● エピソード3:出逢い ●




「やれやれ、ひどい目に遭ったな」
 露店の立ち並ぶ石畳を気の向くままに歩きながら、クロノはたんこぶのできた頭をさすった。
 もうひとつの発明も大方こんな調子だろう。見に行った時が思いやられるよなぁ……。
 そんなことを考えつつ、曲がり角を折れた瞬間だった。
 どんっ!
 勢いよく走ってきた誰かが、思いきりクロノに正面衝突したのは。
「わっ!?」
 バランスを崩してもがいた腕に何かが引っかかり、
「きゃっ!」
 ぶつかった相手の悲鳴が小さく聞こえたが、そのままクロノは尻餅をついてしまった。
「いてて……。ちきしょう、今日は厄日かぁ?」
 座り込んだまま、クロノは思わず愚痴った。
 ……と。
「ご、ごめんなさい、大丈夫?」
 誰かの謝る声が、正午を告げる鐘の音に重なるように耳に届いた。
 見ると、いつの間にか、同年代ぐらいの少女が、すぐそばで心配そうにかがみこんでいる。
「ごめんね、ちょっとよそ見してて……。本当にごめんなさい!」
 そのあんまりすまなそうな様子に、クロノの腹立ちもどこかへ行ってしまった。
「いいよ、オレもぼんやりしてたんだから」
 クロノは服を掃って立ち上がり、改めて少女を見た。
 透き通るアクアマリンのつぶらな双眸。小づくりの形の良い鼻。さくらんぼみたいに愛らしい唇。
 頭の高い所で束ねた、陽を映えさせる蜂蜜色の柔らかそうな髪と、肩のあらわな、ふんわりとした純白の裁衣に包まれた、小柄で華奢な身体。その組み合わせはどことなく咲きそめのマーガレットを彷彿とさせる。
 この辺りでは見かけない子だな、とクロノは思った。どこかから遊びに来たんだろうか。
「そっちこそ大丈夫だった?」
 クロノが問うと、
「うん、私は」
 少女も立ち上がり、うなずきかけた。……が、自分の胸元に視線を落としたとたん、青ざめる。
「あ……ペンダント! ペンダントが……!」
 おろおろと少女は辺りを見回した。
「大変、失くしちゃったのかしら!?」
「……ペンダント?」
「そう、すごく大事な……あっ、それ!」
「え?」
 少女が指し示したのはクロノのリストバンド。そこにはなるほど、何か光るものが挟まっていた。
 ―― そうか。さっき倒れる拍子に引っかかったんだ。
「ご、ごめん」
 慌ててクロノはそれを手渡したが、少女は受け取ったペンダントを見つめて、しょんぼりとうつむいた。
「……壊れちゃった」
「あ……」
 言われてみれば確かに、そのペンダント ―― 瑠璃色を基調に、様々な色あいの光彩を放つ石を抱いている ―― は、鎖が無残にも千切れてしまっている。よほど大切な物なのだろう、少女は今にも泣きそうで、クロノはいたたまれなくなった。
「ごめん……オレのせいだよな」
「……ううん。元はと言えば、私がぶつかったからだもん。失くさなかっただけ良かった」
 自分自身に言い聞かせるように、少女は小さくかぶりを振った。
 クロノはそんな少女をじっと見つめていたが、ふと、何かを思いついた表情で彼女の手をとった。
「あのさ。ちょっとついてきて」
 少女が驚いて顔を上げる。
「え? どうして?」
「いいから」
 やや強引に少女の手をひき、クロノは足早に歩き出した。
「ね、ねえ、どこに行くの?」
 遅れないように小走りしながら、少女は尋ねた。しかしクロノは答えず、左右に並ぶ屋台を見遣りながら、ひたすら雑踏の中を進んでいく。
「ねえってば!」
 再び少女が声をかけたその時。
「あった!」
 クロノがパッと顔を輝かせて、ひとつの店の前で立ち止まった。そこは、金や銀で細工された装飾品を扱っている露天商だった。
「いらっしゃい。何か入り用かね?」
 人の良さげな、丸顔の中年女性が屋台の中から声をかけた。クロノはおもむろに、
「あの、ここって修理とか頼めますか?」
「修理?」
 女店主が訊き返す。それと同時に少女もまったく同じ台詞でクロノを見上げたので、女店主は不思議そうにそちらを見たが、すぐにクロノに目線を戻し、申し訳なさそうな顔をした。
「すまないんだけど、修理はできないんだよ。あたしは旦那の代わりに売り子をしてるだけだからねえ……」
「そっか……。ならいいです。すみません」
 明らかに落胆した様子で、クロノはぺこりと頭を下げ、少女の手をとって立ち去ろうと した。
 すると、
「あ、ちょいと!」
 女店主はそれを引き留め、通りの先を指さした。
「修理だったら、確かこっから少し行って、階段を下りたそばに、引き受けてる所があっ たはずだよ。黒眼鏡のおじいさんがやってる、小さな露店だったと思うけど」
 その言葉に、クロノはたちまち笑顔になった。
「ほんと? ありがとう、おばさん!」
 そしてもう一度頭を下げると、少女を連れ、教えられた方角へと駆け出した。
「修理って、ペンダントの?」
 走りながら、少女は再びクロノに尋ねた。
 クロノがちょっと振り向いて、にっこりうなずく。
「これだけいっぱい店があるなら、もしかしたら直せる所があるかもって思ったんだ。……あ、あれかな?」
 広場の石段を降りると、聞いた通り、黒い色付硝子の丸眼鏡をかけた恰幅の良い老人が、敷物を敷いてこぢんまりした露店を開いているのが目に入った。二人は足を留 めた。
「すいません、ここで修理を頼めるって聞いたんですけど」
 クロノが話しかけると、老人は顔を上げ、
「ああ、やっておるとも。ほれ、ここにも書いとる」
 意匠を凝らした刀剣や精緻なつくりの装身具などに紛れて並んだ、小さな立て札を指した。そこには、『修理・下取り・鍛造注文等承ります』と書かれている。
「良かった」
 クロノは息をつき、少女を見た。
「ほら、さっきのペンダント、出してみなよ」
 促されて、少女は片手に握りしめていたペンダントを老人の前におずおずと差し出した。
「これ……直せるかしら」
「ふむ。どれどれ」
 眼鏡をかけ直して、老人は少女の手の中を覗き込み……そして、眼鏡からはみ出さんばかりに目を見張った。
「……! これは……」
 指先でそっとペンダントをつまみあげたまま絶句している老人を見て、少女とクロノは顔を見合わせた。……やっぱり、ダメなのだろうか。
「あの……直せないほどひどいの?」
 だが、少女が不安げに訊くと、老人は我に返り、
「お……おお、いや、すまん。そういうわけではないんじゃ」
 と手を振った。
「少し待っておれ。これぐらいならすぐ直るからの」


