記憶のかけら



 何気なく、衣装ダンスをのぞく。
 朝起きて、寝巻きを着替えるために、今日のドレスは何にしようと、マールは何処 か人事のように思っていた。
 人に、―――それが例えばメイドだったとしても―――自分が着る服を選ばれるの は苦手だったので、自分で選べる事だけは嬉しかったが、それでもこの形式ばった服 を着るのは未だに苦手だった。
 しかしタンスの中にはきらびやかなドレスしか無い。何しろこれが普段着なのだ。
 普段ルッカやクロノ達が着ているものとはかけ離れ、もはや洋服と呼ぶのには躊躇わ れるものたち。
 もっと普通の服が欲しい、いつだったかそうやって駄々をこねてはみたが、教育係 は『駄目です』の一点張り。
 自分が城下に出るための服だって、考えてみれば自分で買ったものだ。

 何を着るべきか困り果ててドレスを見渡すと、不意に一つのドレスに目が留まる。

 その中の一つに特別な一着があった。
 白を基調にして、控えめに虹色をあしらったドレス。
 旅の途中で手に入れた、と言うよりは作ってもらったドレス。

 「プリズムドレス」

 マールはそのドレスの名前を言葉に出して、その響きを楽しむかのように微笑ん だ。
 このドレスにまつわる想い出が、フラッシュバックのように甦る。
 思い起こせば、それを作って貰ったのは少し前のことだ。

 父と喧嘩をして城を飛び出た後、仲間をけなされ―――その事だけは、仲直りした 今になって思い出してみても、やっぱり腹が立つ―――それでも自分たちを何と言お うが、マールは仲直りした方がいい、たった2人の親子なんだからとのクロノの言葉 に父の元に帰ったあの日。
 父は無実の罪で訴えられているところだった。
 そもそも、自分の知っている限りではこの国には裁判所などと言うもの自体が存在 しなかったはずなのに。
 それが中世に飛ばされたあの時を境に出来たのも、きっと歴史の改変の影響なのだ ろう。
 そしてまた、歴史の改変の影響が現れた。
 虹色の貝殻を中世で見つけたことにより、自分の城には無かったはずの家宝が現れ たのだ。
 自分も最初はそのようなものの存在は知らなかった。何しろ最初は無かった物なの だ。
 だが魔王の、「AD600年でやってきた事を忘れたか」と言う言葉により中世での出 来事と虹色の貝殻のありかを思い出し、無事にヤクラ13世も倒したその後。
 ボッシュが言うには最高の武器・防具を作るための材料になると言われる、虹色の 貝殻を手に入れることが出来たのだった。
 貝殻はほんの僅かなかけらだけでも、上品で美しい光沢を放っていた。
 見るものの視線を本人の意思を問わずに釘付けにする色と光。
 光の当たる角度でその色合いは全く違うものになる。まさしく虹。
 今まで見てきた、どんな真珠も宝石も、その色にはかなわないだろう。
 マールもその色に魅かれた1人だった。
 クロノは最初から宝石やそう言ったものに興味の無い性格だったし、魔王に至って は私には似合わぬ、と言いきった。マールにしてみれば、クロノはともかく、魔王は もっと他の色も身につけてみればいいのに、きっと似合う、と思わないところでもな かったが。
 兎に角、マールはクロノの半歩後ろにつきながら、その貝殻の色に見惚れていた。

 あまりにもまばゆく、あまりにも美しく、目が離せなかった。
 どれだけの時間をそうしていたかは分からない。
 だけどたぶん、長いようで一瞬の出来事だったのだろう。
 それでもクロノはすぐに気付いてくれた。

 「欲しいのか?」
 「えっ……」

 それは丁度、ボッシュとクロノが話をしている最中のことだった。
 自分は全く聞いていなかったが、どうやら新しい武器か防具を作ってやろう、と ボッシュが申し出ていたところだったようだ。
 戸惑った様子のマールをよそに、ボッシュがにこにこと、こちらを見て笑ってい た。
 ついこのあいだ出会ったばかりなのに、不思議と懐かしさを思わせる笑顔。何処か で見たような気がすると思わせられるのは、このサラが持っていた物によく似たペン ダントが自分の心に同調してそうさせるのだろうか。
 マールは何処か夢の続きのような気持ちで、ボッシュとクロノの表情をかわるがわ る見た。

