● エピソード20:違えた道、その先にあるもの ●




 不安と焦りを掻きたてるサイレンが、断続的に空気を震わせている。
 先の非常電源通路のように隔壁が閉じてしまっていたり、来る時に使用したエレベーターが作動しなくなっていたりで、クロノたちは脱出に大回りを余儀なくさせられた。それでも、外への避難経路をロボが先導して示してくれたおかげで迷わずに済んだのは、不幸中の幸いといえる。
 ただ、あれだけの数がいた作業ロボットや警備ロボットらに邪魔されないどころか、姿を見かけることすらなかったのが、かえって不気味だった。
 まるで嵐の前だ、とクロノは胸の内で呟いた。
 とびきり嫌な何事かが待ち受けていそうな雰囲気を、理屈ではなく肌で感じる。
 ―― その予感が的中したと思い知ることになったのは、工場出口に程近い、直線通路でだった。


「オオ……R−64Y! R−64Yじゃナイカ!」
 ロボが弾んだ声を上げた。
 一行の目の前に立ちふさがるように現れた、ロボによく似たロボットたち、その数六体。色あいこそ差はあれど、それ以外は全くロボと変わらなく見えた。丸みを帯びたフォルムも、ずんぐりとした胴体も、大きな手足もそっくりそのままだ。
 とっさに臨戦態勢をとろうとしたクロノとマールを押しとどめ、ロボは嬉しげに言う。
「安心してクダサイ、彼らはワタシの兄弟デス。みんな仲間デス」
「兄弟? ロボの?」
「エエ、そうデス。―― R−64Y、R−67Y、それにR−69Yたちも……みんな生きていたノカ、良かった……」
 兄弟ロボットたちに歩み寄り、ロボは何度もうなずいてみせた。彼がもし人間だったなら、目元を拭っていたのかもしれない。
 プロメテドームにたったひとり、孤独のまま打ち捨てられる形で壊れていたロボにとっては、やっと生きて自分を知る存在に巡り会えたということもあるのだろう。人同士のような血の繋がりはなくとも、同朋の無事と再会を本当に喜んでいるのが傍目にもよくわかった。
 だが、その喜びを分かち合う間もなく粉みじんにしたのは、他ならぬ『仲間』ロボットたちだった。
 ぐわん、と金属のぶつかり合う耳障りな音が、鳴り続ける警報を割って響く。
 通路に尻餅をついて倒れるロボを前に、クロノとマールは一瞬反応が遅れて、思わず立ち尽くした。
「オマエナド、仲間デハナイ」
 切って捨てるかのごとく吐かれたその言葉で、R−64Yと呼ばれたロボットがロボのことを突き飛ばしたのだと、遅まきに理解する。
 あっけにとられているのはロボも同じで ―― むしろ、彼こそが最も驚いているのだろう。何が起きたのか、どうしていいのか、わからずにいるようだった。
「な、何を……」
「ソレハコチラノ台詞ダ。コノ欠陥品メ」
 R−64Yは冷徹に言い放った。
「ケッカン……ヒン? ワタシが……?」
「ソウダ。我々ノ任務ヲ忘レタノカ? コノ工場ニ不法侵入スルモノハ全テ抹殺スル。ソレガ我ラニ与エラレタ使命ダ!」
 ロボは愕然として、言葉を失った。
