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クロノが死の運命から救い出されたその日。 仲間たちは大きな喜びに沸き、心から再会を祝福した。 そして、時の賢者ハッシュの助言により、彼らはラヴォスに対抗する手だてを得るための旅を始めたのだった。 ……これは、その旅のさなか。死の山での救出劇から間もない、ある夕刻の一幕である。 *** 「稽古に付き合ってくれないか」 クロノが、剣の手入れをしていたカエルに向かって言った。カエルが顔を上げる。 宵の帳が落ちかけた森の中、野営の準備もあらかた済んだ後のことだ。 ロボとエイラは補充用の薪を集めに出かけ、傍らでは、赤々と揺らめく焚き火を前に、食事当番であるマールとルッカが支度のため忙しそうに動き回っている。やや離れた木の下、我関せず、といった風情で幹にもたれている魔王を別にすれば、それはこれまでにも何度となくあった風景だった。 だが、カエルは一瞬返事に躊躇した。クロノがいつになく沈んだ色の真摯な目をしていたからだ。 「……ダメかな」 その様子に、クロノが気落ちしたように呟いたが、 「いや、いいぜ。晩飯までだろう?」 カエルは剣をパチリと鞘におさめ、立ち上がった。 「ここじゃ少し狭いな。場所を変えるか」 クロノは無言でうなずいた。 連れだって野営場所を後にする二人に、ルッカが、 「ちょっとー、もう少ししたら出来るわよ?」 と声をかけ、マールが、 「二人とも、用意できるまでにちゃんと帰ってきてね!」 と見送った。 「ああ、わかってる」 カエルは軽く手を振って応じたが、クロノはまるで耳に届いていない様子で、急くような歩調で先に立って足を進めた。 (………?) 不審に思いながらも、カエルは後に続いた。 雑木の林立する隙間を縫ってしばらく行くと、そのうちに拓けた草地に出た。剣を振るうのにあつらえ向きな、充分な広さがある。二人は足を止めた。 「さて……。じゃあ、始めるか」 軽い準備運動で体を慣らし、カエルが剣を構えた。 再び何も言わずうなずき、同じく刀を構えるクロノ。 ―― 違和感。 カエルはますます訝った。 クロノはけして寡黙な性質ではない。快活で、むしろよく喋る方だと言っていい。 無論、こういった手合わせをする時には真剣味を帯びた顔つきになるし、軽口を叩くことも少ないが……しかし、それにしても普段とは明らかに違う。そう、まるで、何事か思い詰めているような―― 「……たっ!」 クロノが地を蹴り、刀が唸りを上げた。 ぎぃん、と金属が擦れる音。 迎え撃つ剣に刀はいとも容易く弾かれた。 クロノは唇を噛み、後ろに跳んだ。が、すぐさま間合いを詰め直し、二度、三度とがむしゃらなまでに腕を突き出す。 その攻撃のことごとくをかわし、あるいは受け流して、カエルは横薙ぎに剣を閃かせた。 「!」 危ういところでクロノは身を反らした。そのまま素早くとんぼ返りして体勢を立て直す。 その機を逃さずカエルが打ちかかる。 ぶつかり切り結ばれる刃。鍔迫り合い、打ち合うこと数度。 二人ほぼ同時に飛びのき、距離をとる。 「やあっ!!」 クロノは地面すれすれに鋭い斬撃を放った。 ……かまいたち! 真空が衝撃波となり、地を走った。 カエルは短く舌打ちし、横に避けた。そこへ、クロノが突進する。 大きく刀を振りかぶり―― (見せかけて、横か!) 瞬時に太刀筋を見切り、カエルは刃を剣で受け止めた。 クロノの腕の、わずかな切り返しの早さを、彼は見逃さなかったのだ。 そして、少年のその動きが意味するものは。 ―― 焦燥? 次の瞬間、カエルは一気に刀を打ち払い、弾き飛ばしていた。 鈴の音のような高い音が鳴り響いて、刀は宙を舞い、回転して地面に落ちる。 それを拾い上げようとしたクロノの首筋に、隙なくぴたりと切っ先があてがわれる。 