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時を渡る翼、シルバードを駆り、クロノたちは王国暦六〇〇年のパレポリ村に飛んだ。 件の古道具屋に直行し、マールを連れて腕輪を見せたところ、幸運なことに店主は入手先を覚えていて、教えてくれた。サンドリノの村で仕入れたとのことだ。いくつかまとめて品物を買い入れた中のひとつだったから、さすがに元の持ち主を特定することまではできないが、と店主は答えた。 ただ、それでどうやら解決する糸口の端っこぐらいはつかめたようだ。サンドリノと耳にして、マールもどこか思い当たる節があったらしい。行ってみたいですと言い出した。 こうして彼らはサンドリノの村にやってきた。 サンドリノは村としては規模が大きく、賑やかな場所である。大陸間の交流の要であるゼナンの橋を間近に臨むこの村は、魔王軍との長き戦いが終結した恩恵を色濃く得ている地のひとつだった。―― もっとも、当の魔王は世間にあまり顔を知られていないためか、ここに滞在しても騒ぎになったりはしないのであるが。 村の住人や商人、旅人などが混ざり行きかい、ざわめきの溢れる大通りを、クロノたちはおのぼりさんよろしくあちこち眺め回しながら歩く。どこに手がかりになるようなものが転がっているかはわからないのである。 「こりゃ、手がかりを見つけるのは相当厄介なんじゃないか?」 カエルが難しげに唸る。 「まあ……この村は特に大きいしね」 ルッカも、よりによって、とげんなりしているようだった。 他の、もっと小ぢんまりした村だったならば、くまなく調べていくのもそれほど苦にはならなかっただろう。だが、ここは中世有数の経済地だ。人の往来も建物の数も、現代ほどではないにせよ、決して少なくはない。そんな中で何かもわからないものを探そうとするのは、砂浜に落とした指輪を探すのにも似ている。 「それでも、探すしかないだろ。この村に何かあるかもしれないってわかっただけでも、ラッキーだったと思わないと」 ぼやく二人をクロノは叱咤し、それからマールに目を移した。 「マール。何か思い出せそうなことはないか?」 彼女を『マール』と呼ぶのは本来適切ではないだろうが、名前も思い出せないのでは会話にも不便なので、そう呼んでいいかと本人に尋ね、了承をもらったのだった。 マールは首を横に振り、 「いえ……まだ、何も」 「そうか……」 「店に入って、人に尋ねてみてはどうデショウ?」 ロボが提案してきた。 「そっか。こうして当てもなくただ無闇にうろつくより、そっちの方が効率もいいわね」 「そうだな」 ルッカに同意し、カエルもうなずく。 「食堂や酒場なんかは特に、情報も集まりやすい。うまくいけば、その腕輪の持ち主に関わってる人間が誰か見つかるかもしれん」 しらみつぶしになるのは間違いないが、わずかに方向性が見えたことで、志気も上がる。 クロノたちは、一軒一軒、丹念に聞き込みを始めた。 結局その日は収穫らしい収穫はなく、一行は宿をとることにした。 足を棒にした甲斐もなく、疲れでくたくたになって、クロノは男性陣の部屋で自分に割り振られたベッドへと潜り込んだ。 既に明かりは消され、仲間の寝息が闇に響いている。 と言っても、カエルや魔王はともかく、ロボは眠る必要はない気がするのだが、何でも『スリープモード』だとかで、自分の意思で人間と同じように休息をとることも可能らしい。機械にだって休息は必要なのよ、とはルッカの言である。 真っ暗な天井を見上げながら、クロノはぼんやり思考の波に漂う。 疲れているのに、不思議と眠気が降りてこない。目がやけに冴えてしまっていて、益体もない考えばかりが浮かんでくる。 もしも、完全に的外れで、この村は何も関係なかったとしたら。 もしも、ずっと手がかりが見つからないままだったとしたら。 もしも、……マールがこのまま、元に戻らなかったとしたら。 オレは……。 ぶるりと身震いし、不快なその想像を追い払う。 ―― きっと手がかりは見つかる。絶対にマールを元に戻してみせる。 きつく目を閉じ、すぐに見開く。 ……どうにも眠れそうにない。 明日が辛いかもしれないが、少し夜風にでも当たって気分を変えた方が良さそうだ。 毛布をはねのけ、手探りでランプをつかみ、部屋を出る。上着は羽織っておらず、寝る時そのままのアンダーシャツにズボンといういでたちだが、そう寒くはないだろう。 廊下にかかげられている燭台のささやかな明かりを頼りにランプを灯し、クロノは宿の外に出た。夜のひんやりした匂いが鼻を通り抜けていく。 玄関の軒先に腰を下ろし、空を見上げた。黒々とした空は薄く伸び広がった雲に覆い隠され、星の光は見えない。まるで今のオレの状況みたいだ、と思い、どこまでも後ろ向きになっている自分に気づく。 (オレらしくもないな……) 髪を掻き、苦笑する。 ―― やってみなければわからない。 ―― どんなに小さくても、希望が全くないわけじゃない。 そんなふうに、絶望と無気力に沈む未来の人々を元気づけようとしたのは、他でもない自分だった。 ふと、その時の記憶が連鎖してよみがえる。 未来の人々へ向けた、マールの『がんばって』という言葉が、胸の奥で自分へのエールにもなっているような気がした。 ……と。 「……クロノ、さん?」 唐突に声をかけられた。 そんなに周囲に気づかないほど思いにふけっていたのかと、むしろ自分自身に対して驚きながら振り向く。 いつのまにかそこに立っていたのは、マールだった。