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探し求めながら、心のどこかで、見つからなければいいと思っていた。 *** 高地に位置するライフコッドのふもとには、こぢんまりした宿屋がひとつ、ぽつんと建っている。 『夢』側の大地ならば、大規模な市の立つ町がある辺りだ。 暮れなずむ夕日の紅は、広々とした草地の中に佇む小さな建物を、寂しげな印象に仕立て上げている。夢世界での賑わいを知る身には対照的な光景だと言えた。 そこに辿り着いた時刻が時刻であったので、ソールたち一行は夜の山越えを避け、宿をとることにした。 そして、その男と出会ったのである。 「お、王子っ!?」 先客だったらしい男は、宿に入ってきたソールを見るなり、そう叫んだ。 ああ、またか。とソールは内心思っていた。男に見覚えはないが、『レイドックの王子』だと驚かれるのは初めてでも、珍しいことでもなかった。いつものこととは言わないまでも、何度となくあった話だ。旅を始めて間もない頃の、ひどく苦い経験も含めて。 こんな時はたいてい人違いで通している。その方が説明がややこしくならずに済んで面倒がない。 だが、目の前の男 ―― 旅装しているが、訓練を受けた人間といった雰囲気がある ―― は、ソールがそう言おうとする前に、自己完結してしまった。 「いや……違う、か。失礼した。またしても、人違いだったようだ」 「またしても?」 聞きとがめて尋ね返したのは、ソールではなく、チャモロだった。 「もしや、以前にも同じことがあったのでしょうか?」 「ああ。……すると、あなたがたはあの山奥の村の少年とも無関係ということか」 「山奥の村の少年、ですか」 そう呟いたのはミレーユだった。目はソールに向けられている。 いや、彼女だけではない。仲間の誰もがソールを気にしていた。 「おれは……」 集まる視線と、喉が干上がっていくような渇きを意識しながら、ソールは言葉をなんとかひねり出した。 「おれたちは、あなたと出会うのはこれが初めてのはずです。良かったら、詳しく話を聞かせて頂けませんか?」 *** 「あれってやっぱり、『もう一人のソール』のことだよね」 一行にあてがわれた大部屋のベッドに腰を下ろし、バーバラは言った。 小さな宿なので、大部屋といっても六人が入れば手狭になるような広さだが、こんな風に今後の予定を話し合ったりする分にはそれほど不都合はない。 「たぶん『彼』でしょう。他人の空似でない限りは」 と、チャモロ。 「いくじなしだの、臆病者だのってのが腑に落ちないけどな」 首を捻ったのはハッサンである。 話をしてくれた男は、『現実』側のレイドック兵士だった。 彼によれば、ここから山道を行った先の村、ライフコッドでもレイドック王子とまったく同じ外見の少年と出会ったという。 しかし、魔王ムドー討伐に向かって以来、消息を絶ったままの王子をようやく見つけだしたと感涙にむせんだのもつかの間、喜びは落胆に変わった。 その少年自身が王子ではないと否定したこともあるが、それ以上に、少年の言動が兵士の知る王子とは似ても似つかないと感じられたためだ。いくじなしや臆病者というのは、その話の流れから出てきた、少年を評しての発言だった。 ハッサンは、現在の仲間たちの中でもっともソールと付き合いが長い。それに、実体との融合で本来の自分を取り戻してからは、レイドック王子である『ソール』のことも記憶として思い出すことができている。それらを合わせて考えても、兵士の話した少年像はハッサンが知る彼とは真逆のように思えた。 「あの人の主観もあるだろうから、実際に少年と会ってみなければわからないのではないでしょうかね」 アモスの言葉に、ミレーユがうなずいた。 「そうね。その少年がソールの実体であるかどうかも、会えばわかるはずよ。―― 心と身体はおのずから呼び合い、互いに引き寄せられるもの。外部からの力で、無理やりに引き裂かれたのならば、なおのこと。おばあちゃん……グランマーズは、そう言っていたから」 「うーん……。でもよ、オレの時は実体には意識がない感じだっただろ? あの兵士の話だと、普通に生活してるみたいだぜ。村にいるっていう『ソール』は」 「ああ、そのこと自体はありえないことじゃないと思うわ。私の時がそうだったんだけど、実体も活動していたから。