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 ソールたちは銀髪の剣士と対峙していた。
 ―― ヘルクラウド城。
 かつてあまねく全ての夢を統べ、貴き天に坐したゼニス王の謹厳にして壮麗なる城であったものが、闇の手に落ちたことで、在り方を歪められた場所。
 そこで彼らは剣士 ―― テリーと戦い、また、魔王の一人であるデュランを苦闘の末に打ち負かした。
 そして今、再び、一行とテリーとは向き合う形になっているのだった。
 テリーは満身創痍だった。ひざまずくのもやっとという有り様だ。
 もっとも、致命傷はない。魔物側についていたとはいえ同じ人間、しかも互いに見知っていた間柄。命を奪うには忍びず、最終的には彼は気を失わせるに留められた。そのためである。
 だが、一流の腕を持つ者を牽制するのは伝説の武具を身にした勇者にもなまなかなことではない。加えて、殺すつもりでかかってくる相手に対して、戦闘不能にする程度で済ませなければならないという制約があった故に、双方ともに無傷ではいられなかったのだ。
 しかし、かたやソールを含む六人は、魔王との激戦を辛くも乗り越えた直後であったが、魔法力や体力にもいくばくかの余裕を残している。どちらが有利であるかは明白だった。……気絶から回復したテリーが、それでも相対していたのは、最後の意地だったのかもしれない。


「オレをこのままにして行く気か?」
 テリーは自嘲ぎみに唇を枉げた。
「まさかそんなわけはないとは思うがな」
「ああ」
 ソールが、仲間たちを代表する形で応じた。
「もちろん、このままにはしない。だから……」
「やっぱりな。いつだってこうなんだ!」
 その言葉を遮り、テリーは呻いた。
「こっちが助けてほしい時は誰も助けてくれないくせに、なぜオレのやることは邪魔ばかりする? ……オレは強くなりたかった。強くなれるなら、相手が魔物だろうが何だろうが構わなかったんだ」
「テリー……」
「さあ、殺せ。殺すがいい! 生かしておいたら、オレはきっとあんたらを殺すことになる。今のうちに息の根を止めておくのが賢明ってもんだぜ。さあ、一思いに殺してくれ!」
「……そうか……。それなら……」
 ソールは深くため息をつくと、テリーに向けて手をかざした。
 魔法で消し去るつもりかと覚悟を決めた顔つきで、彼はうなだれ瞳を閉じた。
「ソールさん!?」
「おい……!」
「えっ、まさか」
 チャモロやハッサン、アモスが目を見張り、
「やめて!!」
 ミレーユが悲痛な叫びを上げたが。
「待って」
 バーバラがそんな彼らを制した。
 ソールの指先に、光がともる。―― 回復呪文の。
「……!?」
 予想と裏腹に、瞬時にして癒されていく己の身体を見下ろし、テリーは驚いて顔を上げた。
「これで、剣を振るうのに差し障りはなくなったはずだ」
 片膝をつき、ソールはテリーの目をじっと覗き込んだ。
「きみのその剣で、おれを殺すといい」
「なっ……!」
 その場の誰もが息を呑んだ。『あんたらを殺すことになるだろう』と言った当人でさえも。
 だが、ソールは平然と続ける。
「一切おれは抵抗しない。みんなにだって手出しはさせない。……簡単なことだろ?」


