SWEET LOVELY MIDNIGHT
〜The Secret Edition〜



 夜の闇を割り、稲妻が部屋中を一瞬だけ真昼のように照らし出す。
 大粒の雨が激しく窓を叩く音と競合するように、雷鳴が地を走り、轟く。
 とある町、とある宿の一室 ―― クロノとカエルに割りふられた部屋の扉が遠慮がちにノックされたのは、そんな晩のことだった。
 外の騒がしさでかき消されかけたその音に気づいたのは、今まさにドア側のベッドへと潜り込もうとしていたクロノだ。
「……誰?」
 振り向いてベッドから降りる。
 その様子に、ランプの灯で剣の手入れをしていたカエルも手を留め、顔を上げた。
「ん? 何だ、誰か来たのか?」
「うん。今、確かノックが……ああ、やっぱりマールか」
 ドアを開けたクロノは音の主を納得顔で迎えた。
 今日はこの三人で行動していて、マールだけが別室だったのだから、訪ねてきたのが誰かなど大体予想がつくというものである。
 カエルは小さく肩をすくめ、作業に戻った。
「まぁ、そうだろうとは思ったけどな。で、どうしたって?」
「……何かあったのか?」
 言ってクロノは改めてマールを見、心配げな顔つきになった。
 多分もう眠るところだったのだろう、髪を解いて寝間着に着替えたマールは、枕を抱えてうつむくばかりだったからだ。
「本当にどうしたん…」
「………の」
「え?」
 か細い、弱々しい声が雨音の隙間に挟まる。
 クロノは身体を少しかがめて、マールの口元に耳を寄せた。
「ごめん、もう一回言って」
 マールは唇を軽く噛み、やがて思い切ったように口を開いた。
「……あの……雷が怖くて眠れないの」
「…………はぁ」
「だからね、その……こっちで一緒に寝てもいい……?」
「え、えええっ!?」
 目を丸くして叫ぶクロノに、カエルが顔をしかめた。手入れの終わった剣をベッド横に立てかけ、戸口にやって来る。
「おいクロノ、何を騒いでるんだ? 近所迷惑もいいところだぞ」
「あ、ごめん、けどマールが……」
「マールが何だって?」
「なんか……雷が怖いから、こっちで一緒に寝たいって」
「……は? こっちで?」
 怪訝な表情で中を指さすと、マールは大きくうなずいた。
 カエルは呆れたように、
「ま、本人がどうしてもって言うなら構わないんじゃないか?」
「うーん……まあ、そうだけどさ」
 クロノがぼさぼさと髪を掻く。
「しかし、一体どこに寝るつもりなんだ?」
 カエルは腕組みをして部屋を見渡した。
「こっちにベッドは二つしかねえから、俺かクロノと部屋を交替でもしなけりゃ…」
「ううん、そうじゃなくて」
 マールは首を振り、胸元に枕を抱きしめて言った。
「私、クロノと一緒のベッドで寝たいの」
 ぶっ、とクロノとカエルが同時に息を詰まらせ盛大に咳き込んだ。
「あ……あのさぁ、マール…」
「そ、それはいくら何でも…」
 二人は冷や汗を流しながら異口同音にマールをいさめようとした。
 だが。
「今日だけでいいの! 本当に、ほんの隅っこに置いてくれればいいから! ね……お願い……」
 まぶたいっぱいに涙を溜めて懇願する姿に、クロノもカエルも心底弱り切って顔を見合わせた。
 沈黙が落ち、雷雨の音が部屋に鳴り響く。その音に、マールはクロノのシャツの裾を子供のように握りしめて瞳を伏せた。
 ……やがてあきらめのため息をもらしたのは、クロノだった。
「―――わかったよ。でも、今日だけな」
 その言葉に、パッとマールの表情が明るくなる。
「うん! ありがとうクロノ、大好き!!」
「…………もう俺は知らんぞ」
 やれやれとカエルは首を振ると、自分のベッドの枕を手にして戸をくぐった。
「お、おい、どこ行く気だよカエル」
「マールのいた部屋だよ。俺はゆっくり眠りたいんでな」
「待てよ! それってどういう意味…」
「じゃあな。健闘を祈るぜ」
 後ろ手に手をひらひらと振ってみせ、カエルは隣室に消えてしまった。
 残されたのは耳まで真っ赤になったクロノと、不思議そうに目をぱちくりさせるマール。
「……変なカエル……別に移動しなくてもいいのに。ね、クロノ」
「……………」
 マールが無邪気に首を傾げるのを横目に、クロノは、人の気も知らないで、ともう一度大きなため息をついた。
(……理性もつかな、オレ)


