灯火【ともしび】 /前編


 真っ白な銀世界に一人佇んでいた。ゴォゴォと唸る白魔のもと、睫の上にまで降りかかり、氷柱となって視界を遮る。服の小さな隙間から容赦なく冷気は入り込み、体温を奪う。
「・・・みんな・・・くっ」
 叫ぼうとして、声が途切れた。息を吸い込むたびに咽喉に針が刺さるかのように痛い。戦いの最中、燃えるように彼の闘志を映し出す赤髪も、今は猛る吹雪によって冷たい愛撫を受け、白いベールに覆われたまま固まりかけていた。
 ひとしきり激しく咳き込んだ後、クロノは顔をあげた。重くなった瞼を懸命に持ち上げ、数m先も見えない白い空間を見やった。

 みんな・・・どこにいるんだ・・・
 早く見つけ出さないと・・・・

 踏み出した足が深雪にとられ、がくりとよろめく。咄嗟にかばった左手がずぶずぶと雪に埋まってゆく。

 まだだ。オレはまだ大丈夫。けど・・・・

 脳裏に数時間前までのことがよみがえる。
 ほんの数時間前までは皆、暖かいところで明るく笑いあっていたのに・・・・
 ・
 ・
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「ラヴォスの、せいだと思うの。」
「え?」
 残骸と化した廃墟の真ん中でしばらく右手を顎に添わせ、じっと考え込んでいたルッカが不意に口を開いた。
 思わず、朽ち果てた柱を興味津々に見つめていたのを止め、彼女に振り返る。
「なにが?」
「だから、このゲート。」
 つい・・と顔を廃墟の奥・・ちょうどもともとは壁でつきあたりになっていたあたりだ・・・に向ける。そこだけ丸く淡く光る球体みたいなもの・・・じっと見つめると視界がぐにゃりと歪み、気が遠くなるような・・・けれどもぱっと見ただけでは気づかないくらいの淡い光があった。・・・ゲートだ。
「魔王城で、ヤツがラヴォスを呼び出したときも、ゲートが生じたわ。今までのとは比べ物にならないくらい巨大なゲート・・・そして、ここにも。」
 両腕を広げて体をくるりとひねる。
「ティラン城・・・クロノも見たでしょ?ラヴォスが私たちの目の前で、この星に堕ちて来た。」
ああ・・・確かに見た。辛うじて空に逃れた自分たち以外・・・アザーラを、恐竜人を含め、ここら一帯を跡形もなく破壊した。もう堅固で荘厳で不気味な城は、数本の柱と瓦礫のような壁を残したままなくなってしまった。そこに、突如現われたゲート。因果関係がないはずが、ない。
「ラヴォス・・・すごく速い!地中深く・・もぐってる。」
「ち・・・ここで決着をつけられたなら手っ取り早いものを・・・おい、どうするんだクロノ。」
「クロノ・・・このゲート、今までに見たことがないよ。まだ見たことがないところへ連れて行ってくれるかもしれない。」
「うん・・・・・」
 不可解。
 謎。
 わだかまり。
 ラヴォスとは一体なんなのか。魔王が呼び出したのではなかった。遥か昔、原始の時代に空から降ってきた災厄だった。
 全てを理解するためには、このゲートをくぐるしかない。
「行こう。」
 選択ではなく、決断。取るべき道はひとつしかなかった。


