まひるの闇



「じゃあ、留守番お願いねー」
 階下からドア越しに聞こえてきた、母の少し間延びした伝言に、クロノは自室から顔だけ覗かせて返事をした。
「わかった。いってらっしゃい」
 そんな彼の背に、別の女性 ―― 少女の声がかかる。
「ジナさん、おでかけ?」
 クロノは扉を閉めながら、彼のベッドを客椅子がわりにして腰かけているマールを振り返った。
「ああ、買い物に行くってさ。この分だと、夕方頃まで留守番かな」
 彼はベッド際にある窓の外を見た。空は青く広がり、トルースの開放的で明るい街並みを包んでいる。太陽はまだ中天から若干西に寄った程度だが、のんびりしたところのある母の買い物は長い。それに、今は千年祭の真っ最中という浮き立った時節でもある。出かければ、井戸端会議の相手にも事欠かないだろう。
「ルッカも夕方頃までかかるって言ってたよね。なら、ちょうどいいんじゃない?」
 マールは言った。
 クロノとマール、二人が今この家にいるのは、多分にルッカの希望が影響していた。数百年にも渡る砂漠緑地化を終えて戻ってきてからそれほど経っていないロボの調整を、腰を据えてしたいと彼女は言ったのである。そのためには、各種機材や環境の整っているルッカ自身の家が作業効率から考えても一番だということで、それに付き合う形でクロノたちもついてきたのだった。
 といっても、機械に関してほとんど門外漢の二人に手伝えることはそれほど多くない。結局のところ、ルッカの作業が一段落するまでの間を利用して、久し振りに帰宅することになったのである。もっとも、家出ならぬ城出中で堂々と戻ることのできないマールは、こうしてクロノ宅に招かれているわけだが。
「まあな。ただ、これじゃ千年祭に行ったりはできないよなと思ってさ」
「でも、たまにはこんなふうにゆっくりするのもいいと思うな、私」
「そうか……っと」
 足元になにやら違和感を覚えて、クロノは目線を落とした。閉めたつもりできちんと閉じきっていなかった戸の合間から、飼い猫のトラが忍び込んで、いつのまにか擦り寄ってきていたのだ。
 にゃあ、ごろごろ、とねだるように喉を鳴らす様子に気づき、クロノは、
「あ。エサ、まだだったか。―― ごめん、用意してくる間、かまっててやって」
 後半の台詞はマールに向ける。
 マールは嬉しそうにうなずき、トラに手を伸ばした。
「おいで、トラちゃん」
 それを後ろに聞きながら、クロノは台所に下りていった。