   ***


 テリーは呆気にとられていた。
(何なんだ、こいつ? いったい何を考えてやがるんだ?)
 わからなかった。
 何しろ、目の前の少年は微笑みすら浮かべているのだ。
 幼い子供に言い聞かせでもするように、笑いながら自分を殺せと言う。
 ―― からかっているのか?
 真意を計りかね、思わず口を突いて出た言葉は。
「おまえ、バカか? 死にたいのか?」
「別に死にたくはないさ」
 他の者たちにソールと呼ばれていた少年は、肩をすくめた。
「死にたくないから、これまでずっと必死に戦ってきたんだしね。……ただ、バカだってのは当たってる。バカだから、こうするより他に、きみの信頼を得る方法を思いつかないんだ」
「信頼だって?」
「ああ。おれはきみの力になりたいと思ってる。そして、きみの力を貸してもらいたいとも思ってる。できれば仲間になってほしい。このままにしないっていうのは、そういう意味でだよ。でも、きみがおれを……おれたちを信頼する気がないのなら」
 彼はいったん言葉を切り、腰を上げた。
「きみ自身が言うように、再び敵同士としてまみえる日が来るかもしれない。今のうちに息の根を止めておいた方が賢明だ、とも言ったね。それは逆に考えれば、きみにとってのおれの存在も同じことだろう? だから、殺せばいい。いつかどこかでじゃなく、今、この場で」
「……本気で言ってるのか?」
「疑うのなら、試してみるのが一番だと思うけど」
 テリーはゆっくり立ち上がり、雷鳴の剣を手に取った。
 やろうと思えば、言葉通り抵抗せずとも……また、たとえ抵抗したとしても、一瞬で済むだろう。
 だが……。
「何をむちゃくちゃなこと言ってるんだよ、ソール!」
 唖然としていた大男が我に返り、怒鳴った。
「みすみす命を落とす気か!? そんな奴、ほっときゃいいだろうが!」
「同感です」
 眼鏡の少年が静かに杖を構えた。
「わたしたちに手出しはさせないとおっしゃいましたが……それは無理な相談ですよ」
「さすがに見過ごすわけにはいきませんよね」
 青鎧の戦士もまなじりを決し、厳しいものを面に浮かべている。
「お仲間はああ言ってるぜ?」
 テリーは侮蔑を込めた目を向けた。
 どうせこうなることを見越していたのだろう。本気のわけがない。
 だが。
「大丈夫さ。……バーバラ」
 ソールは、蒼白になった女性を支えている、赤毛の少女を振り向いた。少女は真摯な表情でうなずき、
「わかってる。そうなったら、あたしがみんなを止めるよ」
「バーバラ!?」
 驚く仲間たちに、少女は噛んで含めるように言った。
「あたしは信じてるから。ソールと、ソールが信じた人を」
 彼らは絶句し、少女を見つめた。
「ありがとう」
 少年は満足げに破顔して、テリーに向き直った。
「さあ、これで邪魔は入らない。安心していいよ」
「……おまえ……」
「あ、そうだ」
 ソールはまるでうっかり忘れ物でもしたかのように、あっけらかんと髪を掻いた。
「どうせなら一気に終わらせてくれよな。じわじわやられるのはさすがに嫌だからさ」
 理解に苦しむ。
 どうしてこいつは、こんな風に笑えるのだろう。
 死神を前にしているも同然だというのに。
 自分がこの手をわずかに動かしてやるだけで、全ては終わるのに、なぜ。
 剣を構え、鎧の合間、喉元の急所にたがわず切っ先を据える。
 それでもなお、このおかしな少年は身動きひとつせず、抗う色をかけらさえ示さない。恐れることも怯むこともない、揺るぎなく穏やかな双眸で、ただこちらを見つめ返している。
 できるはずがないと、侮っているのだろうか。このオレが、いざとなれば怖気づくだろうと。
 ―― 腹立たしい!
 刃が服の襟首をぐいと喰い込ませた。
 あとほんの少し力を込めれば、喉笛は容易く貫かれるに違いない。……が。
(それとも……あるいは、まさか)
 頭をかすめる思いに、手が止まる。
(本当に信じているのか? オレのことを……)
 ためらいが心の奥底を駆け抜けた。
 それを確信に変えるような視線が、剣よりも鋭く突き刺さる。
 愚かしいまでに開けっぴろげで澄んだ目から、まっすぐに。
「…………っ」
 テリーは剣を引き、投げ捨てた。至高の名剣が音を立てて無造作に床に転がる。
「バカバカしい。抵抗もしない奴を殺すほど、オレは落ちちゃいない!」
「それじゃあ……」
「勘違いするな。魔物に魂を売った人間にだって、最低限のプライドってもんがある。それだけだ」
 言い捨てて、ふいとそっぽを向いたその時。
「テリー。もう意地を張るのはおやめなさい」
「……?」
 振り返ると、そこには先刻青ざめていた金髪の女性が佇んでいた。
「何だあんた、偉そうに。だいたい、そんな気安く名前を呼ばれる筋合いはないぜ」
「……そうね……。普通なら忘れてしまってもおかしくないほど時間もたって、忘れてもおかしくないほど色々なことがあったわ」
 彼女は寂しげに睫毛を伏せて微笑んだ。
「でも……あなただって覚えているはず……。ガンディーノの町のことや人々のこと……そして、私のことも……」
(――!)
 衝撃が胸の内を駆け抜けていった。
「ま……まさか……」
 思わず声が震える。
 もはやあきらめていた、呼びかけることはありえないと思っていたその名を、恐る恐る形にする。
「ミレーユ……姉さん!? 本当に、ミレーユ姉さんか!?」
「そうよ。テリー……」
 幼い日から追いかけ続けた姉が、ゆっくりと歩み寄り、こちらの頬に手を触れた。
「……姉さん……!!」
 恥だの外聞だの、そんなものは頭から吹き飛んでいた。
 遠い遠い昔に還ったように、テリーは姉の肩に額をうずめた。


