Early Morning Call



 朝の訪れを告げる小鳥のさえずりが、窓越しに聞こえる。
 完全に閉めきられていなかったカーテンの合間からは、曙光が顔を覗かせていた。
 その光が、ちょうど寝台で惰眠を貪っていたクロノを狙い撃つ形で差し込んできたので、彼は眩しさに呻いて手をかざした。
「……んー……」
 そのまま手の甲で目元を擦り、むくりと上体を起こす。
 わずかな肌寒さを感じて視線を落とすと、こぼれた毛布以外には何も身につけていなかった。どうやら裸で寝ていたらしい。
 視点を横にずらせば、蜂蜜色の髪を枕に流して横たわるマールの姿があった。クロノの方を向き、身を寄せるようにして、穏やかな寝息をたてている。少女もまた、衣服は纏っていない。同じひとつの毛布にくるまっていたため、クロノが起き上がった拍子に毛布がめくれて、首筋から胸元にかけてのなめらかな曲線が外気にさらされている。
「あー……」
 それを見て、茫漠ととろけていた脳みそが亀の歩みでようやく活動を始めた。寝ぐせで通常の三倍ぐらい飛びはね具合が派手になっている赤毛を掻き、記憶の整頓と現状の把握にとりかかる。
 そういえば、昨日は夜更けに自分の泊まっている部屋を抜け出して、マールの部屋に来たのだった。
 ―― まあ、有体に身も蓋もなく言ってしまえば、夜這いというやつである。
 とはいえ、別に彼女の寝込みを襲ったとかいうわけではなく、密やかな逢瀬の成りゆきといった次第ではあったが。
 それはともかく、睦み合ううちに戻りそびれて、寝過ごしてしまったということなのだろう。
 ベッド上から手を伸ばし、傍のカーテンを軽く引っ張って外を覗く。空はまだ幾許か夜の残滓を宿した東雲色をしていた。今から服を着てここを出れば、もう一人のパーティメンバーであり、クロノと同室でもあるカエルが起床する前には充分戻れそうだ。
 マールとの仲はほとんど公然の秘密の如しで、殊更に隠し立てする意味はないといえばないのだが、大っぴらに戻れば『朝帰りか?』などとからかわれるのが目に見えている。できればそういった展開は避けたいというのが本音だった。
 クロノは辺りを見回して、脱ぎ散らかした下着やらズボンやらを拾い上げた。それらに混ざって落ちているマールの着衣も、放置したままというのは気が引けたので、サイドボードの上に適当に重ねておくことにした。
 そうして最後に鉢巻をつまみ上げたところで、マールが何事か呟いた。どうも名を呼ばれた気がする。
 起こしてしまったかと振り返ると、そういうわけではなく、単に寝言だったようだ。安らいだ横顔の傍に手を重ねた寝姿は、なんとも心地良さげだった。
 しばし、そんな彼女を愛おしく眺め ―― そのうちにふと、いたずらを思いついた。
 手にしていた鉢巻を、マールの両手首に巻いて蝶結びで止める。縛られた当人が解くのでも、少し工夫すればさほど難しくはない程度の結び目だ。こうしてみると、何とはなしに、白いリボンを掛けられて捧げられるのを待っているような風情でもある。
 ただ、そんなふうにされても、マールは目を覚ます気配が全くなかった。存外、よく寝ている。……ちょっとつまらない。
 昨晩の疲れが尾を引いているんだろうか。そんなに激しくしたつもりはなかったんだけど、などと言い訳めいたことを内心呟きながら、マールの頬に口づける。
「……ん……」
 赤ん坊がむずかるように、眉がわずかに寄った。
 ……が、それだけで、マールは再び眠りの海に沈んでいった。
 うーん、とクロノは唸った。なかなか手強い。
 普通に声をかけて揺り動かせば起きそうではあるが、いたずらに反応してもらうためだけに、そこまでして起こすのもどうかと思う。本来、起き出すにはまだ若干早い時間だ。かといって、これで放置して帰るというのも半端な気分で、今ひとつ納まりが良くない。
 途方もなくバカバカしいことで悩みつつ ―― しかも、始末の悪いことに、本人はその事実に気づいていない ―― 今度は耳元に、ふう、と息を吹きかけてみた。マールはくすぐったそうに、手元をぴくりと動かす。その手のひらに円を描くように指を絡ませて、クロノは彼女の耳に軽く歯を立て、唇と舌で弄んだ。
