● エピソード8:手がかりを求めて ●




 どれぐらいそのまま佇んでいたのだろう。
 クロノは途方にくれていた。
 何がどうなっているのか、どうしたらいいのか。わからないことだらけで、ただひとつはっきりしているのは、ようやく再会できたマールが目の前から忽然と消えてしまったという事実だけだ。
 床に落ちたペンダントを拾い上げ、握りしめる。
 繰り返される出来事。繰り返される胸の痛み。
 少女の助けを求める声が、涙が、抜けない棘のように心に突き刺さって離れない。
 考えれば考えるほど、頭は混乱していく。
「ちくしょう……! どうすりゃいいんだ!?」
 思わず髪を掻きむしった、その時。
 外の方で何か聞こえた気がして、クロノは窓から身を乗り出した。
 暗くてよくわからないが、門の辺りから言い争うような声がする。そのうちのひとつに、彼はやけに聞き覚えがあるような印象を受けた。
 ……まさか!
 わらにもすがるような気持ちでクロノは部屋を飛び出した。何事かと驚く衛兵や侍従には目もくれずに階段を駆け下り、ほとんど無理やり外に出て門へと向かう。渋る門番を説き伏せて城門を開けてもらうと、そこには。
「……ルッカ!!」
 突然内から開いた扉に戸惑う番兵たちの横に、見知った幼なじみの顔を見つけて、クロノは瞳を輝かせた。この時ほど彼女の存在を頼もしく思ったことはなかった。
「クロノ!」
 番兵との押し問答をやめて、振り向くルッカ。
「良かった、無事だったみたいね」
「そんなことより、大変なんだ!!」
 クロノは駆け寄って、急き込むようにまくしたてた。
「王妃がマールで、会えたのはいいんだけどいきなりいなくなって、それで」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
 ルッカは逸るクロノを押しとどめた。
「少し落ち着いたらどう? ちゃんとわかるように話してちょうだい」
「だけど」
 言いかけてクロノは息を切らし、深呼吸した。少し心が平静になる。確かに焦ってばかりいてもどうしようもない。
「……わかった。とにかく、最初から話すよ」
「そう。なら……」
 ルッカはさっと周囲に視線を走らせた。ここでは兵士たちの不審と好奇の目が気になる。
「クロノ、こっちに来て」
 ルッカはクロノの腕を引っ張り、明かりが届く程度に城から離れた。
「さ、それじゃ説明して。何があったの?」
 クロノは話した。
 ここが四百年前のガルディアだということ。マールが行方不明中の王妃と似ていたために間違われたらしいということ。なんとか城に入り込み、マールと再会したのもつかの間、突然彼女が文字通り消え去ってしまったということ……。
「そう……。やっぱりね」
 ルッカは納得顔で眼鏡をずらした。
「大体わかったわ。……私の予想通りだったってことも」
「予想通りだって? それなら、オレにもわかるように教えてくれよ」
 クロノは情けなく眉をしかめた。
「オレにはもう何がなんだかさっぱりだよ。マールはどこへ行っちゃったんだ? なんであんなおかしな消え方しなきゃならないんだ? 魔王軍の仕業か何かなのか?」
 八つ当たりぎみに訊くと、ルッカは腰に手を当てて唸った。
「魔王軍の仕業、ってのは多分当たってるわ。ただし、半分だけね」
「半分……? なんだよそれ」
「クロノ。あんた、王国暦六〇〇年の王妃誘拐事件を知ってる?」
「は?」
 クロノは怪訝にルッカを見た。
「それとこれと、どういう関係が…」
「いいから! 知ってるの、知らないの?」
 クロノが首を横に振ると、ルッカは小さくため息をついた。
「考えてみたら、あんた、歴史の授業中にいつも寝てたわね……。ま、いいわ。……六〇〇年、つまり今この時代のことだけど、魔王軍との長びく戦いの中でひとつの事件が起こったのよ。ガルディア二十一世の寵愛芳しきリーネ王妃が、魔物によって拉致されるという事件がね」
「あ……それが、行方不明の」
「そ、原因。とはいえ、その時は王妃は救い出され、事無きを得たわけ。それが本来の歴史だった。―― ところが……よ」
 ひと呼吸おいて、ルッカは続けた。
「ここによく似た別人が現れて、本物の王妃と取り違えられた。当然捜索は打ち切られる。そしたら、どうなると思う?」
「……歴史が、変わる?」
 クロノが自信なく答えると、ルッカは生真面目な顔つきでうなずいた。
「おそらくね。魔物に捕まったままで無事に済むとはとても思えないもの。きっと本物の王妃の身に何かあった……もしくは何か起ころうとしているんだわ」
「???」
 クロノは首を捻った。
「話が見えないな。どうしてそれとマールがいなくなったことがつながるのさ」
「……もしかして、あんた、まだ気づいてなかったの?」
 ルッカが呆れたようにまばたきした。
 クロノは馬鹿にされた気がして、つっけんどんに訊き返した。
「何が?」
「何がって、あの子の正体よ」
「正体? マールの?」
「そうよ。彼女はね、私たちの時代でもれっきとした王族 ―― ガルディア王家の正統な第一王女なの。マールディア・カンデュトゥス・ル・ガルディア。それがマールの本名よ」
 クロノは言葉を失った。
 言われてみれば、確かに思い当たる節もある。だが、今の今まで、そんなこと考えもしなかったのだから。
「もっとも、私も迂闊だったわ。会ってすぐには王女だって気づかなかったんだから」
 悔しげにルッカは爪を噛んだ。
「思い出したのはクロノが行った後……。失敗したと思ったわよ。まさかこんな事態につながるなんて」
「……ま、待てよ。ってことは……」
「もしも王妃が殺されてしまったら、子孫であるマールディア王女も存在できない……というより、初めから存在自体がなかったことになってしまう。彼女が消えたのはそのせいでしょうね」
 クロノは目を剥いた。
「それってめちゃくちゃ大ごとじゃないか!!」
 拳を握りしめて、ルッカに詰め寄る。
「なんとかならないのか!? 助ける方法は!?」
「あるわ」
 ルッカは静かに言った。
「私たちで歴史に修正をかけるのよ。さらわれたリーネ王妃を無事に救い出せれば、きっと王女も助けることができるはず。今ならまだ間に合うかもしれない」
「……だったら、すぐ助けに行こう!」
 しかし、勢いづいて駆け出そうとすると、ルッカに足を引っかけられた。危うく転びかける。
「何すんだよ!」
「バカねえ、一体どこへ行こうっていうのよ。まさか闇雲に探し回るつもり?」
 うぐっ、とクロノは口ごもった。
 ルッカは笑い、
「慌てなくても情報は集めてあるわ。もちろんのんびりしてる暇はないけどね」
 と片目をつぶった。
「行きましょ。怪しいのは、西の森のマノリア修道院よ」


