● エピソード13:仕組まれた裁き ●




「静粛に!」
 中立と審判の神をモチーフにしたステンドグラスが光源となる、昼なお薄暗い法廷に、老齢の裁判長の声が響いた。喚問席の周囲にすり鉢状に配置された、満場の傍聴人席のさざめきが、徐々に小さくなった。
「これより裁判を始める。なお、本裁判はガルディア王国憲法、ならびに刑法に基づいて行なわれるものとする。……それでは、被告人クロノ・スフィアリィ、前へ」
 クロノはその場にいる人間すべてから注視を受けながら、あえてまっすぐ顔を上げて証言台に進み出た。
 一晩の拘留の後、彼はこの法廷に連れてこられたのだった。マールやクロノ当人がいくら無実を訴えても、大臣はそれは明日の裁判で決めることだ、と頑として譲らなかったのだ。
 ―― 卑屈になる必要なんかないんだ。
 クロノは強く思った。
 濡れ衣なんだから、堂々と胸を張っていればいい。
「まず、検事を紹介する。ガルディア王国国務大臣、サディス・クラフタン」
 裁判長の言葉に、その左隣の席に掛けた大臣が起立して一礼した。
「そして、弁護人。王宮弁護士、ピエール・ジョルディ」
 同様に、右隣に着いた頭のはげかかった男が頭を下げる。
「では、サディス検事。訴状を読み上げてください」
「はい」
 大臣は立ち上がり、巻紙を広げた。
「本件は、昨日起こったガルディア王国第一王女マールディア・カンデュトゥス・ル・ガルディア行方不明事件に関して立件されました。被告人クロノ・スフィアリィは計画的かつ周到に王女の拉致をもくろみ、これを実行した疑いが持たれています」
「でたらめだ!」
 クロノは思わず拳を握りしめて叫んだ。
「オレはそんなことしてない!」
 法廷がざわめいた。裁判長が小槌を打つ。
「静粛に! 被告は許可なく発言しないように。検事、続きを」
「えー、よって、ガルディア王国刑法第三条の1に従い、王族に対する謀反の罪で死刑を要求するものであります。……以上」
 嘲るようにクロノを見て着席する大臣に、クロノは腹が煮えくりかえりそうになった。
「さて、被告人はただ今の起訴内容を事実と認めますか?」
「……認めない。絶対認めません!」
「よろしい」
 裁判長は軽く咳払いした。
「続いてピエール弁護士。弁護内容の説明を願います」
「はい。訴状によれば、被告が計画性を持って王女をさらったとされています。しかし、被告には誘拐の意志はなかったと考えられます。なぜなら被告は王女と偶然に出会っただけであり、決して故意ではないからです。また、動機も問題です。善良な一国民に過ぎない被告に、動機は存在しないと思われます」
「異議あり」
 大臣が手を挙げると、裁判長はうなずいた。
「検事の異議を認めます」
「今の弁護には二つの疑問が残ります。ひとつには、被告が偶然を装った可能性がないかということ。もうひとつには、王国の財産を当てにした身代金の要求という動機が存在するのではないかということです」
 サディスはいったんここで言葉を切り、裁判長に向かって言った。
「被告人にいくつか質問をしてよろしいですかな?」
「認めます」
「では、被告人クロノ。君はどのようにして王女と知り合ったのだね?」
「祭りで道を歩いてたらぶつかったんだ」
 クロノが無愛想に答えると、大臣は続けて尋ねた。
「ぶつかった。それはどちらからぶつかったのだ? 君か? 王女か?」
「そんなの知るもんか!」
「ほう。すると、君からぶつかったかもしれないわけだ」
 大臣は髭を撫ぜた。
「聞いての通りです。偶然を装った可能性は捨てきれません」
「ふむ……」
 裁判長が唸った。
「質問は以上ですか?」
「いえ。―― 被告は王国の財産についてどのように考えていますかな?」
「……どのように、って……」
「財産に目がくらまなかったかということだよ」
 この言葉にとうとうクロノの怒りが爆発した。
「馬鹿にするな! オレはそんなので友達を選んだりしない。マールが王女だから友達になったわけじゃない!!」
 クロノの勢いの凄まじさに、大臣ばかりか裁判長、おまけに弁護士までもがたじろいだ。
「あ……あとはよろしいかな、検事?」
「は、はい……ひとまずは」
 サディスはハンカチを取り出して汗をぬぐった。
「続いて証人喚問に移ります。証人をここへ」
 言われて、次々に『証人』であるらしい、見知らぬ人々が証言台に上がった。そのいずれもがクロノとマールが共にいたことを示唆するばかりで、クロノの有利に傾くような発言はなかった。
 そうして、最後に証言台に立ったのはふっくらした顔だちの優しそうな主婦だった。
(あれ?)
 クロノは首を傾げた。彼女だけは、見覚えがある気がしたのだ。
「あなたは王女と被告が一緒にいるところを目撃した。そうですね?」
 大臣が確認すると、主婦はうなずいた。
「ええ。この男の子が、娘さんの手を引いてうちの店に来ましたが……」
 と、ここでクロノは思い出した。そうだ。ペンダントを直せる店を教えてくれた人。
「その時に被告は何か言っていましたか?」
「修理を頼めないか、と……」
「修理? 何の修理ですか?」
「さあ……こちらでは請け負わなかったものですから。ただ、うちのような宝飾店に頼むぐらいですから、アクセサリーかな、とは思いました」
 サディスは目を光らせ、クロノを見遣った。
「何を頼むつもりだったのか、差し支えなければ教えてくれないかね? クロノ被告」
「マールのペンダントだよ」
 ぶっきらぼうにクロノは言った。
「鎖が切れたから、直してもらおうと思って」
「待ちたまえ。なぜ王女のペンダントを『君が』頼まなければならなかったのだ?」
 大臣は言葉尻を捕らえて、絡みつくように訊いてきた。
「王女のペンダントなら、王女本人が頼むのが自然だろう?」
「……それは!」
「おや。それは……何かな?」
