● KNOCKDOWN ●




「それじゃ、しっかり看病しなさいよ、クロノ!」
 宿の部屋のドアをくぐりながら、ルッカがオレに向かって指を突きつけてきた。
「わかってるって」
 いつもながらの念押しに、少しばかりうんざりして答える。
「それよりほら、カエルたちが待ってるだろ? さっさと行ってやれよ」
 まだ言い足りなそうな様子のルッカを、半ば無理やり押しやって扉を閉める。
 ドアの向こうからしばらく何か文句らしきものが聞こえたけど、やがてそれも止んで、足音が遠ざかっていった。
「まったく、口うるさいんだから」
 思わず愚痴ると、窓際のベッドでクスクス笑う声がした。
「面倒見いいのよ、ルッカは」
 寝返りを打って、マールは熱で少し潤んだ瞳をオレに向けた。


 ここは、中世・トルースの宿屋の一室。
 さっき、ルッカが「看病しなさい」って言ってた通り、オレは、風邪で寝込んだマールの付き添いでこの宿に残ることになった。
 というのも、そもそもマールが風邪をひいたのもオレに原因があったからで……。

 昨日、みんなが教えてくれた話によれば、オレはどうやら昨日まで『死んでしまっていた』らしい。
 らしい、ってのは、オレ自身にはそんな『死んでいた』記憶なんてなかったからだ。
 それはまあ、当然といえば当然のことなんだけど。
 でも、古代でラヴォスに突っ込んでいって、真っ白い閃光が目の前いっぱいに爆発して ―― その瞬間、「もうダメだ」と思ったのは、よく覚えてる。
 なのにオレがこうして生きているのは、マールたちが、まさにその消滅させられる時へと遡り、オレを救い出してくれたからに他ならない。

 それで、そうするためには『死の山』って場所の力を借りなきゃならなかったという話で。
 ただ、その『死の山』は、あの荒れ果てて澱んだ空気の漂ってる未来世界にあって、しかも四六時中ひどく吹雪いているような所だった。……もっとも、オレが意識を取り戻した時にいた頂上では違ったみたいだけど。
 ともかく、そんな吹きっさらしの中、強行軍で人一倍頑張ったせいなんだと思う(「きっと疲れもあったんだろう」とみんなは口をそろえた)。
 今朝になったら、マールは熱を出して倒れてしまったんだ。

   ***

「私、ひとりでも大丈夫だよ」
 マールがベッドにふせったまま言った。
「宿の人だっているんだし。だからみんな、気にしないで行ってきて。あの人たちのこと、ほっとくわけにいかないでしょ?」
 あの人たち、というのは魔王配下の三魔騎士……ビネガーたちのことだ。噂では、魔王城陥落後もちゃっかり落ち延びて、また悪だくみしてるらしい。それで、今日はその隠れ家に向かおうって話だったんだけど……
「そんなワケにはいきマセンヨ」
 そう答えたのは、パーティ一の気配り名人、ロボだ。
「ロボの言う通りだよ」
 その言葉を受けて、オレもうなずいた。
「ほっとくわけにいかないって言うなら、マールのことだってそうだろ?」
「確かに、奴らの動きは気になるし、そのままにしちゃおけないが」
 空いたベッドに腰掛けて、カエルが言った。
「だからといって、病人をひとり置き去りにしていくってのもちょっとな」
「でも……」
 なおも気遣わしそうに眉をひそめるマールに、
「心配ない、ゆっくり休め! 心配、カラダに毒!」
 心配事とはいかにも無縁そうなエイラが言う。
「そうそう。疲れてるんだしね。……だけど、そうね」
 ルッカが腰に手を当てて、全員を見回した。
「みんなで残る必要はないわね。こんなふうに、近くで大勢騒いでたら、マールだってゆっくり休めないじゃない。一人かせいぜい二人、看病に残れば充分だわ」
「…………」
 実にもっともな意見に、オレたちは思わず苦笑いした。
「デハ、誰が残りマショウカ」
「そうね……」
 考え込もうとしたルッカを遮って。
「あ……オレ! オレが残るよ」
 オレは迷わず名乗りを上げた。
 みんなの視線がいっせいにこちらに集中するのに構わず、オレはさらに言葉を付け加えた。
「マールが風邪をひいたのって、言ってみればオレのせいだろ。だから、オレが責任もって看病するよ」
「そんな、クロノのせいなんかじゃ……」
 マールが慌てた様子で起き上がって、小さなクシャミをする。
「ああ、ほら、寝てなさいってば」
 ルッカはマールを促して毛布を掛け直してやると、オレの方にちらっと目を遣り、
「ま、クロノ本人がああ言ってるんだからさ。お言葉に甘えたら? マール」
「ん……」
 曖昧に毛布に顔を埋める、マール。
 ルッカはそれを肯定とみなしたみたいだった。
「さて、じゃあ私たちは行きましょうか」
「そうデスネ」
「おう! 隠れ家、乗り込む!!」
 ロボとエイラが同意し、
「だな」
 カエルもベッドから立ち上がった。
「邪魔者はさっさと退散した方がいいだろ? なあ、色男」
 オレを見て、意味深な笑いを浮かべる。
「な……何が言いたいんだよ!」
「さあな」
 オレがくってかかると、カエルはしれっとした顔ではぐらかした。
 ……からかってる。絶対、オレのことからかって面白がってる。
 別にそんなつもりで残るなんて言ったんじゃないってのに。
 そりゃあ、責任感とか、義務感とか。そういうのだけが理由でもないけど……。

