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丈の低い木が並ぶ隙間からトルースの村を見下ろせる、裏山の草原。 中世に初めて降りたった時の場所に、クロノたちは戻ってきていた。 「それで、どうやって元の時代に帰るんだ?」 クロノがルッカに向かって訊いた。 今さらこんな疑問を口にしたのは、例によって『裏山に着いてからのお楽しみよ』と教えてくれなかったからである。 ルッカはクロノの言葉にニッとして、宝石飾りのようなものがついた小さな金属製の杖を鞄から取り出した。 「これを使うのよ! その名も『ゲートホルダー』!!」 「それ、どんなふうに使うの?」 好奇心いっぱいの瞳でマールが尋ねると、ルッカは急に改まって、 「畏れながら、マールディア様……」 「マールでいいってば!」 途端、むくれだすマール。 「かしこまる必要ないって、昨日も言ったでしょ?」 「で、ではマール……論より証拠、まずはご覧下さい」 言って、ルッカは草原のほぼ中心に立ち、その『ゲートホルダー』なるものを高くかざした。すると、卒然と宝石飾りが七色に明滅し、空中にあの虹色の穴が開いたのだった。 「……すごーい!!」 マールが盛大に歓声を上げた。 「ね、クロノ、すごいよね!」 「あ、ああ……すごいな」 マールに揺さぶられながら、クロノも感嘆の声をもらす。 「オホホホホ! このルッカ様の手にかかれば、このぐらいは朝飯前……し、失礼しました」 二人の反応に思わず鼻を高くしたルッカは、マールを見て慌てて咳払いした。だが、 「もう! 話し方も普通でいいの!」 マールは口を尖らせた。 「ルッカの方が私よりずっと、ずーっとすごいんだよ。私は王女かもしれないけど、なんにもできないんだから」 「……そうですか? では、お言葉に甘えて……」 ルッカはひとつお辞儀をしてみせると、教師さながら説明を始めた。 「この穴……ひずみって言った方がいいかしら。私はこれに『ゲート』って名付けたんだけど、ゲートは、違う時代の同じ場所につながっている『門』のようなのよ。出たり消えたりするのはゲート自体が不安定だからなの。そこで、テレポッドの原理を応用して、この……」 と、ルッカはゲートホルダーを示した。 「ゲートホルダーを使って、ゲートを安定させてるってわけ」 「だけど、なんでゲートはあの時突然現れたの?」 マールが首を傾げると、クロノが横からこっそり耳打ちした。 「どうせいつものことだよ。ルッカの発明は毎回、何か起こさずにいられないんだから」 「な・ん・で・す・っ・て?」 「……いや、なんでもない」 氷の視線にクロノは首をすくめた。 ルッカはマールの方を向き、 「詳しく調べてみないと何とも言えないんだけど……多分、テレポッドで空間をねじれさせた影響じゃないかと思うのよ。あるいは、もっと別の何かが関係してるのかも」 「ふーん……? なんだか難しいんだね」 マールは曖昧にうなずいた。 「とにかく、これで帰れるんだよね? 帰ろうよ、私たちの時代へ」 「じゃ、行くわよ!」 ゲートにルッカが率先して飛び込み、クロノとマールがそれに続いた。次の瞬間、空中を泳ぐような独特の感覚が三人を包んだ。 「わーい、やっと帰ってこられた!」 ゲートから軽やかに降りたち、マールは髪をなびかせて、くるんと爪先で回った。 いなくなった時と少しも変わらぬ風景が、心地よい青空が、彼女たちを出迎える。 「ごめんなさいね、マール。本当に大変な目に遭わせちゃって」 「ううん、そんなことないよ。ちょっと怖かったけど、滅多にできないような経験がたくさんできたもん」 マールは屈託なく笑った。 「それに、こんな素敵な友達が二人もできたし。ね?」 「でも……考えたら、二日も行方不明になってたわけだろ? オレたちってさ」 クロノが心配顔をした。 「もしかして大騒ぎになってたりするんじゃ……」 「ああ。それならきっと心配いらないわよ」 すかさずルッカが請け負った。 「心配いらない? なんで?」 「こっちでは二日も経っていないはずだもの。せいぜい一、二時間ってところね」 「へ?」 クロノは顔中に疑問符を浮かべた。 「どういうこと?」 と、マールもまつげを瞬いた。 ルッカはあごに手を当て、 「うーん……どう説明したらいいのかしら。つまりね、中世で過ごした時間の流れが、そのまま平行して現代の世界でも流れてるってわけじゃないのよ。向こうにどんなに長い間いたとしても、このゲートは現代の『今、この時』にいつでもつながってるわけだから、こちら側での時間は流れていないも同然になるはずなの」 「???」 「要するに、私たちはここを発った時刻……正確に言うと、私がゲートをくぐった時刻だと思うけど……と、ほとんど同じ時刻に帰ってきたわけ」 「はあ……」 「ふーん……」 わかったような、わからないような、微妙な表情で唸った二人に、ルッカはため息をついた。 