 クロノは唇を噛んだ。正直に言えばこの大臣のことである、攻勢に出るだろうことは明らかだ。だが、答えなければ、やましいことがあるのだと勘ぐられかねない。
「それは……」
 とっさに上手い嘘も思いつかず、淀みがちにクロノは答えた。
「ペンダントを壊したのが、オレだったから……」
「ほう、ほうほうほう!」
 サディスは居丈高にクロノを見下ろし、ぐるりと観衆を見渡した。
「お聞きになりましたか? これは立派な器物損壊罪です! やはり、被告の有罪は確定したも同然」
「異議あり!」
 すかさず弁護士が立ち上がった。
「今論じているのは王女誘拐についての証言のはずです。余罪は余罪として裁定するにせよ、そのことと本件を直接関連づけることは性急にすぎるのではないでしょうか」
「一理ある」
 裁判長が言った。
「サディス検事。反論はあるかね」
「ぬ……。い、いえ」
 大臣は悔しげに顔を歪めた。
「では、諮問を終了します。証人は下がってよろしい」
「はい……」
 主婦は心配そうにクロノの方を振り向きつつ、証言台を下りた。
 と、そのとたん、法廷の出入り口の扉が開き、猫を抱いた幼い少女がちょこちょこと主婦に駆け寄った。
「ママ! もうおわった? わたち、まちくたびれちゃった」
 法廷に咎めるようなひそひそ声が飛び交った。
「あー、静粛に。証人はすみやかに退廷するように」
「す、すみません! ほらジニア、行くわよ」
 だが、幼女はじっとクロノを見上げたまま動かなかった。
 クロノはきょとんとジニアを見つめ返した。
(この子って、もしかして……)
「何してるの? ほら」
 母親が手を引っ張った時。
「……おにいちゃん」
 ジニアは呟いた。そしてもう一度はっきりと、嬉しそうに言った。
「おにいちゃんだよね? わたちのレミをたすけてくれたおにいちゃん!」
「あ!」
 クロノは目を見開いた。
「やっぱり。あの時の女の子?」
「うん! あのときはありがとうね」
 ジニアは腕の中の猫を示した。
「ほら、こうしてだいじにだっこしてるよ」
「被告の知り合いですか?」
 ピエールが口を挟んだ。
 すると、
「そうだよ!」
 ジニアがクロノの代わりに元気よく答えた。
「このおにいちゃんはね、きのう、おねえちゃんといっしょに、こまってたわたちをたすけてくれたの!」
「まあ……ありがとうございました」
 戸惑っていた主婦が、深々とクロノにお辞儀した。
「お聞きになりましたか、皆さん!」
 途端、ピエールが得意そうに、興奮ぎみの口調で呼びかけた。
「このような幼い子供を助ける被告の優しさ、誠実さ! なんという美談、まさに勲章ものです。この、被告の人間性こそが、無実を雄弁かつ明快に物語っているではありませんか!」
「異議あり!」
 大臣が叫んだ。
「子供の言葉です。実効性は無きに等しい。それこそ、無実につなげるのは性急すぎるのでは?」
 ピエールはムッと黙り込んだが、傍聴人席が騒がしくなった。裁判長は大きく小槌を打ち鳴らした。
「静粛に、静粛に! 証人は下がりたまえ!」
 母子は慌ただしく ―― ジニアの方はよくわからないまま、クロノに手を振って ―― 出ていった。
 それと入れ替わるように、七人の陪審員が呼ばれる。
 裁判長は咳払いした。 
「さて……それでは判決を下そう。陪審員たちは前へ。有罪と思う者は左、無罪と思う者は右に並びなさい」
 場内は水を打ったように静まり、固唾を飲んで陪審員の動きを見守った。
 ……そして。
「判決が出た」
 左右の陪審員たちを見遣り、裁判長は重々しく言った。
「有罪二、無罪五。よって、無罪とする!」
 歓声とも落胆ともつかぬどよめきが走った。
 大臣は苦々しいことこの上ないという顔をし、弁護士は当然だと言いたげに鼻をそびやかす。
 クロノはホッと息をついた。だが……
「しかしだ」
 裁判長は言葉を続けた。
「誘拐の意志はなかったにせよ、王女をしばらく連れ出したのは事実であり、王女のペンダントを壊したという発言もあった。よって反省を促すため、三日間の独房入りを命ず!」
「―― その必要はないわ!」
 再びドアが開け放たれた。全員がそちらに注目し、法廷にざわめきが満ちた。
「マール……」
 クロノが呟く。
 マールは彼につかつかと歩み寄った。
「もうこんな所にいなくていいよ。無罪放免よ!」
「それは困りますな、マールディア様」
 ねちっこい口調でサディスは言った。
「裁決は裁決です。被告には刑務所に行ってもらわねば」
「そんなもの、無効に決まって…」
「いいかげんにしなさい、マールディア!」
 背後から声がかかり、マールは振り返った。
 そこには、緋のケープに王冠を身に着け、眉間に深いしわを刻んだ王 ―― ガルディア三十三世が佇んでいた。
「父上……聞いて下さい!」
「いいかげんにしろと言っているのがわからないのか?」
 王は激昂した。
「王族であろうとも、国のしきたりには従わねばならん。いや、むしろ王や王女こそがもっともそれを遵守せねばならんのだ。……私はおまえに王女らしく城でおとなしくしていてほしいだけだ。あとのことは大臣に任せておきなさい」
「イヤよ! だって、クロノは」
 激しく首を振るマールの肩を、他でもないクロノがそっと叩いた。
「マール、もういいよ。オレなら平気だから。三日我慢すればいいだけだろ?」
「でも……!」
 クロノは安心させるように笑顔をつくった。
「大丈夫だって。ひどい目に遭うのはルッカで慣れてるよ」
「話はまとまりましたかな」
 大臣がいつのまにか壇上から降りてきて、脇に控えた衛兵に目配せした。
「よし、こいつを連れてこい!」
「クロノ!」
 追いかけようとしたマールを、王が引き止めた。
「よさんか。……マールディアも、街でのことは忘れるのだな」
 マールは父親を睨みつけると、ぽろぽろと涙をこぼして顔を覆った……。
 