 「別に、そう言う訳じゃないんだけど。……綺麗だな、と思って」
 マールがはにかんだように笑う。
 この貝殻から何かを作り出すのだとしたら、自分の意見を優先させてはいけないと 殆ど習慣的に思ったのだった。
 王女として、他人を優先させることには慣れていた。それはただの習慣だったかも しれない。だけど王女なら。自分本位に考えてはいけない、他者を常に優先させるこ と、と、教えてくれたのもまた、父親であり、今は亡き、母親だった。
 だが、クロノはその一瞬の逡巡をまるで覗いたかのように、ぽん、と、マールの頭 に手を置いた。
 一つにゆったりと結い上げられた髪がふうわりと揺れた。

 「いいよ。……あんまり王女だとかそう言う事に縛られないでさ。
 たまには我侭言えよ。……と言うわけでボッシュじーさん。ドレスを頼んでもいい か?」

 マールが言葉を挟む間もなく、クロノは言った。
 ボッシュは変わらず笑っていた。
 マールは混乱しながらも、クロノの相変わらずの、礼儀を知らないクロノの物言い に思わず笑ってしまいそうになって、それが少し、おかしかった。

 「こいつは一着しか作れんが……構わんのか?」
 「ん。ああ、たぶん、仲間にはこう言うの着るのはマールしか居ないし」

 エイラはこう言う服は落ち着かないと言って嫌がるし、ルッカはどっちかと言う と、原型を持って帰ってやった方が研究材料になって喜ぶし、とクロノは笑った。  マールの頭越しに会話が進む。
 先ほどのやりとりを全く聞いていなかったとは言え、それが自分のための会話だと 言うことだけは分かった。
 急に現実に引き戻されたような気がして、不意に後ろを見る。
 魔王が何も言わず、こちらを見ていた。紅い眼。目は口ほどに物を語るはずだが、 彼の目は何も語らない。そこから何かを見出すことさえ不可能のような目。

 「……いいのかしら?」

 多少混乱の残る頭で、極めて控えめに、マールは魔王に聞いた。
 返事が返ってくるかどうかと言うよりは、独り言に近い呟きだった。
 魔王は僅かに眉間に皺を寄せた。魔王は必要以上に人と会話をしようとはしない。
 いつだってこんな調子だから、返事は元より期待していない。
 ただ単純に、いきなり与えられた幸福について戸惑い、それについての自問自答の ようなものだった。だが。

 「……ヤツがいいと言っているのだからいいのだろう」

 僅かな間はあいてしまったが、思いもよらず返事は返ってきた。
 マールは驚いて魔王の表情をまじまじと見つめた。
 蒼銀色の長い髪と、仏頂面の白い肌。造形や骨格などと言ったものよりも、確かに 何処か、サラに似たその雰囲気。似ていると言ったらきっと似ていないと言い張って 怒るのだろうけれども、その端正で整った表情はよく似ていると―――今起きている 事態には全く関係のないことだと言うのに―――心の隅で思った。
 そしてその顔に浮かんでいたものは、許可を与える風ではなく、ただ単純で正しい 事実を述べたような表情だった。
 そんな事は聞かずとも分かるだろうとでも言いたげな気だるい表情。
 それ以上彼は喋らなかった。
 話す相手も無く、マールは口を閉じた。
 側ではクロノとボッシュは相変わらず何か、武器、防具のあれやこれやについて、 会話している。
 何処か、自分の外側の世界で時間が流れるような感覚。
 世界と自分とのあいだに奇妙な間が空くように感じた。

 「―――分かった」

 少し離れた世界から急にクロノの声がした気がして、はじかれたように彼を見る。 彼はこちらに振り向いて笑っていた。

 「え?」
 「すぐ出来るってさ」

 マールが反射的にした返事に対してクロノはにこやかに告げた。
 ―――ドレスがすぐに出来る。
 心の中で反復する。
 それは先ほどからの流れがあるにもかかわらず、何処かで降って湧いたような話の ような気もした。
 思わず魔王の表情を見たが、そこには何の表情も見出すことは出来なかった。

