● ノーブル・マーベル /2 ●




 結局、バーバラ側の着替えやらヘアアレンジやら化粧やらでも延々かしましく騒いでいたこともあり、コンテスト開始間際まで時間を使うことになった。ぎりぎりすぎて、一番にエントリーしたにもかかわらず、頼んで入場順を最後に回してもらった程である。先刻まで同席していた他の出場者たちは既に会場に向かっており、控え室はまたも三人と一匹の独占場と化していた。
 最終的に、ソールの衣装はバーバラの意見が採用されて貴族の服。そして、レイドックにて父王より譲渡されたセバスの兜。腰に隼の剣を携え、手には祈りの指輪をつけた。
 バーバラの方は当初の予定通り、光のドレスとガラスの靴。それに加え、愛用のカルベロビュートを邪魔にならない位置に、護身具のようにくくりつけてある。高く結い上げていた髪は下ろしてゆるくまとめ、銀の髪飾りをアクセントにしていた。
「それじゃあ、私たちはみんなのところに戻るわね。良い結果が出せるよう、客席から祈っているわ」
 バーバラの化粧を調整し終え、ミレーユはようやく満足した顔で席を立った。
「うん。ありがとう、ミレーユ! ドランゴも」
「頑張ってね、お姫様、王子様。うふふ」
「二人とも……がんばる……」
 ドランゴがガッツポーズを模した仕草で両の拳を握ってみせる。
 ソールは彼女らが退室するのを見送りながら、単なる付き添い役が何をどう頑張ればいいんだろうなあ、と思った。
 無邪気に応援していた様子のドランゴはともかく、ミレーユがあらぬ方向に期待をかけてくるような、正体不明の微笑を残していったのも気になる。
 とはいえ、考えていても埒があかないので、ソールはそれについての思索は放棄することにした。
「さてと。おれたちも行こうか」
 伸びをしてバーバラを振り返る。
 すると、どういうわけかバーバラは、華やかな見た目にそぐわないふくれっ面をしていた。
「バーバラ?」
「だめ。不合格。鈍感。ソールってば、ほんと全っ然わかってない」
 謎の駄目出し連続攻撃を食らい、ソールが呆気にとられていると、バーバラは仁王立ちして睨んできた。
「そんなんじゃ、いつもとまるきり一緒じゃない。どうせならエスコートする間ぐらい、もっと王子様っぽく振る舞ってよ」
「王子様っぽく?」
「だからね、こう……ムードを出してほしいの。あたし、今はお姫様なんだから、たとえば『参りましょう、姫』とか」
「…………はあ」
 相槌ともため息ともつかない息の音を洩らし、ソールはがっくりうなだれそうになるのを堪えた。
 まあ、ここまで来たらいっそとことんまで付き合おうか、と諦め半分思う。
 言ってみれば、これは手の込んだままごと遊びだ。そう考えると、今は亡き実妹との思い出をたどるようで、懐かしい気分にもなる。―― 演じるべき役どころが本来の自分自身というのは、はなはだおかしな話ではあるが。
 ともあれ戯れの一環と割り切り、心構えを王族としてのものに切り替える。夢側の『平凡な田舎の一少年』だった意識は未だに強く、完全に以前の自分と同一になれたわけではなかったといっても、現実のレイドック王子である『もうひとりの自分』は、確かに己の中に根ざしている。
 生真面目な表情をつくり、ソールは背筋を正して宮廷流の礼をバーバラに送った。
「―― では参りましょう。その御手をお預かりする栄誉、私にお与え下さいますか、姫?」
 台詞は思いのほか流暢に口をついて出た。
 いささか芝居がかっている自覚はあるものの、彼女が求めているのは『それっぽさ』なのだから、多少大げさでも構わないだろう。相手の他には観客のない、二人きりの即興劇のようなものなのだし。
 ところが、しばし待てども返事はなく、妙な沈黙だけが流れる。
 恐る恐る面を上げると、バーバラは不意打ちでも食らったような顔をしていた。目が合ったとたん、彼女の唇がかすかに震える。
 似合わない ―― なんて笑われるかと一瞬覚悟したが、出てきたのはどこか気の抜けた、しおらしい声だった。
「あ……、は、はい。行こっか……じゃないや、えっと、参りましょう……か」
 おずおずと、熱い物にでも触れるような引け腰で、バーバラが片手を差し出す。
 わざわざ言い直している辺り、もしかしてこちらに合わせてしとやかな姫を演じようとしているのだろうか。
 ともかく、その手をしっかりと取り、連れだって控え室を出た。
 渡り廊下には全く人気がなく、ホールの喧騒が遠くから反響するように聞こえてくる。控え室から舞台までの距離そのものはさして長くないが、コンテスト参加者の登場口にはぐるりと回り込んで階段を昇降する必要があった。
 隣に並ぶバーバラを見遣る。普段は縁遠く馴染みのない裾長のドレスに加え、丁寧に扱わねばすぐ壊れてしまう、ガラス製のハイヒールである。傍目にもその歩きにくさは推して知るべしといったところで、足元は明らかにおぼついておらず、ぎくしゃくとしていた。
 そんな彼女に合わせ、手は繋いだままとりわけゆっくり歩くようにしていたが、裾が絡んだのか、バーバラが不意によろめいた。
「あっ……」
「危ない!」
 とっさにソールは空いた側の腕全体で彼女をかばった。
 抱きとめるのが間に合い、バーバラはどうにかその場で踏みとどまって体勢を立て直す。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
 尋ねると、腕につかまり立ちしたバーバラが、こちらを見上げて小さく首を振った。
 ひとまず胸を撫で下ろし、彼女がきちんと起き上がるのを待つ。
「くれぐれも足元にお気をつけて。もしも同じことが舞台の上で起きてしまうと、私には助けて差し上げることができませんから」
 王子としての役柄は崩さぬまま ―― けれど心配する思いは素の自分自身そのままに、ソールは言った。
「う、うぅ……わかってるわよ」
 幼児みたいな注意を受けたのが恥ずかしかったのだろう、バーバラはスカートを握りしめ、顔を紅潮させてうつむいた。よほど余裕がなくなっているとみえて、最初こそ気取って喋ろうとしていたのも忘れ、すっかり元の口調である。
 ただ、それはそれでソールの視点からすると妹が拗ねているようで、本人が言うところの『お姫様っぽさ』よりも、かえって幼い姫君めいた印象を受けた。
 微笑ましさに自然と頬をほころばせ、ソールは彼女を促した。
「さあ、こうしていては間に合わなくなります。舞台では無理でも、今はお気兼ねなさらずに私を頼って下さい」


