大切なもの


うららかな春の日差しの中、その日、わたしたちは、とある森の街道を歩いていた。
空を見上げると、一面の青のなかに綿雲がいくらか散らばる程度。
まだそれほど日は高くなく、時折、思い出したように吹く風が、ひんやりと冷たい。

そんな、中わたしが何かの気配に気づいたのは、昨晩泊まった村を出てから
しばらく経ってからのことだった。
「――気づいてる?クロノ」
はじめに口を開いたのは、一緒に旅をしているルッカ。
すでに感づいていたのか、その口調は確信を持った、強いものだった。
「ああ、尾けられているな」
尋ねられたクロノは、そう言って立ち止まり、腰にさした刀の柄に手をかける。
「気をつけて、マール。近くにいるわよ」
ルッカに言われて、わたしは慌ててバッグからボウガンを取り出した。
人通りの少ない街道でのこと。
周囲に人の姿は見えない。
静まり返った木々の間を一筋の風が通り抜け、ざわりと音を立てる――

わたしのすぐ横の草むらから、何かが飛び出したのは、その時だった。
肌こそ魔族特有の青色だが、その姿は人間と大差ない。
わたしの倍はあろうかという体躯に、筋肉の鎧をまとったオーガだ。
「……っ!」
あまりに突然の出来事に驚き、声すら出すことができない。
オーガはわたしを目掛けて突進し、ダガーのように鋭い爪でわたしを引き裂こうとする――
キィン
間一髪、クロノが手にした刀で爪を受けとめる。
そのままの状態で、数秒間押し合うが、少し離れてから魔法を唱えはじめたわたしに気づき、
オーガが間合いをとる。
ルッカのほうを見やると、もう1体のオーガが少し離れた所から隙をうかがっている。
しかしルッカは、手にした銃でオーガを牽制して、近寄らせない。
「クロノ!わたしはコイツの相手をするから、マールのこと、お願いね」
・uヤ分かった。……マール、魔法で援護してくれ」
そうわたしに頼むと、彼は刀を上段に構えて、オーガと対峙する。

「アイスっ」
わたしの放った呪文が、戦いの始まりの合図となった。
絶対零度の凍てつく冷気で、一瞬にして相手の体温を奪う呪文――
しかし、わたしの放った青白い冷気の塊はたやすくオーガによけられる。だが――
それによって生じた隙は、クロノがオーガの間合いに入るには十分だった。
オーガが冷気をよけたその瞬間、クロノはオーガ目掛けて走り出し、斬りつける――
ざしゅっ
クロノの刀が、オーガの太い左腕をとらえた。
急所こそ外しているが、決して浅くはない一撃。
しかし、オーガは顔色ひとつ変えずに、残った右腕を大きく振りかぶる。
それに気付いて、クロノは大きく後ろへと跳ぶ――

……ちりん……

軽い、金属の音。
先ほどまでクロノが立っていた所に、小さなペンダントが落ちている。
陽の光に照らされて輝く銀の鎖に、海のような、深い青色の宝石。
あれは――わたしがクロノに預けたペンダント……
「くっ」
クロノはそれに気付くや否や、一目散に駆け出す。
「クロノっ!」
彼を引きとめようと伸ばした腕も、わずかに届かない。
いくらクロノが俊足でも、いくら相手が傷ついているからと言っても、
それはあまりにも無謀なことだった。
クロノがペンダントを拾おうとした瞬間、振り下ろされたオーガの鋭利な爪が、
クロノの背中を切り裂いていた――


……気がつくと、わたしの頬は涙で濡れていた。
先の戦いに疲れて、眠ってしまっていたのだろうか。
カーテンを揺らす、やや肌寒い風が、すでに夕暮れであることを告げていた。
夕焼けに赤く染まる部屋の中で、クロノはベッドの中で静かに寝息を立てw)ている。

……あのあと、ルッカが、クロノに止めをさそうとしていたオーガを倒した。
しかし、クロノは、わたしたちがいくら呼びかけても目を覚まさないほど、重傷だった。
幸い、わたしがアレイズをかけ続けたことと、たまたま近くの村の人が通りかかったことがあって、
クロノの命に別状はなかった。でも――
「わたしのせい……よね」
ベッドで眠り続けるクロノに向かって呟く。
再び頬を伝って、こぼれ落ちる涙。
拭っても、拭ってもこみ上げてくる。
まるで、尽きることのない、わたしの後悔のように。