 時間にしてほんの数分後、すっかり元通りになったペンダントが、しゃらん、と少女の胸元で小さく鳴った。
「それにしても」
 手を後ろに組んで、クロノの少し前を歩いていた少女が、彼を振り返った。
「あのおじいさん ―― ボッシュさんって言ったっけ。なんだか不思議な人だったよね」
「ああ……そうだね」
 クロノがあいづちをうった。

    *

 無骨そうな指で器用に鎖をつないでペンダントを直した老人は、それを渡す時、少女に訊いた。
「こいつはお前さんの持ち物なのかね?」と。
「ええ、そうだけど……?」
 少女が戸惑いながらも肯定すると、老人はこう続けた。
「そのペンダントは非常に貴重なものじゃ。おそらくは、お前さんが思っている以上にな。失くすことのないよう充分気をつけなされよ。……ワシは東の大陸に住んでおる、ボッシュという者じゃ。何かの時には立ち寄るがよい」

    *

「修理の代金もいらないって言ってたし。確かになんか変わってたな」
「ね」
 老人の言葉を思い出して、二人は首を捻ったが、
「でもさ。それ、直って良かったな。オレも安心したよ」
 クロノが言うと、少女は屈託なく微笑んだ。
「うん! ありがとう」
「どういたしまして」
 まんざらでもない調子で笑い返したクロノは、けれども、視界に入った広場の大時計に何気なく目を留めて凍りついた。
 ―― もうすぐ一時じゃないか!
「あれ? どうかしたの?」
 少女がきょとんとする。
「あ……うん、オレ、ちょっと行かなきゃならない所があったんだ」
「どこ?」
「ええと、友達がここの広場で発明品作っててさ、それ見に。もうすぐ約束の時間だから……それじゃ」
 クロノは手を振り、鉢巻を翻して走り出そうとした。
 と。
「ねえ、待って!」
 少女がその腕をつかんだ。
「え、何?」
「あのね、私も一緒に行っちゃダメ?」
「へっ!?」
 クロノは豆鉄砲を喰らった鳩みたいな顔をした。
 少女は懸命な口調で言い足した。
「発明って面白そうだし。それに」
 哀願するような瞳がクロノを見つめる。
「一人で来たんだけど、不案内な場所で、ほんとは少し心細かったの。だからお願い、連れてって! それでね、発明見た後でいいから一緒にお祭り回ろうよ。……ね。いいでしょ?」
 そんな風に言われちゃ断れない。クロノは顔をほころばせて、首を縦に振った。
「いいよ。オレも、誰かと一緒に見物する方が楽しいから」
「わーい、やったーっ!」
 少女は頬を紅潮させ、飛び跳ねて喜んだ。
「すっごく嬉しい。私、ずっとこういうのに憧れてたの!」
 ―― なんだかオーバーな子だなあ。
 クロノはくすりと小さく笑った。憧れてた、なんて大げさな。
「あ、そうだ! あなたの名前、何?」
 少女がクロノに向き直った。
「そっか、言ってなかったっけ。オレはクロノっていうんだ」
「クロノ…くん? いい名前だね」
「クロノでいいよ。きみは?」
「え、私?」
 水を向けられて、少女は何故か少しまごついたように見えた。……が、それも一瞬のことで、すぐに元の笑顔に戻る。
「えっとね、マールよ。マールって呼んで。よろしくね、クロノ!」
「こっちこそよろしくな。……じゃあ行こうか、マール」
「うん!」
 とびきり嬉しそうに、マールは応えた。


