● イノセント ●




 石畳の往来に、露店が軒を並べ、行商人が威勢のいい呼び声をかける。
 ここ、サンドリノ村は、村と名は付いているものの、大陸同士を結ぶゼナンの橋の最寄りに位置するためか、『現代』での町にも近い賑わいをみせている。戦乱により橋が通行不能になったことや、修復されるも戦況の分岐点となったことなどで、一時は苦難に見舞われたこともあったが、魔王軍の脅威から解放された今、市場もかつての盛況を取り戻しつつあった。ざわめきも、人の多さも、それは平穏が返ってきた証だ。
 だが、クロノは、あまり浮かない顔で雑踏の中を一人歩いていた。
 それもそのはずと言うべきで、この人ごみのために、マールとはぐれてしまったのである。
 さっきまでは、ロボと、彼のメンテナンスのために宿に残ったルッカを除く四人……クロノ、マール、カエル、エイラで一緒に市場で買い物をしていたのに、いつのまにか、マールの姿が消えていたのだ。
 必要なものは大体買い終わったから、探し回るよりも、いっそ宿に戻っている方が行き違いにならなくていいんじゃないか、とカエルが提案し、エイラはそれに同意したが、クロノは、
「オレは少し探してみるよ。それで見つからなかったらオレも戻るから」
 そう言って、二人と別れたのだった。


(どこ行ったのかな、マールのやつ)
 クロノはきょろきょろと金色のポニーテールを探した。
 彼はあまり背の高い方ではない。自然、見える範囲も限られる。こんな込み合った中で人探しするのには向かないと、自分でもわかっていた。そもそも、初めて来た場所でもなし、数日間はここを拠点に地底砂漠の探索をする予定なのである。マールだって小さな子供ではないのだから、素直にカエルたちと一緒に帰って待っていた方がよほど賢いに違いなかった。
 けれども、そうする気にはなれなかった。
 その理由に思い当たって、クロノは内心、苦笑する。惚れた弱み、というやつだからだ。
 彼女は奔放で、見ていてどこか危なっかしげなところがある。だから、とりあえず探さないと、なんとなく落ち着かないのだった。
 歩くうち、やがて市の終わりに近づいた。人波もまばらになって、視界も空いてきたが、目当ての少女は見当たらなかった。
 もう一度、通りを戻りながら探して、それから宿に帰ろうか。
 クロノがそう考えた時だった。
 どこかから、耳慣れた声が聞こえた気がした。
 辺りを見渡す。
(路地裏か?)
 クロノはそちらに足を向けた。
 ……と、再び、声。
 どうやら誰かと言い争っているらしく、とても楽しそうには聞こえない。
 嫌な予感に突き動かされて、クロノは駆け出した。


 人気のない、狭い路地裏の行き止まり。そこにマールはいた。
 お世辞にも柄がいいとは言えない、若い男三人に取り囲まれるようにして。
 おまけに、そのうちの一人には乱暴に腕をつかまれている。絡まれているのは明白だった。
 リーネ妃に似ているということを差し引いても、彼女の愛らしい風貌は目立つ。すれ違った男を思わず振り向かせられるぐらいには。それに、弓や魔法を使えるとはいえ、今は丸腰だし、あくまで華奢で、腕力だのなんだのとは無縁だ。そんな娘が一人で歩いていたのだから、この男たちにしてみれば、正に格好の獲物だったのだろう。
 クロノは頭に血が昇るのを感じた。
「おまえら、何してるんだ!!」
 突然背にかかった怒鳴り声に、男たちは驚き振り向いた。
「クロノ!」
 マールが顔を輝かせる。
 が、男たちは、クロノを目にしたとたん、嘲るような表情を浮かべた。
「なんだ、てめえは?」
 そこにはあからさまな侮りが見てとれた。
 弱っちそうなガキじゃねえか ―― 彼らの顔にはそう書いてある。
 それがますますクロノの癇に障った。
「オレは、その子の……仲間だ!」
 恋人だ、とは言えないところに少しだけ哀しさを覚えたが、それでも堂々と気勢を張り、男たちを睨みつける。
「さっさとマールを放せ!」
「はん。やなこった」
 男の一人が唇を歪めた。
「それに、俺たちは別に悪いことなんかしてないぜ」
「そうそう。ちょっとばかり付き合ってくれよ、って頼んでただけさ」
「ベッドの上とかにな」
 言って、馬鹿笑いを上げる男たち。
「今、うなずいてくれるところだったんだ。邪魔すんなよ」
「嘘よ、そんなの!」
 マールが叫んだ。
「私は嫌だって言ってるのに、この人たち……ムグ」
「つれないこと言うなよ、嬢ちゃん」
 マールの腕をつかんでいた男が、その手で背後から口をふさいだ。
 そして。
 もう片方の手で、事もあろうに、彼女の胸を触ったのである。

