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『そうだなあ……』
 小妖精アルテミスは、考え込む仕草をした。
『それじゃあ、そのピンクの髪の女の子がボクにキスしてくれたらここを通してやるよ』
「へっ? あたし?」
 アーチェは思わず自分の鼻先を指さし、他の三人も一斉に彼女に注目した。
『そうだよ。ピンクの髪なんてキミしかいないだろ』
 ゆっくりと宙を漂いながら、アルテミスがアーチェに近づいてくる。
「う〜ん……」
 アーチェは小首を傾げた。
「まあ、別にそれは構わないけどさ。でもアンタ、透けてるじゃん。どうやってキスしろっての?」
『簡単だよ。こうするのさ』
 言って、いたずらっぽくウィンクするが早いか、アルテミスはクレスの方にいきなり急旋回をかけ、ギョッとした彼の身体に溶け込むように消えた。すると、クレスは一瞬のめって硬直したが、すぐに体勢を立て直してアーチェを振り向いた。
『ほらね。これで大丈夫だろ?』
 クレスが……いや、クレスに憑依したアルテミスが、にっこり笑った。
「なるほどね、確かにそれならオッケーだわ」
 アーチェは苦笑してうなずき、『クレス』の前に立った。
「じゃ、ま、そういうことで♪」
 まんざらでもないといった調子で、アーチェは軽くまぶたを閉じると、少し背伸びして『クレス』の顔に愛らしく唇を寄せた。『クレス』も満足そうに微笑んで目を瞑る。……が。
「だめぇっ!! やめて下さい!!」
 鋭い叫びに驚き、二人は近づけた顔を離した。
「なーに? ミント、どうかした?」
 アーチェはきょとんとして声の主――成り行きをクラースと二人で呆気にとられて見ていたミント――を見つめた。彼女は頬を真っ赤に染め、唇を震わせていた。
「ど、どうかした、じゃありません! そ、そんな……そんなこと、絶対ダメです! いけませんっ!!」
「は?」
 アーチェは顔いっぱいにクエスチョンマークを浮かべた。
「なんで? 何かマズかった? だって、あたしがキスすれば通してくれるんだよ」
「な、なんででもです! いくらルナに会うためだからって……キ、キスだなんて……」
 ミントはちらりと『クレス』に視線を走らせた。
 アーチェは不思議そうな表情の『クレス』と顔を見合わせると、ようやく合点がいったとばかりにうなずいて、髪を掻いた。
「あ、そっか。でもいいじゃん、別にクレス本人がキスするわけじゃないんだし」
「……! わ、わわ、私は、クレスさんがどうだとか言いたいんじゃなくて……! そ、その……軽々しく、あの……」
 あからさまに狼狽し、ミントはますます顔を火照らせて口ごもった。
 すると、
『ああ、もしかしてキミ、この兄ちゃんのこと好きなの?』
 と、『クレス』が親指で自分を指し示した。
 そして、からかいの種を見つけた意地悪げな目でミントを睨み、
『でもさ、邪魔しないでほしいんだよな。この子はその気になってるんだから』
 アーチェの肩を抱き寄せた。
「…………!!」
 もはや声も出ない状態で、今にも卒倒しそうにミントが立ち尽くした、その時。
“アルテミス……いたずらが過ぎますよ。通してさしあげなさい”
 皆の頭の中に響くように、鈴の音を思わせる声が聞こえた。その場の誰もが、思わず天をふり仰いだ。
『ご、ごめんなさい』
 小さく舌を出し、『クレス』が首をすくめた。
 そうしてアルテミスが憑依を解き、扉の向こうに消えたとたん、クレスは脱力して床に膝をついてしまった。
「あっ、クレスさん、大丈夫ですか!?」
 ミントが駆け寄ると、クレスは狐につままれた顔で辺りを見回した。
「え……? あ、あれ? 僕はいったい……」
 その様子に、アーチェはいかにも残念そうにため息をついた。
「なーんだ、元に戻っちゃったの? つまんなーい」
 それを耳にしたミントが、ひどく厳しい顔つきをして彼女を見る。
「今、何かおっしゃいましたか? アーチェさん」
「……う、ううん、何でもない」
 アーチェは慌てて首を振った。
(うひゃー、怖……。本気で怒ってるよ)
「……?」
 クレスは一人わけがわからない。
「いったい、何があったのかな。僕、記憶が途切れてるんだけど……」
 側のミントに尋ねてみる。
 だが、彼女は黙りこくって何も答えようとしない。
 なおさら困惑して、クレスは今度はクラースに訊いた。
「あの、クラースさん。何があったんですか?」
「ん? あ、ああ、それは…」
 今の今まで状況をぼんやり静観していたクラースは、話を振られて戸惑いつつも、説明しようと口を開いた。しかし、思い返すと急におかしさがこみ上げてきて、クスクスと笑い出してしまった。
「な、何なんですか!?」
「いやぁ、なに……世の中には知らない方がいいこともあるってことさ」
「えええ??」
 それじゃちっとも説明になってない。
「おい、アーチェ! 何があったのか教えてくれよ」
 情けない顔をしてクレスはアーチェを振り返ったが、
「あ……あたしは知らないよ!」
 アーチェはぷいとそっぽを向いた。ミントが険しい目線を送ってきていたからだ。
「な、なんだよ、みんなして。大体、あのアルテミスとかっていう妖精、どこに行ったんだ?」
「おっと、危うく忘れるところだった。早くルナのところに行かなきゃな」
 釈然としないクレスに、クラースは笑いをかみ殺しつつ扉へ向かった。

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