● one more chime ●




 並んだ家々から、夕餉の煙が良い匂いを運び流れてくる。
 懐かしい《石塔の学び舎カイン・ガラ》の景色。
 かつてレイクリスと二人、他愛ない会話を交わしながら歩いた場所。
 日暮れの紅はあの頃と何ら変わることなく、行き交う人々と街並とを染め上げていく。うつろう時代も世の中の雑事も、まったく知らぬげに。
 《黒眼鏡の英知亭》の軒先で仲間たちが来るのを待ちながら、ソラは一人ぼんやりと、そんなことを思った。

 魔術師協会内で起きた<守りの剣>盗難事件が解決し、一段落を迎えた後。
 それで得た報酬の大半をレイクリスの蘇生費用として寄付したジークたちは、宿代などの経費を抑えるため、ソラの母が住む家へと移動しようということになった。そういったわけで、彼らは今、宿を引き払うための準備をしている。ソラはその出迎えと案内役である。
 姉のエアは、今頃はルーフェリア神殿にいるはずだった。バトエルデン大司教から何か連絡が届いているかもしれないし、と出向いたのだが、何もなければおそらくそのまま神殿に泊まるつもりなのだろう。当の母は現在留守にしているとはいえ、姉は彼女とそりが合わず、世話になるのをなるべく避けたがっているから。
 残りの冒険仲間は男所帯。身支度に手間どる女性と違い、大した時間はかからないと踏んで、ソラはここで出てくるのを待つことにしたのだった。
 ……と。
「あ。ここにいたのか」
 聞き覚えのある声に、振り返る。
 いつのまにか、宿の扉からジークがひょっこり顔を覗かせていた。
「他の二人は?」
 そばにやってくる彼に問いかける。続けて出てくるのかと思えば、どうやら一人きりらしい。
「ああ、もう少しかかるってさ。俺はそれ伝えに先に来た」
「そう」
 いったい何にそんなにかかずらっているんだか。
 そう思わなくもなかったが、とりたてて追及はせず、再びソラは夕闇の降りる街路に目を移した。
「なあ、ソラ」
 すると、こちらの様子を窺うように、ジークが呼びかけてきた。
「なに?」
 視線は合わさぬまま、言葉だけで訊く。声には若干の剣呑さを含んでいたかもしれない。
 ジークは言い辛そうに、ためらいがちに口を開いた。
「あー、その。……ごめん」
 彼が口にしたのはそれだけだったが、何のことについての謝罪かはすぐに察しがついた。
 しかし、ソラはあえて淡々と問い返した。
「何が?」
「ほら、えーと……俺、いろいろ無神経だったなと思って」
「……お兄さん」
 ソラは瞳を伏せ、わざとらしく大きなため息をついてみせた。
「メッシュさんかムーテスくんに……もしかしたら二人ともに、そう言ってこいって言われたんでしょ」
「え」
 見れば、ジークの顔はあからさまに引きつっていた。
「いや、そんなことは。うん。ないない。全然ないって」
「思いっきり棒読みだし」
 ずばり指摘すると、ジークは気まずく言葉を詰まらせた。
 この少年は根が素直すぎるのか、あるいは精神的に不器用なのか、演じるという事柄が致命的なまでに下手くそだ。率直で飾り気がない性質といえば聞こえはいいが、もう少しどうにかならないものか、とソラは思う。―― 特に、こんな時には。
「で。それだけ?」
「それだけ、って……」
「誠意ってものがまったく見えないの」
「それじゃまるでチンピラの脅し文句だぞ、ソラ」
「また[異貌]モード発動するところ見たい? お兄さん自身の体でイヤってほど思い知ることになると思うけど」
「心の底から俺が悪かったです。ごめんなさい。それは勘弁して下さいマジで。」
 男のプライドもへったくれもあったものではない風情で、平謝りに謝り倒すジーク。
 その有り様を目の当たりにして、ソラは再びため息をつく。
 ―― 誰にも何にも言われずに、自分の意思で、最初からそんなふうに謝ってくれたなら良かったのに。
 なぜだか心がモヤモヤとしている。
 レイクリスのことは、確かに胸の痛くなる出来事だった。悔恨や未練といった後ろ髪をひかれる思いもある。だからこそ、蘇生の儀式に立ち会おうとせず、本人の顔も見ることなく魔術師協会を離れたのだ。
 でも、今のこのよくわからない苛立ちは何なのだろう。
 ……あの時。
 レイクリスの仇である蛮族を討った、あの時。
 無意識にとりすがろうとしたその手を、何気なく ―― きっと、本当に、ジークにとっては何の気なしに ―― かわされてしまったこと。それも今の自分の心に影を落としている因子に思えて仕方がない。
 思い出したとたん、何やら余計に苛々がつのってきた。
 それが表情にも出ていたのか、ジークは焦った口調で、
「あ、あのな、ソラ。本当に謝るから、許してくれよ。このとおり!」
「…………」
 そんな彼を呆れ混じりの半眼で見つめ……ふと、ソラは思いつきを唇にのせた。
「……宝石」
「へっ?」
「あの、ルーにあげた宝石。同じやつちょうだい」
「ルーにあげた……? ああ、アレか?」
 首を捻りかけてから、ジークはぽんと手を打った。
 戦士であると同時にフェアリーテイマーでもある彼は、妖精を呼び出すためのゲートである宝石を身につけている。もっとも、今のところほとんどその技能を役立てたことがないので、宝石への興味を示していた少女にあっさり譲渡してしまう程度のものだったが。
「でも、あれって妖精使い用のだぞ。ソラは使えないだろ」
「いいの。ルーだって、ただ持ってただけじゃない」
「……まあ、いいけどさ。ソラがそれでいいって言うんなら」
 ジークは気抜けした調子で頬を掻き、言葉を続けた。
「じゃあ、今度いっしょに買いに行くか? 今は懐に余裕ないから無理だけど」
「うん。約束。もし破ったら、今度こそ[異貌]発動」
「へーい」
 降参するように諸手を上げ、ジークは苦笑を浮かべた。
 それを見て、少しだけ、ソラの心が晴れる。

 レイクリスと過ごした楽しかった日々は、もう戻ってこないけれど。
 冒険の仲間であるこの少年と一緒に、埒もないことを言い合いながら買い物に行く ―― その約束もまた、間違いなく、楽しみのひとつになる。
 そんな不思議な確信を感じて。


 −END−



<オマケのあとがき>

リプレイ第5話での、ソラに対するジークの言動があんまりじゃないかなーと思ったわけですよ。まあ、その甲斐性なしぶりに思わず笑ったりもしましたが(でも、あれってプレイヤー発言なんだかキャラとしての発言なんだか微妙な気も……)。で、この二人のカプを推したい同人者的に何かフォローできないもんか、と妄想こねくりまわしていたらこんな感じになりました。

当初は細かい状況を考えておらず、わりと唐突に会話だけから始まる形でした。サイトに上げるにあたって、冒頭部分にかなり加筆してます。ついでに改題もしてあったり。元のタイトルは『ささやかな約束』です。なんでもいいですが、こういった状況設定だとほぼ確実にメッシュとムーテスが出歯亀してそうですね。


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