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最初にそれに気づいたのはルッカだった。 時の最果てにメンバー変更のため戻ってきた三人 ―― マール、ロボ、そして魔王を出迎えた折に、マールの左手の薬指に見慣れぬ指輪がはまっていることに気づいたのは。 「それってどうしたの? 確か、行く時には持ってなかったわよね」 そのリングを指さし、尋ねる。 彼女自身の髪色にも似た、淡めの金の指輪。シンプルな形で、多少古びた感はあったが、よくよく見ると細かな魔法文字が彫られ、小さな貴石がひとつ埋め込まれている。それなりの値打ちはありそうだった。 「キレイだな。拾ったか?」 エイラが手元を覗き込んだ。 「あ、これ?」 マールは手をかざし、指先を示した。 「これね、魔王がくれたの」 「えっ? 魔王が!?」 ルッカは思わず耳を疑い、聞き返した。およそ彼はそんな贈り物をするような性質ではない。 驚いたのはルッカのみならず、その場にいたクロノやカエルもだった。―― エイラだけはさして気にする様子もなかったが。 「行った先のダンジョン内で、魔王サンが見つけたのデス」 補足して答えたのは、当の魔王ではなくロボだった。 「……私には必要ない物だからな」 面白くもなさそうに魔王が言った。 それとは逆に、楽しげにマールが微笑む。 「この指輪、ちょっとした魔法がかかってるみたいなの。護符代わりの効力があるんだって」 「へぇ……」 ルッカは含みのある声音で感心した。 「それにしても、珍しい風の吹き回しよね」 「呪いでもかけてあるんじゃねえのか?」 厭味を飛ばしたのはカエルだ。 「用心した方がいいぜ、マール」 「自分がそうだから同じだとでも? ……浅薄な発想だな」 魔王が小さく鼻で笑った。それでカエルが黙っているはずもない。 「んだとぉ!? てめえの日頃の行いを考えてみやがれ! そもそも、誰のせいで俺がこんな姿になったと…」 そして、毎度お決まりの不毛な口論が始まった。処置なし、とルッカが肩をすくめる。 あまりにもこの手のぶつかり合いが日常茶飯なので、最近はよほどでない限りは誰も二人の間に介入しなくなっている。 そんな彼らはさておいて、マールがクロノに話しかけた。 「ね、クロノ。これ、可愛いでしょ?」 嬉しそうに指先をひらめかせる。 そうだな、という言葉を期待したのだが―― 「……オレはそういうの、よくわからないから」 そっけない答え。 どうしてか、あまり虫の居所が良くなさそうにも見える。 なんとなくそれ以上話しかけるのもためらわれて、マールは黙ってしまった。 いつの間にか一触即発で決闘を始めかねない状態になっていたカエルと魔王を引き離し、「今度はあんたが行ったら?」というルッカの鶴の一声により、カエルがマールやロボと共に出かけた後のこと。 「ご機嫌ななめね」 小さな子供をあやすような言い方で、ルッカはクロノの近くに寄り、声をかけた。どこか面白がっている風でもある。 「別に」 言葉と裏腹に、クロノは不機嫌そのものだった。 ルッカは笑いをこらえつつ、さらに問いかけた。 「気になる?」 クロノはわずかにそっぽを向いて、ふてくされた。 「オレは……オレには、マールが誰から何をもらおうが、関係ないし」 「私、マールのことだなんて一言も言ってないんだけど」 「………!」 口を滑らせたことに気づいて、クロノはカッと頬を染めた。これでは周囲からわかりやすい奴と評されるのも無理からぬ話だ。 とうとう可笑しさに耐えきれなくなり、ルッカはしてやったりとばかり、笑みを深くした。 「マール、あのリング、左手の薬指につけてたわよね」 「……それが何だよ」 「もう、相変わらず鈍いわねー。左の薬指といえば誓いの指輪、エンゲージリングじゃないの」 クロノは思いきり目を剥いた。 「エ、エンゲージリング!?」 「そうよ。……まあ、あの子のことだから、意識せずにつけてるのかもしれないけど―― って、クロノ!?」 言い終える間もなく、クロノは魔王の方に駆け出して詰め寄らんとしていた。 ……ちょっとからかいすぎたかしら。 ルッカはこっそり舌を出した。 