● エピソード2:お騒がせ娘、ルッカ ●




 住宅街の北、祭りの中心会場であるリーネ広場は、既に大勢の人々でごった返していた。この祭りにはトルースの住民のみならず、全国各地から多数の者がこぞって集まってきているのである。
 例年の建国祭よりもずっと多く立ち並んだ露店。そこでは、そぞろ歩きの供に良さげな食べ物や飲み物だの、きらびやかに人目をひきつける硝子細工だの、子供たちが目を輝かせて走り寄るに違いない菓子や玩具だの、普段ならばまず目にしないようなどこぞの名産品だのといった、実に様々な品を商っている。それこそ売っていない物など無いのではないかと思えるほどだ。
 黒山の人だかりができているあちら側では、どうやら大道芸人が手品で観客を沸かせているらしい。ふと逆の方へ目を転ずれば、張り紙も仰々しい見世物小屋に並ぶ行列が、往来の通行を妨げている。黄色い嬌声、落胆のため息、馬鹿でかい野次、賑やかな応援等々がないまぜになった、喧騒の一際激しい所では、一口いくらの賭けレースの真っ只中。
 それらすべてから醸し出される明るく楽しげな雰囲気に、クロノは浮き立つ心をとても抑え切れなかった。頬が自然緩んできてしまう。
 広場の大時計は十一時を指しており、約束の時間にはまだ間があった。
(これなら、先に他を見て回っててもいいよな)
 足取りも軽く、きょろきょろとクロノが辺りを眺めていると。
「クロノ!」
 唐突に誰かが背中を叩いてきた。
 驚いて振り返れば、そこにあるのは見慣れた顔。
「なんだ、ルッカか。おどかすなよ」
 頭を掻き、クロノは目の前の少女に文句を言った。
 彼よりも少し低い背丈。蜜柑色の長めの上着と短いスパッツから伸びた、すんなりした手足。手製のヘッドギアの合間に覗けた、まっすぐなスミレ色の髪は、ちょうど肩の辺りで切り揃えられている。セピアのふちの眼鏡が良く似合う秀麗な容貌は、才媛と言うにふさわしい。
「なんだとは何よ、ご挨拶ね」
 きかん気な、今日の空をそのまま封じ込めたように青い瞳でクロノを軽く睨み、ルッカは腕組みした。
「それにしても、あんたにしちゃやけに来るの早くない? 私、どうせ寝坊するに決まってるから、迎えに行こうかと思ってたのに」
「そっちこそ随分とご挨拶じゃないか」
 クロノは口を尖らせた。
「で、用意はできてるって?」
「片方はできてるけど、もう片方はまだかかるわ。ちょっと足りない物があってね、父さんにその場は任せて取りに帰ろうとしたの。そしたらあんたの人ごみでも目立つボサボサ頭が偶然目に入ったから、声をかけたってわけ」
「おい、もう片方はって……もしかして、発明、二つあるのか!?」
 仰天してクロノは目を剥いたが、ルッカは平然と、
「そうよ。言わなかったっけ?」
「…………オレは初耳だぞ、そんなの」
「あら、そうだった? まぁ、今聞いたからいいじゃない」
 どうでも良さそうに言ってから、ルッカは素敵な思いつきに手をひとつ鳴らした。
「そうだ! ここで会ったんならちょうどいいわ。完成した方の発明の所に、私が案内してあげる」
 その愉快げな様子とは裏腹の表情で、クロノが小さく、げ、とうめく。
「い、いいよ別に。大体、取りに行く物があるんだろ?」
「大丈夫よ、案内した後でちゃんと取りに帰るから。それに、場所の都合で二つまとめては展示できなくて、両方いっぺんにお披露目ってわけにもいかなかったしね。だから、今、あんたをつかまえられて運が良かったわ」
 こっちはツイてなかったよ。
 クロノはついこぼしたくなったが、ルッカが返してくるであろう無数の反撃を予想して、そのまま口をつぐんだ。
「さ、こっちよ!」
 ルッカはウインクし、クロノの手をひいて駆け出した。