 食餌を盛った器を手に戻ってくると、彼の猫がマールに思いきりじゃれついているところだった。
「きゃあ、くすぐったぁい」
 サンダルを脱いでベッド上で楽しげに笑うマールの胸に鎮座して、頬やら耳やら唇やらをぺろりと無遠慮に舐めまわしている。
 ……………。
 いわく説明しがたい複雑な心境で、クロノは思わず沈黙した。
 手にしていた餌入れを無言のまま廊下に置き、マールの方にのしのし近づいて、彼女の腕からトラを抱え去る。
「おまえは、こっち」
 不満げに鳴くのを無視して廊下に追いやり、クロノは今度はきっちり扉を閉めた。
「どうしたの? クロノ」
 きょとんとするマールに、彼は答える代わりに口吻けた。
「………っ」
 か細い息の音が洩れて、瞳を何度かまたたかせる感触が伝わる。唐突さに面食らっているのだろうと見当はついたが、クロノはそのままキスを深くした。舌を口腔に侵入させて、歯列を丁寧になぞり、相手の舌を味わう。まるでそこだけ別の生き物のように蠢いて、互いの舌が絡み合った。初め躊躇いがちだった彼女も、執拗に求められるうち、徐々に消極さが減っていく。華奢な手がクロノの二の腕にかかり、わずかに力を込めてきた。
「……ふ……」
 儚げな呼気が鼻先をくすぐり、溶け合った唾液が口の端から一筋こぼれ落ちた。
 名残惜しさを思わせる透明な糸を間にして、二人は顔をゆっくり離した。
「……急に、どうしたの?」
 恍惚の尾を引いた表情で、マールはさっきと同じ問いを繰り返した。
「別に……ただ、そうしたくなったから」
 目線をそらし、クロノはぶっきらぼうに答えた。
 マールは何気なく彼の視線を追った。その先にあるのは部屋の扉。向こう側からは、追い出されたトラが引っかいているのか、かりかりというような音がしている。
「……もしかして」
 閃いた、という感じでマールは口を開いた。
「やきもち、とか?」
「…………!」
 クロノは頬を染めてマールを見た。図星ということが丸わかりである。
 マールは手を口に添えて、ふふ、と微笑をこぼした。
「なんだよ、笑うなよ!」
 傍目には怒ってるように映るほど憮然と唇を尖らせるクロノだったが、マールの笑いは止まらなかった。
「ごめんなさい、だって……」
 くすくす言う彼女に、クロノは照れ隠しの実力行使に出た。
「やめないと、笑っていられなくさせるぞ」
「え? ……きゃっ!?」
 油断していたところをベッドに転がして、クロノはマールを組み伏せた。そうと意識させる暇を与えずに、矢継ぎ早に耳元を唇でたどり、肩口の剥き出しになった裁衣を胸の谷間から下ろしにかかる。
「ちょ、ちょっとクロノ、まさか…………するつもりなの?」
「だめか?」
 訊きながらも、既に上の服は半ばほどまで脱がせている。耳朶を軽く食み、吐息に言葉を乗せて囁きかけるのを見れば、少しぐらい断ったところで止める気など毛頭ないのが彼女にも一目瞭然だっただろう。
 マールは焦った様子で、
「でも……んっ、あ……ジナさんが、帰って、きちゃったら……っ」
 喘ぎ混じりの切れ切れな抵抗を試みた。
 しかし。
「大丈夫だって。母さんが買い物に行ったら、二時間は確実に帰らないから」
 あっさりとクロノは抗弁を切って捨て、マールの白く浮いた鎖骨を唇でなぞった。
 実際、これまでの経験から考えても、言ったことに間違いはないはずだった。よほど稀なことでもない限り、くつがえらない自信がある。その『稀なこと』が今日に当たる可能性もあるだろうが、そこまで気にしていても仕方がない。
 だいたい、こんな絶好の機会をみすみすフイにするのは男がすたる、というものだし ―― 何より、ここまで来て中断するのは、気持ち的にもカラダ的にも無理難題に等しい。さっきの本格的なキスのおかげで、おさまりがつかなくなったということもある。
 少女の胸を覆う下着を取り除けて、クロノは思うさまそこに顔を埋めた。
「あ……っ、……せ、せめて、カーテンだけでも閉めて……お願い」
「…………」
 わずかに視線を上げて、切に懇願してくるマールの顔越しに窓を見遣る。時刻が時刻なので当然カーテンは開けっ放しで、ここが二階だとはいえ、覗かれる危険もないとは言えない。
 ―― でも、こんな真っ昼間からこの部屋だけカーテンを閉め切ったままなのも、それはそれで外から見たら不審じゃないだろうか。
 『こんな真っ昼間から』事に及ぼうとしている自分は棚に上げて、クロノはそんなことをふと思った。……が、それでマールが安心するならと、具合のいい胸の感触に未練を残しつつも、彼はベッドから下りてカーテンを引いた。
 日光が遮られて室内は薄暗くなったものの、明かりが必要になるほどではなく、物の形や色もはっきりわかる。その事実に気づいたらしく、マールはベッドに横たわったまま自分自身を抱きしめるようにして、はだけた胸元をさりげなく隠した。
「恥ずかしい?」
 クロノは尋ねた。立ち上がったついでとばかりにスカーフとベルトを外し、上着とシャツを脱ぎ捨てて上半身裸になる。
「……うん……。こんな明るい中でって、今までなかったから……」
 さっきと立場がまるきり逆転して、今度はマールが照れのあまり赤くなり、消え入りそうに呟いている。それがなんだか可笑しくて、そして、彼女のそんな恥じらいぶりに愛しさが湧き上がってくるのをクロノは感じた。
 改めて寝台をきしませ、マールを見下ろす。暗がりでするのとは違い、透けそうな柔肌もまろやかな曲線も、明確なまでに目の前にさらけ出されている。にもかかわらず、薄闇が生み出す陰影がそこはかとなく妖しさを醸しているのが、なおさら煽情を誘った。
 初めての時のように緊張ぎみな少女の身構えを解きほぐそうと、クロノはまぶたに軽く口吻けを落としてから、先刻の続きにとりかかった。
