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山を下り、クロノは城の裾野に広がるガルディアの森を、ほぼ一直線に突っ切った。四百年前の世界であるとはいえ、この森は幼い時から自分の庭のように遊びまわった馴染みの場所である。記憶と異なる地形もみられたものの、土地勘が冴え、迷うことはなかった。途中、何度か魔物 ―― それは鳥のようなやつだったり、トカゲをうんと丸く太らせたようなやつだったり、最初に襲ってきた小憎たらしい魔物と同じようなやつだったりした ―― に出くわすこともあったが、木刀でいなし、時には茂みに身を潜めやり過ごして、いずれも無事に切り抜けた。やがて、黄昏に辺りが薄暗くなり始める頃、クロノはガルディア城へとたどりついたのだった。 規則正しい砂岩の切石積で成された城壁に、複数の円錐型の屋根。王城は、豪奢ではないけれども壮麗で巨大な建築だ。周囲にめぐらされた堅牢な石塀は三階建ての家屋ほどの高さがあり、不心得者の侵入を容易くは許さないことを物語っている。 城の真正面、鋼鉄の重厚な門扉の前には鈍色の甲冑姿の儀杖兵が二人、いかめしい顔つきで槍を構えて立っていた。クロノがためらわずそちらへ足を向けると、 「止まれ!」 兵の一人が鋭く制止の声を上げた。素直にクロノは門の前で立ち止まった。 「見かけん奴だな」 もう片方の兵が胡散臭げにクロノを眺める。 「何者だ? 城に何か用でもあるのか」 「ええ、そうです」 クロノははきはきと悪びれず答えた。 「王妃様に、ちょっと会わせてもらいたいんですけど」 「なに? 王妃様に、だと?」 門番たちは眉をはねあげた。兵の一方がしかめ面で槍を構え直す。 「来客があるなどとは聞いていないぞ。大体、なんだ、貴様のその奇妙な身なりは! よもや魔王軍の手先などではあるまいな?」 「な……! オレは、そんな……」 「ともかく、どこの馬の骨とも知れぬ怪しげな輩を城に入れるわけにはいかん。ましてやお戻りになられたばかりの妃殿下にお目通りさせるなど、もってのほかだ。さあ帰った帰った!」 「待ってくれよ、会えないと困るんだ!」 にべもない兵士にクロノは懸命に食い下がった。 「その見つかった王妃様ってのが、オレの友達かもしれないんだよ! だから」 「何を訳のわからぬことを……いいかげんにしないとひっとらえるぞ!」 ギラリと光る穂先を喉元に突きつけられ、クロノは渋々黙り込んでその場を離れた。 「ちぇっ、ケチ!」 口を尖らせ、足元の小石を蹴り飛ばす。 これでは王妃の顔を確認することさえできない。せめて、なんとか城内に入り込めないものか。 思案に暮れて城を見上げた。塀はのっぺりと取っ掛かりがなく、素手ではとても登れそうにない。 だが、天辺には金属の飾り柵が付いている。何かロープのようなものがあれば、あるいは…… (……そうだ!) クロノは森の中へと駆け戻った。つたの絡まった木から丈夫な蔓を選んで引き剥がし、いくつかつなぎ合わせて充分な長さにする。ポケットからハンカチを取り出して蔓の端へ結びつけた後、手頃な小石を包んで大きな結び目を作れば、即席のロープの出来上がりだ。 木々の合間を回り込み、門番の死角になる位置の壁面に立った。飾り柵めがけてロープを投げると、何度目かに上手いこと引っかかってくれた。軽く引っ張り、外れないことを確かめたならしめたもの。蔓を手繰り、瞬く間に塀を乗り越えることに成功する。 が。あとは降りるだけとなったその時、どこからか突然、呼子の音が鳴り響いた。 ハッとして下を見渡せば、城から何人もの兵士が飛び出し、こちらへ駆けつけようとしていた。侵入者だ、というような怒声も聞こえる。クロノは植え込みのある広い庭に慌てて降り立つと、兵の来るのと反対方向へ全速力で走り出した。ここで捕まっては元も子もない。 ところが、すぐに足を止める羽目になってしまった。逆、つまり前からも兵士が現れたのだ。 ―― 挟まれた! クロノは舌打ちして他に逃げ道はないかと左右を見回した。 と、その瞬間。 「あっ、よせ、ガイアル!」 兵士の誰かが叫んだ声と重なって、背後に人の気配が迫り、風を切る音が走った。反射的に身を翻したクロノの鼻先を、赤銅色の刃のきらめきがかすめる。 「なっ!?」 クロノはヒヤリとした。もしも今、避け損ねていたら……! 「魔王軍めっ!!」 気配の主、ガイアルと呼ばれた兵士がさらに剣を振るった。見れば、クロノとさして歳の変わらなそうな、幼さを残した面差しの少年兵だ。胡桃色の短髪を剣の颶風になぶらせ、深い碧の瞳を嫌悪に染めて声を荒げる。 「懲りずにリーネ様を狙って来たな!」 「ち、違う、オレは魔王軍なんかじゃないって……うわっ!」 容赦なく襲いかかる剣先をクロノは必死にかわした。相手は鎧を着けているためか、動きはさほど素早くないが、何しろ次々と執拗なまでに攻撃を繰り出してくるのである。取り囲む形で集まってきた他の兵たちも、その勢いに手を出しかねているようだった。 