● You don't know ●




 マールは無防備に過ぎる、と思うことがある。

 王国暦一〇〇〇年、チョラスの町。
 そこにある大きめの雑貨屋の前で、クロノはつくづくとそんな思いを噛みしめていた。
 大概は仲間たち全員で ―― そうでなくとも複数名で行動することの多い彼らではあるが、単独で街を散策したりすることもままある。殊に、情報を集めるような場合には、集合場所だけ決めておいて分かれた方が効率もいい。
 今も正にそういった具合で、それぞれで街を回っていたのだが。
 通りがかった店先で、ガラス越しにマールの姿を見かけたまでは良かった。
 しかし、その隣で妙に馴れ馴れしげに彼女の手をとって話しかけている、全く知らない顔の青年は何なのか。
 見過ごしにはできず、クロノは店のドアをくぐった。苛立ちもあって、扉の扱いが多少乱暴なものになる。夕刻の近づいてきた店内は賑わいをみせていたので、ざわめきに紛れて幸い悪目立ちはせずに済んだ。もっとも、注目を浴びてしまったところで、そんなことに構っていられるような余裕も彼にはなかったのだけれども。

「マール」
 とりあえず、隣に立っている男は無視して声をかける。不機嫌さが言葉ににじんでいる感は否めなかった。
「あ、クロノ!」
 マールが気づいて振り向いた。
 こちらの気持ちとは裏腹の、含むところのない笑顔に、クロノは複雑な心地だった。
「さっき言ってた友達って、彼?」
 隣の男が、マールの手に指先を絡めたまま目線でクロノを示した。無遠慮とも言える所作で、彼を品定めでもするかのように眺める。
 同時に、この時になってようやくクロノは男の方へまともに目を向けた。
 おそらくクロノと同じか、やや年上。くだけた普段着という印象の服装からして、この町の住人だろうか。長身で、ブラウンに近い金の短髪をゆるく前で分けている。造作や体格は整っているものの、どことなく軽薄そうで ―― というのはクロノのやっかみ半分の主観かもしれなかったが ―― 切れ長の碧眼は、鋭さを感じさせなかった。
「うん、そう。他にも友達はいるんだけど、彼はクロノっていうの」
 と、マールが男の問いに答えた。
「ふーん」
 男は面白くなさそうに相づちを打ってから、殊更こちらを蚊帳の外にするようにして、マールに話しかけた。
「だったらさ、ちょうどいいじゃないか。クロノくん、だったっけ? 彼に他の人への伝言を頼めば」
「伝言?」
 クロノが怪訝に眉を寄せると、マールが補足説明してきた。
「えっと、ニック ―― あ、彼のことね。さっき知り合ってね、ニックが二人で一緒に遊びに行かないかって。でも、みんなに何も言わずに勝手に行くのも悪いからって、断ってたんだけど……」
 その言葉を聞いて、ひそめていた眉に剣呑さが刻まれるのをクロノははっきり意識した。
「……悪いけど」
 マールをニックとかいう男から引き離すような形で、間に割って入る。
「そんな暇はないんだ。オレも、もちろんマールも」
「クロノ?」
 きょとんとするマール。
「僕はきみのことは誘ってないよ」
 はぐらかしたつもりか、ニックがおどけた感じで肩をすくめる。
 クロノは尚のこと語気を強めた。
「そういう意味じゃない。伝言してるような暇もないし、マールだって遊びに付き合ってる暇はないってことだ」
「へえ? 彼女はそうは言ってなかったけど」
 言って、ちらりとマールを見やる。
 彼女はなぜこんな険悪な雰囲気になっているのかわからず、戸惑っているらしかった。
「ねえ、今はそれほど急いでないよね? 今日はこの町に泊まるんだし、ニックもそんなに遅くはならないって言ってたわ。……だめなの?」
 不思議そうに ―― そして、まるでクロノの側に非があるかのように ―― 尋ねてくる。
 無邪気な追及の目に言葉を詰まらせそうになりながら、クロノは心の中でぼやいた。
 ―― どうしてこう警戒心がないんだ。
 クロノ自身とマールが知り合ったきっかけもきっかけだったので、あまり大きなことは言えたものではないが、それにしても、彼女には用心が足りないんじゃないかと思う。
