● エピソード15:荒れ果てた世界 ●




「キャッ!」
「わっ!?」
「痛っ!」
 飛び下りた時の格好のまま、クロノたちは冷たく堅い床に放り出されるようにして落ちた。大した高さではなかったので怪我をすることはなかったが、三人は三人ともバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「いって〜……」
 腰をさすりながら、クロノは周りを見回した。
「どこだ、ここ?」
「さすがに大臣たちは追ってこないみたいだけど……」
 服を掃い、マールがゲートに目を遣る。
「文明はずいぶんと発達してるようね」
 ルッカはいち早く立ち上がり、今いる場所を興味深げに観察していた。
 ドーム状の建物の中らしいが、小さな公園ぐらいの広さがあり、あちこち金属の仕切りやパイプで区切られている。天井は高く、窓はない。だが、火や電球があるわけではないのに、天井自体が発光していて、昼間のように明るかった。壁や床の合間には細かな機械らしきものが見え隠れし、ゲートのすぐそばにある取っ手のない扉には、淡い光を帯びた不可思議な紋章が刻まれている。
「まるで別の星に来ちゃったみたいだね」
 マールが扉に触れて言った。
「まあ、人はいないようだし、差し迫った危険もどうやらなさそうね」
 ルッカは改めてその場に腰を下ろした。
「それじゃ、とりあえず現状を確認しましょうか」
 クロノとマールも彼女に倣い、三人は互いに膝を寄せ合う形になった。
「まず、このゲートはもう使えないわ。それはいい?」
「え? ……あ、そうだね。そうかも」
 マールはちょっと首を傾げながらも納得したが。
「えっ、なんでさ」
 クロノはきょとんとした。それをルッカは呆れ目で見て、
「前にも言ったでしょ。ゲートの先でどれだけ過ごしたとしても、元の時代では時間は流れないのと一緒なのよ。つまり、今このゲートを使って戻っても、三日後に戻っても、追っ手のいるあの時に出てしまうことに変わりはないの。……それに、ゲートのあった場所、覚えてるでしょ? 崖のど真ん中よ。くぐったが最後、地面にまっさかさまじゃない」
「あ……なるほど」
「だから、元の時代に戻るには、他の方法を探さないと……」
「戻らなくてもいいよ」
 マールがふてくされるように言った。
「戻ったら、クロノがまた捕まっちゃうもん!」
「そういえばさ」
 と、クロノ。
「マールはルッカに聞いたって言ってたけど、どうしてルッカはオレが死刑になるってわかったんだ?」
「ああ……。ジナおばさまがうちに取り乱した様子でいらしたのよ。クロノが三日後に死刑になるって城から使いが来た、詳しいことを知らないか、ってね」
 ルッカはこれまでのことをかいつまんで語り始めた。
 ジナが言うには、王女誘拐の咎で処刑が決まったらしい。前日にマールを城まで送っていったはずだということを知っていたルッカは、すぐにピンときた。その時に何かトラブルがあったに違いない、と。
「そっか……。母さんが……」
 クロノは頭を掻いた。
「まずったな。心配してるだろうなぁ」
「当たり前じゃない! ちゃんと後で謝っておきなさいよ。で……続きだけどね」
 ルッカは、ともかく私が行って調べてみますから、とジナをなだめ、城に向かった。
