● エピソード16:アリスドーム ●




 十六号廃墟には、男の話したところのミュータントだと思われる、得体の知れない生物が横行していた。蛸を不恰好にふくらませたようなやつ、岩くれの振りをして不意打ちを仕掛けてくるやつ、食虫植物ならぬ食人植物とも言うべき巨大な花のようなやつ。中でも厄介だったのは、切っても突いても反応のない幽霊のような怪物で、こいつはルッカが城で使った『使い捨てドッカン爆発ピストル』の余りをぶつけることで、ようやく切り抜けることができた。
 廃墟での戦いで意外だったのはマールの活躍だった。襲い来る怪物を前にしても怯むことなくボウガンで立ち向かい、大いに勝利に貢献したのだ。そのことをクロノが言うと、マールは嬉しそうに笑った。
「私ね、勉強は全然だったけど、弓術だけは得意だったんだよ!」
 音に聞こえたお転婆姫である。さもありなん、とクロノとルッカは納得した。
 時々休息をとりつつ進むうち、やがて三人は廃墟を抜けて、ドームが肩を寄せ合う場所に達した。
「ここがアリスドームかしら」
 ルッカが最も大きな建物を見上げた。その大きさは、トランドームの数倍はありそうだった。
「多分そうじゃないか? 他にまともそうな建物はないみたいだし」
「誰か探して訊けばわかるよ。入ろ入ろ!」
 マールが率先して扉を開けた。
 内部はジグザグとした通路になっていた。そして、奥まった所には広間のような場所があり、先のドーム同様、みすぼらしい身なりの人が数十人、ほうぼうにへたり込むように座っていた。
 突然の闖入者たちに、彼らはずいぶんと驚いたらしい。しんと静まり返っていたドーム内にざわめきが広がり、クロノたちはまたしても注目を集めることになった。
「あ、あんたたち……どこから来なさった……?」
 人々の間から背の低い老人が代表して進み出てきた。腰は曲がり、腕も足も痛々しいまでに痩せさらばえて、手にした杖がなければ今にも倒れてしまいそうだ。
「西の廃墟を越えてですけど」
 ルッカが答えると、人々はさらにどよめいた。
「廃墟を越えてだって……!?」
「本当か?」
「まさか……」
 三人は顔を見合わせた。
「それがどうかしたんですか?」
 クロノが尋ねると、老人は放心したように呟いた。
「あそこのミュータントと戦えるほどの者がおったか……」


「申し遅れた。私はドン。かつて、ここアリスドームの情報センター所長だった者の末裔じゃ」
 クロノたちを囲むようにして人々が集まった中、老人は言った。
「私の記憶にある限り、新たにここを訪れた者はほとんどおらん。まして、廃墟を越えてきた人間など……」
「でも、実際ここにいるよ?」
 マールが明るく微笑んだ。
「だから驚いたのじゃよ。……それで、おまえさんたち、どうしてここへ?」
「お訊きしたいことがあったので」
 ドンの問いにルッカが応じた。
「まず……王国暦で言うと、今はいつなんですか? トランドームの人たちに訊いてもわからなくて」
「オウコクレキ? ……さてのう……。言っている意味がよくわからん」
 三人は肩を落とした。どうやらここでも知っている人間はいなさそうだ。
「それじゃ、食料はありますか?」
 クロノが気を取り直して訊いた。だが、これも芳しい答えは返ってこなかった。
「残念じゃが、ない。私らを見ればわかるじゃろう?」
「そうですか……」
「でも、もうすぐ食べられるよ!」
 人々の間から甲高い声が上がった。見れば、小さな子供が立ち上がり、目を期待に輝かせている。クロノたちは、この世界に来て初めてそういった瞳を見た気がした。
「だが……それは」
 ドンが渋面をつくった。言っていいものか、判断に困っている様子だった。しかし、子供はあどけない声をますます張り上げた。
「あのね、お父さんが、地下の食糧庫に行ってるの。だから、きっと食べ物を持ってきてくれるよ」
「食糧庫があるの?」
 マールがドンに向かって尋ねた。
「……あるにはあるが……」
 ドンは歯切れ悪く答えた。
「皮肉なことに、警備ロボットが大型コンピューター共々未だに動いておるようでな……。とても近づけんのじゃよ……」
「大型コンピューター」
 ルッカの目がきらりと光った。
「それって情報も引き出せるのかしら」
「わからん。詳しいことは私も知らぬのでのう」
 と、ここでドンは声をひそめた。
「……それに、あの子の父親はずいぶん前に下りたきり、帰って来ておらん……」
「だったら決まりだな」
 クロノがマールやルッカを振り向いた。
「そうだね。行こう!」
「ドンさん、地下室ってどこから行けばいいんですか?」
 ルッカの言葉に、ドンは目を皿のように丸くした。
「まさか、地下に行くつもりか?」
「もっちろん!」
 マールが張り切って答えたが、ドンは疑いの眼だ。
「さっきの話を聞いて、それでも行くと言うのか? 私らが何度挑んでもどうにもならなかったのじゃぞ」
「そんなの、やってみなきゃわかりませんよ。オレたちはまだ行ったことがないんですから」
 クロノが笑った。
「そうそう。何事も試してみなくちゃね」
 ルッカもうなずく。
 すると、ドンはふと頬を緩めた。
「……おまえさんたちのような若者を見るのは初めてじゃ。廃墟を越えてきたという言葉を信じるのならば、あるいは……」
 そして、人の輪を抜けて、クロノたちを地下へ続く梯子に案内した。
「ここから地下に下りられる。……気をつけてな。生きて戻って来いよ」