 判断のつかぬ幼児とは違うのだから、知らない奴についていくな、とまでは言わないが ―― 逆に言えば、幼児じゃなくそれなりに成熟した少女……それも客観的に見て魅力的な部類に入る女の子だからこそ心配なこと、というのもある。その手の事柄に対して、世間知らずのマールは無自覚でひどく危なっかしい。このニックとかいう奴も、一見して悪人という風には見えないが、かといって、おかしな下心がないとも限らない。
 だから、と彼は言い訳がましく胸の内で呟く。何に対しての言い訳なのかは自分でもよくわからなかったが。
 こうやって断ったりするのは、オレが彼女に好意を抱いているからだけじゃない。妬いているだとか、そんなんじゃないんだ。
「だめだ」
 すげない返事に、マールは不服そうに頬をふくらませた。
「どうして?」
「どうしてでも、だめだ」
 ぴしゃりと断じると、マールは沈黙したが、代わりにニックが口を出してきた。
「きみ、マールの『友達』なんだよね?」
 友達、というところをやけに意味ありげに言う。不穏な感情を抑えるのに苦労しながら、クロノは不承不承うなずいた。
「……そうだけど」
「なら、そこまで彼女のことを束縛する権利はないんじゃないの?」
「………っ!」
 痛いところを衝かれて、内心歯噛みする。
 確かに、そうかもしれない。だけど。
「オレは……ただ、勝手なことをされると、他のみんなに迷惑がかかるから」
「だから、ちょっとの間だけだって。ほんの少しの自由行動も許せないのかい? きみの言う『友達』ってのは」
 そう言われては、返す言葉がない。
 ―― きっと、こいつはこっちの思惑に気づいてる。当たり前といえば当たり前だ。これだけ露骨な態度を表しているのだから。ポーカーフェイスの駆け引きができない己が恨めしかった。
 このままだとなし崩しにやり込められてしまいかねない。舌戦で負けたようで悔しいが、構わずマールを連れて帰るべきだろうか。……あるいは、いっそ『オレの女だ、手を出すな』とでも啖呵を切れたらいいのかもしれない。だが、そんな恥ずかしい台詞を口にできるぐらいなら、今みたいな状況には初めから陥っていなかっただろうとも思う。
 クロノがあれこれ次の手段を模索していると、横手から、今度は別の声がかかった。
「何を揉めてるんだ?」
 ニックでも、もちろんマールでもない、耳馴染みの男の声。喉を鳴らすような、独特の音が端々に混じっている。
「カエル!」
 クロノとマールは声をそろえた。
 その隣でニックがぎょっとしたように身を引いたが、二人は気に留めなかった。
「はたから注目浴びてたぜ、おまえたち」
 カエルの言葉にふと周囲に目を向けてみれば、人だかりこそできていないものの、あちこちから視線を感じた。ただし、それは当のカエルに注がれたものも含んでいるような気もしたが。既に慣れっこのクロノやマールには気にならないとはいえ、服を着た巨大な蛙姿の男というのは否応なしに目立つのである。
 ともあれ、二人は口々に言った。
「カエル、聞いて! クロノが…」
「いいところに来てくれた! こいつに……って、あれ?」
 と、クロノはニックの方を指差そうとして、首をかしげた。いつの間にか、そこから姿を消していたのだ。
 マールも目をぱちくりさせて、
「あ。……ニックは?」
「さっき、そこにいた奴のことか?」
 カエルが訊き返してくる。二人がうなずくと、
「そいつなら、どこかに行っちまったみたいだが」
「え? なんで?」
「さあ」
 肩をすくめるカエルを見て、クロノはふと思った。
 ……もしかして、タイミングからいって、カエルの姿に驚いたんだろうか。関わり合いにならない方が良さそうだと思ったとか。
 だとしたら、カエルにとっては不名誉なことだろうが、体よくナンパ男を追い払えたことに感謝すべきかもしれない。
 クロノはこっそり胸を撫で下ろした。


 西天には宵の明星が輝き始めている。
 山吹色と露草色の不思議に混じり合ったグラデーションが染め上げる街並の中、クロノたち三人は宿への帰路をたどっていた。
 マールは歩きながら、カエルにさっきのことを説明してやっている。
 クロノはそんな二人の長く伸びた影を踏みつつ、後ろを追いかける形だった。
 