「じゃ、明かり消すね」
 持参した枕を並べ終え、マールがベッドの端に腰かけたままランプに手を伸ばした。
 クロノが無言で逆端からベッドに入るのを見計らって、灯が消される。
 暗がりの中、ほんのすぐ隣に身体を滑り込ませる気配。
 安宿の狭い寝台では、互いにはじの方へ寄っていても、ともすれば相手に体が触れてしまう。クロノはそれでもなんとかくっつかずに済むように、マールに背を向けてベッドのへりのギリギリに身を縮こまらせた。
 ―― 外では変わらず嵐が激しく吹き荒れ続けている。
「外、すごいね」
 天井を見つめたまま、マールが言った。
「……ああ」
 顔だけちょっと振り向いて、クロノがぶっきらぼうにあいづちを打つ。
「だけど、不思議だわ」
 クスクスクス、とマールは楽しそうに笑った。
「一人だとあんなに怖かったのに、こうしてクロノのそばにいたら全然怖くない。すごく落ち着くの」
 こっちは逆に落ち着かないんだけどな、とクロノは心の中で呟いた。自分の鼓動が嵐の音よりもうるさく感じられて仕方ない。
 マールのことを変に意識しなければ良いとわかってはいるのだが、そう考えれば考えるほど、身動きした時に伝わってくる微かな振動や、時折ふわりと漂う花のような甘い匂いといったごく些細なことが、なおさら気になってしまうのである。
 しかし、あいにくマールは一向にそんな彼の葛藤には気づかなかった。
「……なんだか昔のこと思い出しちゃうな」
「昔のこと?」
「うん……。母様が生きていた頃のことなんだけどね。眠れない夜、やっぱりこんな風に一緒のベッドで寝たの」
 寝返りを打ち、マールはクロノの方を向いた。
「夜中に目を覚ましてしまっても、すぐ隣には母様がいて、一人じゃないんだって安心できて……。私、その感じがすごく好きだった。……もちろん、クロノと母様が同じだなんて思ってないわ。でも」
「でも?」
 クロノが問うと、マールはそっと彼の背に頭をもたせかけ、瞳を閉じた。
 瞬間、クロノがぎくりと身体をすくませ硬直する。
「でも、あったかくて優しいところは一緒……。きっと……だから、落ち着くのね……」
 仔猫がなつくように囁いて、マールはそれきり黙り込んだ。
(眠っちゃった、のか……?)
 伝わる温もりに一層早さを増した動悸を感じながら、クロノがそう思いかけた時。
「……ずっとそばにいてね……」
 まどろみに身をゆだねて呟く言葉を、彼は聴いた。
「……もう二度と、いなくなっちゃやだよ……クロノ……」
(…………!)
 ―― 鮮烈に蘇る死の山の記憶。
 自分の胸の中、華奢な肩を震わせたマール。
 その儚いほどの小ささを思い出した瞬間、まるで心臓をわしづかまれたような感覚が身体中を走り抜けて。
 ……気づいた時には、抱きしめていた。
「……? ……クロノ……?」
 眠りのふちから引き戻され、マールがうっすら目を開ける。
 直後、その瞳は大きく見開かれた。
「……んっ……」
 呼吸することすら忘れそうな、深い口吻け。
 息苦しさに思わず目を閉じて、声を洩らそうとしたとたん、その間隙を突いて舌先が入り込み、口腔をねぶるようにかき回してきた。
 マールは状況がつかめないまま翻弄されるしかなかった。
 ……と、不意にそれが止む。
「あ……」
 クロノの唇が、首筋に添って下りたのだった。
 指先が夜着の胸元に触れ、そして――
「いや……っ!」
 マールは反射的にその手をはねのけていた。
 同時に、クロノは我に返った。
 冷水を浴びせられたように体を起こし、ベッドから飛び下りて、マールに背を向ける。
「……ごめん」
 苦い悔恨をにじませて、うなだれる。
「だけど……これでわかっただろ? どうして一緒のベッドだとまずいのか……。……オレは男で、マールは女の子、なんだから」
 マールは答えなかった。
 ごう、という嵐の音と、窓枠の軋みだけが闇を満たした。
 クロノはため息をつき、呟いた。
「オレ、廊下で寝るよ。同じ部屋にいて、これ以上自分を抑えられる自信、ないから」
「……クロノ……」
「おやすみ、マール」
「待って!」
 すがるような声音に、クロノは振り返った。
「私……驚いただけなの。クロノがどうしようと思ったのかはわからない。でも、触れられてイヤなわけじゃなかった。ただ、いきなりだったから、びっくりして……。……だから、行かないで……」
 暗闇に沈んだ姿からは、表情はうかがいにくい。
 だが、言葉には、切実なまでに心細い響きがあった。
 クロノはそっとマールの横に腰を下ろした。
「……本当にいいのか? ここにいたら、オレは……」
 こくん、とマールはうなずいて、彼の襟元に額をつけた。
「そばにいて……」
 ―― それが、新たな始まりの合図になった。