「……ぁ……」
 ほんのり艶気を帯びた吐息が、クロノの胸元にかかった。眠っていても感じるものらしい。
 いったいどこまでしたら起きるんだろう、という好奇心が頭をもたげてくるのを抑えきれず、クロノは調子に乗って耳から首筋に、肩に、とキスで身体を撫で下ろしていった。縛り上げた腕の隙間から手のひらを滑り込ませて、乳房を揉みしだく。
「……ん、くぅ……っ」
 鋭敏な先端部を指で挟んでこね回してやると、さらに良い反応が返ってきた。―― もう少し。
 毛布の中にもぐり、クロノはマールの両腕を軽く持ち上げて押さえ、胸の谷間に顔を埋めた。鼻先と舌先を肌に密着させて、丸い稜線をたどる。腕を押さえているのとは逆の手を、抱きしめる形で腰に回し、ゆっくり下方向に移動させていく。
「っ……う、ん……あ……」
 マールの呼気は荒れ、身悶えも激しくなってくる。
 そろそろ目が覚めても良さそうなものだが……いや、まだ、もうちょっとだけ。
 いつのまにか、『どこまでしたら起きるか』ではなく、『起こさずにどこまでできるか』に命題がすり替わっている。
 いくらなんでもこのまま最後までってのはあんまりだよなあ、でも……と大真面目に葛藤に入りだしている辺り、かなりダメっぽい。
 しかし、さすがにそこまでうまくはいかなかった。
「……え……? クロノ……?」
「……あ。」
 視線を上に向けると、ぼんやり戸惑い顔でうつむいたマールと目が合った。
「…………」
「…………」
 お互い、どうしていいものかわからなくて、無言で固まってしまう。
 そもそもマールの方は寝起きというのも相まって、現在の状況が全く飲み込めず、なおさら反応に困っているというのが見てとれた。
「えーと、その」
 さて、何と説明したものかと口を開き ―― 結局、クロノはまともな思考を放棄した。
「……続けてもいいかな」
 許可を求めればいいというものでもない気はするものの、とりあえず、このまま終わらせるのは不完全燃焼である。色々と。
「……え、あの、……んっ」
 返事を待たず ―― というより、マールが口で口をふさがれて洩らした声を許諾と強引に解釈して、クロノは唇の奥に舌をねじ込んだ。
「んむぅ……ん、んん……っ、……!?」
 マールは目を見開き、手を胸元でもじもじと動かした。気づかぬうちに自由を失っている両手に愕然としているのが伝わってくる。ある意味、いたずら大成功である。……元々の意図からは大分ずれが生じていたが。
「…………っ、あ……ど、どうして……?」
 長いディープキスから解放されて、マールは開口一番、当惑声で問いかけた。目は彼女自身の手首を見ている。そこに結ばれているのが何なのか、なんとなく察したのだろう。
「いや……まあ、ちょっと驚かせたかったというか。深い意味はないんだけど」
 言いながら、内股に手を這わせる。既にそこはぬるりとしていて、すぐにでもクロノを受け入れることができそうに思えた。夢うつつで受けていた前戯がけっこう効いているようだ。
「や……ぅ、ううん、だめっ」
 横を向いていた身体を仰向けに倒して組み敷き直すと、マールは頬を染めて小さく首を振った。
「もっと触ってからがいい?」
「そっ……そうじゃなく!」
 マールはますます赤くなった。
「これ、ほどいて……!」
 その言葉に、クロノは思わず悩んでしまった。
 当初はそれこそ他愛ない冗談のつもりだったのだが、正直な話、思った以上にマールの反応が可愛くて、このまま進めたい気分だったりするのである。
 そして、短い逡巡の後、欲望が自制心の上を行った。
「……ごめん。このまましたい」
 ひとこと謝って、クロノはすっかり臨戦態勢を調えているモノを彼女のそこにあてがい、侵入させた。
「っ!」
 マールが全身をこわばらせる。予想外の事態に緊張しているのか、昨晩した時よりも中に窮屈さを感じた。
「やぁ……っ、ねえ、お願い……だからぁっ」
 喉元で拳を握りしめる姿は、手が縛られていることで、奇しくも許しを乞う仕草そのものになっていた。
 一息に最奥まで貫いて往復させだすと、マールはきつく目をつぶり、悩ましく喘ぎ始めた。
「あ、あぁ、ん、あ、あ……!」