 ほどなくして、ドレスは出来上がった。
 貝殻の光沢とかけらを効果的に使った、柔らかいドレスだった。新しい布地独特の 乾いた匂いがする。そして手で触ってみると思いのほか、なめらかだった。
 さすが王族に仕えていた者だけあってか、ドレスの形は少々古めかしい形ではある ものの、しっかりと基礎を踏んで作られたものであることも分かる。
 自分に合わせてみると、それはまるで自分のためだけのドレスであるかのように しっくりと馴染んだ。
 鏡が無いのだけが残念だと思った。

 「やっぱりマールはドレスが似合うな」 

 マールがいそいそと貰ったばかりのドレスを体に合わせているのを見て、クロノが 笑った。
 後ろでもボッシュが笑っていて、それから横の魔王はやはり何を考えているのかも 分からないような表情で、こちらを見ていた。


 自分が居て、仲間が居て、それだけで世界が明るく見えたあの頃の記憶。
 あの時、一つの風景が写真のように胸に焼きつくと気があるのなら、それはきっと 今のようなときだろう、と、独りごちたことを今も覚えている。
 いつか、このドレスが想い出に変わる日に、その時はきっと今日の風景を思い出 す。
 丁度、パズルのピースがかちり、と、はまるように、ドレスと風景とが一つの想い 出として、きっとこのドレスが記憶のかけらの役割を果すのだろう。

 そんな風に思ったのは、もう幾分も前の話だ。


 マールは衣装ダンスから顔を上げた。
 沢山のドレスの中で、一つだけ、優しい光を放っているそのドレスを優しく掴みあ げる。
 まじまじと見てみるが、旅の最中に防具として着ていた割には損傷などは殆ど無 い。
 木などにひっかけてしまったり、魔物などの攻撃を受けたりしたとしても裂けたり しないように、ボッシュの魔法がかかっているようだった。
 彼の笑った顔が好々爺を思わせて、そして何処となく懐かしくてとても好きだった ことも、不意に思い出した。

 記憶の連なり。記憶のかけら。マールは少しだけ微笑んだ。今となって懐かしい想 い出たち。
 あの時に思った通り、今こうやってこのドレスを見た瞬間、想い出はドレスという かけらを利用して、いくつも甦った。それは丁度、穴が開いて鮮明でなかったパズル が、最後の一つであるピースのお陰で急に色づいたような、そんな感じだった。

 マールは今度は鏡の前で、ドレスを合わせてみた。思えば旅が終ってから、このド レスを鏡の前で合わせてみるのは初めてだったかもしれない。

 鏡の中で、マールは少しはにかんだような様子で笑っていた。
 何とはなしに過去の記憶の中に居る自分と比較してみる。 


 少しだけ背が伸びた。
 少しだけドレスの裾が短くなった。
 少しだけ―――大人に近づいた。
 

 あの旅が終って少し経つ。
 お城を出て旅に出る前と殆ど変わらない毎日が戻ってきた。
 だけど、例え何も変わらないように見えたとしても、実際には手に入れたものがあ る。
 クロノやルッカ、そして時を越えた、一層のこと親友と言っても差し支えないだろ う仲間たち。
 シルバードのお陰で、自分達は会いたいときに会うことができる。
 お城での何も変わらなくて灰色な生活の中に旅の終了と共に彩りが溢れた事、そし て、仲間が出来て毎日が楽しいと思う事。
 お城で暮すことには未だに楽しくないこともあるけれど、だけど城の外に出れば、 違った世界と、そして仲間が居ると言う事実。
 この時代だけでもドレスを作ってくれたクロノや、色々な事を教えてくれたルッカ が居る。時代を超えたらもっとだ。
 それはマールを心強くさせた。だからお城での退屈な毎日をやり過ごす事が出来 る。
 マールは次から次へと湧き出てくる想い出の連なりを一旦、無理矢理切ると、その ドレスを今度はしっかり横手に抱えて、衣装ダンスの扉を閉めた。

 「今日のドレスはこれね」

 マールは微笑んで呟くと、着替えるべく、ドレスのファスナーを静かに下ろした。

 窓から注ぎ込む朝日に照らされて、ドレスの虹色が、モザイクのようにきらきらと 光っていた。



 Fin




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