クロノは奥歯を噛みしめ、伸ばした手を下ろした。 「―― 何があったんだ?」 カエルは剣をおさめ、尋ねた。 「おまえらしくもない。一体、何を焦っている?」 「……焦ってなんかいない」 押し殺すような声で呟き、クロノは刀を手に取った。 「別に何もないよ。それより、もう一度…」 「何が、あったんだ?」 さっきよりも強い調子で、カエルは言った。まっすぐにクロノの目を見据えて。 クロノは睨むように彼を見返した。 ……だが、やがて、ふっと瞳を伏せると、足を投げ出して座り込んだ。 「まったく……。敵わないよな、カエルには」 宙を仰ぎ、あきらめるような、自嘲的な表情を浮かべる。 「なんだか、全部見透かされてる気分になる」 「おまえはわかりやすい奴だからな」 カエルは口の端を少し枉げて笑った。 「……で、どうした?」 クロノはあぐらをかいてうつむいた。今なお話すことを迷うように、ためらいがちに口を開く。 「……魔王が」 言った瞬間、カエルの表情が険しくなる。だが、クロノはそのまま言葉を続けた。 「魔王が、言ったんだ。オレが死んだのは弱さのせいだって。……悔しいけど、何も言い返せなかった。本当のことだったから」 「………」 「あの時 ―― オレ、負けたくなかったんだ。あのまま何もせずに倒れたくなかった。あきらめたくなかった。みんなを見殺しになんて、絶対したくなかった。守りたい、って思ったんだ。……でも、結局できなくて。それどころか、みんなにたくさん迷惑かけて……。そんなの、もう嫌なんだよ」 地面についた両手を、クロノは強く握りしめた。 ざっ、と風が渡り、黄昏色の髪がなぶられて揺れる。 「オレはカエルみたいに選ばれた勇者じゃない。平和な時代の普通の家に生まれた子供で、特別な何かを持ってるわけでもない。守りたいなんて、思い上がりかもしれない。だけど……。だけど、だからって、そこであきらめるのはもっと嫌だ! ……だから、オレは」 「……クロノ」 カエルはクロノの前に片膝をつき、諭すように言った。 「おまえは弱くなどない」 「え?」 はじかれたようにクロノが顔を上げる。カエルはじっとクロノの目を見つめ、 「誰もが傷つき倒れた中、それでもただひとり立ち向かったおまえを、俺は弱いとは絶対に思わない。選ばれたの選ばれないのなんて、どうでもいいことだ。……それに、本当に弱い奴は、自分の強さによりかかっている奴だ。自分の弱さと真正面から向き合い、弱さを弱さとして認めているおまえは、既に強くなり始めている。そして、まだまだ強くなっていける。だから焦らなくていい」 「で、でも!」 「いいか、クロノ」 なおも言い募ろうとするクロノを制し、カエルは静かに語った。 「俺たちがおまえの身を案じた、それは事実だ。だがな、もしもそのことで負い目を感じてるとするなら、そいつは大きな間違いだと言っておくぜ。少なくとも俺は、迷惑だなんて思った覚えは一度もない。おそらくそれは他の皆も同じだろう。魔王の野郎はともかくとしてな。……俺たちは、俺たち自身がそうしたいと望んだから、行動したんだ。おまえは自分で思ってるよりずっと必要とされている人間なんだよ。自分では気づいてないだろうが、存在そのものが力になっているんだ」 「存在が、……力に……?」 不思議そうにポツリと呟くクロノに、カエルは力強くうなずいてみせた。 「そうだ。だからこそ、俺たちはおまえを助けるために立ち上がらずにはいられなかった。おまえが、俺たちのために立ち上がってくれたように、な」 きっぱりと、確信に満ちた声音で彼は言う。 「おまえの代わりは誰もできない。だが、ひとりで何でも背負い込むな。そんなこと誰も望んでやしない。おまえは独りきりで戦ってるわけじゃないってことを、よく覚えとけ」 クロノは瞳をぱちぱちと瞬き、しばらく無言のままカエルを見つめた。 やがて、ふ、とひとつ息がこぼれ、口元がほころぶ。 