「……ソンナ……ワタシは、ソンナことをするために、作られたと……」
「ソノ通リダ」
「違う!」
 傲然と断じたR−64Yを遮り、否定したのはマールだった。
「違うよ! ロボは、絶対そんなんじゃないもの!」
 少女の稚拙すぎる、けれどひたむきで懸命な弁護が、クロノをより勇気づけた。迷いはなかった。正面きってロボの『兄弟』を見据える。
「そうだ。ロボはおまえたちとは違う。だからって、欠陥品なんかじゃない。過去はどうあれ、今はオレたちの仲間だ! 人を傷つけるような真似なんてしない!」
 そんな二人に、R−64Yたちは邪魔な異物に対する視線をちらりと向けた。
 ―― ロボと同じ姿形なのに、なぜこれほどまでに違うと思えるのだろう。クロノは思う。
 彼らには冷淡さと慈悲の無さしか感じられない。それとも、彼らもあるいはルッカの言うように、誰かにそんなふうに作られているだけなのだろうか。
「消エロ。我々ノ面汚シメ」
 クロノとマールを無視し、R−64Yは、未だ立ち直れずにいるロボを引きずり出した。
「よせ!」
「何するの!?」
 色めきたち、かばおうとする二人を、しかしロボが抑えた。
「やめて……クダサイ。彼ら……みんな、仲間デス」
「でも……!」
 そうするうちにも、ロボは二人から無常に引き離され、R−64Yたちに包囲されてしまう。
「ロボ!」
 叫んだのはクロノとマール、どちらだったのだろう。
 複数の手による一方的な暴力の嵐が、ロボの上に降りそそぐ。
 だというのに、ロボは頑ななまでに無抵抗だった。
「この……!」
 見ていられず、クロノは実力行使の制止に走った。ロボットたちの腕にしがみつき、必死に食い下がる。だが、うるさい羽虫でも追い払うような腕の一閃で、あえなく振りほどかれ、跳ね飛ばされてしまった。
「うわっ!」
「クロ……きゃあっ!?」
 同じく駆け寄ろうとしていたマールを巻き込んで、床に転がる。
「……お願い……デス。ワタシの……仲間に、危害は、加えナイデ……ドウカ……」
 クロノたちと『兄弟』たち、はたしてどちらに向けた懇願なのか。ロボの言葉はもはや途切れ途切れで、弱々しいものだった。
「やめて、もうやめてよぉ!」
 悲痛なマールの嘆きも、むなしく宙に霧散していく。
 やがて声も無くし、身動きひとつとらなくなったロボの巨体を担ぎ上げ、R−64Yたちは彼を天井のダクトに放り込んだ。
「あ……!」
 見る間にロボは吸い込まれ、そこから姿を消した。
 残された二人は、為す術なく呆然と天井を見つめるばかりだった。
「そんな……。ロボ……」
「処分終了」
 至極当たり前のことを、当たり前にこなしたという無感情さで言葉を発し、ロボットの群れはクロノたちに向き直った。
「引キ続キ、侵入者ヲ処分スル」
「ふざけないで! 絶対に許さないから!」
 怒りと涙の滲んだ瞳でマールが叫ぶ。
「……ロボ。ごめんな。最後の頼み……オレには、とても聞けそうにない」
 クロノは刀の柄を指が食い込むほどにきつく握りしめ、一気に抜き放った。
「おまえら全員、ブッ壊してやる!!」