わたしがクロノを止められたら
わたしがもっと強ければ
わたしがもっと早く気付いていたら

ポケットからペンダントを取り出す。クロノが、自分の身の危険ををかえりみず、
取り戻してくれたそれを。
夕焼けが溶け込んで、青のペンダントは、深い紫色に染まっていた。
手のひらに載せたそれを見つめると、わたしの悔恨はさらに深いものになる。

……それとも、「大切なもの」だったら、わたしが持っていたらよかったの?
ううん、わたしの「大切なもの」だからこそ、クロノに持っていてほしかった。
だって、クロノは……
「……マール」
不意に、小さな呼び声が耳に入る。
さっきまで眠っていたはずの、クロノの声が。
「クロノ!」

「マール……ここは?」
少し、気だるそうにしながらも、ゆっくりと身を起こす。
「サンドリノの宿屋よ。あのあと、村の人が助けてくれたの。本当に……心配したんだから」
うれしさのあまり、言葉が詰まりそうになる。
「ゴメン……そうだ、マールのペンダントは?」
クロノに尋ねられたわたしは、ペンダントを差し出す。
「よかった……」
「よくないku諱I」
ペンダントを受け取り、安堵の表情を見せるクロノの言葉をさえぎって、わたしは言った。
「そのペンダントは、確かに母上からもらった、大切なものだけど……
もし……もしも、クロノが死んじゃったら、ちっともうれしくないよ!
……もう、あんな悲しいことは嫌だよ……」
「……ゴメン」
わたしの「あんなこと」という言葉にはっとして、彼は素直に謝る。
「違う」とわたしは思った。
クロノが目を覚ますのを待っていたのは、こんなことを言うためじゃない。
ベッドの上でうつむくクロノを前に、わたしは悩んでいた。
沈黙――そして、わたしは覚悟を決めた。
「もし、そのペンダントがなくなっても――、わたしはクロノがいてくれたら、それでいい……」
顔が赤くなっているのが、自分でも分かる。
「だってわたしは――クロノのことが、好きだから……」
ペンダントを取り戻してくれたことが、うれしくなかったわけじゃない。
私のせいで、クロノが傷つくのが嫌だった。
守ってもらうばかりではなくて、クロノを支えたい――
その気持ちを、いつも伝えたいと思っていた。
でも――もしも、クロノはそうではなかったら……?
胸の高鳴りが収まらない。一瞬の静寂が、永遠にも思えた。

「俺は……」
少しためらいながら。
「俺は、マールのことが好きだ。……あのとき、ペンダントを拾いに走ったのも、
マールの悲しむ姿を見たくなかったから……」
そう応えて、クロノは少し決まりが悪そうに微笑んでみせた。
「……ありがとう、クロノ……」
やっと言えた、伝えられたわたしの気持ち。
それを受け止めてくれたクロノの優しさが、うれしかった。


「さ、早くルッカの所へ行こう!きっと心配しているよ!」
そう言って、わたしはクロノの手をとる。

ゆっくりと立ち上がったクロノに、わたしは頼んだ。
「これからも、ペンダントはクロノが持っていてほしいの。
だってクロノは……わたしの大切なひとだから……」
彼は黙ってうなずいてくれた。
まだ少し足元のおぼつかない彼の手を引きながら、わたしたちは部屋を出た。
夕闇に包まれつつある、宿の廊下を歩きながら、わたしは願う。
これからもクロノを支えたい。
これからもクロノと一緒に、同じ道を歩いていきたい。
未来を救う、この旅が終わっても、ずっと――


End

あとがき

入隊して日も浅いというのに、このような物を投稿してしまい申し訳ありません。
クロノは大切なものを守るために突っ走ってしまう少年なので、
こんなことも、あったかも知れないと思って書きました。
かなりシリアスになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
とても未熟な文ですが、お読み下さってありがとうございました。




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