● かくも平和な朝 ●




「クロノ! ねえ、起きて。朝だよ」
 頭上から声が聞こえた。
 少し高めの、甘く耳をくすぐるような優しい響き。
 自室のベッドで毛布にくるまったまま、クロノはくぐもった唸りでそれに応えた。
「……んー……。朝……?」
「そう。朝ごはん、もうできてるよ」
 枕近くのカーテンを開け放ち、声の主 ―― マールは振り向いた。
 窓から入る朝日にも劣らない明るい笑顔が、彼を照らす。
 ぼやけた頭で、クロノは漠然と現状を反芻する。

 ……どうしてマールが家にいるんだ?
 それに、いつもだったら母さんが呼びに来て……

 そこまで考えて、彼はひとつの結論を導き出した。

 ああ、なんだ。夢か。
 そういえば、いつかもこんな夢を見た。
 その夢の中で、オレとマールは結婚していたんだったっけ。
 きっとこれは、その時の続きなんだろう。
 ―― だったら。

「えっ?」
 戸惑うマールに構わず、クロノは彼女の手をとって自分の方に引っ張った。
 寝起きで力の加減がつかめなかったせいか、マールはよろめいてベッドに倒れ込みそうになってしまった。
「危な……なに? いきなり……」
 クロノは彼女の柔らかな頬に片手を添え、そっと顔を近づけた。
「こうしてくれたら、起きる」
「クロノ……?」
「別にいいだろ。夫婦なんだから」
「ふ…夫婦? クロノ、いったい何の話を ――」
 言葉はそのまま途切れ、最後まで発せられなかった。

 べしっ。

 部屋の扉方向から鋭く飛来したブーツが、クロノの頭にクリーンヒットしたのである。
 互いの吐息を唇で感じとれるほど接近していた顔と顔が、問答無用で離される。

「朝っぱらから、なに発情してんのよ、あんたはッ!!」
 見事な命中精度で投擲を食らわせた何者かが、ドアの所に仁王立ちして怒鳴った。
「……へ? ル、ルッカ?」
 なんでルッカまでここに。
 その瞬間、ずっと蕩けるにまかせていた思考が、驚きと頭の痛みによってようやく明確な形を整えた。

 そうだ。昨日は久し振りに家に帰ってきたんだった。
 それで、城出中のマールはもちろん、ルッカも『たまには泊まっていきなさい』と母さんに勧められて。
 だから二人がここにいるのは当たり前の話なのだ。

 ……つまり。
 これは夢じゃなく、紛れもない現実。

 クロノは全身から一挙に血の気がひいていく感覚に襲われた。
 こうなると、眠気も寝ぼけもまとめて綺麗に吹き飛んでしまう。

「ご……ごごご、ごめん、マール! オレ、寝ぼけて夢と間違えて……!!」
 
 そして、寝台の上で土下座せんばかりに平謝りするクロノと、目の前の展開にただ呆気にとられるマールが部屋に残され ――

 階下に降りたルッカは、ジナに
『クロノは朝食いらないそうです』
 と、妙に底冷えのする声音で、淡々と伝えるのであった。


 −END−



<オマケのあとがき>

(1)人様への差し上げものの絵を描いていて、ふと思い浮かんだ話。もともと絵に添えるコメントを考えていて出来上がったものなので(つまりイラスト先行だった)、それで短文なのです。

(2)そして自己申告。某フルメタルパニック『わりとヒマな戦隊長の一日』の冒頭とモロにネタかぶってます。男女は逆ですけど。その話を元ネタに書き始めたわけじゃなかったんですが……気づいたらまるで一緒でした……。



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