● エピソード17:明かされた真実 ●




 子供の父親の冥福を祈り、短い黙祷を捧げてから、クロノたちはさっき行けなかった方の扉に進んだ。ルッカが推察した通り、ネズミから見つけたあの記号がパスワードになっており、入力することで通れるようになったのだ。
 こちら側のつくりはやや複雑で、鉄鋼やパイプ、階段で入り組んでおり、うっかりすると迷いそうだった。また、警備ロボットもあちこち徘徊していた。とはいえ、食糧庫の機械ほど大きくて面倒なロボットはいなかったし、見つかりさえしなければやり過ごせることにすぐ気がついたので、さして苦労するものでもなかった。
 そのうちに、彼らは一番奥の部屋にたどりついた。壁面の一つには、微細な網目の付いた巨大なガラス板がはめ込まれている。そのすぐ傍らには梯子の所にあった機械とよく似たものが置いてあった。
「ここが情報センターね!」
 ルッカは瞳を生き生きとさせて、置かれた機械を夢中でいじった。
「良かった、このコンピューターはまだ生きてる。空間の歪みをサーチすれば、他のゲートのありかがわかるかも!」
「……なんだかよくわかんない……」
 マールが呟くと、クロノがその背を軽く叩いた。
「ま、ここはルッカに任せといて、オレたちは少し休憩してようぜ」
 言うなり壁を背もたれにして座り込む。
 マールはちょっと迷ったが、自分にできることはなさそうだと悟り、結局隣に腰を下ろした。
 その間にもルッカは目まぐるしく指先を動かした。ガラス板の画面には、様々な文字や絵が現れては消えていく。
 ……そして、数分後。
「お待たせ、ここよ」
 ルッカが手を休めて振り返った。どういった仕組みなのか、実物のミニチュアで地図を再現したような映像が画面全体に出ている。
「わ……すごい、すごい!」
 マールは身を乗り出した。
「ねえクロノ、見て! 起きてよ!」
「……んあ……?」
 クロノは寝惚け眼をこすった。彼のこういう部分にすっかり慣れっこなルッカは冷ややかに一瞥しただけで、あえて何も言わなかった。
「あ……ああ、何かわかったのか?」
「ゲートの場所」
 言って、ルッカは再び機械を操作した。映し出された建物の一つが光り、そこからまず上へ、次いで右、下、と矢印が伸びて、別の建物を光の点で示す。
「このアリスドームから東の……プロメテドームね。ほぼ海沿いを進めばいいみたい」
「さーすがルッカ! この機械でそんなこともわかるんだ」
 マールは立ち上がってしげしげ機械を眺めた。
「じゃ、ここ押したら何がわかるの?」
「あ、変な所押しちゃダメ……!」
「え?」
 制止も空しく、ボタンは押された。とたん、画面がブツッという音とともに真っ暗になる。
「キャ、ご、ごめん!」
「……ううん。待って……」
 ルッカの目は画面に釘づけになっていた。

『王国暦一九九九年 ラヴォスの日 記録』

 そこには大きな文字で、はっきりとそう浮かび上がっていたのだ。
 これにはまだ半分ぼんやりしていたクロノも腰を上げ、マールも目を見張った。
 だが、驚くのはまだ早かった。続いて映し出された光景に、三人はただただ呆然と立ち尽くすことになった。
 時折ブレる画面には、美しい海に囲まれた平原、たくさんのドーム状の建物。緑なす明るい世界。それが突如、闇に染まった。大地が裂け、大量の土砂を吹き上げて、棘だらけの巨大な物体がその割れ目からせり上がる。物体からは無数の光弾が撃ち出され、世界中に降り注ぎ、建物を、大地を、海を……すべてを見る影もない無残な姿に変えてゆく……。
 ブツン。
 音を立てて、映像が途切れた。後には砂嵐のようなものが一面に映し出されるばかりで、やがてそれも消えた。部屋には重苦しい静寂だけが降りた。
 誰も口をきかなかった。今、自分たちが目にしたものを信じて理解するのに、しばらく時間がかかった。
「……何……? 今の……」
 マールがのろのろとクロノやルッカを見た。二人も、また。
「……ラヴォスって……あれが、世界をこんなにした大災害、かしら……」
「それじゃ、やっぱりここは私たちの未来なの!?」
 マールは堰を切ったようにわめいた。
「ひどい! ひどいよ! こんなのってない!!」
「…………」
「これが……、これが、私たちの未来だなんて……」
 うなだれて、マールは床に膝を落とした。
「……マール……」
 クロノが慰めるように肩に手を遣る。
「クロノ……」
 マールは涙のにじんだ顔を上げた。と、いきなりクロノの手を取って立ち上がる。
「そ、そうだよ、変えちゃおう!」
「えっ!?」
 クロノとルッカが目を見開いた。
「変えちゃうの、未来を。クロノが私を助けてくれたみたいに!」
 マールはさらに言い募り、二人をかわるがわる見つめた。
「そうしよう、やろうよクロノ、ルッカ!」
 二人は顔を見合わせた。
「……どうする? クロノ」
 ルッカが髪を掻き上げ、酷薄とも言える笑みを浮かべた。
「わかってると思うけど、この未来は私たちに直接は関係ないわ。私たちの時代は王国暦の一〇〇〇年……。『ラヴォス』とやらが現れる頃には、とっくにお墓の下だもの」
「ルッカ……?」
 マールが意味を計りかねて首を傾げた。だが、クロノは無言でルッカを見つめたままだった。
 ルッカは生真面目な顔つきに戻り、言葉を重ねた。
「何とかしようと思うなら、また面倒なことになるでしょうね。きっと一筋縄じゃいかない。おまけに、単なる骨折り損で終わる可能性も高いわ。……ただでさえ厄介事を抱えてるっていうのに、それでもやるの? 何か得があるわけでもないのに」
「な……何それ!?」
 マールがクロノの答えを待つ間もなく叫んだ。
「そんな言い方ってないじゃない! ここは私たちの世界なんだよ!? なのに……!」
 くってかかろうとする彼女を、しかし、クロノが片手でさっと制した。
「いや。確かにルッカの言う通りだよ」
 マールは耳を疑った。
「クロノ……!? 今、何て……」
「そうさ、ここはオレたちに直接関わっちゃいない」
 クロノは肩をすくめた。
「未来を変えようが変えまいが、オレたちには無関係……わかってるって、そのぐらい。こういう時は見て見ぬ振りをするのが賢いよな。そうすれば、余計な苦労なんてせずに済むんだから」
 マールはまた泣きそうな顔になった。
「クロノ……。クロノまで、そんなふうに……」
「だけど」
 クロノは不敵に微笑んだ。
「オレがそれで納得するはずないだろ? どうするか、なんて決まってるさ。なあ、ルッカ」
「そうね」
 ふふ、とルッカは楽しそうに笑った。
「あんたなら絶対そう言うと思ったわ。―― もちろん、私だってこんな未来はまっぴらよ」
「え? ……え?? じゃあ……」
 目をパチクリするマールに、ルッカはいたずらっぽくウィンクしてみせた。
 クロノが大きくうなずく。
「変えよう。……オレたちの未来を!」