 夜道は暗く、月も出ていないのでまさしく一寸先は闇だったが、二人はそれほど苦もなく道をたどることができた。ルッカが自作の小型ライトを持っていたからだ。彼女曰く、「備えあれば憂いなしよ」だそうである。どうやらこの時代に来る前にしっかり準備万端整えてきたらしい。袈裟懸けに掛けた鞄は何が入っているやら、大きく膨らんでいた。また、ここに着いてからも、村で人の話を聞いて回り、可能な限りの情報収集をしておいたとのことで、クロノは素直に感心した。
「聞いた話だとね」
 軽く走りながら、ルッカは言った。
「マノリア修道院は王妃の失踪とちょうど前後するようにできたらしいの。それだけなら別になんてこともないんだけど、どうもおかしいのよ。工事してる様子がなかったのに、いつのまにか建ってたんですって」
「んー……。でも、それって単に村の人が気づかなかっただけじゃないのか?」
「他にも不審な点はあるわ」
 ルッカは口を尖らせた。
「まず、近くに畑とかがないの。かと言って、村の方へ買出しに来ている風でもない。どうやって生活しているのかがわからないそうよ。それから、建てられた場所そのものにも問題があってね。昔……といってもごく最近まで、西の森にはヤクラという魔物が住みついていたらしいのよ。ところが修道院ができてからは魔物はぱったり出なくなった。まるで入れ替わるようにね」
「ふーん」
「さらに怪しいのは、夜更け、この国の大臣が人目を避けるようにしてその修道院に出入りするのを目撃した人がいるってこと。……王妃がそこにいないまでも、何らかの鍵はあるはずよ」
 自信に満ちた表情。
 クロノは足を速め、前を見つめた。
「ともかく、行ってみればわかるってことだな」
「……まあ、そういうことね」
 そのうちに、くだんの修道院が見えてきた。意外に大きい。真新しい漆喰の壁、巨大な十字架を頂いた屋根。大聖堂といっても構わないぐらいの大きさだ。
「ここだよな?」
 クロノが確認すると、ルッカはうなずいた。
「間違いないと思うわ」
「で……どうする? 忍び込むのか?」
「いいえ。まずはこうするのよ」
 ルッカはそう言うと、知人の家でも訪ねるように普通に門戸を叩いた。
 ぽかんとするクロノに、
(いい? 私がしゃべるから、うまく口裏を合わせて)
 と囁く。
 やがて中から声がした。
「どなた?」
「旅の者です」
 ルッカはどことなく哀れっぽい口調で答えた。
「夜分申し訳ありません。道に迷ってしまって……」
 扉が開いた。紺の慎ましやかな修道服を着た若い女性が顔を覗かせる。
「迷われたのですか。それはさぞお困りでしょう」
「はい……。それで、こちらに泊めては頂けないでしょうか? 今夜一晩だけで構わないんです。どうかお願いします」
 ルッカはこっそりクロノを肘で小突いた。クロノは慌てて頭を下げた。
「お、お願いします」
 すると修道女は微笑み、
「よろしいですよ。さあ、どうぞお入り下さい」
 二人を中へ招き入れた。