 ゲートをくぐるときの、あのなんともいえない無重力のような不快感は何度利用してもとても慣れない。
 未知の扉をくぐりぬけた先は、暗いじめじめした洞窟だった。
「くしゅん!」
 マールが小さくくしゃみをして初めて、そこが先ほどいた原始より遥かに気温が低いことがわかった。
「ココハ・・・ドウヤラ、自然ニデキタ、鍾乳洞ノヨウデスネ」
ロボがアイセンサーをチカチカ光らせながら必死に分析を始める。
「後方カラ風ガ・・・ドウヤラ外ニ通ジテイルヨウデス」
「外?」
 ここは、どこなんだ。いや・・・まず、どの時代だ?また、未来か?それとも中世か?
「氷河期に来ちまったんじゃないのか?畜生、オレは寒いところが苦手なんだがな。」
「もしかしたら、今まで来たことのない時代なのかもしれないわ。」
 カエルとルッカの話を聞き流しながら、クロノはマールに自分の上着をムリヤリかぶせると、ロボに言われた方向に向かって歩いた。・・・なんて寒さだ。荒れ果て、太陽が汚染された空気で隠れてしまっていた未来よりひどい。
「!」
 大きくカーブした洞窟の先から微かに光と、そしてゴウゴウとした唸り声が聞こえた。まるで嵐の夜のような。その音は、道なりに歩を進めたクロノの容赦なく襲い掛かった。
「うぁっ!」
 白。
 白。
 白の世界。
 上も下も右も左も。
 突如巻き起こった風に足がさらわれそうになり、慌てて傍の壁につかまる。まるでブラックホールだ。クロノを連れ去ろうとなおも轟音が押し寄せてくる。
 白くてキラキラした粉状のものが手についた。ヒカリゴケだ。霜で固まり、バラバラになっている。冷たい。思わず手にこめていた力が緩まった。

「くっ!」
 ガシッ!!!

 風にさらわれる前に力強い腕がクロノを支えた。有無を言わさず強引に中に押し戻される。思わず止めていた息をぶはっと吐くと、心配そうなエイラとロボの顔があった。
「クロ!危ない。」
「危ナイトコロデシタ。外ハ猛吹雪ノヨウデス。」
「よかったぁ〜クロノ・・・連れ去られちゃうかと思ったよ・・・・」
 涙ぐんでいるマールに思わず笑みがこぼれる。相変わらず泣き虫なお姫様だ。
「ごめん。ちょっと油断してた。確かにすごい吹雪だね。」
「こんな状態で油断できるなんてクロノはたいしたタマだぜ。」
 パンパンと袖や頭についた雪を払い落とす。水分が少なく、固い雪だ。服はあまり濡れていない。
「コノ吹雪デハ出ルニ出ラレマセン。ケレドモ、ココガドコダカワカラナイ以上、ジットシテイルノモ危険デス。モシカシタラココノ土地ガズットコウイウ気候ナノカモシレマセン。私ガチョット外ヲ見テキマス。皆サンハ中デ待ッテイテクダサイ。」
 ゆっくりと立ち上がったロボを見て、マールが慌てて腕を取る。
「そんな! 危険だよ。もう少ししたらきっと止むよ。みんなで一緒にいよう?」
「そうだロボ。おまえが行くことない。この吹雪はいくら重そうなおまえでも足をさらわれるぞ。」
 ロボは金属音をさせながら奥に向かって歩き、乾いた木の枝や葉っぱを拾い集めながら言った。
「イイエ。私ノ住ム世界デハコンナ吹雪ハショッチュウデス。ソレニ、コノ金属体ハ、温度変化ニ充分対応デキマス。視界ガキカナイ吹雪ノ中デモ、アイセンサーは遠クマデ見渡セマス。大丈夫デス。」
「でも・・・」
 ボッ。
 ルッカの魔法で、かき集めた木の枝に火がつけられると、その空間だけ暖かい光が包んだ。
「スグ戻リマス。待ッテイテクダサイ。」

 返事を待つことなくロボは白銀の世界へ飛び出して行ってしまった。
 規則正しい金属音がゴオゴオと唸る吹雪にかき消されるとマールの顔は沈んだ。
「じゃあ、オレはロボが帰るまで一眠りするかな。寒さには弱いんでね。」
「エイラも寒いの苦手・・・」
「これからなにがあるのかわからないのだし、身体を休めておいたほうがいいかもしれないわね。」
 カエル、エイラ、ルッカはそれぞれ、焚き火を取り囲んでしばらく横になった。
 クロノも横になろうとしたが、心配そうなマールを見てふと動きが止まる。
「大丈夫だよ、マール。ロボなら。」
「うん・・・」
 答えたものの、表情は変わらない。
 あたりをまた沈黙が支配した。
 みんなの規則正しい寝息と、外の唸り声だけが耳につく。
 しばらくお互い暖かな炎を見つめて沈黙を保っていたが、
「私って、お荷物だよね。」
 不意にマールが言葉を洩らした。
「は?」
 突然の台詞にクロノはマールを見る。聞き間違い?いや・・・
「みんなの・・・お荷物だよね。」
「・・・なんで?」
 思ってもみない台詞だった。
 全く意表を突く言葉だった。

