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リーネ広場の終点は、木々に囲まれた自然の袋小路。寒暖計の水銀だまりのような、ちょっとした空間が広がっている。さすがにこの端まで来ると人々の足も途絶え、賑やかな方へと引き返していくようになる。 ……しかし、その流れをどうにかここにとどめようと、声を張り上げる者がいた。壮年の、頑強そうな体格の男。―― ルッカの父、タバンである。 「さあさあ、お時間と勇気のある方はお立ち会い! これこそ世紀の大発明! 超次元物質転送マシン1号だ!!」 指し示したのは背後に置かれた機械だ。半球状の屋根が付いた、人ひとり立てる程度の円形の台に、仰々しい仕掛けがたくさんまとわりついたものが左右対称に二つ、十数メートル離れて並んでいる。 威勢と歯切れの良い物言いに、初めばらばらと、徐々にぞろぞろと、足を止める人間が出てきた。タバンはほくそ笑み、その隣で腕組みをして立っていたルッカに目配せして、向かって左側の台の上に乗った。 「早い話がこっちに乗っかると」 タバンが言い、 「こっち側に瞬く間に移動できるっていう、夢のような装置ってわけ」 ルッカが右側の台に乗って、父の言葉を継ぐ。 観衆から、ほう、という感嘆の声がちらほらとあがった。 「で、こいつを発明したのが、この俺・鍛冶屋タバンの一人娘にして、頭脳明晰かつ才色兼備の、そこにいるルッカってわけだが……」 タバンが娘をあごで示した。 ルッカが優雅に会釈する。 「さあ、どなたか挑戦しませんか?」 人々は、互いに互いを肘でつついたり、目を見交わしたりしてさざめいた。 お前、行ってみろよ。やだよ。もし何か失敗したらどうするんだ。 本当に瞬間的に移動させるなんてできると思う? さあ。眉唾だわね。 ……そんなようなささやきが耳に入ってくるばかりで、いつまでたっても誰も進み出ては来ない。 だが、しびれを切らしたルッカが手近な誰かを捕まえようかと思った矢先、 「あ、多分ここだ」 人垣の後ろの方から、耳に馴染んだ声がした。 「クロノ! こっちよ!」 ルッカは大きく手を振った。 人と人との隙間を縫って、クロノがやって来る。 「遅かったじゃない! 待ってたわよ……って」 クロノに駆け寄り、ルッカは思わず言葉を切った。その視線の注ぐ先はクロノではなく、彼の手に引かれた見知らぬ少女。 「……ねえ。この子、誰?」 「え? ああ、マールっていうんだ。ちょっとそこで友達になってさ」 はぐれないようつないでいた手をほどき、クロノは少女を紹介した。 「はじめまして! あなたが発明家のお友達? 女の子だったんだね」 ちょこんとマールはポニーテールを揺らした。最後の台詞はクロノに向けたものだ。 ルッカは大きくため息をついて、前髪を掻き上げた。 「なーるほどねえ。クロノってば、こぉんな可愛い子を口説くのに熱中してたわけ。道理で遅いと思ったわ」 「ぶっ。……ルッカ!! おまえ、オレのことそういう風に……!」 クロノが真っ赤になって食ってかかった。だが、ルッカは肩をすくめ、 「冗談よ。あんたにそんな甲斐性あるなんて思ってないもの。どうせまた何かやらかして時間くったんでしょ? 彼女とは、その時にたまたま知り合ったってところかしら」 「………」 ほとんど図星を指され、クロノがぐっと言葉に詰まる。 ルッカはきょとんとしているマールを見てにこやかに笑った。 「ごめんなさいね。マール、だったっけ? 私はルッカ。このヤンチャ坊主の幼なじみよ。……あら?」 ルッカはまじまじとマールの顔を覗き込んだ。 「あなた、前に会ったことなかったかしら」 「そ、そう? 人違いじゃない?」 うろたえたように、マールが長いまつげをまたたく。 「でも、確かどこかで見たような……?」 ルッカはなおも首を傾げたが。 「なんだよ、おまえの方がよっぽどナンパしてるみた……うぐっ」 脇腹への無言の肘鉄でヤンチャ坊主を黙らせると、ルッカはそ知らぬ顔で、 「そうそう。それより、ちょうど良かった! クロノ、ちょっとこっちに来てちょうだい」 左の台の方に彼を押しやった。 「へ? なんで?」 「いいからいいから。……はい、一名様ごあんなーい」 「よう、クロノじゃねえか」 タバンが片手を挙げ、台から降りた。口元には苦笑いが浮かんでいる。 「あ、おじさん、こんちは」 「いつもすまねえな。悪いけど、今回もちょっくら付き合ってくれや」 「あの、これって」 と、どういうことか問い質そうとしたのもつかの間、タバンと入れ替わるような形でクロノは台に上らされてしまった。 