 ところが、取次ぎを頼むとあっさり門前払いを食い、衛兵に説明を求めても『詳しいことは知らん、とにかく死刑と決まったんだ』の一点張り。これはマールに直接掛け合った方が良さそうだと考えたルッカは、急いで家に引き返し、準備を整えて、密かに城へ潜入したのだった。
「そう、びっくりしちゃった!」
 マールが顔を輝かせて言葉を挟んだ。
「私の部屋は最上階なのに、窓から入ってきたの!」
「新発明があったからね。……と言っても、昔のを即興で改良しただけなんだけど」
 と、鞄からその発明品を取り出そうとするのをクロノが止めた。ここで自慢が始まってはたまらない。
「それは今はいいから! それで?」
「……そう? じゃあ……」
 渋々ルッカは話を戻した。
 事情を聞くと、マールはそんな死刑なんて話はまったく知らなかったと言い、ひどく狼狽した。そして、彼女が知っている限りのこと ―― 裁判に至る過程から、クロノが牢屋に入れられるまでのこと ―― をルッカに話して聞かせた。つきつめるうち、互いの話の食い違いに大きな疑念を抱いた二人は、荒っぽい手段ではあるが、処刑を阻止するために刑務所へ乗り込むことを決めたのであった。
 そこまで聞くと、今度はクロノが二人に再会する前の話をした。つじつまの合わない大臣の言葉、理不尽な口封じ。
「どう考えてもおかしいよな」
 クロノはあぐらをかいた膝に頬杖をついた。
「あの大臣、まるでオレに恨みでもあるみたいだ」
「恨み、ねえ……」
「わからずやばっかりだもの、あの城」
 マールは言下に断じたが、
「でも……前はサディスが ―― 大臣が、あんなに聞く耳持たないなんてこと、なかった気がする。口うるさくはあったけど、むしろ、私に甘いところがあったのに」
 その言葉に、ルッカは眉をひそめた。
「もしかしたら、中世で歴史に介入した影響なのかしら」
「また大臣が偽者だとか?」
 クロノが訊くと、ルッカは肩をすくめた。
「さあ。それはわからないけど……ただ、様子がおかしいことは確かみたいね。何にしても、状況を改善するにはいったん戻らなきゃ」
「そうだな。逃げ回ってるだけってのもシャクだし」
 クロノはうなずいたが、マールはよほど城に嫌気がさしているのか、どこか不満そうだった。
「それじゃ、帰る方法を探すか」
 クロノは膝に手をついて立ち上がった。ルッカとマールも腰を上げる。
「まず、人のいる場所を見つけないとね。ここがどんな所なのかわからないと、方法も探しようがないわ」
「ここから外に出られるのかな?」
 マールが手近な紋章の光る扉を押した。しかし扉はびくともしない。
「あれ? 引き戸なのかな。えいえいっ! ……だめ、開かないっ」
「オレがやってみようか」
 クロノが進み出たが、結果は同じだった。
「っかしいなぁ……。鍵がかかっているようには見えないのに。仕掛け扉なのか?」
 マノリア修道院でのことを思い出して、辺りを調べようとすると、
「この紋章が鍵になってるんじゃないかしら。何か……特別な手順が必要なのかも」
 そう言って、ルッカは対面側にあるハンドルの付いた鉄扉を指した。
「あっちを試してみましょ。あれなら開けられるかもしれないわ」


