● INVITATIONS ●




 トントン。
 宿の部屋の暗がりに、ドアを叩く音が響いた。
 ベッドで夢うつつ一歩手前を漂っていたクロノは、初め、それには気づかなかった。が、ほんの少しの間を空けて、ノックは繰り返された。ドンドン。さっきよりも、大きな音で。
 誰か出てくれよ……とぼんやり考えかけて、思い出す。今、この部屋にいるのは自分だけだった、と。今日、パーティを組んでいるのはマールとエイラ。二人は隣の別室だ。
 ……しょうがない。
 クロノは枕に張り付いたままになりそうな頭をなんとか引っぺがし、目をこすって起き上がった。
「誰だよ、もう……」
 不機嫌きわまりない声で扉の向こうに問いかける。
 すると、返ってきたのは、やけに陽気な声だった。
「クロノ〜、開けて〜」
「……マール?」
 クロノは明かりをつけ、ドアを開けた。
 そこにいたのは、寝間着姿の、髪を下ろしたマールだった。気のせいか、うっすら顔が赤らんでいる。
「どうしたんだよ、こんな夜更けに……」
「あのね、おしゃべりしよ!」
「……は?」
 クロノはポカンとしたが、マールは構わず笑って続けた。
「だから、部屋に入れてよ。ね」
「お、おい……」
 強引に中に入ろうとするマールに押されて、クロノはようやく気がついた。
 ―― 酒くさい。
「マール……おまえ、酔ってるだろ」
 くすくすと笑うだけで、マールは答えない。
 クロノはため息をついた。
「エイラだな、飲ませたの? 文句言ってやらなきゃ」
 だが、隣に行こうとすると、マールに腕を引っ張られた。
「なんだよ?」
「ダメぇ、行っちゃあ。エイラ、寝ちゃって、起きないんだもん。つまんないからこっちに来たの」
「……あのな……」
 クロノはジト目になった。
「明日ここを出るんだから、マールも寝ろよ」
「……えー……」
 途端、マールの瞳が潤んだ。クロノがギョッとする。
「クロノ、私のこと、嫌いなんだね……」
「だ、誰もそんなこと言ってないだろー!?」
 叫んでから、パッと口をつぐむ。ここで騒いでいたら、他の泊り客に迷惑だ。クロノは声のトーンを抑え、
「とにかく。嫌いなわけじゃないって」
 と、懸命に釈明した。
 酔っての言動なのだから、軽く受け流しても良さそうなものだが、生憎そうできるほどクロノは器用ではない。それがなおさらマールを煽ってしまった。
「だって……話もしたくないんでしょ? 嫌いだってことじゃない! わーんっ」
 声を上げて泣き出すマール。
(だああっ、もう!)
 クロノは慌ててその口をふさぐと、部屋の中に彼女を引きずり込んで戸を蹴り閉めた。
 そうしてから、ハッとする。
 ……結果的に思惑にはまってしまった。
 しかも、この状況。
 腕の中に、薄いネグリジェ姿のマールがいて。
 口をふさいだ手のひらには、唇の柔らかい感触と、吐息。
 髪からは、風呂上がりでもあったのか、ほのかな石鹸の香り。
 ……夜の寝室に、二人きり。
 思わず込み上げてきた良からぬ感情に、クロノは焦って手を離した。
 拘束から解かれたマールはすかさず駆け出し、ベッドの上に飛び乗った。いっそ、子供らしいほどの仕草で。
「わぁい、クロノのベッド〜♪」
 今泣いたカラスがもう笑った、とはこのことだろう。何が楽しいのかわからないが、寝台に転がってはしゃいでいる。クロノはこめかみを押さえた。
(……どうすりゃいいんだ、いったい)
 無理やり帰らせれば、また騒ぎ出しそうだし。
 かと言って、このまま一緒に話なんかしてたら……途中でこっちの理性が危うくなりそうだし。
 眠気など、とうにどこか彼方へ行ってしまっていた。
「ねえねえ、クロノ、明日はどこ行くんだっけ?」
 枕に片頬を埋めて寝転がり、マールは小首を傾げた。
(そういう仕草で訊くなよ……)
 本人には全然そんなつもりはないのだろうが、まるで誘っているように感じられて、クロノは目線をそらした。
「巨人のツメだろ」
 ぶっきらぼうに答える。
「結構めんどくさい場所みたいだし。だから、早く寝ろって……」
「私、ここで寝たいなぁ」
「なっ……」
 絶句して、クロノは真っ赤な顔でマールを見た。
「一緒に寝ようよ。ねっ」
「……バ……バカなこと言うなっ!」
「バカって何よぅ」
 ぷう、とマールはふくれた。
「早く寝ろって言ったの、クロノじゃない」
「だ……だから、それは、自分の部屋に戻れってことで……」
 しどろもどろに呟く。
 すると、マールは急にあっさりうなずいた。
「わかった。戻る」
「……へ?」
 拍子抜けして、クロノはきょとんとした。
 が。
「戻るから、代わりにおやすみのキスして」