 梯子を下りるとすぐに、机のような機械と、それを挟む形で二つの鉄扉があった。だが、向かって右側の扉の前には足場がなく、大穴が開いていて、どんなに手を伸ばしてもハンドルに届かない。
「このコンソールが通路を制御しているようね」
 ルッカが機械をあちこち触りながら言った。
「……ダメだわ。パスワードが必要みたい」
 クロノたちは、ひとまず行ける方の扉に進むことにした。
 そちらはひょろ長い鋼鉄の梁が天井裏のように足元に巡らされていて、合間からは階下を覗くことができた。下にはドンの言った警備ロボットらしき影が見え隠れしていたが、三人のいる場所には見当たらない。彼らは落ちないように一列になって鉄骨の上を歩き、奥へと向かった。
 その途中、奇妙なネズミの置物を見つけた。先頭のクロノが気づかず蹴飛ばしてしまったのだが、ひっくり返った前足の部分に、小さな紙切れが挟み込まれていたのだ。
「何だろ、これ」
「ちょっと見せて」
 クロノはルッカに紙切れを手渡した。それには何やら記号めいた文字が走り書きされている。
「……これ、もしかして、パスワードじゃないかしら。この文字とか、この文字……さっきのコンソールパネルで見たわ」
「なら、戻る?」
 マールの提案に、しかしルッカは首を振った。
「とりあえずこのまま進みましょ。どっちに何があるかわからないんだし、先を調べてからでも遅くはないもの」
 紙を鞄に滑り込ませ、ルッカは二人を促した。


「でも、ちょっと拍子抜けだよな」
 ガランとして奥に扉だけがある次の部屋に足を踏み入れて、クロノが振り返った。
「そうだね。あんな言い方するから、もっと危ないのかと思った」
「油断は禁物よ」
 ルッカが戒めるように言った。
「これから何か出てくるのかもしれないし――」
 と、正にその時、警報のような音が遠くから聞こえた。三人がハッとして辺りをうかがう間にも、徐々に音は近づいてくる。
「……上だっ!!」
 クロノが叫んだ。
 天井の半分がスライドして開き、次の瞬間、中央に目のようなレンズをはめ込んだ巨大な機械が扉をふさぐ形で降ってきた。彼らは間一髪、つぶされる寸前で身をかわした。
「やっぱ、そう甘くはないってことか!」
「みたいね」
「危ないなあ、もう!」
 言いながらもそれぞれ武器を構え、応戦準備に入る。
『警告・警告・警告』
 機械が無機質な声を発した。周囲には同様にレンズのついた小さな球状の機械が二つ、追従するようにゆらゆらと飛び回っている。
『食糧庫ニ近ヅク者ハ攻撃スル』
「ってことは、この先が食糧庫だな。……ヤッ!」
 硬そうな胴体を避け、クロノは機械のレンズめがけて真っ先に攻撃を仕掛けた。……が。
『ガード機能、発動。反撃』
「!?」
 刀は触れることなく弾かれ、直後、クロノの身体は激しい衝撃に包まれた。
「ッ!」
「クロノ!?」
 声もなく倒れ伏すクロノに、マールとルッカが慌てて駆け寄る。
「クロノ、クロノ! しっかりして!」
「……だ、大丈夫だ。少し、しびれた……だけ……」
 クロノが頭を振り、再び刀を取ろうとした時。
『―― エネルギー充填。レーザーヲ致死量ニ設定』
 機械と周囲の球のレンズが、危険な色に点滅した。
「まずいわ、二人とも伏せて!」
『発射』
 ルッカがクロノとマールの頭を押さえつけて倒れ込むのと、一筋の光線が彼らに向かって注がれるのとはほぼ同時だった。光線はルッカのヘッドギアをかすめて、背後の壁に穴を開けた。
「……このぉ!」
 マールが転がって跳ね起き、ボウガンの矢を撃ち出した。それは中心の機械を狙ったものだったが、偶然にも飛び交う球の一つをとらえた。とたん、巨大な機械がわずかに傾いだ。
「!! ……そうか、わかったわ!」
 ルッカがエアガンでもう片方の球を狙い、撃ち落とす。さらに機械は動きを鈍くした。
「くそっ!!」
 クロノが床を蹴り、今度こそとばかり刀を振るった。反撃は来なかった。かしゃぁん! レンズが砕け散る。
『ブレイク……ダ…ウ……ン………』
 細い煙がたなびき、機械はそれきり完全に沈黙した。
 もう動かないことを確かめると、全員脱力するように座り込んだ。
「……連動、してたみたいね……」
 ルッカが呟いた。
「連動?」
「あのボールみたいな機械と中心の大きい機械、三位一体だったのよ。そして、重要なのはおそらくボールの方だった……ってこと」
「……とにかく、これで先に進めるよね」
 マールが大きく息をつき、腰を上げた。