「いい? そこから動いちゃダメよ」 有無を言わせぬ調子でそう言い残すと、ルッカは右側の機械に走り寄って、手早く何かのスイッチを入れた。 (こりゃ、終わるまでどうしようもなさそうだな) クロノは眉を寄せて頬を掻いた。途方にくれたように立ち尽くしているマールに、ちょっとそこで待ってて、と手で合図してみせる。 そうこうしているうちに、準備が整ったらしい。 「父さん、用意はいい?」 「おう、いいぜ」 娘の問いかけに、左側の機械のそばに陣取ったタバンが答えた。そして、 「さあ、それでは、上手くいきましたらばお慰み!」 注目を集めるために観衆に向かって手を打ち鳴らし、機械を作動させた。 ヴ…ン……と、何かが振動するような奇妙な音が辺りを満たす。 と。それを意識する間もなく、回りの風景が回転し、ねじれ、歪み、縮まるのをクロノは見た。歯の浮くような落ち着かない感触。気が遠くなる! ……が、思わずぎゅっと目をつぶったそのとたん、正常な感覚が戻った。恐る恐る目を開ける。映るのは、元通りの景色……いや、違う! それを左の方から見た景色!? 「な、なんだあ!?」 戸惑って、クロノは左右を見回した。 おおおおおっ! 歓声と万雷の拍手が起きる。 「どう? すごいでしょ」 離れた側の機械を操作していたはずのルッカがすぐ間近でやにさがっているのを見て、クロノはぱちくりまばたきした。 「どうなってんだ、これ? 何が起こったわけ??」 「だから、そっちのポッドからこっちのポッドに」 ルッカは父親の操作していた台とクロノのいる台を順に指した。 「あんたを転送……つまり、瞬間的に移動させたのよ」 「へえ……」 クロノは自分の身体を見渡してみた。どうやらどこもなんともなっていないようだ。 ルッカの発明もたまには上手くいくんだな、と思ったが、無論、口には出さないでおく。 「なんだったらもう一度やる?」 ルッカがニヤリと笑った。 すると、 「……すごーい! ねえねえ、私もやりたい。やらせて!」 それまで心配そうに成り行きを見守っていたマールが、瞳を輝かせて寄ってきた。クロノはギョッとして台から飛び降りた。 「や、やめた方がいいって! 今はなぜか成功したみたいだけど」 「どういう意味よ、それ!」 ルッカが目をつり上げる。 「なんだ、その子もやるってか」 タバンもやってきて、会話に加わった。 「でも、いいのかい? こういうのは女の子にはあんまり…」 ぴくり。 ルッカの眉がひきつった。 タバンがしまったと口をつぐむ。ルッカは、女だからどうこう、というような言い方が大嫌いで、その手の発言には人一倍敏感なのだ。 「……父さん。今、何か言った?」 「い、いやいや何にも。ささ、お嬢さん、挑戦するならどうぞこちらへ!」 氷も溶かさんばかりの視線を背に受けたタバンは、話をそらすように、自分のいた側のポッドへとマールを促した。 「えへへ。じゃ、ちょっと行ってくるね」 「あっ、おい」 引きとめようとしたクロノに笑って手を振り、マールはぴょこんと台に上がった。 「大丈夫かい? やめるんだったら今のうちだぜ」 用意を始めたタバンがこっそり囁いたのにも、当のマールは喜々としたもので、 「へっちゃらだよ! 全然怖くなんかないもん」 と、元気いっぱいである。 ―― まあ、オレで成功してるわけだし、それほど心配することもないか。 クロノはあきらめるように苦笑した。 ルッカがそれを満足そうに横目で見て、再び機械のスイッチを入れる。 「それじゃ、始めるわよ!」 「おう。……さて、皆さん! このかわいらしい娘さんが見事消えましたら、もう一度大きな拍手をどうぞ!」 ルッカに応じ、タバンも機械の操作を始める。 さっきと同じ振動音が、木々に囲まれた空間に響き出した。 ……だが。 ちかり! 「何これ? ペンダントが……」 突然、マールの胸元で、まるで脈打つようにペンダントが明滅した。アメシスト色から、サファイアに。アクアマリンに、エメラルドに、シトリンに、アンバーに、ルビー色に。まばゆい太陽のような透明に。 ……そして、次の瞬間、機械全体を凄まじい放電が覆った! 「えッ!?」 「うわあっ!」 火花が弾け、ルッカとタバンが吹き飛ばされて倒れ込む。 騒然とする広場、逃げ出す人々。 「―― な…なんだ……!?」 悲鳴と足音と戸惑いのざわめきが錯綜する中、二人を助け起こすことさえ忘れて、呆然とクロノは呟いた。 見たのだ。 二つの機械のあわい、空中に生じた、油のような虹色に歪む穴。そこへ、無数の光の粒子と化したマールが吸い込まれるのを。 「マール!?」 叫んだ瞬間、歪みは収縮し、消滅した。そこに飲み込まれた少女ごと。……少年の目に、元の身体に戻った彼女の姿を、一瞬だけ焼き付けて。 「マール!」 