 ―― プチン。
 クロノの中で、何かが切れ飛んだ。

「―― 天つ光は我と在り」
 少年の、低い、ボソリと呟いた呪に、男たちはただ不思議そうに顔を見合わせ、
「なんだぁ?」
「何が言いてえんだ?」
 とせせら笑った。
 だが、マールはさっと青ざめた。
 クロノが男たちに向かって手をかざす。
「集いて下れ、裁きの(いかずち)……!」
「だめぇっ、クロノッ!!」

 そこからは、さながらスローモーションのようだった。
 虚を突いて手を振りほどいたマールが、男をかばうように押しのけ、ほとばしった雷撃をその身に受けたのだ。
 ビクン、と小さく身体を震わせ、少女はゆっくり地面にくずおれる。

 ……沈黙。

「…………え…………」

 クロノは呆然とその光景を見つめていた。

 どうして、マールが倒れなくちゃならないんだ?
 どうして、あんな奴をかばったりしたんだ?

 ……オレは……
 オレは、今、何をした……?

 混乱して、頭の中は真っ白で。
 魔術を使ったクロノに恐れをなし、男たちが脱兎の勢いで逃げ出すのも、気に留める余裕はなかった。
「……マール……」
 よろめくような足どりで、マールに近づく。
 幸いにして、息はあった。
 だが、悠長にしていられる状態でもない。
 クロノは、半ば無意識に彼女を抱きかかえ、全速力で走った。


 無我夢中のうちに宿屋へたどり着いた時、玄関口でルッカとちょうど出くわした。
「あら、お帰り……って、マール!? どうしたの、一体!?」
「……オレが……オレのせいで……」
 泣きそうな顔で呟くクロノに、ルッカはなだめるように、
「いいわ、とにかく部屋に運んで。話はそれからよ」
 と促した。


 宿の一室で、はあ、とルッカは大きなため息をついた。
 隣の続き部屋では、マールをベッドに寝かせて、カエルが治癒呪文をかけている。
 こちら側にいるのはクロノ、ロボ、エイラ、そしてルッカで、今、ようやくクロノが事の次第を話し終わったところだった。
「……バッカじゃないの、あんた?」
 疲れたように前髪を掻き上げて、ルッカはクロノを見据えた。
「本当にもう、考えなしなんだから……ちょっとは頭使って行動しなさいよ」
 クロノは普段のように言い返すこともせず、ただ黙って顔を伏せた。
 見かねたのか、ロボが言った。
「ルッカ……クロノもわざとやったワケではないのデスから……」
「クロ、悪い思ってる。責めすぎる、良くない」
 エイラまでが口添えする。
 しかしルッカは首を振り、
「そういうことじゃないのよ。私が言いたいのは……」
 と、その時、続き部屋の扉が開いた。
「よう、終わったぜ。治療」
 立っていたのはカエルだ。
「で、クロノ、マールが」
 言いかけた瞬間には、既にクロノは神業のような素早さで隣の部屋の中に入っていた。
「……呼んでる、って言おうと思ったんだが……必要なかったな」
 苦笑して、カエルは戸を静かに閉めた。