 ―― それから、クロノはただがむしゃらに刀を振るい続けた。ためらいなく斬って、切り裂いて、時に拳を、蹴りを叩きつけて。硬質な機体に刃こぼれすることも気に留めず、自らが傷つくことも一切構わずに。
 数と腕力の差は、そのような捨て身の攻撃にはけして優位に働かなかった。鈍重さのある巨体ゆえに、素早く動き回って撹乱するクロノには当てにくく、また、同士討ちをも誘発させられた。マールの弓による援護も受けて、いつしかロボットたちはその数を減じていった。
 最後の一体となった時、せめて相討ちを狙ったか、自身の体を吹き飛ばす攻撃を受けたが、これまで機械たちと戦った経験で得た勘が物を言い、間一髪伏せて難を逃れた。

 ……そして。

「……マール、大丈夫か?」
 舞い上がった煙と粉塵で咳き込みながら起き上がり、クロノは尋ねた。
 自分よりはまだしもロボットたちから離れた位置で戦っていたので、爆発には直接巻き込まれたりしなかったはずだが。
「う……うん、私は平気」
 こちらもやはり咳とともに、答えが返ってくる。
 ひとまず胸を撫で下ろしたクロノだったが、マールは消沈してうつむいていた。
「だけど……だけど、ロボは……」
「…………」
 思い出して、クロノは無言で唇を噛んだ。
 ―― もう、どうにもならないのだろうか。取り返しがつかないことなのか。
 倒れて動かなくなった機械たちの只中で、ロボが消えた天井を見上げる。
「あ……!」
「え、なに?」
 目を見張るクロノに、マールが顔を上げる。クロノは彼女を引き寄せ、ダクトを指さした。
「ほら、あそこ! 奥に!」
「あっ……ロボ!」
 運が良かったのか、通りきるのが難しかったのか、ロボの大きな体は完全には吸い込まれず、管の少し狭くなった部分に引っかかっていた。クロノは傷を受けた身を押して壁をよじ登り、彼をどうにか引っぱり下ろした。先だってロボの教えてくれた遠隔式クレーンの存在をマールが思い出し、使うことができたのも僥倖だった。
 だが、そうして床に横たえられたロボは、ぴくりとも反応しなくなっていた。
「どうしよう……ねえ、ロボ、死んじゃったの? そんなのやだよ……」
 頬を濡らし、マールはロボの手をとった。無機物で作られた冷たい指先は、生きているとも死んでいるとも判断がつかない。
「死んでない。死んでなんかいないさ!」
 あえて力強く、マールを、そして自分自身を鼓舞するように、クロノは言い切った。
「きっと今ならまだ間に合う。ルッカのところに運ぼう。あいつなら直せるはずだから」


 暗い気持ちと重い身体を無理やり奮い立たせ、クロノたちはロボを運んで工場を後にした。ジェットバイクの後部座席に二人がかりでロボを乗せて、一路、ルッカの待つプロメテドームへと車を飛ばす。
 じりじりと気ばかりが急くのを我慢して、ようやくたどり着いたそこでは、ルッカが彼らの帰還を待ちわびて出迎えに立っていた。
「おかえり! ……って、あら、ロボは?」
 満面の笑顔が、きょとんと不思議そうな表情になる。
「だいたい、あんたたち、ずいぶんとボロボロ……」
 クロノは勢いジェットバイクを飛び下りて、ルッカに詰め寄った。
「ロボは後ろに……いや、とにかく診てくれ!」
「ルッカ、お願い、ロボを助けて!」
「はい? ま、待って、事情を順に説明してちょうだい!」


「シュ……修復……できそうデスカ……?」
 頭頂のカバー部分を取り外され、内部の補修を受けながら、ロボが呟いた。
「あんまりしゃべらない方がいいわ。体に差し障るから」
 細い幾筋ものコードを丁寧に選り分けて、ルッカは小さなドライバーを手際よく操る。
 その傍らでは、クロノとマールの二人が床に横になり、正体なく眠り込んでいた。
 あれから手短に経緯を伝え、ロボをドーム内に運び込んで修理にとりかかる間、ルッカの持っていた簡易救急用品で、クロノたちはとりあえず彼ら自身の怪我を手当てした。その後すぐに、ロボが直るまで側についていると口々に主張したのだが、
「いいから、二人ともちゃんと休みなさい! そんなんじゃ、逆にこっちの気が散るわよ!」
 ……とルッカが一喝し、不承不承ながら仮眠をとることになったのである。
 とはいえ、何のかの言っても戦いと負傷、ロボの救出や運搬作業といった体力の酷使で、どちらも疲労がつのっていたに違いない。寝にくい環境にもかかわらず、さして間を置かないで、二人とも深い寝息をたてていた。
「まったくもう……。誰も彼も、ほっとくと無茶ばっかりするんだから」
 眠る友人たちの横顔を視界の端に映し、ルッカはそっとため息をついた。
 やっぱり私がついてなきゃダメね、と苦笑がこぼれる。
「……ま、でも。土台、無茶といえば途方もなく無茶な話ではあるのよね。時を超えて、世界を変えるなんてのは」
 ほとんど独り言のつもりだったのだが、ロボは聞いていたらしい。ルッカにだけ届く声音で、彼は静かに言った。
「……アナタ方は……」
「ん?」
「アナタ方は……この世界を、変えるというのデスカ……?」
「まあね。私たちの力で、どこまでできるかはわからないけど」
 やってみなくちゃわからないからね、と彼女の幼なじみお得意の台詞を拝借して、くすっと笑う。
「ところで……ロボは、直ったら何がしたい?」
「ワタシの……したいこと……?」
 ロボは虚を衝かれた様子だった。
「そうよ。長い間、こんなところで故障していたんだもの。やりたいことがいっぱいあるはずでしょ?」
 慈しむように優しく指先を動かして、ルッカは故障箇所をひとつひとつ丹念に修復していく。
「……ワタシにそんなことを聞いたのは、アナタが初めてデス。ルッカ……」
 ロボはまぶたを閉じるかのように、アイセンサーを緩やかに消灯した。


