● ノーブル・マーベル /1 ●




 好事家の大金持ちとして世間に名を馳せる、カルバン・ジャンポルテ。その彼お抱えの楽団が、軽快なドラムロールを奏でた。
 広大な館の内部にしつらえた贅沢な舞台に光の輪が踊り、壇上に整列した人々を照らし出す。そこに並ぶ面々は、老若男女、実にさまざまだ。ただひとつの共通点は、誰もが各人ごとに思う、自信の装いを披露しているということ。
 ベストドレッサー・コンテストと名づけられた催しへの参加者たちに、観衆の視線とざわめきは束ねられ、集中していく。その頃合を見計らい、絶妙な協和音が響き渡り、司会進行役の男が高らかに宣言した。
「さあ、栄えある今回の優勝者は ―― !」
 と、ここで大きく息を吸い、間を持たせる。
「総合三百十八点獲得! 五番、ソールさんです!」
 直後、祝福のファンファーレと惜しみない拍手とが場内を満たした。
 それらを一身に浴びた優勝者 ―― 伝説の武具一式を身にまとった勇者でもある少年は、晴れがましいというよりも肩の荷が下りたというように息をついた。


「……やれやれ」
 優勝賞品の入った包みを片手に、ソールはやや年寄りじみた仕草で肩を叩いた。大勢の前で目立つことをするのは、どちらかといえば苦手な方だ。
 一仕事終えた気分で仲間たちの待つ観客席に向かうと、笑顔の出迎えがあった。
「お疲れさまです」
 ねぎらいの言葉はチャモロから。
「やったね、一等賞!」
 親指を立て、明るくウィンクを送るのはバーバラだ。
「優勝……おめでとう……ギルルルン」
 最近仲間に加わったドランゴも、たどたどしい口調で精一杯のお祝いを述べた。
「ここでも伝説の武具は注目度抜群だな。まっ、当然といえば当然か」
 まるで我が事のように、ハッサンが少し得意げな言い方で誉めそやすと、ミレーユが楚々とした微笑を浮かべた。
「集めるのに苦労した甲斐もあるわね」
「…………」
 そんな姉の横では、テリーが何やら複雑そうな顔をしていたりもしたが。
「それで、今回の賞品はどんなものですか?」
 現金な方向へ問いかけてきたのはアモスである。
「ああ、おれもまだ見てないんだ。今開けてみるよ」
 ソールが包みに掛けられたリボンに手をかけ解いていくのを、仲間たちが円陣状になって注目する。
 中から現れたのは、淡い黄金色をした、美しいドレスだった。
「わあ……! きれーい!」
 興奮した面持ちでバーバラが真っ先に反応した。
「ねえねえ、もっとよく見せて!」
「いいよ、ほら」
 ソールが包みごと手渡してやると、バーバラは喜々としてドレスを広げた。
 きめ細やかな布地が、照り返しなどではなくそれ自身から発光するように、うっすらと輝きを放っている。細身のシルエットと足元まで隠すまろやかなドレープが上品で、そのまま城の舞踏会に出ても問題なさそうなデザインである。
「素敵ね」
 妙齢の女性としてはやはり感ずるところあるのか、ミレーユが羨望の吐息をついた。
「きらきら……まぶしい……」
 笑顔をつくるように、ドランゴが目を細める。種族は違えど、こちらも綺麗なものや可愛いものには憧れるらしい。
「これは ―― 光のドレスですね」
 元々の博識に加え、近頃は転職で鑑定の呪文も覚えたチャモロが、ドレスを興味深そうに観察した。
「服そのものに守護の魔力が込められているんですよ。この輝きが、呪文でいえばマホカンタと同等の役割を果たすんです」
「へえ、見た目だけじゃないってことか」
 ハッサンが感心していると、アモスがすかさず口を挟んだ。
「まるで私みたいですね! こう見えて実は、って辺りが」
「まあ、それはともかくとして、きっと戦いの役にも立つと思いますよ」
「……そこであっさり流さないで下さいよ、チャモロさん。寂しいじゃないですか」
 そんな男性陣のやりとりはさておき、ドランゴ含む女性陣にとっては、衣装の実利よりも見た目についての方が重要らしかった。
「ねえ。これ、前にここでもらったガラスの靴と合わせたら、お姫様みたいじゃない?」
 ドレスにも負けないくらいきらきらと、バーバラは瞳を輝かせた。
「そうね。良い組み合わせだと思うわ」
「だよね! いいなあ……次のコンテスト、あたしこれ着て出たいな」
「ギルルルン……きっと、似合う」
 憧れても自分には到底着られないのは察しているようで、ちょっぴり寂しげにドランゴが尾を揺らす。
 そんな彼女の背を優しく撫でてやりながら、ミレーユは何気なく言った。
「これでお姫様をエスコートする王子様が隣にいれば、まるでおとぎ話の世界ね」
「ん? 王子だったらそこにいるだろ」
 と、テリー。その指が示す先には。
「……へっ? おれ?」
 唐突に話題の矢印を向けられ、ソールは思わず間の抜けた声を出した。
「あら、そういえば」
 意識せずに発言していたのか、ミレーユも弟に言われて初めて気づいたように、口元に手を当てた。
「ああ、確かにソールさんだったらうってつけですね」