 晴れた日の湖のような双眸が、枕元に駆け寄ったクロノを見つめている。
 その瞳が永遠に閉ざされたままになったりしないで良かったと、彼は心の底から安堵した。
「……ごめん、マール。謝って済むことじゃないけど……でも、オレ……」
「いいの、もう、そのことは」
 マールは身体を起こし、ベッドのふちに腰かけた。クロノと向かい合う形になる。
「それより。どうして攻撃呪文なんて使ったりしたの?」
 彼女には珍しい、静かな、けれど厳しい声音に、クロノは思わず身をすくめた。
「……マールに当てるつもりじゃ、なかったんだ」
「そうじゃなくて」
 マールは小さく吐息をこぼした。
「私に当てるつもりじゃなかったなら、あの人たちに当てるつもりだったってことでしょ? どうしてそんな無茶なことしようとしたの?」
「無茶って……」
 不満そうにクロノは唇を尖らせた。
 あの時、カッとなったとは言っても、マールを巻き込まないだけの用心はあった。だからこそ、効果範囲の広い呪文ではなく、単体攻撃魔法を選んだのだ。
 だが、それを言おうとする前に、マールが口を開いた。
「あの人たちは魔物じゃないわ。普通の人間よ。魔力を持ってる私だったから、クロノの呪文を受けても、まだこの程度で済んだ。だけど、あの人たちが受けていたとしたら?」
「…………」
「もしかしたら、生命に関わったかもしれないでしょう? ……そりゃあ、私だって、あの時は嫌だったけど……。それでも、そこまでしていい理由にはならないよ」
 クロノはうつむいた。
 さっき、ルッカが言わんとしていたのは、恐らくこのことだったのだろう。
 今さらながら、自分の思慮の浅さと軽率さが恥ずかしくなった。
「……ごめん……」
 そんな彼を見て、マールはふっと柔らかく微笑んだ。
「でも、私のために怒ってくれたのは嬉しかった。……ありがとう、クロノ」


 翌日。
「あんたは罰として一人で留守番してなさい」
 ルッカがクロノに向かって保護者よろしく言い放った。
「まったく、野放しにしておくと、何しでかすかわかったもんじゃないんだから」
 ルッカには言われたくない、とクロノは思ったが、あえて何も言わなかった。言えなかったという方が正しいかもしれない。
 と。
「大丈夫だよ、私も残るから」
「え?」
 マールの言葉に、全員が注目する。
「ちょっと、それじゃお仕置きにならない……」
 ルッカが言いかけるのに、マールはにっこり笑ってみせた。
「……ま、いいんじゃねえか?」
 カエルが肩をすくめた。

 こうして、ひとつの騒動は幕を閉じたのだった。


 〜オマケ〜

「クロノ、あの時、仲間って言ってたけど……それだけ?」
「……え?」

 宿に残った二人の間に、そんな会話があったとか、なかったとか。



 −END−




<オマケのあとがき>

(1)ゴロツキに引っかかってしまった女の子と、それを助ける男の子――というベッタベタなネタ。毎度お約束な話ですみませんが、自分、そういうのがどうもツボにハマりやすくて……(^^;) 特に、ヒロインが男に言い寄られてピンチに陥るようなシチュエーション、小さい頃からめちゃ好きだったんですよね、私……(ヤバい?) ちなみに、スレイヤーズサイトの小説を見て回ってるうちになんとなく思いついた話だったりします。(リナだったら問答無用で呪文一発ですが(笑)マールとかだったらどうだろう?と思ったのがきっかけ)

(2)気の毒だったのはマール(汗) 変なのに絡まれるわ胸は触られるわ、あげくクロノの呪文は食らうわ。うう……ごめん……書いてて正直心苦しいものがあったよ……;; まあクロノも精神的には相当ダメージ受けてるけどそれは別にいいんだクロノだから。(酷)

(3)途中、いきなり呪文の詠唱が出てますが。これは元々、本編小説の方で使おうと思って考えてあったものです。短編の方で先に出すことになるとは思わなかったけど(苦笑)。一応オリジナル。でも、テイルズの呪文『インデグニション』の詠唱「天光満つるところに〜(略)」に影響受けてるかも。

(4)喋れる状態だったにも関わらず、マールが呪文を使おうとしなかった理由はおわかり頂けると思いますが、それじゃ、もしクロノが現れなかったらどうしてたのか? これは……多分そのうち本編の方にも書くと思いますけど、マールは混乱の呪文を使えることになってます(ゲーム上での『ちょうはつ』ですね)。というわけで、どうしようもなくなったらそれを利用して逃げるつもりだったんですね。補助呪文なら、攻撃呪文ほどの危険性はないですし。


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