ムドーの呪いのかかり方にも、個人差があったのではないかしら」 「魂と精神と肉体は、三位一体」 チャモロが静かに言葉を挟んだ。 「ゲントにはそのような教えがあります。おそらく、かつてのミレーユさん……そして、今のソールさんは、魂と精神、肉体のうちで魂のみが分離させられた状態なのでしょう」 「あるいは、魂の一部だけが分かたれたのか……。だからこそ、肉体 ―― 実体の方にも精神活動があるということかもしれないわね」 ミレーユはそう結論づけると、皆を見回した。 「ともかく、明日はライフコッドに向かいましょう。もともと立ち寄ってみるつもりだったわけだしね」 「異議なし!」 バーバラが元気よく手を上げた。 「それじゃ、早く寝なきゃだよね」 「そういや、夢の方と地形が変わってないなら、ソールに道案内してもらえるよな。なあ?」 「……え?」 ハッサンが同意を求めると、ソールは何も聞いていなかったかのように、ぼんやり口を開いた。 「ソール?」 「あ……ああ、うん。そうだね」 うろん気に声をかけられ、曖昧な笑みでごまかす。 「大丈夫? 疲れてるんじゃない?」 心配そうにバーバラが訊いた。 「いや……ごめん、少しぼーっとしてたんだ。―― じゃあ、明日の準備をして、今日はもう休もうか」 彼の態度に、仲間たちは多少の不審を覚えたが、それ以上は誰も特に追及しなかった。 「バーバラ。……ちょっと、いいかな」 ソールがそう耳打ちしたのは、寝床につく少し前のことだった。 男女別に部屋をとった時と違って、夜着にはまだ着替えていない。手袋やマントなどを外した程度の、ラフな服装のままだ。 目線でドアを示すと、それでバーバラは察してくれたようだった。部屋を出て間もなく、彼女がついてくる。 ソールは少し考えてから、宿の外 ―― バルコニーのある方を指さした。 表に出ると、雲がかかっているのか、薄月が闇を淡く霞ませていた。まばらに浮いた星々が、地平に近い山際をふちどっている。 ほのかに冷たさを帯びた夜気を胸いっぱいに吸い込み、ソールは深呼吸した。落ち着かない心を無理にでも静めるために。 「えっと……何か、話があるの?」 隣に並んで立ったバーバラが、おずおずと切り出した。 こんなふうに改まる形で二人の場を持つようなことは今までなかったから、不思議に思ったのだろう。 「話しにくいこと、なのかな。ソール、さっきもなんだかヘンだったし……」 「……バーバラ」 心を決めて、ソールは彼女に向き直った。まっすぐ瞳を見据える。 「好きだ」 「へっ!?」 素っ頓狂な声を上げるバーバラに、ソールは再び、はっきりと告げた。 「おれは、きみが好きだ。いつからそう思っていたのかは、自分でもわからないけれど」 「え……あ、あたし……」 バーバラはうろたえて、口をぱくぱくさせた。辺りがもっと明るかったなら、真っ赤になっているのがよくわかったに違いない。 そんな彼女へ、ソールは微笑んでみせた。―― 諦念を含ませて。 「いきなりでごめん。でも、気持ちに応えてほしいだとか、そんなことは言わないから。ただ、伝えておきたかっただけなんだ。……おれが、今のおれじゃなくなってしまう前に」 「―― え?」 笑みは崩さぬままに、ソールは続ける。上手く笑えていればいい、と思いながら。 「本当のおれは……きっと、レイドックの王子だっていう『あっち側』なんだろうと、思う。だとしたらさ。一人に戻った時、今のおれは……」 それは、意識するのをずっと避けてきたこと。 優しい妹。ライフコッドの温かな人々。のどかだった生活。大切な旅の仲間。十七年間の記憶。自分の真実 ―― これまでそう信じていた、何もかも。 「消えてしまうかもしれないから」 自分が口にしているのに、なぜか遠いことのように考えて……そう思い込むようにして、彼は、胸の痛みを押し殺した。 「だから。ただの、勝手な告白だと思ってくれればいい。なんだったら、聞き流して、忘れても ――」 ぺちん。 言葉は、微妙に気の抜けた音に遮られた。 バーバラの両手が、ソールの頬を挟んで叩いたのだ。 もともと非力な上に、本気で力を入れたわけでもないようなので、さして痛みはないが、驚いてソールは呆然としてしまった。 「ちょっと。ねえ、何よそれ。つまり、言いっぱなしなの? 言い逃げ? 勝手な告白って、それはあんまり勝手すぎるんじゃない?」 頬を手で挟んだまま ―― 身長差があるので、上目で覗き込む形で ―― バーバラはソールを睨みつけた。 