「この先でやってるはずなんだけど……」
 中央通りを抜け、クロノは広場の奥を指さした。
「あいつ、待ちくたびれてるかもな」
「そういえば、そのお友達ってどんな子なの?」
 マールの問いに、クロノは困ったような笑いを浮かべた。
「ん……オレの姉弟みたいなもんなんだけどさ。……まぁ、多分会えばわかるよ」
「ふーん?」
 そうして二人がリーネの鐘の横を通り過ぎようとした時だ。
 祭りの喧騒から少しはずれた、広場横のまばらな木立の間から、うわぁああん、と大きな泣き声が聞こえた。見ると小さな女の子が一人、上を向いて、天も割れよとばかり泣き叫んでいるのだった。
 道ゆく人々は、何だろうと不思議そうにそちらを見て、あるいは無関心に、通り過ぎて いく。
 しかし。
「どうしたのかな、あの子」
 マールはいてもたってもいられないという面持ちで立ち止まったかと思うと、
「……ごめん、クロノ。先に行ってて!」
 言うが早いか、その女の子の方へと駆け出した。
「あ、おい、マール!」
 クロノは、呼び止めようととっさに手を伸ばしてはみたものの、
「……ま、いいか」
 どのみち見て見ぬ振りをするつもりもなかったので、所在無くなった手で頭を掻き、 マールの背を追った。
「ね、どうしたの?」
 マールはしゃがんで、女の子に優しく話しかけた。その横で、追いついたクロノが、
「迷子かな」
 と、腰をかがめる。
 すると、女の子は両手で目をこすり、いやいやをするように首を振った。
「う、ううん……ち…ちが……、まいごじゃ、ないの……ひっく」
「なら、なあに?」
 なだめるようにマールが言う。
「良かったら話してみて」
「……うん……。あのね、あの……っく……わたちの、レ…レミちゃんが……」
「レミ?」
 クロノとマールの声が重なる。
 しゃくりあげながら、女の子は傍らの小高い木の上を指さした。二人はそれにつられるように木を見上げ、そして、真っ白な子猫が、ちょうど中ほど、陽に揺れる梢に必死にくっついているのを見つけた。おそらく、高く登りすぎて降りられなくなったのだろう。子猫は途方にくれて震えているばかりだった。
「そっか。あの子猫ね?」
 マールが確かめると、女の子は涙を下瞼いっぱいに湛えてうなずいた。雫がまた頬を伝う。
「……だけど困ったなぁ。あんなに高くちゃ、どうやって……え?」
 眉を曇らせてもう一度木を見上げたマールは、呆気にとられ、目を疑った。なんと、いつの間にやらクロノが問題の枝にたどりつき、子猫に手を差し伸べていたのである。
「クロノ! 危ないよ!?」
 マールが叫んだが、クロノは聞こえているのかいないのか、まるで平然としたもの。枝にしがみついていた子猫を手につかまらせ、そっと肩の上に乗せてやると、器用に両手両足を使って、またたく間に地面に降り立ってしまった。
「ほら。もう目を離すなよ」
 クロノは子猫を手渡して、女の子の頭を撫でた。
 女の子は涙目でクロノと子猫を交互に見比べて、一瞬ぽかんとしていたが、見る見るうちに満面に笑みが広がった。
「あ……ありがとう、おにいちゃん!」
 クロノは得意げに鼻の下をこすった。
 子猫を胸にしっかり抱え、女の子は可愛らしいお辞儀をした。
「ほんとにおせわになりまちた。……おねえちゃんも、ありがと!」
「ううん、いいのよ。私は何もしてないんだし。だけど、良かったね」
「うん! じゃあね、おにいちゃん、おねえちゃん!」
 女の子は、何度も何度も振り返っては「ありがとー!」と手を振って駆けてゆく。二人は、微笑ましい気分でそれに手を振り返してやった。
 ……と。
「クロノってすごいね」
 マールが心底感心して言った。
「それに、優しいんだ」
「え……べ、別に」
 クロノは照れくささに頬を赤くして、ぶっきらぼうに口ごもった。
「そ、そんなことより。早く行かないと、オレ、友達に怒られるんだけど」
「あ、ごめんね。それじゃ急ご」




<オマケのあとがき>

(1)……「マールの描写にやたら力入ってやがる」というツッコミはご勘弁を(自分で既にしたから)。

(2)それから「マールを可愛らしく書きすぎ」というツッコミもどうかひとつ(以下略)。自分でも本来の性格とズレがあるのはよくわかってるんですけど〜〜〜(汗)

(3)クロノがやけにマールに対して優しげ(口調とかも)ですが、彼に下心は全くありません。そして、少なくともこの時点では、お互いに異性として意識していません。「面倒見のいいお兄ちゃんと少々甘えんぼうな妹」という感じです(だから平気で手をつないでいるのです)。


 TO BE CONTINUED >>> (本編第一章・4)

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