|
「それじゃ、しっかり看病しなさいよ、クロノ!」 宿の部屋のドアをくぐりながら、ルッカがオレに向かって指を突きつけてきた。 「わかってるって」 いつもながらの念押しに、少しばかりうんざりして答える。 「それよりほら、カエルたちが待ってるだろ? さっさと行ってやれよ」 まだ言い足りなそうな様子のルッカを、半ば無理やり押しやって扉を閉める。 ドアの向こうからしばらく何か文句らしきものが聞こえたけど、やがてそれも止んで、足音が遠ざかっていった。 「まったく、口うるさいんだから」 思わず愚痴ると、窓際のベッドでクスクス笑う声がした。 「面倒見いいのよ、ルッカは」 寝返りを打って、マールは熱で少し潤んだ瞳をオレに向けた。 ここは、中世・トルースの宿屋の一室。 さっき、ルッカが「看病しなさい」って言ってた通り、オレは、風邪で寝込んだマールの付き添いでこの宿に残ることになった。 というのも、そもそもマールが風邪をひいたのもオレに原因があったからで……。 昨日、みんなが教えてくれた話によれば、オレはどうやら昨日まで『死んでしまっていた』らしい。 らしい、ってのは、オレ自身にはそんな『死んでいた』記憶なんてなかったからだ。 それはまあ、当然といえば当然のことなんだけど。 でも、古代でラヴォスに突っ込んでいって、真っ白い閃光が目の前いっぱいに爆発して ―― その瞬間、「もうダメだ」と思ったのは、よく覚えてる。 なのにオレがこうして生きているのは、マールたちが、まさにその消滅させられる時へと遡り、オレを救い出してくれたからに他ならない。 それで、そうするためには『死の山』って場所の力を借りなきゃならなかったという話で。 ただ、その『死の山』は、あの荒れ果てて澱んだ空気の漂ってる未来世界にあって、しかも四六時中ひどく吹雪いているような所だった。……もっとも、オレが意識を取り戻した時にいた頂上では違ったみたいだけど。 ともかく、そんな吹きっさらしの中、強行軍で人一倍頑張ったせいなんだと思う(「きっと疲れもあったんだろう」とみんなは口をそろえた)。 今朝になったら、マールは熱を出して倒れてしまったんだ。 *** 「私、ひとりでも大丈夫だよ」 マールがベッドにふせったまま言った。 「宿の人だっているんだし。だからみんな、気にしないで行ってきて。あの人たちのこと、ほっとくわけにいかないでしょ?」 あの人たち、というのは魔王配下の三魔騎士……ビネガーたちのことだ。噂では、魔王城陥落後もちゃっかり落ち延びて、また悪だくみしてるらしい。それで、今日はその隠れ家に向かおうって話だったんだけど…… 「そんなワケにはいきマセンヨ」 そう答えたのは、パーティ一の気配り名人、ロボだ。 「ロボの言う通りだよ」 その言葉を受けて、オレもうなずいた。 「ほっとくわけにいかないって言うなら、マールのことだってそうだろ?」 「確かに、奴らの動きは気になるし、そのままにしちゃおけないが」 空いたベッドに腰掛けて、カエルが言った。 「だからといって、病人をひとり置き去りにしていくってのもちょっとな」 「でも……」 なおも気遣わしそうに眉をひそめるマールに、 「心配ない、ゆっくり休め! 心配、カラダに毒!」 心配事とはいかにも無縁そうなエイラが言う。 「そうそう。疲れてるんだしね。……だけど、そうね」 ルッカが腰に手を当てて、全員を見回した。 「みんなで残る必要はないわね。こんなふうに、近くで大勢騒いでたら、マールだってゆっくり休めないじゃない。一人かせいぜい二人、看病に残れば充分だわ」 「…………」 実にもっともな意見に、オレたちは思わず苦笑いした。 「デハ、誰が残りマショウカ」 「そうね……」 考え込もうとしたルッカを遮って。 「あ……オレ! オレが残るよ」 オレは迷わず名乗りを上げた。 みんなの視線がいっせいにこちらに集中するのに構わず、オレはさらに言葉を付け加えた。 「マールが風邪をひいたのって、言ってみればオレのせいだろ。だから、オレが責任もって看病するよ」 「そんな、クロノのせいなんかじゃ……」 マールが慌てた様子で起き上がって、小さなクシャミをする。 