 ぽんとチャモロが手を打つと、アモスがこっくりうなずいて、
「何しろ、天然の本場物ですからね! こだわりの本格派ですよね」
「そういう言い方をすると、食べ物か何かみたいなんですが……」
「おあつらえむきに、白馬もいるしな。まあ、舞台にファルシオンで乗りつけるわけにはいかねえけど」
 ハッサンの言葉に、俄然バーバラが身を乗り出した。
「でも、いい! それすごくかっこいい、白馬の王子様!」
「ちょ、ちょっと待った!」
 話題の主はそっちのけ、とんとん拍子で好き勝手に会話を発展させていく一同に、ソールはたまらず制止をかけた。
「おれ、引き受けるとも何とも言ってな ―― 」
 そう言いかけるのを、しかし、ミレーユがやんわり割り込んで止める。
「いいじゃない、エスコートしてあげるぐらい。こんな時は黙って快くうなずいてあげるのが、殿方の度量だと思うわよ」
「いや、度量って」
「……ソールはあたしがお相手じゃ、不満?」
 バーバラがむくれるような、それでいてどこか悲しそうな表情になる。
「や、あの、そうじゃないけど……でも、おれじゃなくても、何ならテリーとかだって」
 しどろもどろになりつつ視線を泳がせれば、『どうしてそこでわざわざオレを引き合いに出すんだ』と言わんばかりなテリーと目が合った。
 だが、その彼が実際に文句を口に出すよりも早く。
「あら、テリーはだめよ」
 ミレーユの端正な唇が、茶目っ気をのせてほころんだ。
「だって、テリーはドランゴの王子様だもの」
「……姉さん……」
 勢い削がれ、どっと疲れたようにテリーは肩を落とした。
「まさかそれって、ドランゴが出る時はオレに王子役をやらせるって意味か?」
「テリー……私の、王子様……」
 頬染めはにかむ乙女さながら、ドランゴがうっとりする。
 そういう純朴な好意を無下に扱うのもためらわれるようで、テリーは半眼でそちらを見つつも特に突っ込みはしなかった。
「―― とにかく!」
 このままでは脱線する一方と踏んだか、バーバラはひときわ声を張り上げた。
「あたしはソールがいいの。ソールに王子様してもらいたいの!」
「ええと……その」
 聞きようによっては告白ともとれかねない率直な言葉にたじろぎ、返答に詰まる。
「おーい。女の側にここまで言わせといて黙殺かー?」
 にやにやと、あからさまにこの状況を他人事として面白がっている口ぶりで、ハッサンが野次を飛ばした。
「ひどい人ですねえ。鈍いのも、あまりに過ぎると罪作りですよ、ソールさん?」
 同じく、わざとらしさをたっぷり含ませて、アモスが大仰に肩をすくめる。
 ―― 包囲網が完成しつつある。
 往生際悪く、冷静な諌め役のチャモロにフォローを期待してみたものの、こういう場合は口出ししていいものやらと迷っているらしく、困ったように笑うだけだった。
 いよいよ進退窮まったのを悟り、ソールは諸手を挙げた。
「ああもう、わかった、わかったよ! やればいいんだろ」
 やけっぱちに近い物言いは、主にハッサンとアモスに向けたものだったのだが、ミレーユがそれを見咎め、穏やかにたしなめてきた。
「ほら、ソール。そうじゃないでしょう?」
「あ……」
 見れば、バーバラが胸元にドレスを抱きしめ、じっと何かを待つ目でこちらを見つめている。
 腹をくくり、ソールは彼女の期待に応えた。
「……おれで良ければ、喜んで」
「やったあ! よろしくねっ、あたしの王子様!」
 ひゅう、と冷やかしの口笛が耳に入ってきたのは、この際無視を決め込む。
 喜んで飛び跳ねんばかりなバーバラを見ていると、こんなに嬉しそうにしてくれるならまあいいか、と思えた。
「それじゃ、善は急げ。早速エントリーに行っちゃお!」
「えっ、い、今すぐ?」
 予想外の発言に、ソールは目を丸くした。
「もっちろん! ソールのコーディネートだって、次の回が始まるまでに考えなくちゃだし」
「え? おれのコーディネートって……」
「ほらほら、一緒に来て!」
「うわっ、そんな引っ張るなよ」
「楽しそうね。バーバラ、私も衣装選び手伝うわ」
「私も……行く……。手伝いたい……」
 ミレーユにドランゴも後に続き、ほとんど取り囲まれる形でソールが連行されていく。
 その場に残された面々は、勇者を巻き込む突発性の嵐を見送り、顔を見合わせた。
「……行っちゃいましたね」
 どう反応していいのかまごついたまま、チャモロが呟く。
「ああいうのも、一種のハーレムってやつなんですかね?」
 アモスが首を捻ると、テリーが真顔でかぶりを振った。
「オレなら頼まれてもごめんこうむるな。むしろ、あいつの立場にちょっと同情するぜ」
 もっとも先刻の姉の態度からすれば、こちらものんきに構えてはいられない可能性が高いのだが、そこからはあえて目をそらしているらしい。
「で、オレたちはどうする? 次のコンテストが始まるまで時間があるだろうし、馬車に戻ってるか?」
 ハッサンの建設的な提案に、チャモロが同意を示した。
「そうですね。そうしましょうか」