「ますます怪しいわね」
 あてがわれた小さな寝室で、ルッカは呟いた。
「そうかなあ」
 クロノが首を傾げる。
「こんなにあっさり入れてもらえるなら、何もやましい所はないんだと思うけど……」
「逆よ。それが怪しいの。簡単に入れる方が変なのよ」
 ルッカは腕組みした。
「ここは修道院よ。いくら困ってるからって、こんな夜中に、あんたみたいな若い男までためらわずに入れるなんておかしいわ。普通なら少しぐらいは躊躇して然るべきなのに」
「じゃあ……」
「やっぱり裏がありそうね。調べてみましょう」
 廊下に誰もいないことを確かめ、二人はそっと部屋を出た。照明がなく真っ暗な廊下を、ライトの明るさを落とし、足音を忍ばせて歩く。薄ぼんやりした視界には、似たような扉がいくつも並んでいる。
(どこから調べる?)
 声をひそめてクロノは尋ねた。ルッカは少し考え、
(下手にドアを開けて誰かいると厄介だわ。とりあえず、行けるところから確かめない?)
 クロノはうなずいた。
 そのまま進んでいくとくぐり戸があり、広いホールのような場所に出た。
 ざっと明かりで照らしてみる。
 正面には女神の像をかたどったステンドグラスと祭壇。その左には重厚なパイプオルガンが置かれ、中央に伸びる絨毯を軸として机と椅子が規則正しく二列に並べられていた。
「礼拝堂ね」
 ルッカが祭壇に近づき、クロノもそれに倣った。
「それじゃここから調べるわよ。手分けして、怪しいところがないか探すの」
 てきぱきと指示するルッカだったが。
「手分けして……って、明かりはルッカしか持ってないじゃないか」
 クロノが頭を掻くと、ルッカはあっさり、
「あ、そっか。じゃ、私が照らしてあげるから、あんたが調べてちょうだい」
「……おい……それって」
 不公平だろ、と文句を言おうとしたとたん、クロノは祭壇の下に押し込まれた。
「ルッ…」
「しっ。黙って」
 ルッカが口の前に指を立てた時。
「誰です、そこにいるのは!!」
 礼拝堂に鋭い声が響き渡った。入り口にはランプを手にした修道女が立っている。
(あんたはそこに隠れてて)
 唇だけ動かして言い、ライトをクロノの手に押し付けると、ルッカは祭壇を降りた。
「あの、すみません……。お手洗いの場所がわからなくて」
「……まあ。それなら逆ですよ」
 警戒を和らげたらしい声に、クロノは様子を見ようと身じろぎした。ふと、何か小さな物が指先に触れる。クロノはそれをつまみ上げ、目を凝らした。―― 髪飾り? 珊瑚に、竜の飛翔する紋章が刻まれた……
(!)
 彼の脳裏に閃くものがあった。
 謁見室に垂らされたガルディアの紋。
『珊瑚の髪飾りも失くしていたようだし』……城で聞いた、王の言葉。
「ルッカ!」
 クロノはまろび出て叫んだ。驚き振り向く修道女、そしてルッカ。
「バカ! 隠れてなさいって…」
「見つけた、王妃の手がかり! 王妃の髪飾りだ!」
「えっ!?」
 クロノは髪飾りを掲げて示した。
 直後、修道女が低く笑い出す。
「ふふ……そうか……。貴様ら、王国の手の者だったか……」
 パチン、と指先を鳴らすと、壁の燭台に一斉に灯が点り、揺らめくように幾人もの同じような修道女が姿を現してクロノとルッカを取り囲んだ。
「どうせ寝ついたら喰っちまうつもりだったが……そんなものを見つけられた以上、なおさら生きて帰すわけにはいかなくなったねぇ」
 クロノは刀を抜いて身構えた。
 ルッカもまた、鞄から素早くエアガンを取り出し、構える。
「殺れッ!」
 号令一下、修道女たちはおぞましい魔物に変化し、飛びかかってきた。ギラリと光る爪、振り乱した長い髪、半人半獣の蛇の化け物たちが苛烈に二人を襲う。しかしクロノは姿勢を低くし、ルッカは跳びのいて初めの一撃をかわした。