「まあ、『時間』の概念は複雑だから。とにかく、いなくなった当日に戻ってきたってことよ」 「……そっか。そうなんだ……」 マールが考え込むような仕草で小さく呟いた。 クロノは肩をすくめた。 「ま、いいや。……で、これからどうしようか」 「決まってるでしょ」 ルッカはクロノの鼻先に指を突きつけた。 「あんたはマールを送ってあげなさい」 「え?」 クロノはパチクリまばたきした。 「いいけど……どこへ?」 「ガルディア城以外のどこに送るって言うのよ」 「あ、そうか。でもルッカは? 一緒に行かないのか?」 「私にはゲート出現の原因究明という重要な使命があるの」 ルッカは指先で眼鏡を押し上げた。 「いったん家に帰って詳しく調べてみないとね。―― それじゃ、ちゃんとお城までエスコートするのよ!」 「あ……またね、ルッカ!」 考え事をしていたらしいマールが顔を上げ、手を振った。ルッカは微笑んで手を振り返し、その場を去った。 「……さてと」 クロノは軽く肩を回した。 「じゃあ、城まで送るよ」 「あ……。あのね、そのことなんだけど」 マールは背中で手を組んで、もじもじした。 「ちょっと寄り道してからじゃ、ダメかな……?」 クロノは目を見開いた。 「寄り道?」 「約束、覚えてない?」 「……?」 「言ったよね。発明見てからでいいから、お祭り一緒に回ろうって」 「あ……!」 何の話かようやくわかった。確かにそう約束したのだった。ペンダントを直した、あの後に。 「思い出してくれた?」 「ああ」 クロノは頬を掻いた。 「だけどさ、いいのか? お城の人たちだって、きっと心配してるだろ」 「さっきルッカが言ってたじゃない。いなくなった当日に戻ってきたんだって」 マールはちらっと空を見遣った。 「まだあんなに陽は高いもの。少しなら平気だよ」 クロノはちょっとだけ苦笑したが、すぐにやめた。にっこり目を細める。 「そうだな。約束したもんな」 マールは相好を崩し、クロノの手をとった。 「行こう、クロノ!」 二人は祭りの様々な所で足を留めた。 屋台売りの立ったまま食べられる軽食を頬ばり、道化師のおどけた仕草と出し物に笑い、景品付きのゲームに熱中する。 早飲み勝負をやっている所では、マールに応援されてクロノは三人勝ち抜きを成し遂げたりしたし、原始から伝わるらしい踊りを披露している人々の所では、クロノが止めるのにも構わずマールが一緒に混ざって踊り、喝采を浴びたりもした。 そんな風に、夢中になって広場を東へ西へと巡るうち、はや陽も傾きかけてきた。 大まかにではあるが、祭り会場をほぼ一周した二人は、広場の入口の芝生に腰を下ろした。 「はあ……楽しーい!」 マールが頬を火照らせ、吐息をもらした。 「やっぱり来て良かった。城にいたら、こんな楽しさ知らないで終わってたもの」 「オレも楽しかったよ」 クロノが笑った。 「マールがいきなり踊りの輪に飛び込んでった時はどうしようかと思ったけど」 「だって面白そうだったんだもん」 マールはふくれた。 「どうせならクロノも一緒に踊れば良かったのに」 「いや、遠慮しとくよ」 その言い方がおかしかったのか、マールはくすくすと笑った。 ひとしきり笑うと、二人の間になんとなく沈黙が落ちた。 未だ途切れぬ人の往来とざわめきの満ちた広場を、夕暮れの柔らかな風が吹き抜けていく。 「……あのさ」 クロノが少しためらいがちに口を開いた。 「そろそろ送っていこうか?」 マールは何か言おうとして、その言葉を飲み込んだ。 「……ん。そう、だね」 小さくため息をこぼすように呟き、思いを振り切って立ち上がる。 「それじゃエスコートよろしくね、クロノ!」 「うん。……あっ」 クロノは慌ててポケットをまさぐった。 「どうしたの?」 答える代わりに、クロノは手のひらを差し出した。そこにはペンダントが乗っていた。 「あ!」 「ごめん、渡しそびれてずっとそのままだった」 だが、返そうとすると、マールは少し考えてからクロノの手をペンダントごと両手で包み込み、かぶりを振った。 「いい。クロノが持ってて。クロノに預かっててほしいの」 「え? どうして」 「友達のしるしに」 マールはほのかに切ない微笑をつくった。 「大切にしてね。失くしちゃイヤだよ」 「……わかった。絶対、大事に持ってるよ」 真摯な瞳でうなずくと、クロノは前にそうしたように、ペンダントを服の下に掛けた。 空が茜色を名残らせた瑠璃に変わり、宵の明星が瞬く頃合に、クロノたちはガルディアの森を抜けた。 眼前に佇む城は改修が繰り返されていて、中世のそれとは異なっているが、荘厳な雰囲気はまったく変わらない。クロノはこれまでに何度となく、この辺りまで遊びに訪れて城を見上げたことがあったが、その時とは違う、不思議な錯覚にとらわれた。まるで、そっくり同じ行動をそのままなぞっているような気分だった。 (でも、あれは四百年前の出来事なんだよな。