「く……っ」 たまらずクロノは木刀を抜き、上段から振り下ろされた一撃を受け流した。剣と木刀がぶつかった瞬間、みしり、と嫌な感触が伝わった。 ―― まずい……! クロノは奥歯を食いしばった。いくら相手の剣が切れ味の鈍い銅であるらしいとはいえ、金属と木では耐久力に差がありすぎる。このままじゃ…… バキッ! 思ったとたん、再度打ちすえられて木刀が真ん中から折れ飛んだ。衝撃に手が痺れ、クロノは思わず体勢を崩した。 「もらった!」 ガイアルが剣を振りかぶり、クロノは来るべき痛みに身を固くした。 だが。 「やめないか!!」 鋭い叱責が飛び、切っ先は彼に届く寸前でぴたりと止まった。 (……?) 力を抜き、声のした方を見遣ると、そこには真鍮に輝く鎧に身を包んだ、風格の漂う壮年の男が立っていた。 「……騎士団長」 ガイアルが不承不承といった感じで剣を引いた。 それを見計らったように他の兵士の手が伸び、クロノは逃げる間もなくがっちりと取り押さえられてしまった。振りほどこうとしても、数人がかりで掴まえられては動くこともままならない。 仕方なく観念したクロノの横で、 「ガイアル……。またおまえか」 騎士団長であるらしい男が、うんざりしたようにため息をついた。 「先走った行動はくれぐれも慎むように、と以前にも言っておいたはずだぞ。また謹慎処分を受けたいのか?」 「だって! こんな怪しい奴、魔王軍の手の者に決まって…」 「思い込みは判断を誤らせる」 噛みつきそうな勢いの少年兵に、諭すように騎士団長は言った。 「何もわからないうちに屠るのは、けして賢いやり方とは言えまい。罰するのは捕らえて事情を聞き出してからでもできるのだからな。違うか?」 「………」 ガイアルは何か言いたげに開きかけた唇を引き結んで振り返り、クロノに憎悪のまなざしをぶつけた。 「運が良かったな」 ふん、と鼻を鳴らして剣を腰鞘におさめる。 騎士団長はそんな彼の様子に再び小さなため息をこぼしたが、 「まあいい。とにかく、その者はひとまず牢へ」 クロノを捕らえた兵士たちに指示を出した。……と。 「その必要はありません」 凛と涼やかな女性の声が頭上から降るように聞こえ、その場にいた誰もが空を振り仰いだ。 「リ、リーネ様!?」 二階のバルコニーに立つ人影を認めて兵たちはにわかに色めきだった。かしこまり、姿勢を正して王妃を見上げる。 だが、クロノは違った。満面の笑顔で、確信を込めて呼びかけたのだ。 「マール!」と。 間違いない。服こそ王妃然としたドレープたっぷりのドレスをまとっていても、あの声、あの顔……絶対にマールのはず! ……が。 耳に届かなかったはずはないのに、彼女はクロノに何も応えなかった。ただほんの少し目を向けて、不思議そうにふわりと微笑んでみせただけだ。 ―― マールじゃ、ない……? クロノの瞳に落胆が広がったその時、王妃は騎士団長に視線を移すと、朗々と言い放った。 「この方は私が大変お世話になった方。客人として丁重にもてなしなさい」 (えっ) クロノは面食らった。 (オレのことを知ってる?) 「しかし、リーネ様……」 理由こそ違えど、戸惑ったのは兵士たちも同様だった。騎士団長がちらりとクロノに目線を走らせて難色を示し、他の兵も口々に、 「このような怪しげな者を……」 「やはり王妃様に何かあったのでは」 などと囁き交わした。 不平のざわめきに、しかし王妃はたじろぐことなく眉根を寄せて瞳を細めた。 「……私の命が、聞けないと?」 静かな声音に秘められた威厳と迫力は、仕える者らをひれ伏させるのに充分だった。 「め、滅相もございません!」 騎士団長をはじめとした兵士すべてが慌ててその場に額ずくと、王妃は優美な微笑みを浮かべた。 「では騎士団長、その方を謁見の間へご案内して差し上げてください。私もすぐに参ります」 そう言い残し、王妃が裳裾を翻してバルコニーを後にするのを、クロノはぼんやりと突っ立ったまま見送った。 ―― マールなのか、そうじゃないのか……一体どっちなんだ? |
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<オマケのあとがき> (1)むー……ついに名前のある(通りすがりじゃない)オリキャラを出してしまった; オリキャラって本来の原作キャラに比べると、どうしても存在軽くなるっつーか愛情とか薄くなるので、なるべく出さないように、とは思ってるのですが。遜色ないキャラを作れる方はともかく、私、クリエイターじゃないですから……(いいとこアレンジャーだと思う) (2)で、このガイアルってのは、元々はオリジナル小説用に考えたキャラ。気に入ってる名前なので使ってみました(ただし名前だけ。キャラの性格等は違います……ってどうでもいいっスね) TO BE CONTINUED >>> (本編第二章・3) <<<小説目次 <<<クロノトリガー目次 <<<TOP |