 そんなこんなで目的の出入り口には無事たどり着き、なんとか開始に遅れることもなく済んだ。バーバラの順番は最後なので、他の参加者たちが順次入場していくのを眺め、出番が来るのを待つ。
 その間、バーバラは舞台の方に顔を向けながらも、そわそわと所在ない素振りでソールを横目に窺っていた。
 出場前までのはしゃぎ具合が嘘のように、さっきから口数も極端に減ってやけに大人しいし、本番を前にして緊張しているのだろうか。このコンテストに出ること自体は初めてではないはずだが、やはり慣れない装いが彼女を萎縮させ、不安を呼んでいるのかもしれない。事実、転びかけたばかりということもある。
 しかし、そうやって上がりっぱなしでは、尚のこと大きな失敗を招く原因になるんじゃないかとソールは思った。
 どうにか元気づけてやりたいが、いつもの調子で気安く頭を撫でたりすれば、また『王子様っぽくない』と怒ってしまいそうな気もする。
 わずかに考えを巡らせたのち、ひとつの思いつきで、彼はバーバラの傍にひざまずいた。
「―― 姫。ご無礼の程、お許し戴けるでしょうか」
「え……?」
 戸惑うバーバラの手を取り、細い指先に短く口吻けを落とす。
「なっ……ななな、なん……っ!?」
 ぼんっ、と湯気さえ立てそうなほど顔を真っ赤に茹で上がらせて、彼女は口をぱくぱくさせた。その盛大な動揺っぷりに、なんだかものすごいことをしでかしてしまった気分になる。……逆効果だったかもしれない。
 だが、やってしまったことを取り消せるわけでもなし、王子様ごっこの延長だと自らに言い聞かせ、極力落ち着いたふうを装った。向こうの緊張をほぐすためにやったのに、こちらまで照れて固まっていては余計に意味がなくなる。
「勇気の出るおまじないです。ご幸運を」
 泰然とした笑顔を捻り出す努力とともに、恭しく一礼する。
 ほどなく良いタイミングでバーバラが呼ばれたので、ソールはそっと彼女の背を押して送り出した。


