかりカエルは再び歩き出した。
「俺も感謝してるぜ、クロノ、ルッカ。修道院じゃ本当に助かった」
 そしてふと思い出したように振り向き、ルッカの手に小さな包みを放り投げた。
「何よこれ?」
「痛み止めの薬草さ。さっき医務室でもらっといた」
 カエルは肩越しに手を振ってみせた。
「ひねった足で無理するもんじゃないぜ」
「……!」
 ルッカの頬にさっと赤みがさした。王妃をかばった時の負傷。大したことないからと黙っていたのに、見透かされてたなんて。
「怪我してたのか? ルッカ」
「……まあね」
 ちっとも気づかなかったらしい鈍感な幼なじみを横目にしてから、ルッカはカエルの背を見送った。
「―― カエルも悪くないもんね」
 ぽつりと呟くと、クロノが驚いてまばたきした。


 そうして謁見室に戻ってきた二人だったが、彼らも結局褒賞は受け取らなかった。クロノは先だって譲り受けた刀で充分だという理由から。また、ルッカはあえて何も言わなかったが、自分の失敗で歴史を狂わせたという自責の意識があったためだった。
 二人が固辞したことを王や王妃は残念がったが、それならば、と付け加えた。
「何かあった場合は国をあげて力になろう。その時は遠慮なく城を訪ねるとよい」
「……ありがとうございます」
 頭を下げながら、けれども、クロノとルッカは同じことを思っていた。多分もうこの城に、この時代に訪れることはないんじゃないか、と。
 歴史を修正した以上、ここに留まる理由はない。あとはマールを連れて元の時代へ帰るだけだ。クロノが懸念していた帰る方法にしても、ルッカがちゃんと確保している(「でなきゃ私がここにいるわけがないでしょ?」)と請け負った。
 二人は王たちにいとまを告げると、王妃の部屋へ急いだ。
「きっと王女は姿を消した場所に戻ってるはずよ」
「……だといいけど……」
 クロノたちは部屋に駆け込むように入った。……すると……
 ―― はたしてマールはそこにいた。
 消えた時と寸分違わぬドレス姿。涙を浮かべた顔。
「……クロノ!」
 視界にクロノの姿を認めた瞬間、マールはまっすぐその胸めがけて飛び込んだ。
 クロノは目を丸くして硬直した。
「あ、あの……マール?」
「怖かった。すごく怖かった……っ」
 シャツに顔を埋めたまま、マールは肩を震わせた。
「意識がないのに、暗くて、冷たくて、寂しい場所に独りきりなのがわかるの……。死ぬって、……あんな感じ、なの……?」
 赤ん坊のようにしがみつくその様子に、クロノはすっかり途方にくれてしまった。ところが、困惑の視線をルッカに送ると、彼女は慰めろと言わんばかりに顎をしゃくってみせるのである。
 クロノは天井を仰いで頭を掻いた。何を言うべきか考える。……が、どうにも良い言葉が思い浮かばない。さまよう目線が自然、泣きじゃくる少女に戻る。
 ひとつ吐息をもらし、彼はしばらく拳を無意味に握りしめたりほどいたりしていたが、やがて無言のまま、その背にぎこちなく片手を伸ばしてそっと叩いた。
 マールが涙に濡れた目をゆっくり上げた。
「……ごめんなさい……ありがとう……」
 何度か大きく息をついて体を離し、頬を指でぬぐう。
「でも、なんだったのかな……? あんな風に、いきなり……」
「そのことに関しては、私からご説明申し上げます」
 沈黙を守っていたルッカが、クロノが口を開くより先に一歩進み出て言葉を差し挟んだ。マールが驚いてそちらに目を遣る。
「あ……ルッカも来てくれたんだ。ありがとう!」
「恐縮に存じますわ、マールディア様」
「……え?」
 マールの表情が戸惑いに染まる。
「マールディアって、まさか……もしかして」
 ルッカはうなずき、恭しくひざまずいた。
 マールは弾かれたようにクロノを見上げた。……気まずそうな、困ったような翡翠の瞳が、彼女を見つめ返していた。
「……バレちゃったみたいね……」
 悪戯を見つけられた子供の顔で、マールは舌をぺろりと出した。