   ***


「まあ、引き受けた以上、今さら断るつもりはないけど」
 俎上の魚にも似た諦念を滲ませ、ソールは嘆息した。
「どうしておれまで着替えなくちゃならないんだ?」
「そのままじゃ気分出ないもん」
 多少の抵抗も込めた疑問は、バーバラによる一言のもとにあっさり切り伏せられた。
「せっかくの機会ですものね」
 そこへさらに、ミレーユの援護射撃が飛んでくる。
「見た目、も……大事……」
 あげく、ドランゴまでもがこちらを諭し、ソールは沈黙するより他なかった。
 コンテスト参加者用の控え室である。
 まだ次の開始時間まではかなりの余裕があるため、実質的に貸切り状態。そんな中、バーバラたちは衣装選びという名目を掲げ、馬車から持ち込んだ種々雑多な装備品を広げていた。
 ちなみに、試着の邪魔になるからと伝説の武具一式は引っぺがされてしまい、今の彼は普段着である(さすがに着替えそのものは自分でやったが)。
「やっぱり、王子様っていったらこれかな?」
 バーバラは楽しげに貴族の服を手にとった。
「そうねえ。でも、タキシードに蝶ネクタイというのも捨てがたいと思うのだけれど」
「剣は……どれ、いい……?」
「うーん、なんとなく、細身の剣の方が映えそうだよね」
「だったら、隼の剣かプラチナソード辺りかしら」
 などなど、それを身につけるはずの当人は完全に蚊帳の外で、二人と一匹は大盛り上がり大会な様子。
 元々ソールは服装にそこまでこだわる質でもなく、必要に迫られなければ、じっくり吟味するという気もそう起こらない方だ。普段はせいぜい、動きやすくてそれなりに清潔ならいいか、といった程度の意識に過ぎない。
 そういったふうだから、人前で見せて歩くということもない、ほんのわずかな一時のために ―― その上当事者でもないのに、全精力を傾ける勢いでやいのやいのと論じ合っているさまは、正直なところ理解の範疇外だった。
「コンテストに出るのはバーバラで、おれはただのオマケなんだから、そこまで凝らなくても」
 その辺りのことを素直に口にしてみれば、再び女子勢の一斉砲撃が待っていた。
「もう、わかってないなあ」
「こだわりたい……のが、乙女心と……聞いた……」
「たとえばお料理でも、添え物までしっかり気を遣ってある方が、おいしそうに見えるものでしょう? それと同じことよ」
「……そうですか」
 おれは付け合わせのパセリか、と心の中でこっそり自重めいた呟きをこぼす。
 先にオマケと言い出したのはこちらだが、改めて人にそう言われると、そこはかとなく物悲しい気分だった。男心もなかなかに複雑なものなのである。
「とりあえず、色々合わせてみようよ。さ、ソール、まずはこれ着てみて!」
「その次はこっちね」
「私、選んだのも……ギルルン」
 ―― 前言撤回。
 付け合わせのパセリというより、どうやら等身大の着せ替え人形だったらしい。
 パセリと人形のどちらが立場的に上なのかという、深遠にして至極なさけない命題を抱え、手渡してきた装備品の山を受け取る。いずれにしても、これから長丁場になることは間違いない。
 何とはなしに、女性の買い物に付き合う時と同じ心境になって ―― つまり、それだけの根気強さと悟りの境地を以って、彼は更衣室の扉を開けた。



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