「っていうか! なんでそんな遺言みたいな告白なのよ! そんなのじゃ女の子は喜ばないわよ!」 「いや……その……」 その剣幕に、どう返答したものかしどろもどろになっていると、バーバラは手を離し、今度は鼻先に指を突きつけてきた。 「いい? 簡単な算数の問題よ。二分の一足す二分の一は、いくつ?」 「は……?」 いきなり話が飛んでぽかんとしていると、バーバラは、 「いいから答える! 二分の一足す二分の一!」 「……『一』……で、いいのかな」 「正解。二分の一とか、ゼロにはならない。それと同じことよ」 バーバラはスカートをひるがえし、腰に手を当てた。 「本当だの、本当じゃないだの、そうじゃないでしょ? 実体の方もソール、今のあなたもソール。どっちかが偽物なんじゃなくて、どっちも本物で、半分こになってたのが足して一になるのよ。問題なんてないじゃない」 そこまで単純な問題ではない気はする。 するのだが……それでも、彼女が言うと、不思議な説得力が出てくるようにソールには思えた。 自分よりずいぶんと小さくて細っこい体が、やけに大きく感じられる。 「それにねー。まだ二分の一のままで、手がかりさえ見つかってない人間がここにいるんですけど?」 「あ……!」 ソールは思わず口を押さえた。 自分のことだけで頭が一杯になっていた、己の無神経さと馬鹿さ加減を呪いたくなる。 どうして思い至らなかったのだろう。 悲観する言葉はすべて、バーバラの存在をも否定するのと同義なのだと。 「ごめん……バーバラ」 「謝ったって許さないわ」 つんとそっぽを向き、唇をへの字に結ぶ。 先刻の胸の痛みよりもなお重い固まりを飲み込んだような気分で、ソールは呟いた。 「そう……だよな。ごめん……」 「そうよ。そのかわり」 振り向き、バーバラはにっこり笑った。 「元の自分に戻ったら、あたしにもう一度『好きだ』って告白すること。それで許してあげる」 「……え?」 「不満? それとも、あたしを好きだって気持ちは、保つ自信がないの? 一人になったら、消えちゃう程度でしかないの?」 「……違う。そうじゃない」 ―― この気持ちは。 伝えずにいられなかった思いは、きっと。 「なら、約束よ。絶対だからね!」 「ああ。約束、する」 泣き笑いのような顔で、ソールはバーバラの差し出した手のひらを握り返した。 「バーバラは、強いな……。おれなんかより、ずっと」 ふふ、と彼女はいたずらっぽく笑みをこぼした。 「ますます惚れ直した?」 素直にうなずくと、バーバラは照れたように小さく舌を出した。 *** 答えは求めないつもりだった。 でも、それ以上のもので、彼女は応えてくれた。 そんな彼女に報いることができるように。 逃げずに向き合う決意を固める。 終わりではなく、始まりにする。 分岐した二つの道が交わり、ひとつになる時、その先にも道は続いていくのだと、信じて。 −END− |
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<オマケのあとがき> 確か2年ぐらい前からくすぶってたネタです。書き出す前は主人公の独白で状況説明→いきなり告白シーンのつもりだったんですが、実際書いてみたらなりゆきで仲間たちの会話も入りました。結果的にはこの時点でのパーティメンバー全員の台詞を書けたので、自分としては満足。……と言ってもアモっさんなんかは一言だけですが。ついでに、本来現実側でシエーナの町(※DS版におけるマルシエの町)の位置にあるのは民家だったはずなんですが、話の都合上、宿屋に改変してしまいました汗。 ゲーム上ではこの辺りのイベントを進める順番はある程度自由になってますよね。というわけで、この話では主人公合体イベントはカルベローナ復活前です。もしこれで先にカルベローナに行ってたら、こういう形の告白はありえないと思うので……。まあ、それはそれで別の話ができそうですけど。 基本的に私、バーバラは精神的に強い子だと思ってます。その中には本当は強がってる部分もあるけれど、そのことが露呈するのはカルベローナ以降。逆に、主人公が精神的に強くなるのが、自分の弱さを認めて実体を取り戻した以降で、バーバラを本当の意味で支えられるようになる……だったらいいなーと。 <<<小説目次 <<<ドラゴンクエスト目次 <<<TOP |