● エピソード21:謎の老人 ●




 ロボにとっては初めての、そして、クロノたち三人にとっては四度目で身に馴染んできた感のある時空移動を経て、一行はゲートの先に辿りついた。
「今度はどこだ?」
 もはや慣れたもので、クロノなどすっかり落ち着いている。現代から未来に移動した時と違い、ゲートから放り出される羽目にはならなかったというのも大きいが。
「……知ってる場所に一発で出られることは、さすがに期待薄だと思ってたけど」
 ルッカが抜かりなく周囲に気を払ってから、肩をすくめる。
「ずいぶんとまた、おかしなところに着いたものね」
「このような場所は、ワタシのデータバンク内にも記録されていマセン」
 ロボがルッカと同じように辺りを見回して言った。
 そこは実際、不可思議な空間だった。
 足場はごく普通の石畳で、とりたてて不審な点があるわけではない。こぢんまりした正方形の広場になっていて、その周囲には小洒落た柵が巡らされている。アクセントらしく掲げられた背高な街灯といい、どこかの整った街並みから一部分を切り取ってきたのだとしても、納得できる造りだ。色味には乏しいが、人工庭園のようでもある。
 奇妙なのは、彼らの立つ広場の外側、柵の向こうと空だった。何も天体が見えないのは未来世界と同様だったが、こちらは雲さえもない、一面の濃密な黒。それがぐるりと全体に広がっていて、空とそれ以外の部分の区別が全くつかない。広場はさながら、どこまで行こうとけして果ての見えない暗がりに、ただひとつ浮かんだ島だ。
 建物の中ではないというのは感覚でわかるが、ならば戸外なのかと問われたとしたら、首を捻らざるを得ない。暑くも寒くもなく、風の流れや空気の匂い、肌に触れる気配といったものがどうにも異質なのである。まるで、ここだけが本来の世界から隔離されているかのようだった。
 また、彼らの立っている一角には、スポットライトなどがあるわけでもないのに、淡い光でできた謎の円柱が三つほど並んでいた。街灯の他に、それもこの場の明かりの役割を果たしている。
「ここ……私が過去で消えた時にいた場所に似てる」
 天を仰ぎ、暗闇を見つめて、マールが呟いた。
 一瞬、何のことだろうかとクロノは頭を傾げかけ、不意に思い当たった。危うく歴史の流れから消えかけた彼女は、クロノたちがリーネ王妃を助けるまでの間、どこか暗いところに独りきりだった、と言っていた。それを指しているのだろう。
「でも、似てるけど、同じじゃないみたい。ここはもっと、あの時よりも……うまく言えないけど、優しい感じがする」
「この世ならざる地、なんてことはないと思いたいわね」
 もしそうだとしたらゾッとしないわ、とルッカは眉を曇らせた。
 ……と。
 頭部を巡らせていたロボが、ある方向で視線を止めた。
「あちらにどなたかおられるようデス」
 クロノたちは目交ぜで会話し、誰からともなくロボの言う方に向かった。
 広場の端から伸びた細い通路の先に、もうひとつ似たような広場がつながっている。その中央に設置された街灯の袂に、人が一人立っていた。
 その人物は身じろぎもせず、手にした杖を支え代わりに、直立不動で眠っていた。やけに大きな寝息と、呼吸のたびに膨らんだり萎んだりする鼻ちょうちんがなければ、人形か彫像と勘違いしていたかもしれない。
 襟のある細身の膝丈コートに揃いのズボン、首元には蝶型のタイを結んだ伊達男ふうの装いだが、香色のくすんだ色あいなので、落ち着いた印象の方が強い。よく手入れされた白い口ひげと、目深にかぶった山高帽が表情と年齢を読みにくくしていた。六十そこそこというならなるほどとうなずけるし、実はその倍以上の時を生きていると言われたとしても、それはそれで自然な気がしてしまう、なんとも不思議な雰囲気を醸している老人である。
「あの……」
 クロノたちが声をかけようとした時、老人の鼻から覗いていたちょうちんが唐突に弾けて割れた。
 老人はそれで四人のことにも気づいたらしく、うつむけていた面を起こした。
「おや、またお客さんだ……」
 起き抜けであるにしては明瞭な声だった。
「客人って……あの、失礼ですけど、ここは?」
 ルッカが尋ねると、老人は静かに答えた。
「ここは『時の最果て』……。時間の迷い子が、行き着くところさ」
 彼は四人を順繰りに見渡し、
「ふむ。……おまえさんたち、どうやら揃ってお疲れのようじゃの。ちょっと待っていなさい」
 そう言うと、広場の片隅に置いてあった水飲み台のような棚から、ブリキのカップを人数分持ってきて各々に手渡した。カップには、匂いのない無色透明な液体が入っている。
 きょとんとしながら受け取る彼らを見て、老人は安心させるように、口ひげを穏やかな笑みの形に持ち上げた。
「遠慮せず飲みなされ。なに、悪いものなぞ入っとりゃせんよ。癖もないから飲みやすい。そちらの機械の体のひともな」
「はあ……」
 胡乱に感じる気持ちもないわけではなかったが、なぜか信用しても良さそうだと思わせられた。クロノたちは戸惑いつつも、言われるまま、もらったカップに口をつけた。
「……え? あれ?」
 とたん、クロノとマールがほぼ同時に自分自身の体を見下ろした。手をひっくり返してみたり、腕を持ち上げてみたりして、応急処置だけ施していた傷の位置を確かめる。急に痛みがひいてしまったのである。試しに貼ってあった絆創膏を剥がしてみると、そこは綺麗になっていて、元から怪我などひとつもなかったかのようだった。