「……おお! も、戻って来おった!」
 少年たちの無事な姿を梯子に見つけて、ドンが、そしてアリスドームの人々が、驚愕と歓喜の入り混じった声を上げた。
「して、どうじゃった?」
 三人が昇り終わるのも待ちきれぬように、ドンが訊く。周りには興味津々の、期待に満ちたまなざしの人垣ができている。
「ここは……私たちの明日なの!」
 マールが微笑すると、はぐらかされたような、戸惑いと不平のさざめきが広がった。
「それより食糧庫は!?」
 焦れて誰かが叫んだ。それを皮切りにして、次々に問いかけの言葉がかかる。
「そのことなんですけど……」
 クロノがすまなそうにポケットから紙を取り出して広げた。
「これしかなかったんです」
「……種子……か?」
 ドンはそれを受け取り、目を近づけた。
「エナ・ボックスも、いつまで保つかわからないわ」
 ルッカが言った。
「その種子を育ててみてください」
「とにかく生きて。頑張って!」
 マールが祈るように手を組んだ。
「私たちもやってみるから……きっと、頑張るから!」
「どんなに小さくても、希望がまったくないわけじゃない」
 クロノも言う。力強い瞳で。
「どうか、あきらめないでください」
 ドンは三人を順繰りに見つめ、目を細めた。
「ふ……あんたたちは不思議じゃな。何かこう、私らとは……」
「元気ってこと?」
 マールの言葉に、ドンはまばたきした。
「元気? 聞いたことのない言葉じゃが、なんだか気持ちのいい響きだ……」
 周囲の人々の間にも彼と同じ感情が生まれたのか、互いを見交わし合って表情を和ませた。
「何の種子かはわからんが、こいつを育ててみるよ。……今の私らに必要なのは、こういう物なのかもしれんな……」
 しわ深い細い手で、ドンは大切そうに種子を包み込んだ。


 三人はドンたちの厚意でエナ・ボックスを使わせてもらい(空腹は満たされないのに疲労は回復するのでヘンテコな感じだった)、ラヴォスについて調べるためにも、早速プロメテドームに向かうことにした。そのことを告げると、ドンは何かの鍵を手渡してくれた。
「プロメテドームに行くには、三十二号廃墟を抜ける必要があるじゃろう。それは廃墟に置いてあるジェットバイクのキーじゃ。自由に使ってくれ」
「ジェットバイク?」
「うむ。私が若い頃乗っていたものでな。まだ動くといいが……」
 ドンは言い、さらに、小さな紙を差し出した。
「置き場所と動かし方は、一応これに書いてある。なに、それほど難しくはないから、誰でも動かせるはずじゃよ」
「ありがとうございます」
 クロノが礼を言うと、人々の一人が口を添えた。
「途中、南の地下水道に間違えて行かないようにね」
 例の食糧庫にいた男の妻らしい。足元にはあの子供が寄り添っている。
「その先には大災害の源『死の山』があって、ひどく危険なの。その近くにドームを作って監視しているおじいさんがいるらしいんだけど……あまりの恐ろしさに気が触れてしまったそうだから」
「ご忠告、ありがとう」
 ルッカが微笑んだ。
「東は暴走したロボットが溢れかえっている」
 と、ドン。
「だが、あんたたちならきっと大丈夫じゃろう。『元気』でな!」
「うん! ドンたちもね!」
 マールが『元気』いっぱいうなずいた。




<オマケのあとがき>

(1)マールが未来を変えようって言い出した後の会話、こういう感じのノリを何かで見たような気がするのですが……どうしても思い出せませんでした; どこで見たんだろ……??(ただ、これも書きたかった場面の一つだったので、ようやく書けて私本人は満足)

(2)ガッシュに関する話、もう少し入れ込みたかったんですけど、さすがに無理でした。伏線張るためだけに方向のまったく違う地下水道にクロノたちをわざわざ行かせるのも何でしたし……。


 TO BE CONTINUED >>> (本編第七章・1)

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