「魔王っ!!」 普段であれば音が吸い込まれるような静穏の漂っている時の最果ての空間に、場違いなほどの大声が響いた。 だが、名を呼ばれた当人は、柵にゆるく背をもたせかけたまま、驚きも動揺する様子もなく、伏せていた瞳をちらりと面倒くさそうに声の主 ―― クロノに向けただけだった。 そういった態度はいつものことだとはいえ、今の状況と、身長差のせいで見下ろされる形になることも相まって、なおさらクロノの苛立ちに拍車をかけた。 「おまえ、一体どういうつもりなんだよ!」 「……何がだ?」 感情の見えない顔で返す魔王に、反比例した勢いでクロノは怒鳴る。 「だから! あの指輪……!」 「指輪? ああ、あれのことか」 くだらない、と言いたげに魔王は呟いた。 「さっきも言ったろう。私には必要のない物だから渡しただけだと」 「でも、それだったら、誰か他の奴に渡したっていいだろ!?」 「見つけた時に近くにいたのがあのマールとかいう娘だったからだ。……何を勘ぐっているのかは知らんが、他意はない」 低く静かな口調だったが、更なる追求は許さない雰囲気だった。 それに、筋は一応通っている。 クロノは渋々引き下がるしかなかった。 そんなことがあった数日後、夕食の終わった頃合。 クロノは宿屋のベッドで一人寝転がって、ぼんやり天井を見ていた。 今、行動しているパーティは他にマールとルッカの二人。彼女たちは隣の別室にいる。 あの後、マールたちが再び戻ってきてから組み分けを変更して、こうなったのだった。 魔王と同じ場所にいるのも気まずければ、彼とマールが一緒にいる状態もなんだか面白くない ―― 自分の目の届かない所なら、余計に。そのためクロノはマールと組むことにしたのだが、そこへ何故か「いろいろ心配だから」とついてきたのがルッカ、というわけである。 クロノ自身、わかってはいるのだ。子供じみた嫉妬だと。 きっと深読みするようなことは何もない。 そう思うのだが……。 実は、マール本人には未だ何も訊いていない。 怖くて、真意を確かめることができずにいる。 ―― もし。 もしも、自分の想像をぶつけて、肯定されてしまったら? そんなのバカバカしい考えだと一蹴するのには、到底自信が足りなかった。 何せ、自分は彼女の恋人でも何でもないのである。旅の仲間で、ただの友達。 憎からず想われているだろうことは間違いないのだが、それが自分自身の気持ちと重なるものだとは限らない。特にマールは人なつっこい上、誰に対しても頻繁に「好き」という言葉を使う。恋愛感情かどうかの判断がつきにくいのだ。 おまけに、こちらはそれさえ……好きだという一言さえ、彼女に伝えたためしがない。こうなると、そもそも問いかけてみる権利自体あるんだろうか、とも思えてくる。……完全に、泥沼の堂々めぐりだった。 どうやらマールはあの指輪を気に入っているらしく、あれ以来ずっと――左手の薬指に――はめたままだ。 かくて、クロノはこの数日、複雑な恨みがましさの混じったまなざしでちらちらとそれを盗み見る羽目に陥っていた。 と、ノック音がした。 「クロノ、ちょっといい?」 ドア向こうから聞こえたのは、マールの声だ。 ちょうど彼女のことを考えていたこともあり、クロノはドキリとして飛び起きた。 「あ、ああ。構わないけど」 慌てたことがわかってしまっただろうかと思いながら、返事をする。 そっと扉を開けて、マールが入ってきた。 「ごめんね。もしかして寝てた?」 ベッドの上のクロノを見て、彼女は言った。 「え? いや、そうじゃないけど……」 「そう、良かった」 背中に手を組んだまま、マールは微笑した。 「ねえ、そのままで、ちょっと目をつぶっててくれる?」 「……なんで?」 「いいからいいから。ほら、早く!」 気おされて、促されるままクロノは両目を閉じた。 そのとたん、すぐ間近にふわりと彼女の気配と匂いがして、クロノはどぎまぎしてしまった。 が、反射的に目を開こうとすると、 「だめ、まだ開けちゃ!」 マールが目ざとく注意する。 仕方なく、クロノは言われた通りにした。……心臓は跳ね上がりそうだったけれど。 「はい、いいよ」 ようやく許可をもらい、目を開けた。 