 ルッカも目を見張り、かぶりを振った。残っていた疲れと眠気が抜け切っている。ゲートに入る直前、ロボが気を利かせて、彼女ら三人に『ケアルビーム』という体力回復効果のある機能を使ってくれていたのだが、それをも凌いでいた。
 ロボもまた、驚いていた。機械であるため、疲れらしい疲れはほとんど感じていなかったが、修理したばかりで若干のぎこちなさはあった。しかし、それがなくなって、完全に復調している。
「いったいコレは……」
「どういうこと? ……これって何? おじいさん、何者?」
 矢継ぎ早に質問を浴びせるルッカに、老人は軽やかな笑い声を上げた。
「私はしがない案内人じゃよ。その水は、はるか太古の時代に『元気の水』と呼ばれていたものさ……。名の通り、元気が湧いたじゃろう?」
「それはまあ……確かにそうですけど」
 はぐらかされた気がして、さらにルッカは言葉を重ねようとしたが、老人が先んじた。
「こちらからも尋ねて良いかな。おまえさんたち、どっから来なすった?」
「私たちは ―― 私と、そちらのクロノとマールの三人は、王国暦一〇〇〇年から来たんです」
「ワタシはA.D.二三〇〇の世界からゲートで……」
 ルッカが問いに応じ、ロボがそれを継いで答えた。
「そうか……。ゲートというのは、時空の歪みのことじゃな。このところ、そういった時空の歪みが多くてな。おまえさんたちのように、フラリとここへ現れる者もいる……。何かが時間全体に影響を及ぼしているのかもしれんな……」
「……もしかして、おじいさんもここに迷い込んできたとか?」
 クロノの言葉に、老人はわずかな驚嘆を示した。
「ほ、なかなか鋭いの、少年。そんなところじゃ。とはいえ、一日の長というやつでな……おまえさんたちよりも、少しばかり事情に通じておる」
「じゃあ、私たちが元いた時代に戻る方法ってわかりますか?」
 マールが訊くと、老人は小さくうなずき、
「おまえさんたちがやってきた場所に、光の柱があったじゃろう。あれは、あちこちの次元の歪みと、ここ、時の最果てをつなぐものじゃ。一度通ったことのあるゲートからは、いつでもここに来られるじゃろう。光の中に入れば、ゲートの先の時代と風景が頭に思い浮かぶはずじゃ。移動したいと念じれば、ゲートに戻れる。……じゃが、そこのバケツからつながるゲートには気をつけるんじゃな……」
「バケツ?」
「ほれ……そこにある」
 老人が顎をしゃくってみせたのは、広場の片隅だった。バケツ、というのは便宜的な言い回しでも何でもなく、見た目はまさしく掃除などに使うバケツそのものである。
「あれのこと?」
「そう。そのバケツは、A.D.一九九九……『ラヴォスの日』と言われる時につながっとる」
「ラヴォスの日!?」
 クロノたちは顔をしかめた。未来世界で記録映像を見た時の衝撃と重苦しい感情が、まざまざと蘇ってくる。
「世界の滅ぶ姿をその目で見たいのなら、行ってみるのもいいが……おまえさんたちまで滅びちまうかもしれんぞ」
「頼まれたって行きたくないわよ、そんなところ」
 ルッカが唇をへの字に結んだ。
「そうかね。……まあ、心には留めておくといい」
「ともかく、あっちの光の柱を使えばいいのよね?」
 マールが来た方を指さした。
「いろいろありがとう、おじいさん」
「それじゃ……あ、これ、ごちそうさまでした」
 手にしたカップを返し、場を辞そうとするクロノたちを、けれど老人が呼び止めた。
「おーい。そう急くこともあるまい」
 振り向いた一行の視線を杖先で誘導して、さっきのバケツが置いてあった傍を示す。
「そこにドアがあるじゃろ。その向こうにも寄っていってみなされ」
 言われてみれば、柵の一辺には扉がひとつ付いていた。ただ、扉を挟んだ裏側には暗闇があるばかりで、部屋や何かがあるようには見えない。扉を開けて足を踏み出したら、奈落の底に落ちてしまいそうだ。
「……ああ、心配せんでも、ドアを開ければちゃんと別の場所につながっておるよ。ここは空間が捻じ曲がっておるから、そんなふうに見えんだけさ」
 クロノたちの無言の疑問を察して、老人は飄々と答えた。




<オマケのあとがき>

話的に一段落してクールダウンの回。本当はスペッキオとの会話含めて1話にするつもりが、思ったよりそちらが長くなってしまいつつある(現在進行形)ので、ちょっと半端ですが分割しました。

短編小説の方で若干触れたことがあるのですが、自設定ではロボのケアルビームは「傷を即座に治す効果」ではなく「自然治癒力向上+体力回復効果」というイメージです。ゲームでもロボの魔力はそれほど高くない=回復量少なめなので。

「違う時間を生きる者が四人以上でゲートに入ると次元の力場がねじれて云々だから三人以下で行動」は、ぶっちゃけゲームバランス上の都合だろうと思ってるので、小説では省くことにしました……。だって! そうじゃないと私、絶対パーティ編成偏りまくるし! 本編ではなるべくメンバー全員の台詞を書きたいのですよ。というわけで、大幅改変もいいとこですが、これ以降も仲間全員で行動することになります(ただし話の流れでパーティ分割はありえるかも)。


 TO BE CONTINUED >>> 本編第八章・2

 <<<小説目次

 <<<クロノトリガー目次

 <<<TOP