「ああ、ほら、寝てなさいってば」 ルッカはマールを促して毛布を掛け直してやると、オレの方にちらっと目を遣り、 「ま、クロノ本人がああ言ってるんだからさ。お言葉に甘えたら? マール」 「ん……」 曖昧に毛布に顔を埋める、マール。 ルッカはそれを肯定とみなしたみたいだった。 「さて、じゃあ私たちは行きましょうか」 「そうデスネ」 「おう! 隠れ家、乗り込む!!」 ロボとエイラが同意し、 「だな」 カエルもベッドから立ち上がった。 「邪魔者はさっさと退散した方がいいだろ? なあ、色男」 オレを見て、意味深な笑いを浮かべる。 「な……何が言いたいんだよ!」 「さあな」 オレがくってかかると、カエルはしれっとした顔ではぐらかした。 ……からかってる。絶対、オレのことからかって面白がってる。 別にそんなつもりで残るなんて言ったんじゃないってのに。 そりゃあ、責任感とか、義務感とか。そういうのだけが理由でもないけど……。 *** まあ、そんなわけで、話は冒頭につながるわけだ。 「寒くない? 毛布、もう一枚掛けようか」 「ううん、平気」 小さく首を振り、マールはポツリと呟いた。 「……みんな、大丈夫かな」 「何が?」 「一度倒した相手っていっても、楽に勝てたわけじゃないでしょ? やっぱり、クロノも行った方が……」 「なんだ、そういうことか」 オレはちょっと笑って答えた。 「大丈夫だって。治癒ならカエルもロボもできるし、それに、前に戦った時にはいなかったエイラが加わってるんだしさ。エイラの強さなら、マールだってよくわかってるだろ?」 「うん……」 「だから、きっと心配いらないよ。みんなのこと信頼して待ってればいいさ。な!」 軽く元気づけるように言うと、マールはじっとオレの目を覗き込んだ。ちょっと驚いたような顔。 「え……なに? どうかした?」 「クロノの言葉って、魔法みたいだね」 言って、にこっと微笑む。 「いつもモヤモヤした気持ちを吹き飛ばして、心の中に晴れを呼んでくれるの。まるで光の魔法みたい」 ―― オレは返す言葉がなかった。 照れくさくて頬が熱くなるのがわかる。 だから。 「あ……あのさ、オレ、頭冷やす布、借りてくるから」 回れ右して、オレは、逃げるように部屋を飛び出した。 宿屋の主人に事情を話し、手ごろな布と洗面器を借りて部屋に戻る頃には、さすがに気持ちも落ち着いた。 もう一方の手には、厚意で分けてもらった熱さましの薬草と水差しの入ったお盆。 「なあマール、これ、薬……」 ベッドに近づいてみて、オレは言葉を切った。 ……寝ちゃってる。 (ま、いいか) 音を立てないように、お盆と洗面器を枕元のテーブルにそっと置いた。 安心しきっているのか、マールの寝顔はずいぶんと無防備な感じがする。 眠るお姫様、か……。 そういえば、そんなおとぎ話があったな。 『眠れる森の美女』だったっけ。 悪い魔女に永遠の眠りの呪いをかけられてしまったお姫様の話。 でも、最後には目覚めることができるんだよな。確か、王子様のキスで ―― ……。 ………。 …………キス、で…………。 ―― って、何考えてるんだよ、オレは!! マールの唇につい目が行ってしまって、オレは慌てて頭を振った。 おさまったはずの頬の火照りがぶり返す。 あれはただのお話だろ? それに大体、マールは風邪で寝てるだけじゃないか! まったく、どうかしてるよ。バカバカしい。 ……なんて、思う気持ちとは裏腹に。 気づいたら、視線はまたそちらへ向いている。 枕にほどけた髪を広げて、長いまつげを伏せて眠ってるマールは、本当に、物語に出てくるお姫様みたいに綺麗で……まるで、目が磁石のようにひきつけられて、逸らせない。 (よく寝てる……よな) 心の中で、悪魔のような囁きが聞こえた。 『ヤッチャエヨ』 『邪魔者ハイナインダカラサ、今ダッタラバレナイッテ』 (で、でも……ダメだろ、やっぱり。そんな、寝てる時に勝手に、なんて……) そうだよ。いくらなんでもそんなの間違ってる。 バレるとかバレないとか、そういう問題じゃないんだ。 『コンナチャンス滅多ニナイゾ』 (だから、そういう問題じゃ) 『ナイッテ? 