「じゃーん! これが世界初の二足歩行ロボット、名づけてゴンザレスよ!!」
 いかにも誇らしげに、ルッカは目の前の、身の丈三メートルはありそうなずんぐりとした人型の機械を指した。ところがクロノは疲れたようにそれを見上げ、嘆息するばかり。
「なんなのよ、その反応は! もっとこう、他の人みたいに、『わあ』とか『へえ』とか、せめて感嘆の声のひとつもあげられないわけ?」
 ルッカは不満そうに頬を膨らませた。
 そう、実際、広場の南北に伸びるメインストリートからは若干はずれた場所にも関わらず、物見高い見物客が通りすがりにもそのロボットを眺めていたし、幼い子供たちなど、面白そうなものがあるぞと、近寄って触ってみたりもしているのだった。
 そういった人々から耳に入ってくる評価はもちろん良いものばかりではなかったが、おおむね期待通りだっただけに、彼女はなおさら幼なじみの反応が気に食わなかった。
 ルッカのそんな様子に、クロノは焦って、
「や、その、えーと……うん、すごいすごい」
 しどろもどろにうなずいた。
 実のところ、彼とて内心素直に感心はしていた。ただ、このゴンザレスとやらが何をしでかすことかと考えて、気が気じゃなかっただけなのである。
 しかし、そのとってつけたような誉め方が、結果的に火に油を注いでしまった。
「……あんた、馬鹿にしてるわね?」
 静かな、しかし凄みのある声で、ルッカは言った。
「上等じゃないの。見せてあげるわよ、こいつのもっとすごいところ」
 ―― まずい!
 クロノが弁解しようとした時にはもう遅かった。
 ルッカはロボットの番を頼んでいた知り合いに声をかけ、何やらアンテナの伸びた小さな箱みたいな物を奪うように受け取るなり、
「そこ! 危ないからさっさとどきなさい!!」
 ゴンザレスのそばにいた群衆に叫んだ。
 そして、ざわめきが移動するかしないかの内に、手元の箱をカチャカチャといじくった。そのとたん。
『おれハ強…イ!』
 ゴンザレスが奇妙な機械音で言葉を発しながら、太い両腕を振り上げ、地面をえぐるように殴りつけた。砂煙が宙を舞い、土に拳型のクレーターが出来る。
 辺りにどよめきが走った。
「さあ、かかってらっしゃいよ、クロノ! よーく教えてあげるわ。来ないならこっちから行くわよ!!」
 ルッカがクロノに鋭い視線をぶつけると、彼の近くにいた人々が引き潮のようによけて、その周辺がぽっかりひらけた。
 クロノの頬に汗がひとすじ、ついっ、と流れる。
「お、おまえ……本気か?」
 無意識に腰の木刀に手をやり、クロノはようやく気がついた。
 ―― ルッカの奴、さては最初っからオレとこいつを戦わせるつもりだったんだな!?
 冗談じゃない、と彼は思った。腕に自信が無いとは言わないが、こんな所でもし怪我なんかしたら、いかにもバカバカしい。誰がのせられてやるもんか。
「わかった、そいつのすごいのは充分わかったって!」
 クロノは諸手を挙げ、ルッカをいさめた。
 するとルッカはひどく残念そうに、
「何よ、つまんない奴ね」
 と呟いた。同時にゴンザレスの動きが止まる。
 クロノは心の中でホッと胸をなでおろしたが、ルッカが途端「ははーん、なるほど」と、したり顔でうなずいたのを見て、ぎくりとした。
「な、なんだよ。何がなるほどなんだ?」
「決まってるじゃない。あんたが怖気づいたってことよ」
 鬼の首でも取ったようにルッカはにんまりした。
「まあねぇ。考えてみれば、いくらクロノが強いとか言ったって、所詮はガキんちょのお遊びレベルだもの。この天才が造ったゴンザレスの無類の強さには到底敵いっこないでしょうから、賢いといえば賢いかしらね」
「……誰が怖気づいたって?」
 クロノは固く拳を握りしめた。
「敵いっこない? そんなの、やってみなけりゃわからないだろ。お遊びかどうか……その目で確かめてみろよ!」
 売り言葉に買い言葉。
 手にした木刀をルッカに突きつけた彼にはもう、この面白そうな余興に群がってきた人の輪の中心で、自分が一身に注目を浴びていることさえ目に入らなかった。
 ルッカが悠然と微笑した。
「じゃ、戦うのね?」
「当ったり前だろっ!!」
 しかし、言い切ってから、しまったという思いがクロノの頭をかすめた。気づけば周りには大勢の観客が集まって、「いいぞ、兄ちゃん!」だの「頑張れー!」だのと囃したてている。これじゃひっこみがつかない。……いや、仮に他に人がいなかったとしても、ここまではっきり言ってしまった言葉を今さら翻すなんて、オレにできるわけがないじゃないか!
 いつも結局うまくのせられちまうんだよな。
 クロノは歯噛みしてゴンザレスに向き直った。
「それで? こいつ、壊してもいいのか?」
 やけくそ気味に問うたクロノに、ルッカは首を振り、
「そんなわけないでしょ。ま、あんたに壊せるとも思わないけどさ。……そうね。ハンデとして、先に教えておいてあげようか。首と胸の所にある緊急停止センサーのどちらかを叩けば止まるのよ。叩ければあんたの勝ちってことで、どう?」
