● わだつみの息吹 ●




 海はすべての母だという。
 善きも悪しきもふところに、
 時に、優しく。
 時に、厳しく。
 あらゆる生命を抱きとめて、
 心に在り続ける。
 いつか生まれた場所。
 いつか還る場所―――。

   ***

 星月夜という言葉がぴったりくる夜である。
 見上げれば、果てなく広がる闇色のカーテンに、数え切れないほどの貴石を留めつけたような空。
 目の前には、しろがねの波線を時折きらりと揺らしてたゆたう、濃い瑠璃色の海原。
 潮騒を乗せた風が心地よく耳をくすぐる夏の砂浜。
 恋人たちが愛を語らうのに、これほど適した風景はそうはないだろう。
 ………だというのに。

「まったく、ロマンチックだのムードだのとつくづく縁のないひとだべ」
 チチは立てた両膝に頭をもたせかけた。
 その視線の先には、寝転んですやすやと微睡む夫の姿がある。

 夕食の後、海が見たいと言い出したのはチチだった。
 それならというわけで、筋斗雲で夜のドライブと洒落込み、悟空にここへ連れてきてもらったのは良かった、のだが……
 ふたり並んで腰かけて、海を眺めて。わずかの沈黙の後、話しかけようとしたらいつのまにか悟空は眠りこけてしまっていたのだった。

(食べたら眠くなるなんて、まるで赤ん坊だな)
 くすり、と微苦笑がこぼれた。
 隣に横たわる悟空の寝顔は無防備であどけない。その姿だけ見たなら、それこそ誰も彼を百戦錬磨の強者とは思わないだろう、遊び疲れた子供のような表情。

 ……ふと。
 打ち寄せる波の音に、思い出す。
『海は、すべての母』
 そんな言葉を。

(子供……母親、か……)

 悟空は母を知らない。
 顔だけではなく、その温もりも。そして、手がかりひとつさえ無くて。

 ―――でも。

「おらが、いるよ」
 小さく呟く。

 安らげる場所。
 甘えられる場所。
 そんな、母なる海のような居場所にもなりたいと、思う。

 そっと息をつき、チチは悟空の前髪を指先で優しく掻き上げた。
 微笑み、唇で額に触れる。
「……おやすみ、悟空さ」

 満天の星空の下で、海は、ふたりを包み込むように穏やかにさざめいた……。


 −END−
 



<オマケのあとがき>

チチって良くも悪くも『母親』的な要素を強く持ってるんだろーなー、というのが私のイメージなんですよね。なので、きっと悟空に対してもそうなんじゃないかな?と思ったわけです(つーかそれが理想・笑)。悟空って言ってみれば孤児だったわけですから(じいちゃんはいたけど、それは母と子の関係とはやっぱりどこか違うと思う)、その意味でもチチさんには恋人であり妻であり母であってほしいなと。……ドリーマー由空……。


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