 ずべしゃあっ。

 派手な音をたてて、クロノは床に突っ伏した。

「……あ……あ……あのなあっ!!」
 手をついてよろりと身体を起こすと、いつのまに下りたのか、目の前にマールが座り込んでいた。
「イヤなの?」
「……そういう問題じゃなくて……」
(イヤじゃないから、こうして困ってるんだろーが!!)
 心の中で力いっぱい叫ぶ。
 ……誰か、この無邪気すぎるお姫様に教えてやってくれ……。
 
 しかし、その願いも虚しく。
「なら、いいよね?」
 マールは可愛らしく微笑み、クロノのシャツの胸元をつかんで、顔を寄せてきた。
「わ、ま、待てって!!」
 クロノは必死に最後の抵抗を試みた。
 ここで押し切られたら、なけなしの良心など間違いなく消し飛ぶ。
 ……いや、既に消し飛ぶ寸前だったのかもしれない。
 二人の力の差を思えば、阻止するのはいかにも容易いことだったのだから。
「…………!」
 クロノはギュッと目をつぶった。

 ……が、いつまでたっても、想像するようなことは何も起こらない。
 彼は恐る恐る目を開けてみた。
 そして、大きなため息ひとつ。
 マールはそのまま、もたれかかって寝息をたてていたのだった。
(……まったく……)
 平和な寝顔に、ホッとしたような、残念なような気分で苦笑する。
「よっ……と……」
 クロノはマールを抱え上げ、隣室に運ぼうとして、固まった。
 服をつかみっぱなしで、離そうとしていない。
 …………あーあ。
 再びため息をつき、ベッドにどうにか仰向けに倒れ込んだ。
 クロノの胸を枕にして、少女は気持ちよさそうに眠っている。
 ―― 今夜は長い夜になりそうだった。


「……ん……」
 差し込む朝日の中、普段と違う感触を頬の下に感じて、マールは目を覚ました。
 やけに硬くて……あったかい。
「……おはよう」
 いきなり耳元で声がして、マールはとっさに跳ね起きた。
 周囲を見回し、目を瞬く。
「え……?」
 座り込んだ同じベッドには、クロノが横たわっている。
 と、いうことは、枕にしてたのは……まさか、クロノ? でも、どうして?
「なんでクロノ、ここにいるの? いつ来たの?」
「…………ここ、オレの泊まってる部屋」
「えっ?」
 言われてみれば、そうかもしれない。ベッドはひとつしか見当たらないし、同室のはずのエイラもいない。
「でも、それなら私、どうしてこっちに……?」
「…………」
 クロノは疲れたように笑って、のそりと起き上がった。
「昨日、夜中に酔っ払ってこっち来ただろ」
「え? あ……」
 そういえば、そんな気もする。あまりよく覚えてはいないけれど。
 そんなマールを見て、クロノは、やっぱりな、と呟いた。
「覚えてないならいいって、別に」
「ごめんね。私、クロノのベッド、取っちゃったんだね。狭かったでしょ?」
 クロノは寝不足の顔に力なく苦笑を浮かべるばかりだった。
 二度とこういうパーティの組み方はするまいと、固く心に誓いながら。



 −END−




<オマケのあとがき>

(1)……えーっと……なんて言うか……ねぇ。(何) 真面目なファンから刺されそうな予感がこう、ヒシヒシと。別にこういう二人が理想ってわけじゃないんで、誤解召さらぬようお願い申し上げ候(誰だ)

(2)かなり前に他で書いた「SWEET LOVELY MIDNIGHT」のパート2、のつもり。(でも「SWEET〜」の方がデキが良かった気がする……) つながった話ってわけじゃないんですが、いわゆる寸止めネタというか、生殺しネタが書きたかったんです(笑) クロノいじめるの好きだよねぇ、私……。だけどこれも愛。(迷惑)

(3)書いてて思ったけど……うちのマールって誘い受?(爆) しかも無意識。おまけに無邪気。悪魔よりタチの悪い天使なんじゃ……(殴蹴) クロノ、我慢強いね〜(笑) いや、単に臆病なだけか……根性が足りん。据膳食わぬは男の恥、いっそ押し倒してしまえ(オイ)(でも仮に押し倒したとしても、泣かれたら絶対それ以上何もできないよな、コイツは……)


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