   ***

 まあ、そんなわけで、話は冒頭につながるわけだ。

「寒くない? 毛布、もう一枚掛けようか」
「ううん、平気」
 小さく首を振り、マールはポツリと呟いた。
「……みんな、大丈夫かな」
「何が?」
「一度倒した相手っていっても、楽に勝てたわけじゃないでしょ? やっぱり、クロノも行った方が……」
「なんだ、そういうことか」
 オレはちょっと笑って答えた。
「大丈夫だって。治癒ならカエルもロボもできるし、それに、前に戦った時にはいなかったエイラが加わってるんだしさ。エイラの強さなら、マールだってよくわかってるだろ?」
「うん……」
「だから、きっと心配いらないよ。みんなのこと信頼して待ってればいいさ。な!」
 軽く元気づけるように言うと、マールはじっとオレの目を覗き込んだ。ちょっと驚いたような顔。
「え……なに? どうかした?」
「クロノの言葉って、魔法みたいだね」
 言って、にこっと微笑む。
「いつもモヤモヤした気持ちを吹き飛ばして、心の中に晴れを呼んでくれるの。まるで光の魔法みたい」
 ―― オレは返す言葉がなかった。
 照れくさくて頬が熱くなるのがわかる。
 だから。
「あ……あのさ、オレ、頭冷やす布、借りてくるから」
 回れ右して、オレは、逃げるように部屋を飛び出した。


 宿屋の主人に事情を話し、手ごろな布と洗面器を借りて部屋に戻る頃には、さすがに気持ちも落ち着いた。
 もう一方の手には、厚意で分けてもらった熱さましの薬草と水差しの入ったお盆。
「なあマール、これ、薬……」
 ベッドに近づいてみて、オレは言葉を切った。
 ……寝ちゃってる。
(ま、いいか)
 音を立てないように、お盆と洗面器を枕元のテーブルにそっと置いた。
 安心しきっているのか、マールの寝顔はずいぶんと無防備な感じがする。

 眠るお姫様、か……。
 そういえば、そんなおとぎ話があったな。
『眠れる森の美女』だったっけ。
 悪い魔女に永遠の眠りの呪いをかけられてしまったお姫様の話。
 でも、最後には目覚めることができるんだよな。確か、王子様のキスで ――

 ……。
 ………。
 …………キス、で…………。

 ―― って、何考えてるんだよ、オレは!!

 マールの唇につい目が行ってしまって、オレは慌てて頭を振った。
 おさまったはずの頬の火照りがぶり返す。
 
 あれはただのお話だろ?
 それに大体、マールは風邪で寝てるだけじゃないか!
 まったく、どうかしてるよ。バカバカしい。

 ……なんて、思う気持ちとは裏腹に。
 気づいたら、視線はまたそちらへ向いている。
 枕にほどけた髪を広げて、長いまつげを伏せて眠ってるマールは、本当に、物語に出てくるお姫様みたいに綺麗で……まるで、目が磁石のようにひきつけられて、逸らせない。
(よく寝てる……よな)
 心の中で、悪魔のような囁きが聞こえた。

『ヤッチャエヨ』
『邪魔者ハイナインダカラサ、今ダッタラバレナイッテ』

(で、でも……ダメだろ、やっぱり。そんな、寝てる時に勝手に、なんて……)
 