 共にこの星を救う仲間の中で水の守護神に守られた少女。傷ついた仲間を癒し、落ち込んでいる仲間には得意の笑顔で元気付ける。その純粋で透明な空気に何度救われたことか。彼女は今やメンバーにおいてなくてはならない存在だ。なのになぜ・・・
「私・・・クロノやエイラみたいに力も統率力もない。ルッカやロボみたいに博識でもないし、カエルみたいに選ばれたものでもない。今だって寒さで震えて・・・何もできない。私の魔法じゃ、凍えている皆を温めることもできない・・・みんなに心配かけてばかり・・・」
「マール・・・・」
 泣いているのか?と一瞬思ったが、顔を見ることができずにいた。
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 なんていってやればいいのだろう。自分の心中を言葉にするのは難しすぎた。ただ・・・自分はマールを役立たずだなんて思ったことは一度だってない。
 むしろ、逆だ。今だってこうやって一緒に行動を取っているのだから。信頼できる仲間の一人だ。いや・・それ以上の・・・
「・・・・・・・」
 そのことを伝えなければ。口下手でもいいから・・・なんとか・・・・
 と思った矢先。
「あのさ、マー・・・」
 不意にマールがすくっと立ち上がった。
「私・・・やっぱりロボが心配・・・遅いよ、すぐに帰ってくるっていってたもの。なにかあったのよ!私、探してくる!!!」
「え?」
「クロノは皆を守ってて!」
「あ、マール!待て!!一人じゃキケ・・・・」
 かわされ、かわされ、一言二言もいえないまま、マールの姿はそこにはなかった。パチパチと先ほどより幾分炎が小さくなった焚き火があるだけ。
「・・・あのバカ!」
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 いけない。思いふけるより先に身体を動かさなくては。マールを探し出す前に自分が人間氷樹になってしまう。
 あの後、飛び出したマールを追って、自分も飛び出そうとしたとき、残りの3人もたたき起こした。事情を説明して、みんなでマールとロボを探しに行こうとして・・・・
 最初は皆一緒だった。それは覚えてる。でもしばらくして、カエルがブーツの紐を結ぼうと立ち止まり、吹雪にまぎれてはぐれてしまった。次にエイラが雪につまづき、起き上がっている間に、またもやはぐれてしまった。ルッカは、カエルとエイラがいなくなっていることに気づいて引き返そうとしてクロノと離れてしまった・・・。だから今はクロノ一人。この広大な雪原で皆が皆、バラバラになってしまったのだ。


 クロノはなおも足をすすめた。こんなことなら、もっと防水性に優れた、滑らないブーツを買っておくんだった。どうでもいいことに頭がまわる。
「ロボー!!!カエル!!エイラ!!ルッカ!!マール!!!マ・・・」
 ふと、視界の端に光が映った気がした。真っ白な世界の中で一点だけ、ぽつんと見える淡い光。灯火。
 ミルクの海のような雪をクロールの手つきで掻き分け掻き分け、進む。
 光は大きくなって、だんだんと形になってきた。
 降り積もった雪に半ば埋もれるように、雪からにじみ出る光を反射させる鮮やかな小麦色の髪の毛・・・・それは捜し求めていた少女だった。
「マール!!!!!!!」

 駆け寄って、抱き起こした。パラパラと雪が彼女から落ちる。マールだ。
 白い肌に白い服。光を放つこの髪の毛が教えてくれなかったら、きっと見つけ出せなかった。が、彼女の顔は青白く、唇は紫色で生気がない。だが、息はあった。

 急いで戻らなきゃ・・・

 さっきの洞窟は遠すぎた。自分がどれくらい歩いたかは定かではないが、もう振り向いてもクロノの足跡すら残っていない。また、迷うかも。どこかに、休める場所はないか。
 ふと、左方向に顔を向けると、白い靄の向こうになにかが見えた気がした。
 建物かもしれない。クロノは一縷の望みをかけてそちらへ向かった。
 腕の中のぬくもりを確かめる。冷え切っているが、死んじゃいない。死なせない。・・・死なせてたまるか!!
 唇の端を噛んだ。バリバリになって乾燥した唇から生暖かいものが流れ出た。
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 TO BE CONTINUED >>> 後編


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