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晴れ渡った青空。 流れ行く白い雲。 ゆるやかにに吹く風。 王国暦千年のこの世界は、今日も穏やかだ。 時渡る旅の一行は、使命を忘れてパレポリ北部にある「フィオナの森」に来ていた。ロボとフィオナの一族が四百年前から育ててきた森である。 ロボは既にパーティーに戻っている。にも関わらず一行がここにいる理由はただひとつ。 お姫様の気まぐれだ。 ロボを「回収」したときにはそれに一生懸命で、ゆっくり森を見ていない、と主張する。その晩にかけてはそこにいたけれど、のんびりするよりはやはり長年充分な整備を受けていなかったロボへの心配が先に立った。 だから、とマールは言い張る。 「ロボの創った森を見に行こうよ」 お弁当持って。小さく付け加えられた言葉をルッカは聞き逃さない。 「だから、ピクニック、でしょ」 えへへ、とマールは笑った。 急がなくてもラヴォスは逃げないし、ここのところ太陽神殿や巨人の爪などダンジョン攻略が立て込んでいた。ここで一息、とその意見は好意的に受け入れられたのである。 やはり約一名、ちっとも楽しそうではない人間もいたけれど。 昼下がり、彼は独り皆のもとを離れる。もともと大勢で何かするのには慣れていない。本当は時の最果てかどこかに残っていてもよかったのだが、気の強い二人の少女に頑として抵抗するのも余りに子供じみて馬鹿馬鹿しかった、それだけの話。 それにしても身体が重い。皆の前では表情や態度に欠片も出さないが、海底神殿でラヴォスに力を奪われて以降、未だに本来あるべき力のレベルに戻っていないのも、そのせいで魔法を使う際負担が余計にかかっているのもわかっていた。動くことでそれに気が付かない振りをしていたのだが、こう何もない日では蓄積された疲労に気が付かざるを得ない。 皆からそれほど離れていない位置で、ただし皆からは見えない場所に身を落ち着ける。手をゆるく握り念じると、その内に大鎌が現れる。普段とは違う緩慢な動きで、彼はそれを磨きはじめる。何とか気を紛らわそうとして。 しかし、暖かな空気、優しい木漏れ日に包まれては、どんな抵抗も無意味だった。 ─駄目、だな・・・・・・─ いつしか布は落ち、鎌は消える。深い森に抱かれ、彼は穏やかな眠りに落ちた。 男の子は勇敢な戦士の話に夢中になるものだ。 クロノとカエルの話題はそんな話から攻撃の仕方だとか、各地の武器談義に移りつつあった。 さすがについていけなさそう。 原始最強の戦士であるエイラは上手い具合に話に入っている。ルッカはやっぱりロボの具合を確認しはじめた。 ─ちょっと分が悪いかも─ 「わたし、ちょっとこの辺歩いてくるね」 「え、一人で大丈夫、マール」 クロノが腰を浮かせるのを慌てて止める。せっかくカエルと楽しそうに話しているのに水を差しては申し訳なくて。 「平気だよ、だってロボの創った森だもん、危なくないよ。それに、遠くには行かないから」 「あ・・・・・・ああ・・・・・・」 クロノが姿勢を戻すのを見て、マールはにっこり笑って、それじゃ、と手を振った。 空気が気持ちがいい。 ガルディア城の近くにも森はあるし、こっそり一人で入ったこともあるから、森がどういうものなのかは知っているつもりだった。でも、ここには違う空気が流れている気がする。ある場所も違うのだし、当然と言えば当然なのだろうが。 ─想い、を知ってるからかな─ 荒れた大地を元に戻そうとしたフィオナの心に触れ、それに手を貸したのは時代から言えば四百年前。 その気持ちやロボの心が、ここを特別な森にしているのだと、マールは思う。 そして、未来への祈りが。 そう言えばここも、魔王が関わったところだったんだっけ、とマールは今更思い出した。この地が荒れてしまったのは、魔王軍と王国軍の戦いが原因。砂漠に巣食ったメルフィック退治にも力添えをしてくれたので、危うく忘れかけていたけれど。 と、マールは不意にその姿を見つけ出す。ご丁寧に皆からすぐには見つからないようにして、木に背を預けているのは、まさにその人。 「魔王」 そして、あれ、と思う。見えているはずなのに、何も反応しない。 近くに行ってみて理由がわかった。双眸を閉じ、規則正しくかすかに立てるそれは、間違いなく寝息。 くすりとマールは笑う。 ─こんなに気持ちがいい日だものね─ それから彼の横顔を見つめる。 思えばこんなに近くでじっと彼の顔を見るなんてはじめてだ。いつもその顔はもっと高い場所にあるし、そう易々と他人を近づけるような男ではない。それに、時には他の者を射竦めるほど鋭くなる紅の瞳も隠されている。だからこうして遠慮なく見ていられる。 作り物のようだと思う。人のものとは思えないほど真っ白な肌に緩やかに伸ばされた銀の髪。バランスよく配置された眼や口、形よく通った鼻筋。いつもならどこか強張っている表情も穏やかで。 ─綺麗─ 悲しい過去や激しい憎しみも今は見えない。森に流れるやわらかな空気がそうさせているのだろうか。 ─本当は、こういう顔なのかな─ 何となく、彼のすぐ隣に座る。何とも言えない安心感に包まれ、マールは反って怖くなる。 ロボやカエルとは違う。エイラやルッカとも違う。もっと優しい感じ。もっと、自分を任せてしまうような感じ。 クロノのような。 ─ううん、違う。似てるんだけど、クロノじゃない─ もっと大きな。 ─何だろう─ そして至った答え。 ─ちちうえ?─ 血の繋がりが生む、安心感。大きくて包み込んでくれるような力がそこにはあるような気がする。 それと、何だか似ている。 サラとマールに共通したペンダント。監視者の言葉。 サラは魔王の血の繋がった実の姉。 自分が本当に、サラ血と繋がっているかはわからないけれど。 ─でも、きっとそうなんだ─ 自分で出した答えに安堵して、知らずマールは目を閉じる。やわらかな風に抱かれながら、マールの意識は融けていった。 優しい力が、自分を包み込んでいるのがわかる。 誰かに似た、温かく懐かしい力。 心を許してしまいそうな。 それはまるで。 まるで。 ゆっくり彼の感覚は戻っていく。 ─ああ、やはり眠ってしまったのか─ 頭の片隅で、ちらとそんなことを考えた。 ─もう少し─ そう願う気持ちに抗って、彼は一度深く呼吸をするとゆっくり眼を開く。 「な・・・・・・」 一瞬で覚醒する。 自分の肩にかかる、柔らかな金の髪。 彼にもたれて眠る一人の少女。 ─いつの間に─ 気配も何もあったものではなかった。身の近くで変化があれば反応できる自信はあった。いつもなら。 ─おれとしたことが─ さてどうしてくれようか。起こそうかとも思ったが、ほんのり頬を薔薇色に染め、ふっくらとした唇にかすかな笑みさえ浮かべたまま、気持ちよさそうに眠る彼女を見ているうちに考えは変わる。 少女を起こさないよう気をつけながら身を動かす。彼女を支える役目を、つい先刻まで自分を支えてくれていた大樹に引き渡すと、そっと立ち上がる。しばらく少女を見つめていたが、小さく吐息をつくとおもむろに手を動かす。 ふわりと落ちる、緋色のマント。 そうして彼は踵を返した。 マールはまだ、眠っている。 彼が残した緋色のマントと、森が抱く緑の夢に包まれて。 −END− |
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