 二人、抱き合ったまま、静かに寝台に横たわる。
 口を口でふさがれ、その傍らで手さぐりに寝間着を脱がされても、少女はもう抗うことはしなかった。
 あらわになった小ぶりの乳房を、自らも下帯ひとつになったクロノが包み込むように触れると、マールはピクンと震えた。
 手のひらの下でとろけてしまいそうな柔らかさに惹かれて、少年は顔をそこに移動させ、なめらかに白いふくらみの、薄紅色の突端に舌を這わせる。
「あ……」
 吐息混じりに喘いで、マールは手元のシーツをつかんだ。
 未知の感覚に不安がよぎる。
 だが、舌先で転がされるような愛撫が続くほどに、恐れよりもなお強い恍惚が心を支配していった。
 と……クロノの左手が、ゆるやかに下に向かって流れ落ちた。
「……!」
 下着の中に滑り込んだ指に、思わず知らず、両腿が縮こまる。
 が、わずかな隙間から指先がにじり寄るように小さな芯の部分に到達すると、こわばった身体から自然と力が抜けていった。……いや、力を入れようとしても入りそうになくなってしまったのだ。
「は……っ……ああ……」
 頼りない下着はあっけなく取り除けられ、指はさらに奥へ進められた。ほどなく、溢れ出る蜜の源にたどり着き、侵入する。
 桜桃に似た愛らしい唇から、声にならない声がこぼれた。手が動かされるたび、甘やかな痺れが内をめぐる。
 そうする間にも、クロノは雪の肌にキスを降らせた。胸の隆起をなぞり、なだらかにくぼんだ腹部を通って、徐々に、下肢へと。
 指先と入れ代わる形で唇を伝わせると、マールは喉をそらし、弱々しく彼の頭を押さえた。
「や……ぁん…………ク、ロ……ノ……」
 綿菓子でも舐めとっているかのようなやわやわとした感触に悶え、身震いする。
 やがて動くこともできなくなり、マールはそのまま硬直した。
 すると、それを契機にするように、クロノはいったん身体を少し離し、完全な素裸になった。
「……マール」
 そっと覆いかぶさるように、改めて少女を組み敷く。
「信じてもらえるか、わからないけど……オレ、本当に、マールのことが好きだから」
 だからこそ、こういう気持ちになったのだと。
 きっかけはどうあれ、一時の迷いなどではないのだと。
 そんな想いを込めて、囁き――
 屹立したそれを、ゆっくりと、然るべき場所に挿し入れた。
「あっ……!」
 マールが短い悲鳴を上げる。熱く刺し貫く痛みに、一瞬気が遠くなる。体内で何かが裂け、赤い雫が滴った。
 抵抗を受けながら、すっぽりと収まったかと思うと、引き戻され、再び突き上げる。その動きが間断なく繰り返される。
「ひ……あっ……痛っ…………あああっ!!」
 きつくつぶったまぶたの端に大粒の涙が浮かんだ。
 苦痛のためか、説明のつかない恐怖のためか、あるいはそこに入り混じる快楽のためか……それは本人にもわからなかった。
 だが、その涙も切ない叫びも、少年の劣情をなお煽り立てた。
 おかしな気分だと、彼は思う。誰より守りたいと、大切にしたいと心から願っているはずなのに、こんなふうに蹂躙して泣かせるのを楽しんでいる、ひどく凶暴なもう一人の自分がいるようで。
 荒くなる息に同調するように、動きは加速をつけた。
 互いの繋ぎ目を中心にして、全身が燃え立つほどに火照る。
「んっ……く……」
 声が洩れた。それが自分のものなのか、相手のものなのか、判断がつかなくなるぐらい密着して、溶け合う。
 粉々になった理性のわずかなかけらさえ残らず消し飛ばす、強烈なまでの快感に溺れ、導かれるまま昇りつめて解き放つ。
「あ……!!」
 二人の声が重なった。