 手が自由な時のように抱き返したり、シーツをつかんだりして快楽を他でごまかすことのできない分、声にして逃すことで補っているかのように見えた。クロノは前のめりになって、彼女の唇をふさぎにかかった。
「ん……んぅっ……!」
 押し返そうとしても押し返せず、上下から同時に体内に入り込まれて、マールは身動きもろくにとれなくなってしまう。こちらから与える何もかも全てを、彼女は自分の中に受け入れるしかないのだという錯覚は、クロノを酷く魅了していた。
 まずいなあ、と頭のどこか冷静な部分がぼやく。なんだか、つい癖になってしまいそうな危うさがある。彼女の気持ちを無視して虐げるようなやり方は、本意とは言えないのに。
 そう思いながらも、身体は止められない。
 両人ともに酸欠間際になりそうなところで、やっと顔を離した。
 とろんとした表情の中にも、どことなく恨みがましさがこもったまなざしで、マールが見つめてくる。そんなに嫌なのかと微妙にへこみかけたが、途中で別の推察に思い当たった。
 マールはキスに弱い。殊に、唇同士のキスはするのもされるのも好んでいて、何度も重ねているうちに抵抗する気力が湧かなくなってくるらしい。
 つまり、彼女にしてみれば、その弱みにつけ込まれて、異存だとか不満だとか反論だとかを封殺されたも同然というわけだ。
 クロノとしてはそこまで狙っての所業ではなかったのだが、この場合、一石二鳥だったのかもしれない。―― ただし、卑怯とそしられても仕方ない自覚はある。
 そういうつもりじゃなかったと弁解しておくべきだろうか、どうしようか……と迷った末、再び思考放棄に至る。気持ち良さが、今はこちらに集中しておけと主張していた。
 甘美な誘惑に抗することができず、また、抗うつもりもなく、彼女を味わうことに没頭する。
 時間にすればほんの数時間前にもそれなりの回数をこなしているにもかかわらず、ある程度休んだだけで頑張る元気を取り戻している辺りは、若さと愛情の賜物である。
「は、あぁ、あっ」
 小刻みに揺らされ突き上げられて、それに合わせるような浅く短い息の音が洩れる。マールの方はそろそろ限界に近そうだった。
 クロノは繋がり合った部分の少し上、濡れそぼった秘芯の周辺を指先でまさぐった。
「ひぁん!」
 シーツを波打たせて、マールの身体が跳ねる。
 汗と蜜と、掻き回されて溢れ出した昨夜の交接の名残と。さまざまな分泌液が綯い交ぜになったものを、さらに指の腹の部分で塗り込むようにしてやると、効果は覿面だった。
「いやぁ……だめ、いま、触っちゃ……だめぇっ!」
 悲鳴に近い嘆願の声を上げて、マールは身をすくめた。
「…………あ……ああ…………」
 何か取り返しのつかないものを手放してしまったかのような、長い溜息がこぼれる。
 一気に高められ、臨界点を飛び越えさせられて、内部がひくりと痙攣し、細かな収斂を繰り返した。
 その蠕動に促され、深部に鈴口を擦りつけて吐精した。
「……はぁ……ぁ……」
 絶頂の余韻に酔い、お互い全身を弛緩させて息をつく。
 飽和した意識のまま、クロノは覆いかぶさるようにマールを抱きしめた。

   ***


 それから。
 すっかり拗ねてしまってむくれるマールをなだめたり、その流れでいつのまにか枕際のイチャつきモードに移行したり、時間を忘れてふと気づいたらとっくに日は昇りきっていて、慌てて身づくろいをしたりと、何だかんだで結局、二人そろってカエルが呼びに来るまで部屋から出られなかった。
 ―― そして、案の定、カエルには盛大に冷やかされた。

 後先考えないのも程々に、というお話。



 −END−

<オマケのあとがき>

裏小説を書く毎に、クロノがダメな感じのひとになっていってるような気がして仕方ない今日この頃。少なくとも、自分が原作ゲームからイメージするクロノとはものすごい勢いでかけ離れていってます。何故こんなことに。

ネタそのものは、たぶん1年以上前には既に考えてあったような記憶があります。イラストではよく描いてるけど、文章では書いてなかった縛りネタを使えないかなー、と妄想してたらこういう感じになりました。


<<<SECRET目次

<<<TOP