 残念ながらソールの懸念は現実化してしまい、バーバラは上の空な様子で、足取りは見るからにふわふわとして危なっかしかった。こうして手の届かない背後から、ひっそり応援することしかできないのがもどかしい。気持ちはまるで、子供の初めてのお使いを見守る親である。
 それでも、舞台上を練り歩く必要のあるアピール・タイムもどうにかつまずくことなくやり過ごし ―― ときどき同じ方の手足が同時に出てはいたが ―― 滞りなくコンテストは進行していった。
 審査員による話し合いが始まり、やがて、定例のドラムロールが鳴り響く。
「栄えある今回の優勝者は ―― !」
 舞台裏にまで良く通る声で、司会役が呼ばわった。
「総合、三百四十五点獲得! 二番のユルルンさんです!」
 会場がファンファーレと拍手に包まれる中、ソールは結果に落胆せずにはいられなかった。
 こればかりはどうにもならないことといっても、事前から気合を入れて臨む姿を見ていただけに、彼女に花を持たせてやりたかった親心……もとい、仲間心である。
 この位置からではバーバラの表情は見えないが、落ち込んでいるだろうことは想像に難くない。戻ってきたら、どうやって励まそうか。
 ―― と。
「それでは皆様、シーユーネクストター……おおっと?」
 定型句で締めくくろうとした司会が急に中断し、オーバーに驚嘆した。
「なんと、特別賞! 今回は審査員の先生方が、特別賞を出した模様です!」
(……え?)
 観覧のみも含め、ソールたちは複数回ここに訪れているが、そんなものは初耳だ。
 成り行きを注視していると、丸く絞られた照明光がバーバラの姿を浮かび上がらせた。
「受賞は五番! バーバラさんです!」
「え? ええっ? あ……あたし!?」
 見ていたソールも驚いたが、本人はさらに動転した様子で周囲を見回した。
「受賞にあたって、審査員の皆様はコメントをお願いします!」
「んー。じゃあ、まずは僕から」
 ラルフと呼ばれる吟遊詩人風の伊達男が席を立ち、司会役に目配せした。
「君、すまないけど、ちょっとあそこの彼を連れてきてくれるかな。その方がお客さんにもわかりやすい」
 そうして指示を受けた司会は、なぜかソールのいる方にやってくる。
「ささ、どうぞこちらへ」
「え!?」
「さあさあ、早く早く」
「いえ、あの、なんで」
 否も応もなく、強引にソールは表舞台に引っ張りだされた。バーバラのすぐ隣に並ばされて、お互いおろおろと相手の顔を見る。
「僕ら、さっきから見てたんだけどさ。彼って五番さんのお連れなんだよね?」
 ラルフは尋ねるというより、確信しているのを念押しするように言った。
「ペアでの組み合わせを意識したトータルコーディネート、なかなかだと思うよ」
「このコンテストはシングル制。当然、私たちの下す評価はエントリーした個人に対してのものざます。……ですが」
 シャロンという名の女性審査員が、すまし顔で滔々と述べる。
「協力して事に当たるその姿勢。そして、本来ならば人目には触れぬ、表舞台に出てこない部分への細やかなこだわり ―― それこそ真のお洒落心と呼んでいいものざますわ。その点は是非とも加味すべき、と感じましたの」
「しかし、じゃ!」
 いかにも頑固な面差しの老人、ダンテが空気を引きしめるように発言した。
「あくまで今回の賞は、その名の通り『特別』じゃぞ。特例中の特例と心得るが良い。同じ手が次も通用すると考えるのは大間違いじゃ。己のかっこよさとセンスをさらに研鑽し、今度は正攻法で優勝をもぎ取れるよう、日々精進せいよ」
 最後にシャロンは機嫌良く付け加えた。
「ふふ……とはいえ、この際ですから、ペア部門の創設をジャンポルテ様に進言してみるのも悪くないざますね」
「審査員の皆様、ありがとうございました! それでは、特別賞のバーバラさん、そのお連れの方にも、改めて盛大な拍手を!」
 司会の言葉とともに、万来の拍手と温かな歓声が巻き起こる。
 思いがけない展開に、二人はひたすら呆然と舞台上で縮こまるばかりだった。