 ……せわしない息遣いがおさまるにつれ、心の平静も取り戻ってくる。
 クロノは、くたりと脱力したままのマールの頬に手を触れた。そこは涙と汗で濡れていた。
「マール……大丈夫か?」
「……ん……」
 気だるそうに半目を開くその様子は、彼女が消耗しきっているのを如実に物語っていた。
 共に冒険を続けていると言っても、男とは違う、繊細な身体。それに対して、鍛えられた自分の身体を思うさまぶつけたのだから、こうなったのは当然の結果だと言えるだろう。クロノは今さらながら、とんでもないことをしでかしてしまったような罪悪感に囚われた。
「……後悔、してないか?」
「何を……?」
 しゃがれ声で訊き返され、さらに慚愧と悔悟の念が増す。
「その……こんなふうに……」
 しかし、マールは小さくかぶりを振り、健気に微笑った。
「平気。痛かったけど……でも……」
 はにかんで、消え入るように呟く。
「……えっと、…………気持ち良かった……」
 その言葉に、クロノは幾分ホッとし、同時に照れくささで顔を赤くした。
 マールの隣に寝なおして、愛しげに抱きしめると、彼女は頬をすり寄せてきた。
「前よりも、うんと近くにいるみたい」
「……そう、かもな」
「朝まで……このまま……」
 ―― ずっと抱きしめていて。
 残りの言葉は穏やかな夢の中に吸い込まれていった。
 クロノは優しく目を細め、眠る姫君の乾きかけた涙に口吻けた。
 いつしか同じ眠りの波が彼を包み込んだ――。


 一夜明けると、既に嵐は過ぎ去っていた。
 大きな出窓のある食堂の中は、暖かく明るい。
 いくつかあるテーブルのひとつでは、並べられた料理の前で、クロノが朝から旺盛な食欲を見せている。
 その隣にはマール。こちらは、小さくパンをちぎって口にしていた。
「相変わらず、朝っぱらからよく食う奴だな」
 その向かいに座ったカエルが、スープをすすりつつ言った。そして、
「昨夜のお楽しみのせいもあるのか?」
 さらりと付け加える。
 クロノは思いきりむせて喉を詰まらせた。
「……み、水……!」
 マールが慌てて差し出したコップを受けとり、一気に飲み干して、目を白黒させる。
「なっ、な、な……、き、聞こえて……!?」
 湯気さえ出しそうに赤面した彼に、マールも意味をようやく察して頬を染めた。
 だが、カエルは少し驚いた顔をした。
「何だ。本当に図星だったのか」
 言って、にい、と人の悪げな笑いを浮かべる。
 カマかけだったということにクロノが気づいた時には、もはや後の祭りだった。
「朴念仁かと思ってたが、意外にそうでもなかったんだな」
 いかにも良いからかいの種を見つけたと言わんばかりの口調。
 クロノは椅子を蹴倒して立ち上がった。
「カエル―――ッ!!」
 厨房から料理人が何事かと顔を覗かせるほどの大声が、宿に響き渡った。
 今にもつかみかかりそうな勢いのクロノと、おろおろと戸惑いながらいさめようとするマールと、それを面白がって見ているカエルを、心地いい日差しが照らしている。
 窓の外に広がる空は、澄みきった青。
 今日は絶好の旅日和になりそうだった。

 −END−

オマケのあとがき

(1)あーあ、やっちゃった。(意味二重) 直接的な表現は全然使ってないけど、万一サーバーからHPごと消されちゃったらどうしよう;(小心者)

(2)この話、途中までは読んだことある人、多分いるんじゃないかと思います。もしかしたらタイトルでピンときた人もいるかも? ……というのも、他サイトで載せて頂いて、同人誌に再録した話の加筆・修正バージョンなんですねー、これが。本来は表に置いてある「INVITATIONS」と同じような寸止めネタでした。

(3)で、かつてそれを書いた時に、「本当は『良い子は読んじゃいけないヨ☆』な内容にしたかったけど、想像力と表現力の限界により断念」というようなコメントを付けたのですが……今回、何を思ったかそのリベンジを試みたわけです(オイ…) この手の小説なんてホントに初書きで、しかも読んだ経験もせいぜい同人系サイトの裏ページでいくつか、ってぐらいしかないので、描写をどーしていいんだか困ること多々。無茶してるよな、自分……いやぁ、私ってばチャレンジャーv(殴)

(4)設定的にはこの二人、どっちも初めてのはずなんですけど(それどころかキスさえまだだったと思われる)その割に、クロノ……妙に手慣れてるっぽくないか……?(爆) …………。……ま、まあ、コイツの場合は本能ってことで!!(逃亡) マールもねー、状況の受け入れかなり早いですが、これは本人のパーソナリティと性に関する無知から来る無防備さ、そしてひとえにクロノに対する深い愛情と信頼感の成せるワザ、ということで納得して下さい。(そうじゃないと話が進まん)

(5)改稿に伴って、オチの部分も若干変わりました。そしたらカエルが激しくオヤジ化の一途をたどることに……(爆) す、すみません、悪気はなかったんです〜! 手が、この手が勝手に……!(殴蹴)

(6)なお、ヘトヘト状態(…)だったマールが朝食の時点で普通にふるまっているのは、朝目覚めて立ち上がれないのに困った彼女が自分で回復呪文をかけたから。という阿呆な逸話が私の頭の中で出来上がってます(誰かこいつを止めろ。)


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