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岩と石と砂だけになりながら、今なおそびえる山々の吹き降ろす風が、裾野の澱んだ空気をかき混ぜる。 かつて大勢の人間やロボットたちが働いていた工場は、三十二号廃墟のはるか東、プロメテドームのほぼ真北の山あいに位置している。複数の建物が集合体を形成して、さらにいくつかの区画として分かれており、ひとつの小さな町と呼んでも過言ではない規模だが、あいにく現在は人はひとりもいない。与えられたプログラムを淡々と遂行し続ける機械が群なすばかりの地だ。 クロノたちはジェットバイクを工場付近に停め、非常電源のある中央センターへと歩を進めた。 「セキュリティ・システム00、アンロック。……OK。これで扉が開きマス」 ロボが入口の機械を操作し、進入を可能にする。 それと同時に、機械の端にあった小窓から、親指の爪ほどの大きさをした金属片が三つ転がり出た。ロボはそれらを受け取ると、クロノとマールにそれぞれひとつずつ手渡した。 「お二人もコレを身につけてクダサイ」 二人は渡された金属片を眺めて、一様に首を傾げた。 「何これ?」 「IDバッジデス」 「IDバッジ?」 「個体識別情報を記録した、身分証明の一種デス。身につけることで、正規の手続きにのっとって施設の巡回許可を受けた者だと認証されマス」 「……えーと。つまり……このバッジがあれば、中に入っても構わないってことか」 耳慣れない単語の羅列を、クロノはどうにか自分なりに噛み砕いて翻訳した。 「そうデス。工場内部を自由に歩くことができマス」 「じゃあ、ロボットのひとたちも襲ってきたりしないの?」 マールが尋ねると、ロボは首肯し、 「コチラ側が攻撃態勢に入るなどの敵対行動や、許可を大幅に逸脱するような異常行動をとらない限り、各員の安全は常時保障されマス」 それを聞いて、クロノとマールはこっそり目を見交わし、胸を撫で下ろした。 ロボが他の機械たちと一緒に暴走して襲いかかってきたり、あるいはこちらに危害が及ぶのを傍観したりということはないと信じたいが、かといって、身を守るためとはいえ彼の仲間や同胞ともいえるロボットたちを、目の前で叩きのめしてしまうのも気が引ける。戦いを回避できるのは、願ったりかなったりというやつだ。 「ソレデハ、バッジをつけ次第、中に入りマショウ」 二人を促し、ロボは先頭に立って添乗員よろしく扉を開けた。 工場内は、これまでクロノたちがいくつかのドームで見てきたよりもさらに、不可思議な機器の山だった。 入ってすぐの狭い小部屋から右に進んで動く歩道で移動し、つきあたりにあった台の上に乗ると、垂直に台座が下がって階下に導かれた。エレベーターというものらしいその乗り物をロボの案内で何度か乗り継ぎ、三人は工業機械のひしめく広いホールに出た。 金属同士の擦れる高い音。一定の間隔ごとにどこからか聞こえてくる、無機質な電子音。たくさんの歯車が噛み合いきしむ音。機械油と、ハンダか何かが溶けるような匂い ―― クロノは、ルッカの家に行くとそういえばこんな感じの匂いがしたっけ、と思った ―― その中を、樹脂らしき素材で作られた幅広ベルトの道が粛々と一定方向に流れている。そして、物言わぬロボットたちの大小さまざまな集団が、一糸乱れぬ規則正しさで何かの作業を繰り返し、せわしなく動き回っていた。 それは一種異様な光景ではあったが、物珍しさも手伝って、クロノとマールは「あれは何だろう」「これは何?」と、道すがらロボにいくつも質問を投げかけた。 この未来世界にたどり着いてから、状況を把握したり敵に警戒したりするので精一杯なところがあったものの、今はロボットにあまり注意を払わなくても良くなった分、目新しい景色を見物する余裕も生まれてきたのだった。 そんな二人に、あれは荷運びのための遠隔式クレーンデスだとか、これは簡易端末機で、ちょっとした情報を引き出せマス、などと、ロボは懇切わかりやすく説明してくれた。 