● SWEET LOVELY MIDNIGHT ●




 夜の闇を割り、稲妻が部屋中を一瞬だけ真昼のように照らし出す。
 大粒の雨が激しく窓を叩く音と競合するように、雷鳴が地を走り、轟く。
 とある町、とある宿の一室 ―― クロノとカエルに割りふられた部屋の扉が遠慮がちにノックされたのは、そんな晩のことだった。
 外の騒がしさでかき消されかけたその音に気づいたのは、今まさにドア側のベッドへと潜り込もうとしていたクロノだ。
「……誰?」
 振り向いてベッドから降りる。
 その様子に、ランプの灯で剣の手入れをしていたカエルも手を留め、顔を上げた。
「ん? 何だ、誰か来たのか?」
「うん。今、確かノックが……ああ、やっぱりマールか」
 ドアを開けたクロノは音の主を納得顔で迎えた。
 今日はこの三人で行動していて、マールだけが別室だったのだから、訪ねてきたのが誰かなど大体予想がつくというものである。
 カエルは小さく肩をすくめ、作業に戻った。
「まぁ、そうだろうとは思ったけどな。で、どうしたって?」
「……何かあったのか?」
 言ってクロノは改めてマールを見、心配げな顔つきになった。
 多分もう眠るところだったのだろう、髪を解いて寝間着に着替えたマールは、枕を抱えてうつむくばかりだったからだ。
「本当にどうしたん…」
「………の」
「え?」
 か細い、弱々しい声が雨音の隙間に挟まる。
 クロノは身体を少しかがめて、マールの口元に耳を寄せた。
「ごめん、もう一回言って」
 マールは唇を軽く噛み、やがて思い切ったように口を開いた。
「……あの……雷が怖くて眠れないの」
「…………はぁ」
「だからね、その……こっちで一緒に寝てもいい……?」
「え、えええっ!?」
 目を丸くして叫ぶクロノに、カエルが顔をしかめた。手入れの終わった剣をベッド横に立てかけ、戸口にやって来る。
「おいクロノ、何を騒いでるんだ? 近所迷惑もいいところだぞ」
「あ、ごめん、けどマールが……」
「マールが何だって?」
「なんか……雷が怖いから、こっちで一緒に寝たいって」
「……は? こっちで?」
 怪訝な表情で中を指さすと、マールは大きくうなずいた。
 カエルは呆れたように、
「ま、本人がどうしてもって言うなら構わないんじゃないか?」
「うーん……まあ、そうだけどさ」
 クロノがぼさぼさと髪を掻く。
「しかし、一体どこに寝るつもりなんだ?」
 カエルは腕組みをして部屋を見渡した。
「こっちにベッドは二つしかねえから、俺かクロノと部屋を交替でもしなけりゃ…」
「ううん、そうじゃなくて」
 マールは首を振り、胸元に枕を抱きしめて言った。
「私、クロノと一緒のベッドで寝たいの」
 ぶっ、とクロノとカエルが同時に息を詰まらせ盛大に咳き込んだ。
「あ……あのさぁ、マール……」
「そ、それはいくら何でも……」
 二人は冷や汗を流しながら異口同音にマールをいさめようとした。
 だが。
「今日だけでいいの! 本当に、ほんの隅っこに置いてくれればいいから! ね……お願い……」
 まぶたいっぱいに涙を溜めて懇願する姿に、クロノもカエルも心底弱り切って顔を見合わせた。
 沈黙が落ち、雷雨の音が部屋に鳴り響く。その音に、マールはクロノのシャツの裾を子供のように握りしめて瞳を伏せた。
 ……やがて、あきらめのため息をもらしたのは、クロノだった。
「わかったよ。でも、今日だけな」
 その言葉に、パッとマールの表情が明るくなる。
「うん! ありがとうクロノ、大好き!!」
「…………。もう俺は知らんぞ」
 やれやれとカエルは首を振ると、自分のベッドの枕を手にして戸をくぐった。
「お、おい、どこ行く気だよカエル」
「マールのいた部屋だよ。俺はゆっくり眠りたいんでな」
「待てよ! それってどういう意味…」
「じゃあな。健闘を祈るぜ」
 後ろ手に手をひらひらと振ってみせ、カエルは隣室に消えてしまった。
 残されたのは耳まで真っ赤になったクロノと、不思議そうに目をぱちくりさせるマール。
「……変なカエル……別に移動しなくてもいいのに。ね、クロノ」
「……………」
 マールが無邪気に首を傾げるのを横目に、クロノは、人の気も知らないで、ともう一度大きなため息をついた。
(……理性もつかな、オレ)