「あー、はいはい」
 なめられたもんだよ、まったく!
 短くため息をつき、クロノは木刀を構えた。
 周囲のざわめきが徐々に静まる。
「……いい? いくわよ!」
 ルッカの声を皮切りに、ゴンザレスが再び腕を振り回し、クロノめがけて突進した。観客から小さく悲鳴がもれる。
 だが、クロノはそれを難なくかわすと、間合いをはかり、後ろに跳びすさった。重たげな音をたてて今まで自分の立っていた所に突き刺さる拳を、身軽によけていく。
(やっぱりな)
 攻撃をかいくぐりながら、クロノは心で呟いた。
 このゴンザレス、見た目通り力は相当だが、大きさが災いして、オレの動きについてくることができてない。これなら……
「クロノ、何を逃げ回ってばかりいるのよ! そんなんじゃいつまで経ってもゴンザレスは倒せないわよ!」
 ルッカが焦れて叫んだ。
 それに合わすかのように、ゴンザレスが拳を振り下ろす。
「そのぐらい、言われなくたって」
 動きを止め、クロノは不敵に微笑んだ。
「わかってるさ!」
 ―― 次の瞬間、おお、と観客に感嘆の声があがった。紙一重で攻撃をかわし、懐に素早く潜り込んだクロノが、木刀を軸にゴンザレスを宙返りで飛び越えたのだ。
 急に視界から消えた標的を探そうと、ゴンザレスが辺りを見遣る。刹那、その首に、狙いたがわず木刀の一撃が叩き込まれた!
「どうだっ!」
 クロノが会心の笑みで着地した。
 起こる歓声、やんやの喝采。ルッカの顔が見る間に曇る。
「……これでもまだ、お遊びだなんて言うのか?」
 腰に木刀を戻しながら、クロノは得意満面、ルッカを見た。ルッカはばつが悪そうに操作機を持った手をおろした。
「わ…悪かったわよ。確かに、ちょっと言い過ぎ……あっ!?」
 ルッカの目が見開かれるのと同時に、群集にも戸惑いのさざめきが広がった。
「へ? ……うわあっ!」
 皆の視線の束なる先、クロノが背後を振り返ると、そこには迫り来るゴンザレスの拳。慌ててよけたがかわしきれない!
 ごっ。
 クロノの耳元に、鈍い音が響いた。
 なんとか直撃は免れたものの、目の前にちかちかと星が飛び、うっすら涙が浮いてくる。
「〜〜〜ってぇ〜〜〜っ……」
 思わず頭を抱えてうずくまったところへ、さらにゴンザレスの苛借ない攻撃の雨が降ってきた。
 観客が息を飲んだ。
 しかし、そうそうやられてたまるかとばかり、クロノは殺到する腕を転がってよけた。立ち上がり、痛む頭を片手で押さえつつも、木刀を構え直す。
「おいルッカ! どうなってんだよ!?」
 半ば狂ったように暴れ回るゴンザレスを、観客側に行かないように牽制してクロノが叫んだが、
「おっかしいわねぇ。ちゃんと停止するはずなのに」
 とびきり冷静に、ルッカは言った。
「あんた、強く叩きすぎたんじゃないの?」
「……んなことどうでもいいから、さっさとなんとかしろ! でなきゃオレ、こいつ壊して止めるぞ!!」
 クロノが苛立ち混じりに怒鳴ると、ルッカは「あんたがどうなってるんだって訊いたくせに……」などと不満げに呟いてから、操作機のボタンを押した。
 すると、とたんにプスンと小さな音をたて、ゴンザレスは腕を振り下ろした格好のままあっけなく動きを止めてしまった。
 周囲にホッとした空気が流れ、クロノはぐったりと肩の力を抜いた。
「ったく……。もう動かないんだろうな?」
「疑り深いわね。電源切ったんだから大丈夫よ」
 ルッカはゴンザレスのそばへ行き、観客の方を振り向いた。
「さ、見世物はひとまずおしまい。修理するからまた後でね」
「……その、ひとまずと後でってなんだよ」
 クロノがジト目で睨んだが、ルッカはとりあわなかった。移動する人波を背に、ゴンザレスの胴体のカバーを開けて中を覗き込む。
「うーん……配線には問題ないと思うんだけど……。やっぱり、衝撃の度合が……」
 ひとりごちて、ふと、ルッカは傍らで憮然としている幼なじみに目を留めた。
「あ、とりあえず他の所を見て回っててもいいわよ。これの修理もあるし、忘れ物も取りに帰らなきゃならないから……そうね、一時頃。そのぐらいになったら、リーネの鐘の奥にいらっしゃい。もうひとつの、あっと驚く大発明、見せてあげるから!」




<オマケのあとがき>

(1)クロノとルッカがやけに仲悪げ……。何故か書いてる内にこうなってしまいましたのことよ;(何語だ)まぁ、これは、発明が絡んでるせいだと思って下さい。ケンカするほど仲が良いとも言いますし。

(2)ゲーム開始時点でクロノくんは木刀を装備しているわけですが、ゲーム上ではともかく、実際には、平和な時代の、しかも大人に片足突っ込んだ年齢の男の子が祭りで武器を持ち歩くのはどうかと思いまして。そんなわけで、こうして理由付けをしてみました。どないなもんでしょう?


 TO BE CONTINUED >>> (本編第一章・3)

 <<<小説目次

 <<<クロノトリガー目次

 <<<TOP