● エピソード9:カエル ●




「そうか……。おまえたちもリーネ様を……」
 クロノの説明 ―― 未来から来たなどということは話がややこしくなるので省いておいたが ―― に、蛙男はまるで独り言のように呟いた。
 おや、とクロノが耳を留める。
「おまえたちも……ってことは、あなたも? もしかして、お城の人なんですか?」
「ああ、その通りだが。……ところで」
 蛙男は礼拝堂の隅に目を遣った。
「あの子は放っておいてもいいのか?」
 親指で示す先には、怯えを色濃く浮かべたルッカが壁に張りついて座り込んでいる。クロノは苦笑をもらした。
「はは……彼女は昔から蛙が大の苦手なんですよ。……っと、すみません」
 何気ない失言にクロノは口を押さえたが、蛙男は気を悪くした様子もなく、唇の端を上げて微笑んだ。
「いや、気にする必要はないさ。俺がこんなナリしてるのは本当のことだし、不気味がられるのも慣れてるからな。……むしろ、おまえみたいに平然としゃべってる奴の方が珍しいぜ。おまえは怖くないのか?」
「え? ああ、まあ、最初はさすがに驚いたけど……。でも、別に怖くはないですよ。いい人みたいだし」
 クロノが答えたとたん、蛙男はプッと吹き出した。
「はっははははは、『いい人みたいだし』だって? こいつぁいい! 初対面でそんなこと言った奴は初めてだ。……気に入ったぜ。おまえ、名前は?」
「クロノですけど」
「クロノか。よし、クロノ。こっから先、一緒に行かないか?」
「え?」
「さっき戦いぶりも見てたが、なかなかのもんだ。まあ、まだまだこれからって所も多いけどな。筋はいいぜ」
「はあ……」
 そう言われると悪い気はしない。クロノは少し照れて曖昧に返事した。
「この先はどうやら魔物どもの巣窟になってるらしい。それに目的は同じなんだから、ここは手を組んだ方がいいだろ」
 蛙男がニッと笑う。
 だが、クロノは困った顔をして、腰を抜かしたままのルッカをちらりと見た。
 彼の言うことは正論だと思う。実際、ルッカと二人だけでは戦力という意味では心もとない。魔物を一太刀で葬り去ったあの剣さばきを思えば、正直こちらから協力を願いたいぐらいだった。
 しかし、ルッカがあの調子では彼と同行させるのは酷というものだろう。かと言って、置きざりにするわけにもいかないし……。
 あれこれ悩んでいると、そのことに蛙男も気がついた。
「ああ、そうか。だが、どのみちあの子にはどこか安全な場所で待っていてもらうべきじゃないか? ここからは女の子には危険すぎ…」
「なんですって!?」
 言いも終わらぬそのうちに、突然ルッカがまなじりを上げて、一直線に蛙男に歩み寄った。クロノと蛙男はギョッとして彼女を見つめた。
「さっきの戦いを見てたって言ったわね。あんたの目は節穴? このボーッとしたクロノなんかより私の方がずっと頼りになるわよ! 大体『女には危険』ってその根拠は何よ? あんた、女ってもんをなめてるんじゃないの!?」
 口を挟む暇さえ与えないルッカの剣幕に、蛙男は完全に気圧されて後ずさった。
 クロノは呆気にとられてそれを眺めていたが、ほどなく我に返り、
「おい、よせよ、ルッカ!」
 と、二人の間に割って入った。
「この人だって、何も悪気で言ったわけじゃないだろ。おまけになんだよ、ボーッとしたクロノなんか、ってのは」
「私は本当のことを言っただけよ」
「……おまえなあ……」
 しれっとするルッカに、クロノも押し殺した声になる。
 漂い出した険悪な雰囲気に、蛙男は慌てて取り繕うように彼らをなだめた。
「ま、まあ落ち着け。今は喧嘩している場合じゃない」
 そうしてルッカの方に向き直り、
「すまんな、言い方が気に障ったんなら謝る。だが、誤解しないでくれ。俺は女性を見下しているわけでも、過小評価しているわけでもない。ただ、女性というのは敬うべき対象であると同時に、守るべき者だと心得ているだけだ」
 その言葉にルッカは一瞬きょとんとしたが、すぐに唇を不敵に笑ませて蛙男を見据えた。
「ふぅん……うまいこと言うじゃない。でもおあいにくさま。少なくとも私は、守られてるばかりの弱っちい女なんかじゃなくってよ」
 眼鏡の奥で、強い意思を宿した双眸が蒼く燃えている。
「……そのようだな。良い目してるぜ」
 ふっ、と蛙男は顔をほころばせると、慇懃に騎士流の礼をした。
「それでは女戦士殿、ご同行願ってもよろしいだろうか?」
「もちろんよ。行かせて頂くわ」
 ルッカはきっぱりうなずいた。すると、横でやりとりを見守っていたクロノが指先でつついてきた。ルッカがうるさそうに振り向くと、
(大丈夫なのか?)
 クロノは小声で尋ねた。
(大丈夫って、何が?)
 ルッカがやはり小さく訊き返す。
(だからさ、蛙……)
(なんだ。そのこと?)
 ようやく合点がいったと言いたげにルッカはまばたきした。
(もう平気よ。それにこの蛙男、あんたよりもずっと頼りがいがありそうだし、なんたって女性に対する礼儀ってもんをわきまえてるわ)
(…………)
 ちぇっ、心配して損した。
 すっかり調子を取り戻した憎まれ口に、クロノはむくれて黙り込んだ。だが、何気なく幼なじみの足元に視線を落とすと、細かく……よく見なければわからないくらいに……震えているのがわかった。
 ははあ、やっぱり本当は怖いんだな、と彼は思った。勢いと意地でどうにか我慢できてるってとこか。まったくルッカらしいや。
 クロノは内心微苦笑した。
「相談は終わったか?」
 蛙男が面白がるように言った。
「あ。すみません」
 クロノは顔を上げ、
「オレもご一緒させて下さい。よろしくお願いします」
 片手を差し出すと、蛙男はその手をがっしりと握り返した。
「こっちこそよろしく頼むぜ。……さて、それじゃ先を急ぐか。ちょいとおしゃべりに時間をくっちまったからな。俺が思うに、ここのどこかに隠し扉かなんかがあるんだと……」
 言いながら壁や祭壇の周囲を調べ始めた蛙男の背に、クロノは若干遠慮がちに、あの、と声をかけた。
「ん? 何だ、どうかしたか?」
「いや、名前をまだ聞いてなかったなと思って」
「いくらなんでもカエルさん、なんて呼ぶわけにもいかないしねえ」
 怖さを紛らすために、ルッカは茶化して笑った。
 ところが、
「いいぜ、それで」
 あちこち見て回りながら、彼はさらりと答えた。
 クロノとルッカは狐につままれたような表情になった。
「皆、俺のことはカエルって呼んでるからな。だからおまえたちもそう呼べばいいさ」
「え……でも」
 ほんとにそれでいいんですか、と言いかけたクロノをカエルは遮って、
「ただし『さん』付けはよしてくれ。それと敬語もな、クロノ。俺はそういうのは苦手なんだ」
 少しくすぐったそうに言う。
 クロノはちょっとだけ目を見開き、それからすぐに破顔した。
「OK。わかったよ、カエル!」
 それを横目に、カエルはそれでいいとばかりに笑った。そしてふと、
「おっと、そういえば、そっちのお嬢さんの名前はルッカ……だったか? 確かさっき、クロノがそう呼んでたと思ったが」
「あら、ごめんなさい。きちんと自己紹介してなかったわね。でもその通り、ルッカでいいわよ」
「そうか。ならルッカ、それにクロノ。おまえたちも一緒に探してくれ」