 機械の残骸を押しよけ、食糧庫の扉を開けた三人は、まず、溢れ出した凄まじい臭気と湿った熱気に後ずさり、鼻を押さえた。食べ物が腐り発酵した臭いが部屋中に立ち込めていて、目にしみるほどだった。
「何、この臭い……!?」
 くぐもった声でマールが言った。鼻をきつくつまんでいるため、必然的にそういう声になってしまうのである。
「ひどいな、こりゃ」
「電源が不安定だったのね……。全部腐ってるのかしら」
 こちらも鼻に手を当て、口だけで息をしながら、クロノとルッカが中を見渡した。
 広い部屋にうずたかく積まれたブリキの箱のあちこちにこじ開けられた跡があり、そこから保存食らしい塊がいくつもカビだらけになってこぼれている。
 彼らは顔をしかめながらも、食べられそうなものがないかどうか手分けして調べていったが、どうやら無事なものは皆無のようだった。
 ……と、そのさなか。
「きゃあああっ!? ク、クロノ、クロノ―――ッ!」
 箱の山の裏側に回ったマールが悲鳴を上げて駆け戻り、クロノに飛びついた。
「ど、どうしたんだ?」
「何があったの?」
 他を調べていたルッカもやって来た。
「ひ……人……」
「人?」
「人が、死んでるの!」
「なんだって!?」
 三人は急いでその場に向かった。
「ほら、あそこ……」
 クロノの腕に張りつくようにして、マールが奥を指さした。壁に背をつけ頭を垂れた、くたびれ果てたぼろ雑巾のような人影が、確かにそこにある。
 そっと近づいてみると、既に事切れているのは明らかだった。服からはみ出た手も足も、腐りかけて半分白骨化している。マールは悲しげに眉尻を下げた。
「あの子のお父さん、かな……?」
「多分そうでしょうね」
 ルッカが青ざめた顔で呟く。
 と。
「……あれ? 何か握ってないか、この人」
 クロノがしゃがみ込んで遺骸に触れたので、マールとルッカは動揺して金切り声を出した。
「ク、クロノ!」
「やだ、あんた、触んないでよ!」
「紙……と、種か?」
 構わずクロノは取り出したものを手の上に広げた。くしゃくしゃになった紙に包まれた、数個の小さな粒。二人も怖々それを覗き込んだ。
「種みたいだね」
「そうね。……何か、食物の種子かも」
「じゃあ、せめてこれだけでも持って行こうか」
 クロノは紙をたたみ直し、ポケットに押し込んだ。




<オマケのあとがき>

(1)ガードマシンの反撃は電気ショックと一緒で、本来はかなりダメージが大きいはずなんだけど、受けたのがたまたま天属性のクロノだったためにすぐ起きられる程度で済んだ……というどうでもいい裏設定があります。

(2)ゲームではマールもルッカも平然と死体に触ってるっぽいですが(笑)、いくらなんでもそれはちょっとないんじゃない? というわけで展開を改竄。クロノ? クロノはほら、男の子だし。そういうの全く平気そうだし。(つーかここでビビってたら男としてちと情けない気がする……)


 TO BE CONTINUED >>> (本編第六章・3)

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