彼女はもともと外に出てくるつもりでいたのか、夜着には着替えておらず、普段着のままだ。腕には当然のように、銀の腕輪が輝いていた。 「クロノさん、ですよね。違いました?」 「いや……クロノでいいよ。『さん』はいらない」 クロノは力無い笑いになっているだろうな、と自覚しながら微笑んだ。 我ながら情けないと思っても、マールにどう接していいのか戸惑う。 慣れない呼び方を変えてもらったところで、『彼女』はマールでありながら決してマールその人ではないのである。 「隣、いいですか?」 その態度を、敬遠と思ったのかもしれない。マールは控えめに申し出てきた。 「ああ……構わないけど」 応じると、マールはほっとしたように横に腰かけた。 二人の間に、しばしの沈黙が落ちる。 「……あの……質問しても構いませんか」 おずおずと、マールが尋ねた。 「オレで答えられることなら……」 「……じゃあ、訊きます。―― どうしてあなたは、そんなに一生懸命になってるんですか?」 クロノは目を瞬かせた。 「何が?」 「私の……いえ、この『マール』という子のために、です」 手のひらを首元に当て、マールは自分自身を示した。 クロノは何と答えていいかわからず、躊躇した。意図がつかめない。 マールはさらに言葉を重ねた。 「ごめんなさい。気に障ったなら謝ります。でも……なんだか、あなたはこう……ひたむきで、他の人たちよりも切実にどうにかしようと頑張っているような、そんなふうに見えるんです。そのことが、不思議だったので……」 クロノは顔をそらし、再び空を見上げた。 「そう……だな。そんなふうに見えるんだとしたら……それは、オレのせいでこうなったからかな。……オレの言い方も気に障ったらごめんな。きみだって、何も好きで未練か何かを残したんじゃないだろうし。でも、その身体や心は、マールのものなんだ。だから、元に戻ってほしい。元に戻したい。そう思ってる」 「本当に、それだけ……ですか?」 「……本当に?」 「事情はよくわかりませんが、こうなったのがあなたのせいだとして、その責任を感じてということですよね。だけど、他にも何か理由を隠していませんか?」 記憶がなく、しがらみを感じていないためだろうか。マールは ―― 『彼女』は、ずばりと本質に切り込んだ言葉をぶつけてくる。 射すくめるようなまっすぐさと、真摯で純粋な疑問に気圧され、クロノは、今までマール自身にも明確に伝えていなかった気持ちを、ぽつりと吐き出した。 「……好き、だから……だよ」 「それは、『マール』さんが……ですね」 マールの顔で、声で、『彼女』は言った。 「いいな……うらやましいです。そうやって想ってもらえる『マール』さんが……。…………」 後半はよく聞き取れなかった。『私なんて、あんなふうに』というようなことを呟いている気もしたが、不意に我に返ったような表情で、立ち上がる。 「私、部屋に戻ります。お邪魔しました」 「ああ、いや……おやすみ」 「おやすみなさい。クロノさん ―― クロノも、そろそろ部屋に戻った方がいいですよ。あんまりここにいたら、風邪をひいてしまうかも」 「そうだな。オレも、もう少ししたら戻るよ」 軽く手を振り、扉の向こうに消えていくマールを見送る。 『彼女』はマールではない。 それでも、胸にあった想いを吐露したことで、少し楽になった気分だった。 翌日も、同じように店を回り、聞き込みを続けた。一日ではさすがに完全に回りきることはできなかったからだ。 そうして、いったい何軒目の店だっただろうか。 昼下がりの、可愛らしいと形容したくなる小さな食堂。素朴な佇まいの、初老の夫妻が切り盛りしているらしき店で、それは起こった。 腕輪を見せ、見覚えはないか、何か知っていることはないか尋ねるという、この二日でほとんどルーチンワークとも化していることを繰り返そうとした時だった。 「あら? その腕輪……」 店の老夫婦のうち、妻の方が、訊こうとするより前に反応をみせたのだ。 「何か知っているんですか!?」 これまでずっと首を傾げられるか首を横に振られるかのどちらかばかりで、落胆するのも定例だっただけに、クロノは思わずかぶりつきかねない勢いで身を乗り出した。他の仲間たちも、程度の大小こそあれ、驚きを表している。 「ええ……私が知っているのと同じものかはわかりませんけど。でも、よく似て……」 そう言いかけて、老婦人は目を見張った。 「そちらのお嬢さん、どうなさったの?」 「え?」 振り向く。気がつけば、マールが横の何かに視線を固定させて、震える身体を自分で抱くようにしていた。 「マール!?」 「……あ……あああああ……!!」 呻き、崩れ落ちそうになるマールを、クロノはとっさに支えた。 彼女が見つめ続ける先には、大きな出窓があった。そこからは薄曇りの空と海と、小さな岬を見てとることができた。 「マール、大丈夫か!? どうしたんだ?」 「……思い、出した……。全部……」 「なんだって!?」 「クロノ……」 大きく息をついたかと思うと、マールはクロノの腕をしっかりと取って、真剣なまなざしを注いだ。 「二人だけで、話があるの。……ついてきて」 有無を言わせぬ迫力がそこにはあった。クロノはうなずき、手を引いて歩き出すマールに従った。 「……ど、どうなってるんだ?」 店を出て行く二人を見送り、カエルが唖然と呟いた。 「私にもよくわからないけど……」 ルッカは気を取り直し、同じようにぽかんとしている老婦人に向き直った。 「すみません、さっきの続き ―― あの腕輪のこと、教えて頂けませんか?」 >>> 命の別名 / 3 |