   ***


「で、もらった賞品がそれってわけか」
 ハッサンは、バーバラの手の中で輝く桜色の真珠を覗き込んだ。
 コンテスト終了後の観客席。
 特別賞の二人を囲む形で、再び仲間たちは雑談の輪を作っていた。
「以前、宝箱から同じ物を手に入れたことがあったわね。バーバラにひとつ、私にひとつ、お揃いで持ちましょうか」
 妹の晴れ姿を喜ぶような柔らかいまなざしで、ミレーユは言った。
「ギルルルン……」
 そして、ドランゴが羨ましげに指をくわえているのに気づき、両手をぽんと合わせる。
「そうだわ。確かペスカニの店でも扱っていたはずだから、ドランゴの分を今度買ってあげるわね。三人でお揃いにしましょう」
「ありがと……ミレーユ……!」
「めでたしめでたし、ってとこだな」
 ハッサンは快活に笑った。
「ま、結果論ではあるけどよ。何だかんだで、ソールもついていって良かったじゃねえか」
「いやー、実にドラマチックでしたよねえ。よっ、色男!」
「バーバラさんが特別賞なら、ソールさんは今回の功労賞でしょうね」
 アモスが囃したて、チャモロが健闘を称える。
「そのわりに、ソールの奴はしょぼくれてるみたいだけどな」
 テリーが不可解そうな視線を向けた。
「……ほっといてくれ」
 ソールは自己嫌悪に陥ったまま、かろうじてそれだけ言い返した。
 王子としての仮面を外して素顔に戻った今、胸中はいたたまれなさで大後悔の嵐だった。
 他者の目がないと思い込んでいたからこそできていた、一連の言動が恥ずかしくて仕方ない。審査員の人々がいつから着目していたのかわからないが、まさか一部始終、ずっと見ていたのだろうか。
 そのことを確認しにいくのも恥の上塗りにしかならなさそうで、うやむやのまま、孤独な脳内反省会を悶々と繰り広げるより他になかった。できるものなら今すぐ個室に引きこもって枕をかぶり、丸まってしまいたい。切実に。
 反応からして、どうやら仲間たちの居場所からは死角になっていたらしいことだけが救いである。
「―― とにかく!」
 そんな心理的葛藤を振り払うように、ソールは声を張り上げた。
「おれはもう『王子様』はやらないからな。バーバラも、これで気は済んだだろ?」
「……うん」
 どことなく夢見心地な気配を漂わせ、バーバラは控えめにうなずいた。
「その……あたし、やっぱり、ソールはいつもどおりの方がいいな」
「それは良かった」
 もう一度同じことをやってほしいと言われたらどうしようかと思っていたので、ソールは心底ほっとした。
 ただ、事情を知らない仲間たちには訳がわからなかったようで、
「……いいんですか?」
 チャモロが不思議そうに頭を傾げる。
「王子様をやらないって、ソールさんが王子様なのは変わらない事実ですよね?」
「身分放棄は、いくらなんでも考え直した方がいいと思いますよー?」
「だよなあ。王族なんて、良い服着て脚光を浴びるのも仕事みたいなもんだろ? これしきのことでへばっててどうするんだよ。しゃきっとしろよな、王子様」
 ハッサンが馬鹿力で背を叩き、ソールは思いきり咳き込む羽目になった。


   ***


 そうやって、皆がわいわいと騒ぐ中。

 ―― だって。
 バーバラは、誰にも聞こえないよう密かに呟いた。
(だって、ソールがいつもあんなだったら、あたし心臓もたないもん!)

 少女のそんな隠された本音が、鈍感な王子様に伝わる日は遠そうである。



−END−



<オマケのあとがき>

2010年9月26日付の日記で書いていた小ネタを元にした話です。ペア評価のオチは、その日記に対して拍手で頂いたコメントから発想のヒントを頂きました。いつもはSFC版準拠ですが、今回は全体的にDS版を意識した構成にしたつもりです。そしてドランゴ、本邦初登場。出すのが難しくて、これまでうまく話に絡ませられなかったので、今回書けて楽しかったです。

本当は「お姫様」なので、プリンセスローブ&黄金のティアラの定番コンビにしたかったんですけど、どちらもゲーム中では入手できるのがラストダンジョンなんですよね。そこからベストドレッサーに持ち込むのは流れとして不自然になりそうだったので、実際にコンテスト景品となっている光のドレスを使用しました。個人的には、DSデザインだと貴族の服、SFCデザインだとタキシードと組み合わせるのがしっくりきます。

設定上、この話の主人公は今まで書いてたシリアス寄りのSSとは別軸の彼、というイメージです。たぶんバーバラにコクってないし、そもそも恋心をまだ自覚してないと思われ(意識してたら朴念仁っぷりはもう少しマシなはず)。ただ、基本性格は同じのため、統一して自分設定の「ソール」の名前を使ってましたが、いっそオフィシャルの「レック」にしておいた方が良かったかも。



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