 そうだよ。いくらなんでもそんなの間違ってる。
 バレるとかバレないとか、そういう問題じゃないんだ。

『コンナチャンス滅多ニナイゾ』

(だから、そういう問題じゃ)

『ナイッテ? 本当ニソウ思ッテルノカ? ソレデ良イノカ』

(う……)

『良クナイダロウ?』

(うん………)

『ソレナラ ―― 』
 
 小さく喉が鳴った。
 心臓の音がやかましいぐらいに耳の底で響いてる。
 とがめる気持ちと、悪甘い楽しさで頭の中をグルグルさせながら、オレはベッドの横に体をかがめて、マールの顔に、顔を近づけた。

 ―― だけど、鼻先が触れ合うほど顔を寄せた、その瞬間。

「……クロノ?」
 マールが目を開けた。
「わ、わああああっ!?」
 それはあまりに不意打ちすぎて、オレは思わず大声を上げて飛びのいていた。
 足がもつれ、見事なまでにひっくり返る。
「イテテ……」
「大丈夫?」
 マールが身体を起こして、心配そうに言う。
「でも、そんなに慌ててどうしたの? それに、今、なんで……」
 全身から血の気が引く感覚ってのは、こういうことだろうと思った。
 まさか正直に答えられるわけがない。
「あ、あの……」
 ぶつけた腰の痛みも忘れて、オレは必死に言い訳を考える。
 何かないか。何か。―― そうだ!
「えっと、額をくっつけて熱計ろうと思ったんだけどさ。急にマールが目を覚ましたから、びっくりして」
 かなり苦しい言い訳かもしれないとは思ったものの、これ以上のものは思いつかない。
 でも、マールはどうやらそれで納得してくれたようだった。
「そうなんだ。ごめんね、驚かせちゃって」
 その言葉に、オレは後ろめたさと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 ……謝らなきゃいけないのは、こっちの方なのに。
「熱、高いのかな?」
 マールは、オレのそんな内心には全然気づく様子もなく、自分のおでこに手を当てた。
「んー…。やっぱり、自分じゃよくわかんないや。ね、クロノ、計ってくれる?」
「え……う、うん」
 と、うなずいてはみたけれど。
 何せさっきの今だったから、どうにも顔を近づけにくい。
 ついまごまごしてマールを見つめていたら、
「どうかした? 私の顔に何か付いてる?」
 なんて訊かれてしまった。
「いや、そういうわけじゃ……ないんだけど……」
 口ごもるオレに、マールが首を傾げる。
(えーい、もう、さっきのことは忘れろ!!)
 無理やり頭の中から記憶を追い払い、固く目をつぶって、オレは、マールに額を触れた。

 そうしたら、いきなり口元で柔らかな感触がした。
 ……唇の、感触が……
(え……)
 オレは目を丸くして、固まった。
 ただぼんやりと、マールの顔が離れるのを見守る。
「……マール……今、の……」
「イヤだった?」
 表情を曇らせるマールに、オレは焦って首を横に振った。
「ち、違う、そうじゃなくてその……どうして」

 マールは水色の瞳をいたずらっぽくきらめかせた。
「すぐ届くところにいるのを見たら、なんとなく、そうしたくなったの」
 そう言って笑う彼女はあどけなくて、小さな子供みたいだった。


 ―― その時、オレは思った。
 多分、ずっと。
 ……もしかしたら、一生。
 どんなに頑張ったって、この天真爛漫な王女様に、オレは絶対敵いっこないんだろうな……と。


 −END−



<オマケのあとがき>

(1)同人誌での書き下ろしでした。阿呆だー! ものごっつい阿呆だー!!(クロノも書いてる人間も) ホント、つくづくベタな話が好きなんですねー自分……。ちなみに、47001HITのキリ番絵のコメントで触れた話がこれです。タイトルは「風邪で倒れたマール」と「マールに(精神的に)ノックアウトされてるクロノ」のダブルミーニング。西脇唯さんの曲タイトルを拝借しました。

(2)内容的には「SWEET〜」「To My〜」の併せ技、といった感じ。既にこの話思いついたきっかけ忘れてます。何だったっけなー、たぶん看病ネタが書きたかったんじゃないかと思うんですが。(その昔、DBの悟空×チチでもこの手の話を途中まで書いたような記憶がある…)

(3)サイトに上げるにあたって、クロノ一人称から三人称形式に書き直そうかな…とちょっと考えたんですが、面倒くさいのでクロノの内心の葛藤が中心なので、結局そのままです。ノリは完全に少女小説。



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