クロノは歪みのあった場所に走り寄った。 だが、そこには何もなかった。あるのは先程と何ひとつ変わることなく差し込む、柔らかい陽光だけ。 観客のいなくなった袋小路に、風が渡り、静寂が漂った。 「ど、どうなってんだ? 出て来ねーぞ?」 ぶつけた腰をさすり、タバンがようよう起き上がった。その顔は蒼白だ。 「一体、あの子はどうしちまったんだ?」 「―― おい! マールはどこに行ったんだよ!?」 クロノはルッカに詰め寄ったが、 「……違う」 ルッカはへたり込んだまま、何も聞こえていないかのように、ぽつりと言った。 「違うわ。今の消え方、転送機 ―― テレポッドの消え方じゃない。あの空間の歪み方……ペンダントが反応していたようにも……もっと別の、何か…」 「……おまえなあ!!」 カッとして、クロノは思わずルッカの襟元をつかみ上げた。 「人ひとり消えてるんだぞ!? なんでそんな悠長にしてられるんだっ」 「悠長になんかしてないわ」 怯まずルッカは言い返す。 「私だって驚いてるのよ。でも、だからって、焦ったってなんにもならないでしょう?」 「………」 無造作に手を突っ放し、クロノはマールの立っていた台に駆け上った。そこにはペンダントが残されていた。ついさっき直したばかりのそれを拾い上げる。 ―― やっぱり止めれば良かった。……いや、そもそもオレが連れてきたりしなければ、きっとあの子はこんなことに巻き込まれなくて済んだのに。 マールの、喜びにはちきれんばかりのあの笑顔が頭をかすめた。 ペンダントを壊してしまった時と同じいたたまれなさが……それ以上の息苦しさが胸をふさぐ。 クロノは、ペンダントをぎゅっと握りしめ、意を決した表情で振り向いた。 「おじさん! もう一度、機械を動かしてくれ!」 タバンは面食らったが、すぐにニヤッと笑った。 「おお、なるほど、後を追うってこったな! さすがはクロノだぜ」 「……そう……そうね。それ以外に方法はなさそうだわ。……あの子を助けるためにも、原因をつきとめるためにも」 ルッカがうなずいた。 「都合よくまた穴が現れるとは限らないけど、やってみる価値はあるわ。きっとペンダントがキーになってるのよ!」 親子はみたび、機械に取り付いた。 「クロノ! しっかりそのペンダントを握ってて。きっと同じことが起こるはずよ!」 ルッカがスイッチを入れながら叫んだ。 クロノは何も言わず、手首にペンダントを幾重にも巻きつけた。 「父さん、始めて!」 「あいさ!」 振動音が空気を震わせた。 しかし、それ以上は何も起こらない。 「ダメ、エネルギー充填不足! もっと出力を上げて!!」 「あいさ!」 ルッカもタバンも、必死で機械を操作する。 「もっと上げて! もっと、もっと……あっ!」 刹那、ペンダントがクロノの手の中で脈動し、七色に燃え立った。同時に、先刻と寸分違わぬ放電が転送機を包み込む。 「ビンゴ! うまくいきそうよ!!」 ルッカが指を鳴らした。すると、まるでそれが合図だったかのように火花が爆ぜ、空中に再び穴がぽっかりと現れた。 「……!」 クロノは、自分がいくつものかけらに分かたれる感覚に支配された。意識が揺らぎ、溶け、形を無くし、流れるような気がした。 茫漠とにじんだ取り留めなさの中、彼はぼんやりルッカの声を聞いた。 「私も原因を究明したら後を追うわ! 頼んだわよ、クロノ!」 ……そうしてクロノは、虹色の闇の彼方へ消失した。手に持ったペンダントの冷たい感触だけ、やけにはっきりと感じながら。 |
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<オマケのあとがき> (1)男女差別に敏感なルッカってのは言うまでもなくオリジナル設定です。すみません(汗)。多分、これ、そのうち使うことになると思うのでここで出しておきたくて……。でも、ルッカってなんとなく、「女はこうあらねばならない」というような、いわゆるジェンダー(社会的な性)に反対してそうな気がしません? (2)そして再びクロノとルッカの仲が険悪に(汗) つーか、ルッカの性格がえらくキツくて冷たくなってるような。ルッカの冷静沈着な所とクロノの基本性格設定(「責任感が強い熱血漢」「心優しく、生命力溢れる」――SFC版攻略本&Vジャンプより)の対比を描きたかっただけなんですけど。もう少し後の方になれば、この二人の深い部分での信頼関係、みたいなものを描けると思うのですが……(ルッカの可愛らしさも)。しかし果たしてそこまで続くのか、この小説(爆)。 TO BE CONTINUED >>> (本編第二章・1) <<<小説目次 <<<クロノトリガー目次 <<<TOP |