本当ニソウ思ッテルノカ? ソレデ良イノカ』 (う……) 『良クナイダロウ?』 (うん………) 『ソレナラ ―― 』 小さく喉が鳴った。 心臓の音がやかましいぐらいに耳の底で響いてる。 とがめる気持ちと、悪甘い楽しさで頭の中をグルグルさせながら、オレはベッドの横に体をかがめて、マールの顔に、顔を近づけた。 ―― だけど、鼻先が触れ合うほど顔を寄せた、その瞬間。 「……クロノ?」 マールが目を開けた。 「わ、わああああっ!?」 それはあまりに不意打ちすぎて、オレは思わず大声を上げて飛びのいていた。 足がもつれ、見事なまでにひっくり返る。 「イテテ……」 「大丈夫?」 マールが身体を起こして、心配そうに言う。 「でも、そんなに慌ててどうしたの? それに、今、なんで……」 全身から血の気が引く感覚ってのは、こういうことだろうと思った。 まさか正直に答えられるわけがない。 「あ、あの……」 ぶつけた腰の痛みも忘れて、オレは必死に言い訳を考える。 何かないか。何か。―― そうだ! 「えっと、額をくっつけて熱計ろうと思ったんだけどさ。急にマールが目を覚ましたから、びっくりして」 かなり苦しい言い訳かもしれないとは思ったものの、これ以上のものは思いつかない。 でも、マールはどうやらそれで納得してくれたようだった。 「そうなんだ。ごめんね、驚かせちゃって」 その言葉に、オレは後ろめたさと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 ……謝らなきゃいけないのは、こっちの方なのに。 「熱、高いのかな?」 マールは、オレのそんな内心には全然気づく様子もなく、自分のおでこに手を当てた。 「んー…。やっぱり、自分じゃよくわかんないや。ね、クロノ、計ってくれる?」 「え……う、うん」 と、うなずいてはみたけれど。 何せさっきの今だったから、どうにも顔を近づけにくい。 ついまごまごしてマールを見つめていたら、 「どうかした? 私の顔に何か付いてる?」 なんて訊かれてしまった。 「いや、そういうわけじゃ……ないんだけど……」 口ごもるオレに、マールが首を傾げる。 (えーい、もう、さっきのことは忘れろ!!) 無理やり頭の中から記憶を追い払い、固く目をつぶって、オレは、マールに額を触れた。 そうしたら、いきなり口元で柔らかな感触がした。 ……唇の、感触が…… (え……) オレは目を丸くして、固まった。 ただぼんやりと、マールの顔が離れるのを見守る。 「……マール……今、の……」 「イヤだった?」 表情を曇らせるマールに、オレは焦って首を横に振った。 「ち、違う、そうじゃなくてその……どうして」 マールは水色の瞳をいたずらっぽくきらめかせた。 「すぐ届くところにいるのを見たら、なんとなく、そうしたくなったの」 そう言って笑う彼女はあどけなくて、小さな子供みたいだった。 ―― その時、オレは思った。 多分、ずっと。 ……もしかしたら、一生。 どんなに頑張ったって、この天真爛漫な王女様に、オレは絶対敵いっこないんだろうな……と。 −END− |
|
<オマケのあとがき> (1)同人誌での書き下ろしでした。阿呆だー! ものごっつい阿呆だー!!(クロノも書いてる人間も) ホント、つくづくベタな話が好きなんですねー自分……。ちなみに、47001HITのキリ番絵のコメントで触れた話がこれです。タイトルは「風邪で倒れたマール」と「マールに(精神的に)ノックアウトされてるクロノ」のダブルミーニング。西脇唯さんの曲タイトルを拝借しました。 (2)内容的には「SWEET〜」と「To My〜」の併せ技、といった感じ。既にこの話思いついたきっかけ忘れてます。何だったっけなー、たぶん看病ネタが書きたかったんじゃないかと思うんですが。(その昔、DBの悟空×チチでもこの手の話を途中まで書いたような記憶がある…) (3)サイトに上げるにあたって、クロノ一人称から三人称形式に書き直そうかな…とちょっと考えたんですが、 <<<小説目次 <<<クロノトリガー目次 <<<TOP |