 小ぶりながら形の整った乳房を隠す両腕には、腕輪がはまったままだった。交差する金環は、彼女を理性に縛りつける枷のようにも見える。彼は枷の下から胸元へと静かに手を滑り込ませた。
「…………っ」
 噛みしめた唇から耐え切れなかった息がかすかに零れ、腕のいましめが揺らいだ。それを見逃さず、彼女の隙を広げていく。やんわりと、時に強めに力を込めて。そうして完全に枷を解き、すかさず特に感じやすい箇所へ舌を這わせた。硬く尖った先端を、口内で丸めるようにして転がす。
「っく……、……」
「……?」
 クロノは小さく首を傾げた。
 いつもなら、もっと ――
「……なんか、やけに抑えてないか?」
「え……?」
「いや、ほら。声出すのをさ」
「……! だ、だって、部屋の外に聞こえたら……」
 ―― そういうことか。
 普段に比べて心配性すぎる気もするが、状況のせいだろうか。
「だから、しばらく二人っきりなんだし、平気だって。オレ、マールの声が聞きたい」
「……で、でも」
 頑ななほどの躊躇を見せられて、クロノの胸に、不意に悪戯心が芽生えた。
「まあ、我慢しててもいいけど」
 そらぞらしい口調で、意地の悪いものを口の端に含ませて微笑う。
「いつまで我慢できる?」
「え、クロノ……? あっ」
 クロノは一気に彼女の下を脱がせた。強引な力押しで抵抗を許さずに、両腿を割って体を滑り込ませ、全くの無防備になった秘部を舐め上げる。
「ひぁっ!」
 知らず鋭い叫びを発してしまってから、マールは慌てて両手で口を覆った。
「ク、クロノ……ま……待って……」
「いやだ」
 そこから顔を離さぬままで短く断り、なおも容赦なく攻め立てていく。
 さっきのキスと愛撫で感じてはいたようで、そこは充分に潤っていた。いちばん敏感な萌芽の部分を舌で刺激しながら、彼は二本指を蜜の源に挿入した。
「あ……! だ、だめ、だめぇ……そんなふうに、したら……あ、あああぁん!」
 狙い通り、マールは堪えられずに、のけぞった喉から嬌声をほとばしらせた。口をふさぐことも忘れ、シーツを乱して身悶える。クロノは空いた側の手で彼女を逃がさないようにしっかり押さえ、内部で指を繰り返し往復させてかき回した。
「あっ、ああ……、ふ……っあ……!!」
 そのうちに、びくんと少女の体が突っ張り、挿し入れた指先が強く圧迫された。中から抜き出してやると、蜜がとろりと大量に流れて、達した余韻にそこがひくついているのがわかる。ようやく彼は顔を起こして、食事を終えた猫のように舌先で口を拭った。
「我慢する気、なくなっただろ?」
「…………。……いじわる……」
 脱力した体をベッドに投げ出し、荒い息で胸を上下させながら、マールは小さく呟いた。生理的なものか、はたまた彼を責める気持ちでなのか、うつろになったマールの瞳は潤んで周囲がほんのり色づいていた。……さすがに今のはちょっと酷かっただろうか。
「ごめんな」
 ひとこと謝って、クロノは彼女の艶やかな髪を優しくかきあげた。上気した耳元に口を寄せ、そっと囁く。
「……いい?」
 マールは少しだけためらいを見せてから、かすかにうなずいた。
 自分も下を脱いで、クロノは彼女の中に自分のものを沈めていった。
「あ……んっ」
 なまめかしい声が再びマールの口から溢れる。事実、さっきので自制が飛んで吹っ切れたのかもしれない。無理に抑える様子は見受けられなかった。
 甘い響きが官能的な気分と快感をより強くしていくのを彼は自覚した。動くのにも尚のこと熱がこもり、さらに高ぶらせる。
「っあ、ああ……っ、んぅ、も、もう少し、ゆっくり……!」
 激しさに翻弄されて、マールが切なく喘いだ。眉はハの字になり、目元には新たな涙の粒が滲んでいる。
 そんな彼女を見つめていると、罪悪感のようなものと一緒に、なぜかさっきの嗜虐心がまた浮上してきてしまった。泣かせたくないのに、もっと泣かせてみたい。傷つけたくないのに、自分の言葉で、行動で、彼女をかき乱してしまいたい。矛盾した欲求。
「ゆっくりしてもいいけど……ゆっくりしてたら、その間に母さんが帰ってくるかもよ?」
「……っ!」
 マールが言葉に反応した瞬間、きゅっと締めつけられる感覚がクロノを襲った。思いがけず気持ち良さが強まって驚くのと同時に、思いつきで言葉にしてみた今の状況を、改めて意識の内で反芻する。
 よくよく考えてみると、これでもしも母が帰宅した場合、どうにもとりつくろいようのない構図である。だが、その危ういスリルが、かえって妙な高揚感を煽り立てている気もした。
「……は……ぁ、あああ……っ、く、クロノ……!」
 諦めにも似た表情で、身体の隅々まで侵す快楽にひたり、マールは彼の背に手を回してきた。しっかりしがみつこうとするその様は、まるで、そうすればこの波から振り落とされて溺れてしまわずに済むとでも思っているかのようだった。
 クロノは全身でマールを抱きとめるような格好で、最深部まで彼女を貫いた。
「や……ぁんっ」
 声がいっそう甘く高くなるのを耳にして、彼自身、背筋にぞくりとした感覚が走ろうとするのを抑えられなくなってきた。そろそろ限界に近い。
「マール……」
 名を呼び、頬に手をかけた。彼女は名を呼ばれることを好んでいる。正確には、本名ではない愛称で呼ばれることを、だが。
 それに応じて、放心しかけていたマールは、半ば無意識のように口吻けを返してきた。
「クロノ……好き、大好き……!」
 やばい、とクロノは思った。陥落させるつもりが、逆にこっちが堕とされてしまう。制御不可能なものを感じて、彼はそのまま臨界を超えた。
「……ぅ……」
 喉の底でかすかに唸り、繋がったまま奥ではじけさせる。
「ああっ……!」
 マールもそこで昇りつめたのか、彼を包み込んだその部分を収縮するように脈打たせて、大きく吐息を洩らした。