……なんか、おかしな感じだなあ……) 城門にはやはり衛士が二人並んでいた。ただ、四百年前とは違って鎧は着ていないし、槍を構えているわけでもない。金ボタンの藍色の詰め襟に短めの剣を携えた、ずっと身軽な制服だ。 門番たちはクロノとマールの姿を認めるや、おっとり刀ですっ飛んできた。 「……マールディア様!」 「ただいま」 マールが言うと、二人の衛兵は矢継ぎ早に言葉を浴びせた。 「今まで一体どちらへ!? それにそちらの少年は?」 「王がそれは心配されておいでだったのですよ! 何者かにさらわれたという情報もあり……」 「あーもう、話はあとあと!」 マールは鬱陶しそうに手を振った。 「いいから早く城門を開けてちょうだい!」 その言葉に、彼らは慌てて観音開きの門を開けた。 マールは満足そうにうなずくと、クロノの方を振り向いた。 「さ、クロノ。入ろ!」 「あ、ああ」 促されて門をくぐりながら、クロノは一抹の不安を覚えていた。この調子じゃ、また一騒動あるんじゃないだろうか、と。 はたして予感は当たった。 「マールディア様〜!」 城内に入ったとたん、目の前の吹き抜けになったホールの階段から、長いローブを引きずり、杖を手にした白髪白髭の老人が、転がり落ちるような勢いで駆け下りてきた。 「ご無事でしたか! 一体ぜんたい今までどちらへいらっしゃったのです!?」 「……大臣」 マールはため息をついた。 「あなたまでそんな大騒ぎしてるの?」 「大騒ぎとは心外な」 大臣はずり落ちかけた大きな帽子を直した。 「王女様が行方不明になって、騒がないわけがないでしょう!」 「行方不明って……。あのねえ」 うんざりとマールは肩を落とした。 「私はお祭りを見に行ってただけよ。……そりゃあ、無断で出ていったのは認めるけど……」 「しかし、国中を探させておったところなのですぞ。祭り会場など真っ先に……ム?」 大臣はそこで初めてクロノに目を留めた。みるみるうちに顔色が変わり、眉間に深いしわが寄る。 「貴様……そうか、貴様だな!? 貴様がマールディア様をさらったのだな!?」 「はあ!?」 あまりといえばあまりの台詞に、クロノは開いた口がふさがらなかった。 マールが慌てて弁護する。 「違うよ、クロノは…」 だが、言い終わる前に大臣の怒声が響いた。 「衛兵、衛兵! はようここへ!」 その声に、たちまち数名の兵が駆けつけてきた。それを見ると大臣はすぐさまクロノを杖で鋭く指した。 「こやつめをひっとらえい! マールディア様を惑わせ、国家転覆を企てるテロリストじゃッ」 「やめなさい!」 マールはクロノをかばうように両腕を広げて立ちはだかった。 「彼は私の友達よ。捕まえるなんて絶対許さない!!」 兵士たちはまごつき、互いに顔を見合わせた。 「何をしておる!?」 「しかし、マールディア様が……」 すると、大臣は鼻息荒く言い放った。 「構わん、責任ならわしがとる! ひっとらえ〜い!!」 戸惑い気味に兵が動いた。大臣がマールの腕を引っ張り、その脇を兵がすり抜ける。 「キャ……」 「マール! ……わあっ!?」 もみくちゃに押さえつけられて、クロノがひきずられるように引ったてられていく。 「離して、離してよ!」 マールは大臣の手を振り払おうと必死にもがいた。だが、その手は老人とは思えぬ力の強さで、どうしても逃げられない。 「……クロノ―――ッ!」 少女の悲痛な叫びが、廊下にこだました。 |
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<オマケのあとがき> (1)ゲートでの移動に伴う時間の経過の概念。これも悩みました。ゲームだと、どこかの時代で何日か過ごしたら、他の時代でも時間が経っているようですが(例えば中世に行って戻ってきたらリーネ広場の商人がいなくなってるとか)、そうなると千年祭は一体いつまでやってんねん! ということになってしまいますので、「ゲートを最後に使用した時点の時刻と戻ってきた際の時刻は、数分のタイムラグができるがほぼ同じである」ということにしました。う゛ーん……ルッカの説明の理屈、通ってますか? 自分でも書いててややこしいッス(汗) (2)クロノとマール、「友達」とお互い明言してるわりに激しくラブラブな感じですな(爆)。まー、前にも書いた通り「兄と妹」ってことで……。こんなイチャイチャこいてる兄妹もどうかと思いますが……(墓穴) (3)二人がデート(笑)してる時に城の人間に見つからなかったのは、ゲート移動に伴って現代で経過した数時間(つまりクロノやマールの移動とルッカの移動とのブランクで生まれた時間)の間に、兵士たちはリーネ広場を探し終わってしまい、他の場所を探し回っていたためです。……こじつけだって? 気にしない気にしない♪(殴) TO BE CONTINUED >>> (本編第五章・1) <<<小説目次 <<<クロノトリガー目次 <<<TOP |