   ***


「テリーは、私の生き別れていた弟なの」
 落ちついた頃合を見計らい、ミレーユは仲間たちに改めて紹介した。
「もしかしたらと、ずっと思っていたのだけれど……」
「……長い間、探し続けていたのに」
 テリーは気まずい面持ちで、ミレーユの隣に立っていた。
「こんなに近くにいたのに、気づかなかったなんてな。自分で笑っちまうよ」
「いいえ、テリー。何度かあなたを目にしていても、声をかけられなかった私も悪いの」
「姉さん……」
 彼はぽつりと呟いた。独り言のように。
「あの時のオレに、今の半分でも力があったなら……姉さんを守ることができたのに……」
「いいの。もういいのよ。誰のせいでもないわ」
 ミレーユはそっと弟の手をとった。
「それより聞いて。あなたの力を必要としているのは、今はもう私だけじゃない。あなたがこれまでつかんだ力を、これからは世界のために使ってほしいの。テリー……。私たちの仲間になってくれるわね?」
「姉さん……だけど……」
 今なお迷いながら、自分たち姉弟に視線を向ける五人を見渡す。
 すると、
「オレは構わないぜ」
 真っ先に異論を唱えそうだったハッサンが、つまらなさげに腕組みした。
「ミレーユの弟だもんな。反対できるわけねえさ。それに」
「何たって、ソールが命を懸けてまで信じたんだもん。ね?」
 バーバラが明るく笑いかける。
「歓迎するよ、テリー」
「そうですね。お二人のおっしゃる通りです」
 チャモロは丁寧にゲント流のお辞儀をした。
「これからよろしくお願いします、テリーさん」
「私、いろいろ感動してしまいました……姉弟っていいですよね!」
 アモスが滂沱の涙を流しかねない様子で、大げさに目元を拭う。
 そんな彼らを見回した後、ソールが満面の笑顔でテリーに手を差し出した。
「二人とも、再会できて良かったな。……よろしくな、テリー!」
 戸惑い、助けを乞うように姉を見ると、彼女は優しく目を細め、促してきた。
 ためらいがちに伸ばした手がしっかり握りしめられる。
 テリーは口の端を持ち上げ笑った。
 傍目にはもしかしたら皮肉めいて映ったかもしれない。
 だが、それは長らく忘れていた、心からの笑みだった。
 ……と。
「それはそうとだな」
 ハッサンが手をポキポキと鳴らし、ソールはぎくりと身をすくめた。
「お・ま・え・は、こっちの肝を冷やす真似してるんじゃねえよ! この大バカ野郎が!!」
 次の瞬間、彼は太い腕で首を絞められる格好になっていた。
「いて、いててっ! ちょっと、本気で苦しいって!」
「それぐらい甘んじて受けてよ」
 バーバラが泣きそうな顔で口を尖らす。
「信じてたけど……でも、本当はあたしだって、生きた心地しなかったんだからね!」
「ごめん! ごめんってば! 悪かったと思ってる、だから……うぐ」
「あの……その辺りにしておかないと、本当に死んじゃいますよ」
 チャモロが苦笑して言葉を挟んだ。
「まあその時は、ゲントの神様の出番でしょうねえ」
 じゃれ合いと見抜いている顔で、のほほんとアモスが笑った。
 そうやって埒もなく言い合う彼らを、ミレーユは楽しそうに見守っている。
「いい仲間に出会えていたんだな。姉さん」
「ええ。……テリー、あなたもね」
 ミレーユの返事に、テリーは素直にうなずいた。
「……そうだな」
 頑なになっていた自分が緩やかにほどけていくのを、彼は感じていた。
 ―― 仲間たちの輪の中で。


 −END−



<オマケのあとがき>

珍しく恋愛絡みじゃないネタ、しかもテリー寄りの視点ですが、さりげなく主バ要素入ってる辺りが私ですね。さりげないかどうかは意見が分かれそうですけど。

奥井雅美さんの曲『空にかける橋』(アニメTOEオープニング)をリピートで聴いていて思いついた話です。歌詞からテリーに対して手を差しのべる主人公が思い浮かんで、そこから後はほとんど連想ゲーム状態で、会話が頭の中に一気に出来上がってこうなりました。展開がよくあるパターン、というか、似たよーなシーンをどこかで見た気がしてしまうんですがー;; こんなんばっかや自分……。

ゲーム中のこのイベント、「オレをこのままにしてゆく気か?」で「はい・いいえ」のどちらを選んでもなんだか長台詞でいじけやがるので、どやかましい、ホンマにもっぺんしばいたろかこのガキ、とか私は思ったんですが(酷)、主人公はそうじゃないだろうってことで。底抜けにお人好しな主人公くんが書きたかったんです。でも、彼の言ってることを平たく意訳すると、つまり「仲間にならないなら殺していけ」なんですよね。なんていさぎよいナンパでしょうか(色々と誤)。

2011年2月、部分改稿しました。訂正要素はアモスの出番と、センテンス内での視点の統一です。以前のものは投稿先の「DQ6同盟」さんにて読むことができます。


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