   ***

「あら、また出かけるの?」
 淡く山吹色を帯びた西日の差す玄関先で、ジナがクロノたち二人を呼び止めてきた。
「あ、ああ、うん。ルッカとの約束もあるしさ」
「は……はい。お邪魔しました」
 どこか落ち着かず、そわそわと目を泳がせかねない風情で、二人はそれぞれ応える。
 結局、あの後も ―― 主にクロノのごり押しぎみな要求により ―― 続けて都合三ラウンドばかり繰り広げてしまったので、とても余裕を持って母を出迎えられる状態というわけにはいかなかった。それでも、ぎりぎりまで粘っていたわりに、体裁をどうにか整え、ごまかしきれない事態には陥らずに済んだのだから、幸運というより他にない。
「そう。遅くなりすぎないようにね。……あ、そうそう」
 ジナは何気ない調子で両手を軽く合わせた。
「……な、なに?」
 やましさに追い立てられる形でそそくさと出ていきかけていたクロノは、身をすくませて振り向いた。
 母はわずかに苦笑を浮かべた顔で告げた。
「あんまり危ないことしちゃだめよ?」
(…………!!)
 クロノもマールも凍りつきそうになりながら、なんとか動揺を表に出さないよう努めた。
 ジナはいつもと変わらぬのほほんとした雰囲気のままである。おそらく今の言葉も、裏含みのない、単なる通り一遍の注意だろう。彼女の性格からして、かまかけなどではないはずだ。……そう願いたい。
「じゃ……じゃあ、行ってくるから」
「し、失礼します……」
 微妙な引きつり笑顔とぎくしゃくした足どりで、クロノたちは家を後にした。
「いってらっしゃい」
 温かい見送りのはずなのに、後ろ暗さで背が冷える感触を、二人は味わったのだった。

 −END−

<オマケのあとがき>

(1)あー……なんつーか自分的にあまりにアレなのでノーコメントとだけ書き残して力の限りダッシュしたい気分というかええと詰まるところ色んな意味ですみませんというか謝るぐらいなら書くなよと思いつつもせっかく仕上げたのでついアップしてしまったというか。だけど、これでも当初考えてたよりはまだ幾分は穏当になったと思うんですよ。実のところ、脳内妄想の段階では後背位か騎乗位の予定だったわけで……ゴニョゴニョ。 にしても、これまたヤるだけ話なのに、妙に長くなったのは何故だろう。

(2)なりきり100質のQ83で触れてた話題が、一応この話に当たることになる……んでしょうか。あれ答えた時点では本気で何も考えてなくて、純粋に回答のためだけにああいった書き方したんですが。その頃の拍手だったか一言フォームだったかで「クロノの家で〜というのを読みたい」と送って下さった方、もうここのサイトご覧になってないかもですけど、形にしましたよー(遅すぎ)。ちなみにこの話、冒頭部分の猫にやきもち云々の辺りは、米沢りか『こっぱみじんの恋』9巻が元ネタになってます。……って性懲りもなくジェラシーネタですか自分。

(3)黒ノ(クロノとは呼べない……どう考えても……)の暴走ぶりについては、なんかもういいやと途中から諦めて開き直りました。ぶっちゃけ黒ノ書くのはめちゃめちゃ楽しいです笑。本来のクロノとは別物と自分の中で割り切っちゃってるんで、けっこう好き放題ヤらせられますし。……でも書いててなんとなくエロゲーのノベライズやってるような錯覚が頭をよぎりました爆。その手のものに比べたらまだまだだとは思うんですけどねー。


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