 翌朝 ―― 外は暗く、建物内は常に明るいので時間の感覚は曖昧だったが、おそらく夜は越えていた ―― 目を覚ましたクロノたちの前には、きちんと両足で立ったロボの姿を見つけることができた。
「おはようゴザイマス、皆サン」
 初めて出会った時のように、姿勢よく礼儀正しい挨拶をする彼を目にして、クロノもマールも大喜びだった。
「良かった、元気になって!」
「もう大丈夫なのか?」
「ハイ。ルッカのおかげデス。ご心配おかけシマシタ」
「ごくろうさま、ルッカ」
 マールがねぎらうと、ルッカは得意げに眼鏡をずらした。
「ちょーっとばかり大手術だったけどね!」
「―― そうだ。ルッカは休まなくていいのか?」
 クロノの気遣いに、ルッカはひらひら手を振った。
「いいわよ。完全に徹夜だったわけじゃないし、休憩だって入れてたもの。クロノと違って、睡眠の燃費はいい方なの」
 ……相変わらず一言多い。
 けれど、今は文句を返す気にはなれなかった。何せ、文字通り、ロボの命の恩人なのだ。
「ルッカ」
 そんな彼女らを見回し、ロボが一歩進み出た。
「ワタシにも、したいことができマシタ。アナタ方と一緒に行くことデス」
「えっ、本当に?」
 マールが一瞬驚き顔をして、すぐに嬉しそうな微笑みを浮かべる。
 ロボはこくりとうなずいて、
「ワタシも見届けてみたいのデス。アナタ方のすることが、人間を……いえ、この星の生命を、ドコへ導いていくのか」
「そう。もちろん私は大歓迎よ。クロノ、あんたも異存なしよね?」
 ルッカの問いに、クロノも快く同意した。
「これからもよろしくな、ロボ!」
「さあ、それじゃ、早速行きましょ。向こうでゲートが待ってるわ!」
 長らく開かなかった扉の先を示し、ルッカは新たな友、ロボを含めた三人を促した。




<オマケのあとがき>

ほとんど原作通りの内容……のはずが、ちょこちょことオリジナル解釈入ったかも、という感じです。毎回そんな感じだという説も無きにしも非ず。何と言ってもゲームではクロノがしゃべらないので、仕方ないのですが。ロボが『欠陥品』呼ばわりされた時に、何かこう、ちょっとぐらい言い返してほしかったなーと思うのです。マールやルッカの台詞でも。というか、ドット絵時代のゲームにありがちなことながら、ロボが壊れるまでの間、行動不能の棒立ち時間がけっこう長いのが少し気にかかったんですよね。見てないで止めろよ!みたいな。クロノはプレイヤーによっては駆け寄る→吹き飛ばされるの無駄コンボを延々繰り返したりもしますけど。私みたいに。

ゲームでは工場跡からプロメテドームまでオール人力でロボを運んでましたが、それはさすがにキツイじゃろ。というわけで、ジェットバイクを本来の範囲から越えて持ち出してきてたのは、このための伏線でした。逆に、前回書いた遠隔式クレーンのくだりはこれっぽっちも伏線のつもりはなく、ゲーム中にも登場していたものだし〜という程度で出したら、おおこれ使えるかも!と勢いで今回の部分にこじつけられたということだったりします。……いきあたりばったり考えなしも時には役に立つもんだ、というお話でした。

あと、自分でこういう風に書いてみて初めて気づいたんですけど、ルッカを工場跡に連れて行くメンバーに選んでいたとしたら、かなり彼女に対して辛い展開になるんですね、この辺りの流れって(精神的、体力的ともに)。かといって、マールを連れていくのが正しいってわけでもないとは思うんですが。自分の与り知らぬところでロボが壊れてしまった、というのもルッカには辛いことでしょうし。うーん。


 TO BE CONTINUED >>> 本編第八章・1

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