「……サンキュ、カエル」 憑きものでも落ちたような、晴れ晴れとした双眸。そこに翳りは既に無い。 カエルは笑い返し、腰を上げた。 と。 「あーっ! やっと見つけた!!」 いきなり横あいから声がして、二人はギョッとして振り向いた。 「もう、ちゃんと用意できるまでに戻ってって言ったのに!」 木立の合間を抜けて、むくれながらマールがやってきた。 クロノとカエルは思わず顔を見合わせ、苦笑した。 「ごめんごめん、今行くからさ」 軽く片手を上げて、クロノは立ち上がった。 その肩を、カエルがポンと叩く。 「ん?」 クロノが振り返ると、カエルは小声で囁いた。 「おまえは自分のことを勇者じゃない、って言ったがな。あのお姫さんにとっちゃ、充分……いや、俺よりおまえが『勇者』だぜ。多分な」 一瞬意味をつかみかねてキョトンとしてから、クロノはさっと頬を赤らめた。 「ほら、クロノ、早く! ごはん冷めちゃうよ」 マールがそばに来てクロノの腕を引っ張った。 「ああ……、うん」 「ほら、カエルも!」 「わかったわかった」 小さく笑って、カエルは、クロノとクロノにじゃれつく少女の後をゆっくりと追いかけた。 辺りには既に夜の気配が降り、天に浮かぶ星々が、風にまたたきながらも強く明るく輝いていた――。 −END− |
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<オマケのあとがき> (1)クロノってあまり悩みこまない、周りに元気を与えるタイプだと思うんですが、でも(だからこそ?)、たまにはこういったこともあるんじゃないかな、と……まぁ、そういうことで……。自分でもイマイチ言いたいことまとめきれてないので、わかりにくい話かも。すみません。最初は単純にクロノとカエルのコンビで話を作ってみようと、ただそれだけだったんですが。 (2)私はクロノのことをいわゆる「勇者」とは思ってません。つまり、DQの主人公(勇者)のような「特別な血をひいた、天賦の才のある者」的な扱いはしてないんです。いや、個人的にはそーゆー「選ばれし者」みたいなのも大好きなんですが、クロノはゲーム中ではそういった設定にはなってませんよね? 勇者はカエル(グレン)ですし。そのため、「でも、主人公びいきの自分としてはやっぱり、主人公には特別な何かがあってほしい……でも、でも〜〜〜!」というジレンマがありまして(笑)。そこら辺のこだわりが、ここでモロに出たようです。 (3)この話でのクロノが元々持っていたのは「勇者」に対する少年的な憧れでした(正確に言うとカエルの「強さ」――単純な、表面的な強さだけじゃなく、精神的な意味での強さも含めて――への憧れ、かな)。その憧れにしても、本人さほど意識するわけでもなく、ましてやコンプレックスでもなかったのです。それが精神的なしこりに転じたのは言うまでもなく古代ラヴォス戦(この辺りは本人に語らせましたが、うまく伝わったでしょうか?)……で、折良くというか折悪しくというか、魔王の言葉がそこをダイレクトに突いてしまったというわけで。 (4)あ、そうそう。当然ながら、カエルはクロノより強いという設定です(「普通の」男の子が勇者より腕が立っちゃ……ねぇ?)。ゲーム上ではクロノくんそりゃもう最強って感じですけども(笑)。特にウチのところでは、プレイヤーのありあまる偏愛を受けてその強さ並ぶ者なし!(爆笑)……ま、それはそれとして。自分で書く時の設定としては……そうですね、この話の時点ではカエルとの剣の手合わせで十本中二本、うまくすれば三本とれるかとれないか。それぐらいの実力ですかね。これでもちょっと強すぎるかな。まぁ、道中、カエルに直で稽古をつけられてるでしょうから、その辺りは大目にみてやって下さい(やはりヒイキが……(笑))。 <<<小説目次 <<<クロノトリガー目次 <<<TOP |