「―― ルッカがこっちに来てたら、きっと大喜びだったんだろうなぁ」 一通りの講釈を受けてから、クロノはふと、そんな感想を洩らした。 「そうね」 マールも同意してうなずく。 「仕方ないかもしれないけど、でも、一緒に来られたら良かったのにね」 「ルッカはこういったものに興味があるのデスカ?」 ロボの問いかけに、クロノは軽く苦笑を返した。 「興味があるっていうか……ありすぎなぐらい、かな」 発明だの科学だのにさほど執着を持たない自分たちですら、関心を惹かれたのである。ルッカをここに連れてきたなら、かぶりつきで夢中になるのは目に見えていた。 「ルッカはすごいんだよ! ゲートのこともそうだし、ロボのことだって、壊れてたのを直そうって言い出したのもルッカで、本当にバッチリ直しちゃったんだもの」 マールが歩きながら身ぶりも交えて笑顔で説明すると、ロボは穏やかにうなずいた。 「そうなのデスカ」 (……あれ?) そんな彼を見て、クロノは目を瞬いた。 気のせいだろうか。今のロボの雰囲気は、まるで ―― 「……なあ、ロボ。もしかして、今……笑ってなかったか?」 「あ。うん、私もそれ思った!」 「エエ。ワタシには疑似生体機能と学習型感情制御回路が搭載されていマスので。人間の皆サンとまったく同じというわけにはいきマセンガ、ある程度は外部反応を似せることができるのデス」 「へー……そういうもんなんだ」 「すごーい! ルッカもすごいけど、ロボもすごいんだね」 「イエ、それほどでもありマセン」 無邪気に褒めるマールの横で、ロボがあたかも照れているかのように、大きな手で頭部に触れ、体を折り曲げている。 クロノは、プロメテドームでロボを見つけた時に、ルッカがあれほど手放しで感動していた心情や、彼女の言葉の意味を、ここにきてなんとなく理解できた気がした。 人間も人それぞれであるように、ロボットにも色々な者がいるということなのだろう。ロボのようなロボットが他にもいたのなら、この荒れ果てた世界にも、もっと多くの希望が見えるのかもしれない。そんなふうに思う。 その後もロボが侵入者対策の仕掛けやドアロックを解除し、一行はほとんど何事もなく、最奥部に配置された非常電源本体の元へと到着した。 非常用というだけあって、緊急時以外には近づけないようにしてあるのだろう。ロボット一体分がなんとか通れる幅の網状通路と金属柵に囲まれた、銀灰色の巨大な六面体をした機械は、物々しささえ感じさせた。ところどころに光る鮮やかな赤色灯が、それをさらに増長させている。 「デハ、切り替え作業を行なってきマス。すみマセンガ、お二人はここで少し待っていていただけマスカ?」 「わかった。……時間かかりそうか?」 「イエ、それほどはかかりマセン。予定時間は長く見積もっても五分前後デス」 「私たちに何か手伝えることってある?」 「ありがとうございマス。デスガ、ここはワタシだけで大丈夫デスヨ」 「そう。ごめんね、なんだかずっとロボにまかせっきりで」 申し訳なさそうにするマールに、ロボは気にしないでいいとでもいうふうに会釈して、非常電源に向かった。 さすがに以前ルッカが調べものをした時のように、ここで居眠りしてしまうのは不人情に思えて、クロノは大人しく立ったまま終了を待つことにした。 二人が様子を見守る傍ら、ロボは大小さまざまなレバーやボタンを駆使して、必要な作業をそつなく進めていった。 「システムオールグリーン。間もなく全工程が完了しマス」 ほどなくロボが振り返り、二人に向かって報告を送った。 ―― が、その時。 ヴィ―――ッ!! 耳をつんざく警報が鳴り響き、非常電源の赤い光が激しく明滅を繰り返しだした。 ロボがうろたえた様子で辺りに目を配り、先ほどの数倍の速度で幾多のスイッチの上に指を走らせる。 クロノとマールは嫌な予感を覚え、身を硬くした。