扉に手をかけたまま、彼は背に視線を向けた。 月と星のあえかな光が窓から差し込み、部屋内部の輪郭を薄ぼんやりと浮かび上がらせている。 夜半の静けさに満ちた広い寝所で、響くのは二つの寝息のみ。 それが寂寞としたものに聞こえるのは、彼の主観に過ぎなかった。 天蓋付きのベッドに横たわる、この国の王と王妃 ―― 彼の両親は、何も知らない人間からすれば、ただ眠っているようにしか見えなかったに違いない。……そこに魔王と呼ばれるものの介在があったことを知らぬ人間ならば。 病か、あるいは呪いか。 二人が目を覚まさなくなってから、いったい幾夜を数えたのだろう。 識者、重臣が集まり、いかなる手を講じても、全て徒労で終わる日々が続いた。 二人を目覚めさせる唯一の方法は、おそらく、元凶である魔王ムドーを打ち倒すこと。 確証はなかったが、彼の直感はそう語っていた。 いずれにせよ、王子である少年は心を決めたのだ。 自らの手で、必ず両親を救うと。 ここに来たのも、彼らの前で誓いを立て、いとまを告げるためだった。 城から出るところを誰かに見咎められれば、間違いなく制止されるだろう。 やれ『立場をお考え下さい』だの『きっとそのうち、他にも方法が見つかります』だの。 殊に、実直で生真面目なトム兵士長あたりなら、実力行使をも辞さないかもしれない。 だが、かまうものか。 彼の胸中を占めるのはひとつの既視感。 ―― 幼くして病でこの世を去った妹。 眠るように息をひきとった彼女に対して、ただ祈りを捧げることしかできなかったあの日、深い悲しみと己の無力さに苛まれた。 あんな思いをするのはもうたくさんだ。 今は祈る以外にもできることがある。 人任せにはしていられない。まして、このまま座して待つなど。 沈む思いを断ち切り、彼は顔を上げて正面を見た。固く拳を握る。 「……いってきます」 応じる声なき父に、母に、小さく呟いて。 そして、彼は踏み出した。 長い、長い旅路の第一歩を。 |