 ふわりとなびくポニーテールを見るともなく見つめて、彼は物思いにふける。
 ―― 本当のところ、オレは心配しすぎなんだろうか。
 マールは無防備だと思えても、けして無力というわけじゃない。機転だってきく方だし、行動力もある。もしも、たとえば ―― こんなことは想像したくないが ―― 貞操の危機だとか、そういう事態になったとしても、自力でどうにか切り抜けられるんじゃないか、と若干冷静になった頭でなら考えることもできる。
 それに、癪ではあるが、あのニックが言っていたことも正論だった。自分には、彼女を縛りつけたりするような権限はない。あくまで『友達』なのだ ―― 彼女と、自分は。そこから踏み出せたのなら、話はまた別なのだろうけれど。
 過保護。嫉妬。……そんな単語が頭にちらつく。
 目の前で、カエルがマールに何事か耳打ちしてみせた。
 それにすら、穏やかならざる感情が波立つように思えて、クロノはため息をつく。
 ―― 重症、かな。


   ***


 それから何日か経った後のこと。
 はからずも、クロノは再び似た状況に出くわしてしまった。
 時代こそ現代と中世と異なっていたし、今度は雑貨屋ではなく昼の市場ではあったが、同じチョラスの名を持つ地。もしかしたらこの場所と相性が悪いのか。そんなくだらない発想が頭をよぎる。
 ともかく、別行動の最中に、やっぱりナンパされているらしいマールを見つけたのだった。
 ……どうする?
 自問する。すぐさま彼女のところに駆けつけたいという衝動を、先日の経験がぐっと押さえつけようとしていた。
 行って、相手を上手いこと追い払えるのか? いや、追い払えたとしても、それは出過ぎた真似なんじゃないのか? でも。だけど。
 自分でも説明のつかない焦燥が、葛藤となって脳裏を巡る。
 ただ、それも長くは続かなかった。
 マールの方がこちらに気づいたのだ。
「クロノ!」
 明るい笑顔で振り向く彼女に、既視感を覚える。
 ―― もういい。こうなったら。
 決心を固めたクロノだったが ―― その決心が霧散するようなことが起こった。
 マールが駆け寄ってきて、彼の腕に抱きついたのである。
「………!?」
 突然の行動にクロノは目を白黒させたが、それに構わず、マールは話していた男に向かってこう言った。
「ごめんね、そういうことだから!」
 そして、クロノを引っ張って歩き出す。まるで睦まじく寄り添い合う恋人同士のように。
「あ……」
 それであきらめたのか、男は追ってくる様子もない。
 流されるままクロノは呆然としていたものの、しばらく行ったところでやっと我に返った。
「……いったい、何なんだ?」
 自分の腕と、密着しているマールとを見比べながら尋ねる。
 抱きつかれたのが初めてというわけではないが、落ち着かないことに変わりはない。
 すると、マールはあっさり答えた。
「カエルがね、ニックのことを話した時に『もし今度同じようなことがあったら、こうしたらいい』って言ってたの。そうすればクロノが喜ぶだろうから、だって」
「…………」
 思わず沈黙する。マールに何を吹き込んでるんだあいつは。からかい含みのカエルの笑いが目に浮かんだ。
 ―― まあ、だけど。
 そっと苦笑を洩らし、空いた側の手で髪を掻く。
 これはこれで、役得ってやつなのかな。
 腕から伝わってくる温もりに、早まる鼓動と心地良さを感じながら、クロノは思った。


 −END−



<オマケのあとがき>

(1)スレイヤーズのガウリナ二次創作に影響受けまくってるなーと思う一編。(狂言回しのオリキャラとかナンパがどうこうとか過保護っぷりとかまあ色々) 名前のあるオリキャラはあまり出したくないんですけど、話の都合上…。そして、また焼きもちネタか!と自分にツッコミ。ワンパターンですみません。

(2)何でもいいですが、裏ページ扱ってる身としては『貞操の危機うんぬん』ってそういうクロノがいちばん危険人物なんじゃ、と思ったり思わなかったり。一応、あっちとこっちは別設定(のつもり)ではあるんですが。



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