 魔物たちがバランスを崩して動きを止めた瞬間、クロノは腰だめに引いた刀を利き足を軸にして円を描くように一閃させた。もらった刀は実際に使ってみると思ったよりずっと軽く手に馴染んだ。数匹の魔物がまとめて手傷を負い、怯む。クロノは地を蹴り、そのまま一気に切り伏せた。ぎゃあっ。悲鳴を上げて、魔物の身体が宙に溶ける。
 ルッカは攻撃をかわすと同時に引き金を引いた。パシュッ! 小さな音がして、魔物の眉間に弾がめり込む。魔物が痛みにうめき、転げる。
「エアガンだからって、なめたら痛い目見るわよ!」
 続けざま、ルッカは残りの魔物に弾を撃ち込んだ。狙いは的確に急所を捉えていく。次々倒れる魔物たち。
 ―― やがて、戦いは終わった。
「……やれやれ」
 クロノは吐息をもらして刀をおさめた。
「いきなり襲いかかってくるとは思わなかったな」
「そうね。ちょっとびっくりしたわ」
 息を切らしながらも、ルッカはどこか余裕をみせる。
「でも、どうやらこれで…」
 と、辺りを見渡したその時。
「よけろっ!」
 どこからか鋭い声がした。刹那、クロノはとっさにルッカをかばうようにして跳んだ。
「キャアッ!?」
 驚くルッカの肩口をかすめ、魔物の長い爪が妖しげな光の軌跡をつくった。
 ―― まだ残ってたのか!?
 クロノは短く舌打ちし、体勢を整えながら刀を抜き放とうとしたが。
 ぎゃああああああっ!!
 身の毛もよだつ断末魔の声を上げたかと思うと、魔物はたちまちかき消えた。上から飛び降りてきた何者かが剣を閃かせ、一刀両断にしたのだ。
 突然の出来事に二人は目を丸くした。
 ……と。
「最後まで気を抜くな。勝利に酔いしれた時にこそ、隙が生じる」
 その誰かが落ち着いた声音で言った。
「……それにしても、おまえたちは何者だ? こんな所で何をしている?」
 しかし、クロノもルッカも口をあんぐり開けたまま、問いかけにも答えず立ち尽くしていた。……なぜなら。
「か……蛙男っ!?」
 ルッカが悲鳴を上げた。
 そう……目の前の人物は、軽鎧と松葉色のマントをまとったその体つきこそ人間だったが、顔形、皮膚は紛れもなく蛙そのものだったのである……!




<オマケのあとがき>

(1)マールのフルネーム、ゲーム中では出てこなかったのでやっぱり適当に作りました……。ミドルネームやファミリーネームはない方が鳥山キャラらしくていいかな、とも思ったんですが、そのうちクロノにフルネーム(これまたデッチあげですが)を名乗らせたい場面が出てきそうなので、それなら王女のマールにもあった方がいいかと思いまして。ちなみにカンデュトゥスは英語のconduit(泉)を元にした、由空の造語です。

(2)クロノたちは城の人間になぜ手助けを求めなかったか。実を言うと(ってこんなんばっかですが)、クロノが「城の人に訳を話して……」云々、と言い出して、ルッカが「そんなの時間の無駄。説得するどころか自分たちが疑われるのがオチよ」と一蹴する ―― という会話を入れようかと考えたんですね。でも、クロノの性格からいって、とにかくまず自分でなんとかするというか、そのことにしか考えいかないんじゃないかな〜、と……。で、ルッカにしても、クロノのそういう性格をよく知ってるし、彼女自身、自分で「動く」タイプなので(上記の「説得は時間の無駄」という理由と併せて)自分たちだけで王妃救出に向かった……そういうことです。


 TO BE CONTINUED >>> (本編第三章・2)

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