 こうして三人は手分けして礼拝堂の中を子細に調べていった。
 ……と、そうするうち、隅の方を調べていたクロノが、壁を叩いてハッとした表情になった。
「なあ、ここの壁……ここだけ周りと音が違ってる」
「どこだ?」
「どこ?」
 他の場所を探していたカエルとルッカが同時に振り返り、駆けつける。
「確かに違うな」
 カエルが同じように問題の壁を叩いた。
「ただ、入口がここだとしても、開ける所が……」
 クロノは頭を傾げた。
 その部分には、開くための仕掛けはおろか、継ぎ目さえ見当たらない。
「ぶち抜くのは少し骨かもな」
 顔をしかめるカエルに、けれどもルッカは礼拝堂を見渡して、冷静に呟いた。
「その必要はないわ。多分……」
 ルッカはパイプオルガンに目を留め、歩み寄った。そうしてライトで鍵盤を照らし、顔を近づけて眺めた後、人さし指で一音ずつ弾いたかと思うと、両手で和音を打ち鳴らした。そのとたん。
 ガタン!
 壁が動いた。
 ごごご、と低音が轟き、四角く切り取られた入口が、ほどなくクロノたちの前に姿を示していた。
「当たりね」
 ニヤリと微笑い、ルッカは髪を軽く指先で払った。
「さあ、進むわよ」
「あ、ああ」
 クロノが目を瞬いた。横でカエルも呆気にとられたように、ルッカと目の前の入口とを見比べている。
「……だけど、どうして」
「勘みたいなものだけどね。さっき調べてた時に見たら、いくつかの鍵盤がやけに使い込まれた感じだったのよ。だから、もしかしたら暗号入力式のような仕掛けかもしれないと思ったわけ。……それほど複雑な入力じゃなくて助かったわ」
 小さく首をすくめるルッカに、カエルがふうん、と唸った。
「やるもんだな。たいした嬢ちゃんだぜ」
 ルッカは強気に笑ってみせた。
「組んで正解だったでしょ?」




<オマケのあとがき>

(1)この部分の話(正確に言うとエピソード8のカエル登場のくだりから、今回のルッカに名前を尋ねる辺りまで)は、クロノの小説で私が一番初めに書き始めた部分だったりします。短編書くよりも前の話なので、本当に最初に書いたクロノ創作なんですね。だから、ようやくここまでこぎつけたか〜と、ちょっと感慨深いです。……こんな序盤で? とかツッコまないでやって下サーイ(汗)

(2)上記の理由により、微妙にキャラの描写も違って、元の下書き自分で読んで苦笑しました……。何と言ってもカエルがめっちゃキザ!!(爆笑) 台詞回しも行動も!! だもんで、いくらか書き直しました。でも、基本的な展開は変えてないので、名残が結構ありますねぇ……(笑) どうも当時(PS版発売の3・4ヶ月前ぐらい)の自分は、彼に対してそういう気取ったような印象を強く持っていたようです(^^;)

(3)何でクロノがカエルに対して敬語を使ってるのか。これは私のこだわりみたいなもんで(苦笑)こっちは既にカエルがクロノより年上だってわかってるので、クロノにいきなりタメ口使わせるのは忍びなかった、と……それだけです。

(4)隠し扉を開くのがルッカだった理由。カエルが開け方を知ってる方が自然かもしれませんが、「クロノ、もしくはルッカが介入しなければ王妃を助けられない(助けるのが間に合わない)」状況にしなければならないので ―― そうでなければマールが消えるはずもないわけで ――、ルッカが推察するということにしました。


 TO BE CONTINUED >>> (本編第三章・3)

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