すぐ前にはニコニコ顔のマール。 彼女の目線はクロノの胸元の辺りを示している。 「え……!? これって」 クロノはあごを引いて視線を落とし、呆気にとられた。 そこには例のあの指輪が細い鎖に通されて掛けられていたから。 「私がしてた指輪だけど、プレゼント」 マールがうなずいた。 「私でも左の薬指でちょうどいいぐらいだったから、クロノには小さいかなと思って。だから、鎖に通してみたの」 その言葉で、マールが単にサイズの問題で左手の薬指にしていたらしいことを窺えた。それに、こんな風に渡してきたということは、自分の心配はおそらく杞憂に過ぎなかったのだろう。 数日に渡って固執していたことが思いがけず解消されて、クロノは内心ホッとため息をついた。 だが、新たな疑問も湧いてくる。 「どうしてオレにこれを? ……気に入ってたんじゃないのか?」 後半の台詞は、それでも少しばかりの言いにくさがあった。 深い意味の有無に関わらず、好きな娘が他の男に贈られた物を気に入っているというのは、あまり愉快なことではない。 「うん……気に入ってたけど。でもクロノ、これ欲しかったんでしょ?」 「ええ!?」 思いも寄らない答えに、クロノの目は点になった。 ―― オレが、欲しがる? よりによってこの指輪を? どういう勘違いかと唖然としていると、マールは言葉を続けた。 「だって、ずっとこの指輪のこと見てたじゃない? 私といる時、いつも。だから、欲しいのかなって……違った?」 「あ……いや、それは……」 どう言っていいのかわからず、曖昧に濁す。 焼きもちで面白くないからつい見てしまったなんて、とても言えるはずがない。 クロノは微妙な笑いを顔に張りつかせるしかなかった。 「うん……ありがとう」 「ううん、どういたしまして!」 マールのその笑顔は屈託なく、クロノに喜んでもらえたら嬉しい ―― そう物語っていた。 クロノは申し訳なくなると同時に、ひどく情けないような気分になって、小さく謝った。 「……ごめんな」 「え? 何で謝るの? あ、私のことなら気にしなくていいよ」 「いや……とにかく、ごめん」 「……? 変なクロノ」 マールは不思議そうに首を傾げた。 ―― 一人で勝手に思い込んで、おかしな嫉妬して。 そんなオレで、ごめんな。 口には出さず、クロノは目の前の少女に呟くのだった。 −END− |
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<オマケのあとがき>
(1)元々はこの話、クロノとマールが仲違いするネタを書きたいと思ってずっと前に考えたものでした。で、その原因となる指輪を渡すのはカエルにするつもりで、クロノとマールの痴話ゲンカにカエルが巻き込まれるような話にしようと思ってたんですよね。でも、どーにも上手くまとまらなさそうだったので、頭に思い浮かべただけで終わりのボツネタだったのですが、カエルの役どころを魔王に変更したら何とかイケそうかなと考えてこうなったという。結局、ケンカ話じゃなくてジェラシー空回り話になってますけど。 (2)魔王様の真意はどうなのかという点については、読んで下さった方におまかせします。額面通りに受け取るも良し、深読みするも良し(…)。ただ、意図的にマールに指輪を渡したんだとすると、今度は魔王の立場がなくなるという説も。「他人に(しかも男に)やるなーッ!!」ですよね。ひどいやマール。…え? あ、ひどいのは私ですか。そうですか。 (3)自己設定だとクロノはこの時(も)服の下にマールから預かったペンダントをつけてるはずなんですけど、その上にさらにリングのペンダントってどうよ。と考えつつ書いてたというのは秘密です。(言ってます) (4)この話書いてる最中、頭に思い浮かぶのは中島みゆき『ジェラシー・ジェラシー』でした(いっそ小説タイトルそれにしようかと思ったぐらい)。「♪あの人に妙に近づきすぎる気がするの〜バカじゃないかしら♪」……うちのクロノは短編の数を重ねる度に阿呆っぷりにターボかかってる気がします……。 <<<小説目次 <<<クロノトリガー目次 <<<TOP |