 外は見渡す限りの荒野だった。
 吹きすさぶ風が赤茶けた土埃を巻き上げ、視界を濁らせる。
 空は無数の蜘蛛の巣を張り巡らせたように暗雲に埋めつくされ、太陽も月も星も、どこにも見えない。真っ暗闇ではないから夜ではないだろうと、かろうじて推察できる程度だ。
 ところどころにクレーターのような大穴が開いた大地には、ほとんど植物らしい植物が見当たらなかった。彼方にかすむ海は泥だまりに似た鉛色。目を楽しませるようなものの何ひとつない、死んだ色彩の風景がどこまでも続いている。
「ひどいところだね……ウプ」
 しゃべった拍子に口に砂が入ってしまい、マールは顔をしかめた。
「人は住んでるのかしら」
 腕で風から顔をかばいながら、ルッカが目をすがめる。
「あっちの方に何かある」
 クロノが手を伸ばした。
 たった今出てきた場所と同じ、半球状の建物がいくつか寄り添い合っているのが遠くに見えた。
「誰かいるかどうかはわからないけど、行ってみよう」
 かつては道があったのだろうか、そこかしこに石材のような残骸が転がるただ中を、三人は黙々と歩いた。
 近づいてみると、その建物の群れは大半が崩れかけていて、中央に位置した一際大きなものだけがなんとか損傷をまぬがれているようだとわかった。クロノたちは今にも落ちてきそうな瓦礫に気をつけながら、そこの扉をくぐった。
 中はさっきと似たようなつくりだった。だが、足を踏み入れたとたんに複数の視線を感じて、三人は思わずぎくりと立ち尽くした。
 視線の主はいずれも人間だったが、それは一瞬うずくまったぼろくずがこちらを見つめているように見えた。
 誰もが貧相にやせこけていて、すり切れ破れはてた、服とも呼べない布切れをまとっている。髪はくしどころか手ですいたことさえないのでは、と思えるほどにもつれており、髪の長さで男女の別を判断することも難しかった。そして何よりその目が、およそ生きている者とは思えない、どんよりと生気に欠けた無表情なものだったのだ。
「……なんだい、あんたら……?」
 ぼろくずが ―― いや、人々の一人が気だるそうに口を開いた。
「あ、あの……」
 口ごもり、マールはクロノを見たが、彼もまた言葉に窮していた。
 そこへ、さっとルッカが進み出た。
「私たちは旅の者です。ここがどこなのか、どなたか教えてくださいませんか?」
「……トランドームよ」
 別の一人が呟いた。声からして女性らしい。
「でも、旅ですって……? 今時、まだそんな酔狂な人がいたのね……」
「……言っておくが、食い物ならないぜ」
 奥の壁際に座り込んでいた男が言った。
「食い物が欲しけりゃ、北東のアリスドームにでも行くんだな……。もっとも、十六号廃墟を越えられればの話だが……」
「食べ物がない?」
 クロノが目を瞬いた。
「じゃあ、どうしてあなたたちは……」
「……体力を回復したいんなら、そこのエナ・ボックスを使え。腹はふくれやしないがな」
 わずかに顎をしゃくって示したのは、大人の背丈より少し高いぐらいの金属の箱だった。
「生体維持装置なのかしらね」
 ルッカがひとりごちた。
「それで、あの……」
 マールがようやく言葉を思い出したように言った。
「今は、王国暦の何年なの?」
「……オウコクレキ……?」
 その場にいた人々は、誰も今がいつなのか知らないようだった。互いになんとなく顔を見交わして首を捻るだけで、答える者はいない。暦というものに興味がないのか、もしかするとそういった概念そのものがないのかもしれない。
 ルッカはため息をついた。
「他の所に行った方が良さそうね」
「なら、アリスドーム……とかいう所に行ってみない?」
 マールが提案した。
「それで、この人たちに食べ物を持ってきてあげようよ」
「そうだな」
 クロノがうなずく。
 すると、
「……あんたら、本当に行く気か?」
 奥にいた男が目を見開いた。顔や声に、わずかに表情が戻っている。
「ええ。何かまずいことでも?」
 ルッカが言うと、男はさらに言葉を続けた。
「途中にはミュータントどもが巣食ってるんだ。……行ったら死ぬぞ」
「平気よ! だってクロノがいるもん。ね、クロノ」
「いや、そんなアテにされても困るけど……ま、なんとかなるかな」
 マールに腕を絡められて、クロノは耳の後ろを引っ掻いた。
「……。まあいい……。止めはしねえよ。行くんなら、海沿いを廃墟の見える方へ進むんだな……」
 男は小さく肩をすくめた。




<オマケのあとがき>

(1)ルッカの新発明が何なのかは考えないわけじゃなかったのですが、良いネーミングが思いつかなかったのでごまかしちゃいました(^^;) まぁ、その辺りは適当にご想像下さい。

(2)書いてて思ったこと。……食べ物云々の問題以前に、未来世界って酸素の供給どうなってるんでしょう?(笑) 素朴な疑問。


 TO BE CONTINUED >>> (本編第六章・2)

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