「じゃ、明かり消すね」
 持参した枕を並べ終え、マールがベッドの端に腰かけたままランプに手を伸ばした。
 クロノが無言で逆端からベッドに入るのを見計らって、灯が消される。
 暗がりの中、ほんのすぐ隣に身体を滑り込ませる気配。
 安宿の狭い寝台では、互いにはじの方へ寄っていても、ともすれば相手に体が触れてしまう。クロノはそれでもなんとかくっつかずに済むように、マールに背を向けてベッドのへりのギリギリに身を縮こまらせた。
 外では変わらず嵐が激しく吹き荒れ続けている。
「外、すごいね」
 天井を見つめたまま、マールが言った。
「……ああ」
 顔だけちょっと振り向いて、クロノがぶっきらぼうにあいづちを打つ。
「だけど、不思議だわ」
 クスクスクス、とマールは楽しそうに笑った。
「一人だとあんなに怖かったのに、こうしてクロノのそばにいたら全然怖くない。すごく落ち着くの」
 こっちは逆に落ち着かないんだけどな、とクロノは心の中で呟いた。自分の鼓動が嵐の音よりもうるさく感じられて仕方ない。
 マールのことを変に意識しなければ良いとわかってはいるのだが、そう考えれば考えるほど、身動きした時に伝わってくる微かな振動や、時折ふわりと漂う花のような甘い匂いといったごく些細なことが、なおさら気になってしまうのである。
 しかし、あいにくマールは一向にそんな彼の葛藤には気づかなかった。
「……なんだか、昔のこと思い出しちゃうな」
「昔のこと?」
「うん……。母様が生きていた頃のことなんだけどね。眠れない夜、やっぱりこんな風に一緒のベッドで寝たの」
 寝返りを打ち、マールはクロノの方を向いた。
「夜中に目を覚ましてしまっても、すぐ隣には母様がいて、一人じゃないんだって安心できて……。私、その感じがすごく好きだった。もちろん、クロノと母様が同じだなんて思ってないわ。でも」
「でも?」
 クロノが問うと、マールはそっと彼の背に頭をもたせかけ、瞳を閉じた。
 瞬間、クロノがぎくりと身体をすくませ硬直する。
「でも、あったかくて優しいところは一緒……。きっと、だから落ち着くのね……」
 仔猫がなつくように囁いて、マールはそれきり黙り込んだ。
(眠っちゃったのか……?)
 伝わる温もりに一層早さを増した動悸を感じながら、クロノがそう思いかけた時。
「……ずっとそばにいてね」
 まどろみに身をゆだねて呟く言葉を、彼は聴いた。
「もう二度と、いなくなっちゃイヤだよ……クロノ……」

(…………!)

 鮮烈に蘇る死の山の記憶。
 自分の胸の中、華奢な肩を震わせたマール。
 その儚いほどの小ささを思い出した瞬間、まるで心臓をわしづかまれたような感覚が身体中を走り抜けて。
 気づいた時には、抱きしめそうになっていた。
 だが、クロノはその強い衝動を危ういところで抑えつけた。
 抱きしめたら、そのまま歯止めが効かなくなるに違いなかった。……それが怖かったのだ。
 ゆっくりと体を起こし、大きく息をつく。
「……。……おやすみ、マール」
 安らかな寝息をたてるマールに、痛いような微笑を浮かべて呟き、クロノは再び彼女に背を向けて目を瞑った。
 眠りはなかなか訪れてくれそうになかった。


 翌朝、雨はすっかり上がっていた。
 少しひんやりとした清涼な空気が、冴え冴えと辺り一帯を満たしている。
 雨粒を宿した木々はみずみずしい緑に輝き、空は抜けるように透き通って青い。
「うわあ……気持ちいい!」
 宿から真っ先に外へ出たマールは、天を仰いで瞳を細めた。
「さ、行こうよ二人とも!」
 続いて出てきたクロノとカエルに元気いっぱい振り返って、歩き出す。
「おう」
 カエルが荷物を背負い直して応えた。その横で、クロノが陽の光の眩しさに目をしばしばとさせて、大きなあくびをする。結局、ほとんど一睡もしないうちに夜が明けてしまったのだ。
「その調子だと」
 カエルがからかうような口調で言った。
「どうやら、何もなかったみたいだな」
「なっ……あ、あ、当たり前だろッ!!」
 クロノは顔に血を昇らせ、噛みつかんばかりの勢いで叫んだ。
 そりゃ、危ないところではあったけど、と内心付け加えて。
「ねえ、何が当たり前なの?」
 マールが後ろ歩きしながら尋ねた。クロノは慌てて大きく首を振り、
「いやあの、何でもないって。こっちの話!」
「ふーん」
 さして疑問に思った様子もなく、マールはうなずいた。
 カエルが笑いを噛み殺し、クロノから非難の視線を浴びる。
 爽やかな空気にそぐわないふくれっ面でクロノは歩を進めた。

 クロノにとっての嵐の一夜は、こんなふうに朝を迎えたのだった。


 −END−



<オマケのあとがき>

(1)裏ページに置いてある某小説の、本来の話です。そちらをご存知の方は、見比べてみるのもまた一興かと。…と言っても、前半部分は表も裏も一緒なんですけど。

(2)確か、悟チチの同人誌読んでる時にふと思いついた話だった気がします。クロノに限らず、なぜか同ジャンルよりも他ジャンルの作品見てる時の方がネタが浮かびやすいのでした…(ツボにくる話があると「この話みたいなノリをあのカプに持ち込めないかなー」とか思うらしい)。丸パクにはならないよう、飽くまで考えるためのヒントにとどめているつもり…ですが;;



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