 一方、クロノは執務室のようなつくりの部屋に連行された。
 先に立った大臣が中に入ると、奥のマホガニーの机で書類を書きつけていた男が顔を上げた。
「これは大臣閣下、ご機嫌うるわしゅう」
「うむ。……おい、おまえたちはもう下がってよいぞ」
 クロノを連れてきた兵士たちがいなくなると、男……刑務所所長は言った。
「こやつが王女様を誘拐したテロリストですか」
「そうだ」
 サディスは尊大にうなずいた。
「こいつの処刑は三日後だ。逃がさぬようによく見張っておれよ」
「処刑!?」
 クロノが目を丸くした。
「何言ってるんだよ! 独房入りだけのはず…」
 そう言いかけた瞬間、目も眩むような痛みが腹に襲いかかり、クロノはあえなく昏倒した。大臣が手にした杖で鋭い一撃を食らわせたのだった。
「あ、あの……?」
 所長が目をしばたたくのに、サディスは事も無げに言う。
「なに、戯言もはなはだしいから黙らせただけだ」
「そ、そうですか」
 所長はうなずいてはみたものの、今ひとつ釈然としない表情をした。
「しかし、処刑とは……。そのような話は私も伺っておりませぬが」
「気にするな。手続きの書類が遅れていてな。わしが直接伝えに来たのじゃ」
 そう言うと、サディスは所長をねめつけた。
「それとも、わしの言葉が信じられぬとでも?」
「いえ、滅相もない!」
 所長は慌てて敬礼してみせた。
「では、処分はこちらで。わざわざご足労、感謝致します!」
「うむ」
 サディスは満足そうにニヤリとした。
 その目に宿った狡猾な光に、所長が気づくことはなかった。




<オマケのあとがき>

(1)なんか思ったより早く流れで出しちゃいました、クロノのデッチあげフルネーム……。スフィアリィってのは英語のsphere(空、天空)が元です。天属性だし、名前が『クロノ』だから(From ギリシャ神話:クロノスは天空神ウラノスと大地神ガイアの子供)。

(2)本当の裁判は全然傍聴したことないんで、台詞や進行、かなり適当です。一応ちょっとは調べてみたんですが……。ま、ガルディア流はこうってことで(オイ)。

(3)一晩おいて裁判になったのは、夜に裁判始めるってのはないだろうと思ったから。ちなみに拘留された部屋は牢屋ではありません。罪状確定してなかったからね。

(4)クロノ、やっぱりマールに対してめちゃ優しいし(笑)。……すみませーん、つい……。


 TO BE CONTINUED >>> (本編第五章・2)

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