これと似た音を、空気を、ごく最近にも経験したことがあった。アリスドーム地下の食糧庫を守る、大型ガードマシンとの戦い。二人ほぼ同時に思わず武器へと手をかけて、周囲に警戒を払う。 しかし、ロボから発された言葉は、予想とは少し違うものだった。 「エマージェンシー・サイン……非常事態デス」 その声は、どこか愕然とした響きを帯びていた。 「いけマセン、このままデハ……! ―― パスコード『ザビィ』シャットダウン、制御不能! セキュリティ・システムが暴走していマス!!」 「セキュ……え?」 「詳しくは後で話しマス! 今は、とにかく急いでここから脱出しなくテハ!」 何がなんだかわからなかったが、ただならぬ事態であることだけは、ロボの切羽詰まった語調からも判断できた。 彼らは慌てて回れ右で元きた道を駆け出した。 「あ……壁が!」 マールが叫ぶ。 一本道の通路の左右から徐々にせり出す形で、何層もの分厚い金属扉が三人の進行を阻もうとしていた。 このまま閉鎖空間に取り残されるのも御免だが、もしも扉の閉まる瞬間に挟まれ押し潰されてしまったら……というのは想像だにしたくない。 迫り寄る鉄壁をあえて意識しないように努力しながら、クロノたちは全速力で通路を走り抜けていく。 「間に合え……!」 歯を食いしばり、クロノが唸る。 だが、最後の最後、通路の終わるあと一歩のところで、間に合いそうにない。 それを見てとるや、ロボは前のめりに体を滑り込ませる形で素早く突進し、自らの身を挺して扉を押し広げた。 「ロボ!」 クロノとマールの驚きの声が重なる。 「ハヤク! 今のうちに!」 丈夫な金属の身体と強い馬力を以ってしても、長くは持ちこたえられないだろうと一目でわかった。下手にためらっては、ロボの行動が無駄になってしまう。そう察して、二人は短く礼を口にしながら彼の大きな腕と脚の隙間をくぐり抜けた。 二人が安全な位置まで離れたのを確認すると、ロボは扉の重圧から反動をつけて抜け出した。あまりに力がかかりすぎていたためか、弾き飛ばされるようにロボの体がもんどりうち、勢い余ってつきあたりの壁に衝突した。 「ロボ! ロボ、大丈夫!?」 「無事か!?」 心配して駆け寄るマールとクロノ。 ロボは軽く頭部を揺らし、アイセンサーをチカチカさせつつも、しっかり立ち上がってみせた。 「へ……平気デス。それより、工場そのものから出ないと、これから何が起こるかワタシにも予想できマセン。早く避難ヲ!」 |
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<オマケのあとがき> 前回の話から書くのにあまりにも間が空きすぎてて、文体がビミョーに変わってる気もします。何せ実質長編ブランク約6年(うわぁ)。その間に短編は何本か書いてましたし。まあ、傍から見たら、本人が思うほど変化ないのかもしれませんけど。 話が止まってた理由はいくつかありますが、一番大きいのはクロノたちの時代(現代)と未来世界の文明レベルの差がどの程度なのか、という疑問だったりします。機械のあれこれを、これはクロノたちが知ってる前提でいっていいのか、それともまだ未開発 or 普及してないと解釈した方がいいのか ―― とかなんとかゴチャゴチャ考えてたら、地の文が全然進まなくなってしまったんですよね……。結局、自分的にはこういう感じで落ちつけてみましたが、クロノたちの『現代』って、基本的には現実でいうところの近世〜近代ぐらいなんでしょうか。未だに悩んでます。 ちなみに、会話の流れ自体は中断の前に予定していた内容そのままです。IDバッジ云々の設定だけ、ここ数日の思いつきで突っ込みました。当初は、警備ロボットはロボを仲間と認定→クロノたちはその捕虜なり何なりだと解釈されて攻撃されない、というような設定にするつもりでした。 TO BE CONTINUED >>> 本編第七章・3 <<<小説目次 <<<クロノトリガー目次 <<<TOP |