Mermeid of the moon



 歌うことは昔から好きだった。
 別に教育係に言われたわけじゃない。
 ただ、昔から伝わる歌を、歌いたいままに歌う。
 今、歌いたいと思うものを歌う。

 月夜の空の下。
 星が宝石のように光り輝き、散りばめられた黒の空。
 ぽっかり浮かんだ月がまんまるい。
 旅の途中の海辺の町で、マールは浜辺に出て散歩を楽しんでいた。
 万が一、ごろつきなどが出たとしても、今の自分はもう昔とは違う。
 ボーガンや、身を守る武器など無くても魔法がある。
 きちんとMPの回復もしてあるから大丈夫だ。
 それはマールの中に一つの安心感をもたらした。

 そして見かけた大きな岩。
 そこでマールは歌を歌ってみた。
 昔、覚えた歌。
 旅をするあいだに覚えた歌。
 音程を記憶に頼り、旋律を風に乗せてみる。
 はたはたと風になびくのは自分のまとう白い衣。
 ふうわりと、流れるのははちみつさながらの金色の髪。かきあげても、かきあげて も流れるばかりで、全く意味を持たないその髪。
 海は、寄せては返していくばかりで、何も言わなかった。時折、ざぶり、とひとき わ高い音を立ててこちらの足元を掠めていくのみである。
 黒々とした海の色と、同じく黒い空には星。
 それでもきちんと、海と空の色が分かれて、それぞれ別の黒色をしているのがマー ルは面白かった。
 ぽっかり浮かんだ丸い月が、その光の筋で海に橋を渡す。
 ゆらゆら揺れるその橋は頼りなげで、それでいて、光り輝いて。
 その頼りなさが、歌に共鳴するかのように波になるのではないだろうか。



 ああ会いたいな。



 何処かで聞いたそんな歌を、マールは何処へともなくとも歌っていた。

 「マール……?」
 「あ、ごめん、起こしちゃった?」

 唐突に聞こえた声に振り向けば、そこにはクロノが立っていた。

 「いや、窓の外を眺めていたらマールが出て行くのが見えたから」

 1人でこんな夜に出歩いたり、あんまり危ない事するなよ、とクロノが口を尖らせ た。

 「ごめんね。心配かけて」
 「いや、いいんだけどさ」

 クロノが笑う。
 そして、手に持っていたケープ―――大分昔にマールが死んだ母親から貰い、この 旅に出るときも城から持ち出した、かなり大切な物だ―――を、肩にそっとかけた。


 「夜の海は相当冷えるから。風邪引くぞ」

 クロノが言う。照れているのか、かけるや否や、すっ、と、手を離してしまった。

 それでもその優しさはケープのごとく暖かく。
 どんなに強くなっても、きちんと守ってくれようとする優しさが嬉しかった。

 「クロノは変わらず優しいのね」

 マールが目を細めて笑った。

 「……そんなことは無いよ」

 クロノがちら、と視線をマールに移した。見てはいけないものを見るかのように。


 「そうかしら?」
 
 マールがくすくすと笑う。
 
 「ところでさ」

 クロノがおもむろに話題を変えた。まるで、照れているかのようだ。
 男の子って、面白い、とマールは思った。今まで、自分の周りに同年代の男の子な んか居なかった。
 だから、彼の行動は初めて見るものばかりで、非常に興味深い。
 しかも彼は旅をする中で見かけた沢山の同年代の男の子たちに比べたら、かなり紳
士である、と言う事も非常に嬉しかった。
 一緒に居て、苦痛にならない男の子。

 「なに?」
 「さっき歌ってた歌。何て歌?」

 マールが何気ない顔で答えると、更にクロノが聞く。

 「忘れちゃった」
 「……え?」
 「何か、何処かの町の流行の唄うたいさんが歌ってて。
 歌は教えてもらったんだけど、題名は覚えてないの」

 ごめんね、と付け加えながらマールは言った。
 誰かが歌っていた、愛の歌。
 だけど、どうしても題名は思い出せない。

 「そっか。……残念だな」

 クロノが僅かな落胆をこめて呟いた。

 「そうかしら?だって大事なのは中身でしょう?題名にそんなに意味があるかし ら?」
 「それもそうだけど。凄く大事そうに歌うから、名前が知りたかったんだ。……そ れに遠くから見たときさ」
 「遠くから見たとき?」
 「何かマールの姿が人魚のように見えて。
 このまんまじゃマールが歌いながら海の向こうに行っちゃうような気がして」  「……なあに?それ?」

 マールがおかしい、と声をたてて笑った。
 クロノが決まり悪そうに頭をかき、もごもごと弁解するように、あの月の光が、橋 のようだったから、と言った。
 本当に面白い。
 自分の好きな物の題名を知ろうとしたり、あの光の橋を渡って行きそうだと答えて みたり。
 ああやっぱりこの人は面白い、とマールは思った。
 一緒に居るだけで、こんなに楽しくなる。

 「私は何処にも行かないわ、クロノ」

 くすくすと笑った後、自分の白くて薄い頬が上気するのが分かった。
 笑うことによって、体が温まるのを感じた。

 「それに人魚ってね、歌で人を惑わせて、その人を海に連れて行っちゃうのよ。… …私は違う」

 そして伏目がちに地面の辺りを彷徨わせていた瞳をあげる。


 その時、マールの碧い目が星の光のように輝くのを、クロノは見た気がした。
 その光は、生きるものに力を与えるような、生気に満ち満ちた光。
 人魚と言うのにはあまりにも、あまりにもかけ離れた、生きる気力の光。


 クロノがこちらをじっと見ていることにマールは気付かなかった。

 「そうだよな」

 そしてクロノが笑う。

 「じゃあさ、せめて続きを教えてよ」

 クロノがねだるように、低い声で囁いた。

 「いいわ」

 マールが答える。
 そして流れる歌声は風に乗る。
 人魚が歌うような歌声。
 旋律は風に乗り、月の橋を渡り、何処へともなく飛んでいった。



 Fin




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