「―― 意図したことではないとはいえ、私が王女様を危機に陥れたことは紛れもない事実です」
 事の顛末を語り終えると、ルッカは神妙な面差しで額づいた。
「言い逃れは致しません。既にどのような罰も受ける覚悟はできております」
「お…おい、ルッカ!?」
「あんたは黙ってて。これは私の責任よ」
 慌てるクロノにルッカはぴしゃりと言い、マールに向き直った。
「さあ、どうぞご断罪を」
「ちょ、ちょっと待って!」
 マールは焦って顔の前で両手を振った。
「そんな、裁くなんて……。私はこうして無事なんだし、何よりそれってルッカたちが助けてくれたからなんでしょ? 罰するなんてできっこないよ! ……ねえ、だから顔を上げてよ、ルッカ」
「マールディア様……ご寛恕、痛み入ります」
「んもう! そんなかしこまる必要もないってば!」
 頬を膨らませてから、マールはふと表情を曇らせた。
「……それに……謝らなきゃならないなら、私だってそうだよ」
 クロノとルッカは目を瞬いた。
「ごめんね。クロノのこと……ルッカもだけど、だますつもりじゃなかったの」
 マールはゆっくり背を向け、窓辺に手をかけた。
「でも、私だって男の子と一緒にお祭りを見て回ったりしたかったんだもん。普通の女の子みたいに……。『マールディア』って呼ばれるより、『王女様』って呼ばれるより、『マール』って呼ばれる方が、ずっと嬉しかった。……だけど。王女だってわかったら、そんなふうに呼んではくれない。きっとお祭りを一緒に見ようって言っても断られちゃう。……そう思ったの。だから……私……」
 かすかに声を震わせて、マールは黙り込んだ。―― 一瞬、沈黙が落ちる。
 それを破ったのはクロノだった。
「オレ、だまされたなんて思ってないよ」
 マールは驚いて振り向いた。
 クロノは鼻の頭を擦って言葉を続ける。
「そりゃあ、王女様だって知った時はびっくりしたけどさ。……それに、確かあの時、言ってただろ。慣れてない場所だから心細いって。あれは嘘だった?」
「ううん、それは本当よ。だって、今まで街に出たことなんてほとんどなかったもの」
「なら、オレに断る理由はなかったよ」
 クロノは微笑んだ。
「知り合った子が、たまたま王女だったってだけさ。……そうだろ? マール」
「……う、うん!」
 当惑していたマールの顔が、たちまち花のようにほころんだ。
「さっすがクロノ! 私たち、友達よね!」
 クロノはにっこりとうなずいた。……と。
「意外とキザねー、あんたも」
 ルッカが横でニヤリとした。
「いつからそんな歯の浮く言い回しを覚えたわけ?」
「……あのなあ、まぜっかえすなよ!」
 クロノが頬を紅潮させると、マールは楽しそうに笑った。
「ね、本物の王妃様も無事に帰ってきたんでしょ? 私たちも帰ろうよ」
「そうですね」
 ルッカが同意した時。
「あーあ、やっとこれ…で……?」
 伸びをしたクロノが突然ふらついた。
「どうしたの?」
「いや、なんかさ……。安心したら……急に……」
 曖昧に笑うと、クロノはそのまま床に崩れ落ちた。
「きゃあああっ、クロノッ!?」
 マールが叫んだが、
「……呆れた」
 ルッカはかがんでクロノの顔を覗き込み、信じられない、というようにかぶりを振った。
「寝てるわ、こいつ」


 ―― 翌朝。
 出立の準備を整えたクロノたち三人は、長廊下でウォルド騎士団長に呼び止められた。
「お身体の方はもうよろしいのですか、クロノ殿」
 その言葉に皮肉はまったく含まれていなかったが、クロノはばつが悪そうに髪を掻いた。
「はあ……おかげさまで」
「ごめんなさい、お世話をかけて」
 ルッカが頭を下げると、ウォルドは言った。
「とんでもない。こちらの方こそ、あなた方には大変お世話になったのですから。……もう行ってしまわれるのですか?」
「はい。帰りを待ってる人もいますから」
「そうですか……。それでは、お引き止めするわけにもいきませんね」
 ウォルドは少し寂しげに微笑んだ。
「正直申し上げれば、あなた方には今しばらくだけでも城に残って頂きたかった。カエルという、王妃様の優秀な護衛騎士がいなくなってしまったところですからね……」
 クロノたちは思わず顔を見合わせた。もっとも、マールは詳しいいきさつを知らなかったので、不思議そうにクロノとルッカを見ただけだったが。
「魔王軍もリーネ様誘拐に失敗した以上、本腰を入れてくるはずです。道中、くれぐれもお気をつけて」
 クロノはうなずいた。
「ウォルドさんもお元気で」
「絶対魔王軍に勝ってね」
 マールがにこっと笑いかけた。
「じゃないと私、また消えちゃうかもしれないもん」
「………??」
「あー、えーと、それじゃ!」
 目を瞬く騎士団長にとりなすように言い、クロノたちはその場を後にした。
 途中、ガイアルともすれちがった。ガイアルはクロノの顔を見つけると、苦虫を噛みつぶしたような表情でそっぽを向き、通り過ぎる瞬間に振り向いてアカンベーをした。
「何あれ?」
 ルッカが怪訝そうに眉根を寄せた。
「ホント、失礼しちゃう!」
 マールも頬をふくらませた。クロノは苦笑いして、
「まあ、色々あったからさ。気にするなよ」
「クロノ、あの男の子知ってるの?」
「……ちょっとね」
 言いながら、クロノは思った。
 結局この誤解は解決しなかったみたいだな、と。




<オマケのあとがき>

(1)私の場合、毎回カエルが謁見の間を出た直後に追っかけてしまうので最近まで知らなかったのですが、マールを連れてから会話ってのもアリだったんですね〜(基本)。でも、すぐ追いかける方が自然……ですよね? ね?(同意を求めるな)

(2)カエルとルッカの会話、微妙にカップリング風味(笑)。まあ、ここに特別な感情があると見るか否かはご自由に。自分としてはどちらとも取れるように書いたつもりなんですけど。

(3)クロノが爆睡こいた理由。というより、私がそうさせた理由は、気の毒だから。この後も怒涛の展開が待ち受けてるのに、寝不足でフラフラじゃ……。エピソード7で食事させたのも同じ理由だったりします。ずっと飲まず食わずじゃ可哀想ですもん(それ以前に戦えないだろうという実際的な問題も)。こういう辺り、ファンの発想なんでしょうか。……その割にゲームよりひどい目にも遭わせてないかって? 気のせいです。(笑)

(4)文中に書いてませんが、マールは出発前に元の服に着替えてます。ついでに、三人とも食事をご馳走してもらってます。


 TO BE CONTINUED >>> (本編第四章)

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